10、エリサお婆さん2
買い物を終えて、エリサお婆さんの家まで荷物を運ぶ。買い物自体は、30分もかかっていないと思うけど、足が悪く、杖をついて歩くエリサお婆さんは、ゆっくりでも自分の力で歩いていて、移動に時間がかかっているようだった。
歩いている時は、杖と足元を気にしながら歩いて、たまに私が話しかけて少し会話する程度だった。ぶっきらぼうで口調はきついけど、お婆さんは優しい人だと感じた。
エリサお婆さんの家は、教会から15分くらいの距離にある大通りを1本入った、小さめの商店が並ぶ商店街みたいな場所にあった。大通りの賑やかな声が少し聞こえるものの、騒がしいことはなく人の気配を程よく感じる所だった。
家に到着し、中に通される。
「茶でも、飲んでいきな。」
「はい、ありがとうございます。」
中に入って正面に、L字の棚があるが、棚には何も置いていない。入口の右手には窓があり、その場所に3,4人用のテーブルセット。反対側の左側は、小さい暖炉とロッキングチェア。暖炉の横には小さな本棚が置いてある。奥には二階に上がる階段と扉があり、お婆さんはその扉の中に消えていったので、キッチンがあるのだろう。一人にしては少し広い家というか、営業していないお店だったような所。
何か商売をしていたのかな…。不躾なのはわかっていても、異世界の民家に興味津々に見て回ってしまう。ロッキングチェアには刺繍の入ったクッションが置かれていて、刺繍が気になった私は手に取ってじっくり見入る。やっぱりすごくきれいな刺繍だなぁ、と触って刺繍の完成度を楽しむ。ふと、暖炉横の本棚に目が留まった。
棚の上には教会のシンボル、卓上用の十字架らしきものが置いてあり、小さな祭壇のよう。その十字架の下には、小さな花束、ハンカチの上に錆びたペンダントが置いてある。この花束って、3日おきに買いに行ってるって花屋さんが言ってたよね。お供え用の花なのかな…。
その下には彫刻の入った木箱や、小鳥の形の古いぬいぐるみ、装飾の入った綺麗な櫛に短剣など、まとまりは無いがきちんと並べて飾ってある。よく見ると、ぬいぐるみには“アレックス”と刺繍が入っている。思い出のある物を飾ってあるんだな…。
全体に物は少ないが、思い出を感じられるものを一箇所に集めてあり、今は少し物寂しく感じるこの家は、家族の温もりを感じる空間だ。祖母の家もこんな雰囲気だったな…。古い家だったけど、家中に思い出が詰まっていて、いくつになっても思い出せる記憶に溢れていた。
そうして見ていると、エリサお婆さんが杖をつきながら、トレーを持ってお茶を運んで来てくれた。慌ててトレーを受け取る。
「すみません、ありがとうございます。」
「ふんっ。慣れてるから、家の中くらい平気なんだよ。」
「ふふ。そうでしたか、ありがとうございます。」
「ふんっ。飲んだらさっさと帰っておくれ。暇人なりに忙しいんだ。荷物持ってくれたお礼はこれで済んだからね!」
「わかりました。ところでエリサお婆さん、ご迷惑じゃなければ、またここに遊びに来てもいいですか?このお家にいると、自分の家じゃないのに、家族の温もりを感じられる気がするんです…。祖母の家の雰囲気に似ていて、もう会えない祖母を思い出して恋しくなっちゃいました…。」
「………。もう会えないって、この世にいないのかい…?」
「はい、昨年他界しました…。それに…こんな遠く離れた場所に来てしまって…お墓参りにも行けないです…。」
「そうかい…アンタも家族を亡くしたんだね…。」
お婆さんが小さくささやくように言った言葉を、私は聞き逃さなかった。“アンタも”って聞こえた…。そして、エリサお婆さんの瞳の悲しみが増したように見えた。
「頻繁に来られちゃ困るが、たまになら平気だよ。」
「ふふ。ありがとうございます。エリサお婆さんって良い人ですね!」
本棚の事やお婆さんの言葉の意味についてはあえて触れずに、お茶を飲みながら次回訪問の約束を取り付ける、私なのであった。
それから2か月、月光亭で働きながら休みの日はエリサお婆さんの家に通う日が続いている。以前よりは距離が縮まって、会話は増えてお茶のみ友達くらいにはなれている。その会話の中で、色々なことを話してくれた。
私の思った通り、この家で昔は小物店を営んでいたそうだ。エリサお婆さんのご両親から引き継いだ商売だったようだ。ハンカチや手提げ袋やテーブルクロスなど、布製品に刺繍を施して売っていたそうだ。5年ほど前に足を悪くしてから店を畳んだそうだ。現在は趣味の程度で刺繍を差して、教会のバザーで販売しているそうだ。
そして今日もエリサお婆さんのお宅にお邪魔している所だ。
「エリサさん、この高さでどうですか?」
以前から気になっていた、エリサお婆さんの杖をカスタマイズして安定感を上げようと魔法を発動しながら、調整していた。杖の先端を四脚にして今までの1点の支えより、4点支えにした方が安定して歩く補助になってくれたらと、グリップ部分と高さをなおしている。
「リンの魔法は、いつ見ても不思議なもんだね。こんな形の杖は見たことがないよ。」
「エリサさんのお役に立てるように、考えた結果なので不思議でも受け入れてください。便利にするために魔法を活用できるし、試作品ということで感想を聞かせてください。上手くいけば、エリサさんみたいに足の補助が必要な人の為になるかもしないので、実験体です!」
「歩きやすくなるのは、ありがたいがね、魔力が枯渇しないようにしておくれよ。」
「大丈夫ですよ、何だか魔力多いみたいですから。それより、もっと試したいことがあるんですけど、いいですか?」
「リンがそう言うならいいがね…。普通は生活に必要な程度の魔力の人がほとんどなんだが、魔力に恵まれたんだね。」
「フフフ。そうみたいですね。それで、試したいことなんですが、壁に手すりをつけてもいいですか?そうしたら、家の中でも杖をつかなくても移動できると思います。こんな風に。」
話しながら、杖と同じくらいの高さに、丸い棒状の丸棒手すりをイメージして魔法を発動する。エリサさんに確認しながら、お手洗いとお風呂に、寝室に同じように手すりを作り、動きやすくなったと喜んでもらえたようだった。
この発想は商業ギルドに登録したらどうだね?と助言をもらったので、交友関係が広いアイザックさんに相談してみようと思う。
「そうだね、考えておくといいさ。暗くなってきたから、気を付けて帰るんだよ。」
「はい、アイザックさんが迎えに来てくれるので大丈夫です。エリサさんみたいに夜道を心配して、迎えに来てくれてるんです。たぶん、もう近くに来てくれてると思います。」
「おや、そうだったのかい。あんた達、良い仲なのかい?」
「い、いえ、そんな、私達はそんな仲ではないです…。ただ、私がいたところの男性より積極的というか…。文化の違いだと思います…。だから、そういうことに慣れていなくて…。」
そうなのだ。この2ヶ月、エリサお婆さんのお家に通うようになってから、帰る時間になると迎えに来てくれるようになっていた。少し過保護かな、とは思いはしたけど、ありがたいのでご厚意に甘えさせてもらっている。
「ふんっ。鈍い子だね…。好きでもない女を迎えに来る奴がいるもんか…。」
「それはそうと、次来た時に手すりを取り付けた室内を、私のカメラで記録させてもらえますか?」
「ああ、登録するつもりなら、記録は必要かもしれないね。」
「では、また5日後にお邪魔しますね。」
外へ出たら、アイザックさんが待っていてくれた。
「今日もありがとう。待たせちゃった?」
「さっき来たばかりだ。どこか寄るところあるか?月光亭に帰るか?」
「今日はこのまま帰ります。アイザックさん、月光亭で食事して行きませんか?」
「おう、俺も誘おうと思ってたんだ。じゃあ、いくか。」
私達は、並んで歩き出した。