15、クリスさんとの挑戦3
数日後、私は朝市の花屋へ向かっていた。エリサおばあさんに教えてもらったあの店だ。
店先には色とりどりの花が並び、甘く優しい香りが辺りに漂っている。色鮮やかな花々の中、ひときわ目を引くのは真っ白なカスミソウ。繊細で柔らかな小花が無数に集まり、まるで空に散らばる星のように輝いていた。
「おはようございます。花屋さんですよね?ちょっとお話を伺いたくて来ました。」
店主が爽やかに微笑みながら応じてくれた。
「なんだい?花のことなら任せておくれよ。」
私は撮影に使いたい、妖精が舞い降りそうな白い花の咲く場所を探していることを説明した。
すると、花屋さんは穏やかな表情になり、話してくれた。
「実は、うちの裏庭に小さな秘密の花園があるんだ。ほとんどの人には知られてないけどね。
白いカスミソウやジャスミン、そして夜になると淡く光る月光草が咲き乱れていて…まるで夢の中のような場所なんだ。
ここは屋台だから、家の方へ来ておくれよ。そうしたら、裏庭に案内するよ。」
「本当ですか!?すごくありがたいです!」
「そろそろ、店番の交代で旦那が来るはずだから、少し待ってもらえたら案内できるが、そうするかい?」
「ご迷惑でなければ、お願いしたいです!」
花の香りに包まれながら、私は新しい扉が開かれようとしている気配を感じていた――。
ミリアさんに連れられ、花屋の裏手にあるアーチの門へとやって来た。
門は古びていたけれど、まるで時間から切り離されたように、そこだけ空気が違って感じられた。
古びたアーチの門をくぐると、そこには、目を疑うほど美しい景色が広がっていた。白い花が一面に咲き誇り、どこか異界にでも紛れ込んだかのような静けさが支配している。
「うわぁ……」
思わず漏れた感嘆の声。柔らかな月明かりが差し込む小径の先には、花びらが風に揺れる静かな庭園が広がっていた。足元には苔が柔らかく敷き詰められ、木漏れ日が煌めいている。
「この場所には古い言い伝えがあるんだ。私の先祖は、この地で妖精たちと交流できる特別な力を持っていたと言われているのさ。妖精たちは花園を守り、時折人間に幸せの種をもたらすんだとさ。」
ミリアさんの声は神秘的で、まるで遠い過去の物語を語るかのようだった。
「その力は代々受け継がれ、花園は妖精たちの住処として今も息づいている…。だからここはただの花畑じゃなくて、不思議な力が満ちている場所なんだよ。」
私は目を閉じて、花の甘い香りに包まれながら、ゆっくりと深呼吸をした。
すると、かすかな風の囁きの中に、小さな男の子のような、でもどこかふわりと光が揺れるような声が混ざって聞こえてきた。
『やっと来たね。』
……え?
確かに聞こえた。
男の子のような、でもどこか年老いたような、神秘的な声。
『ボクたち、ずっと待ってたんだよ。キミの“目”が、見えるようになるのをね。』
私は辺りを見渡すが、誰の姿もない。ただ、白い花が、風と共にゆらゆらと踊っている。
「リン?……顔色が良くないけど、大丈夫かい?」
ミリアさんが私の様子に気づいて、声をかけてくれる。
「あ……すみません。ちょっと、風が気持ちよくて……」
私は笑ってごまかしながらも、心の中はざわついていた。
この庭には、何か“いる”。
そして、私だけに――その“声”が聞こえている。
私は花の中でしゃがみこみ、深く息を吸い込んだ。風が頬をなで、ふわりと髪を揺らす。確かに風の中に混ざって、何かが、何者かがささやいている。
花々が、まるで息をしているように揺れる。
『ここはボクたちの“記憶”が眠ってる場所なんだ。キミに、少しずつ教えてあげるよ。』
気づけば、胸がどきどきしていた。
ただの風ではない。
この庭には、確かに“何か”が存在している。そして花園の奥の方を見つめた。
これが、妖精の声なのだろうか…。
「ここなら、撮影した写真に魔法的な深みを加えることができそうですね。この場所ならどちらも表現できると思います。」
ミリアさんは嬉しそうに微笑んだ。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。何か必要なことがあれば、遠慮なく言っておくれよ。」
……これは、きっと始まりなんだ。
私がこの世界に来た意味。
写真を撮るということの、本当の役割。
そして、“見える”ことの意味を直感的に感じている…。
私は、目を閉じたまま、静かに頷いた。
私はこの不思議な花園の力を借りて、クリスさんと共に素敵な撮影を成功させる決意を新たにした。魔法と自然の融合がどんな奇跡を生むのか、胸が高鳴ったのだった。