11、エリサお婆さん3
今日は何していたかとか、他愛ないことを話しながら歩く帰り道が、とても楽しい。こちらに来てから2ヶ月立って、アイザックさんともだいぶ打ち解けてきた。敬語もやめてほしいと、言われたので砕けた話し方に変えた。
知り合いは増えたけど、友達と呼べる人は、まだアイザックさんとジェラルドだけだった。2人とも年下だけど異世界の人だからか、ジェネレーションギャップみたいなモノは感じないから話の合う友人関係を築けている。
月光亭で食事した後、エリサお婆さんからの助言も伝えると、知り合いに確認してみてくれるそうだ。
「甘えすぎなのは分かってるんだけど…。いつも、相談に乗ってくれて、ありがとう。」
「いいんだ、気にするな。それに俺は、もっと甘えてほしいんだが。」
言いながら、テーブルの上の手を重ねられる。数秒見つめ合う形になる。アイザックさんの瞳には、恋い慕う気持ちが宿っている。恥ずかしくて、顔に熱が集まるのを感じて、私は先に目を逸らす。段々、こういうスキンシップに慣れつつある自分に驚く。鈍感な私でも、好意を寄せられているであろうことくらいは、予想がつく。きっと、私に合わせてくれてるんだろうな…。
「リン、5日後の夕食は、家で作ってくれないか?」
「アイザックさんの家で…?それは別にいいけど…。何か食べたいものがあるの?」
「リンの故郷の味。まったく同じじゃなくていい、リンが食べたいものでもいいんだ。」
「…わかった。考えておくね。」
「ああ、楽しみにしてる。さ、部屋まで送ろう。」
手を引かれ、部屋まで上がる。部屋の前でハグした後、室内に入る。
「故郷の味か…。」
荷物を置いたら、ベッドに寝転がる。今日も充実した1日だったな。
アイザックさんのリクエスト、どうしよう…。作りたいものはたくさんあるけど、和食に必要な出汁が足りない。代用できるものを探せば、何とか作れるかもしれない。また市場を回ってみよう。
◇◇◇◇
「エリサさん、家の中撮らせてもらいますね。」
5日後、約束した通り室内の撮影をさせてもらっていた。撮影する理由は、本当は何でも良かった。エリサお婆さんは昔の話をした時、とても穏やかな表情をしていた。きっと、その頃のことが良い思い出なんだろと思う。だから、エリサお婆さんに喜んでもらいたくて、撮影してみたかった。
「寝室にいるから、終わったら声をかけておくれ。」
そう言って、2階に上がっていくエリサお婆さん。
その姿を見送り、撮影の準備をする。
どうか、素敵な思い出が蘇りますように。と祈りを込めて撮影する。
カシャッ。カシャッ。カシャカシャッ。
部屋全体やテーブル、L字棚に暖炉、それから本棚と小さな祭壇。手すりを取り付けた箇所も撮影する。
そうして、写真をプレビュー画面で確認して、板に転写する画像を選ぶ。
これは……。
2階の寝室にエリサお婆さんを呼びに行き、配置し終えた写真板を見てもらう。壁や棚、机に置かれた写真には、このお店のかつての姿や、家族の日常が映し出されている。
それを見たエリサお婆さんは、驚いた表情を見せた後、一枚一枚ゆっくりと思い出を噛み締めるように見ていき、祭壇横に飾った写真の前で止まった。息子さんらしき男性の写真だ。年齢は18歳くらいだろうか、大人になりかけた青年の笑顔がそこにある。
「これはきっと、成人して初めてお酒を飲んだ時…。うまくないけど、これが大人の味かって苦笑いしていたねぇ…懐かしい…。」
そう話しながら、優しい手つきで写真を撫でる。目に溜まった涙が溢れて、ポロポロと落ちる。
「息子のアレックスは、小物店なんて恥ずかしくてやりたくないって言ってね…。男らしく傭兵になるんだって、戦争に参加しちまってね。旅立つ前に大喧嘩しちまったんだ…。それでそれっきり喧嘩別れさ…。帰って来なかったんだ。戦争に行ってから5年後くらいにペンダントだけが戻ってきたんだ。」
そう話しながら、祭壇の方へ目線をやるエリサさん。
「エリサさん、そのペンダント貸してもらえますか?」
エリサさんから受け取ると、ペンダントトップの部分を捻る。ペンダントには尖ったカプセルみたいなものと、小さな鍵が通してあり、カプセルの中は小さな空洞に何か入れられるようになっていた。
そして、捻って開いた蓋を外すと小さな紙が入っていた。それをエリサさんに渡す。
震える手で、紙を開き確認すると、【木箱の鍵を開けて】と書いてあった。
棚にある木箱を出して、ペンダントについていた鍵で開くと、中には封筒が入っていた。それを見たエリサさんは息を呑む。
「きっと、エリサさん宛の手紙だと思います。戦争に参加する前に、用意したようです。読んであげてください。」
震える手で手紙を開くと、少し不器用な男性独特の癖のある文字が並んでいた。
『母さん、
この手紙を読んでいるということは、
僕はもう母さんの元には戻れないんだろう。
でも、どうしても伝えたかったことがある。
母さん、愛してるよ。
喧嘩したあの日のことをずっと後悔している。
僕を愛してくれているからこそ、傭兵になることを
反対したんだって、わかっているよ。
でも、母さんの誇りになれるような
立派な男になりたかったんだ。
母さんが僕を許してくれるなら、それだけで十分だ。
父さんが死んでから女手一つで育ててくれたこと、本当にありがとう。
僕は幸せだったよ。
ありがとう、母さん。
生まれ変わっても母さんの子供になるよ。
アレックス』
エリサは読みながら、息子の声が聞こえるように感じて、その手紙を胸に抱きしめ、静かに泣いた…。
手紙の入っていた木箱は、アレックスさんが幼いころにお父さんと一緒に作った、思い出の木箱だったようだ。
写真を撮った時に映し出されていたのは、ペンダントトップに何か入れる様子と、木箱の思い出。そこに手紙を大切そうにしまう場面だった。
しばらく泣いていたエリサさんが、泣きはらした目で私を見つめ、近づいて来たと思ったらソッと抱擁される。
「ずっと後悔していたんだ。最後に交わした言葉が、”勝手にしな!”だったんだ…。まさか、本当に勝手に出て行っちまうなんて、思いもしなかった…。喧嘩別れになるなんて…、たった一人の息子だったのに…!心配のあまり、愛する息子を応援することもできずに、母親失格だと自分が情けなくて、悔しくて…。自分でもわかっていたんだよ、その後悔から逃れるために教会に行ってたようなもんだってね
…。
……リン、ありがとう…。もう一度、家族に会うことができたよ…。神のお導きだ……。」
その言葉に、エリサさんの色々な想いが伝わってくると同時に、私もつられて泣いてしまう…。
「…本当に…良かったです…。アレックスさんの気持ちを届けることができて…。少しでも、エリサさんの悲しみを和らげることができて…。エリサさん達の記憶を、写真という形でもう一度蘇らせることができて…。」
泣きながら、そう話すと、またエリサさんの目にも涙が溢れて、お互い少し笑い合う。でも再び溢れたエリサさんの涙は、嬉しそうなキラキラした涙に見えた。