ちこちゃんのぬいぐるみ
小林さんちにはトーイという名前のクマちゃんのぬいぐるみがありました。
亡くなったちこちゃんの大事な大事な遊び友達のぬいぐるみでした。
3か月前にちこちゃんは道路に飛び出して車にはねられて死んでしまいました。
その日からちこちゃんのお父さんとお母さんは毎日毎日、ちこちゃんの部屋にやってきては泣いていました。
トーイはまるで二人のようすを見守るかのようにちこちゃんのベッドの上にちょこんと座った形でおかれていました。
ちこちゃんのお父さんもお母さんもトーイが大好きでした。
だって、トーイを見るとちこちゃんがトーイと楽しそうに遊ぶ幸せな思い出を心に思い描くことができたからです、
ちこちゃんのお父さんとお母さんはそんなトーイにいつもお礼を言うのでした。
「ちこちゃんと遊んでくれてありがとう。」
「ずっと、あなたといる時のちこちゃんは幸せだったわ。
あなたといるとその幸せな思い出が何時でもよみがえってくるのよ。」
ぬぐるみのトーイは涙を流しながら感謝してくれるちこちゃんのお父さんとお母さんの言葉に何も答えませんでしたが、それでもちこちゃんのお父さんとお母さんはトーイが自分たちの家族のように感じていました。
ある日の夜のことでした。
その日の夜も二人はちこちゃんを思い出して悲しくて悲しくて泣いて泣いて泣き疲れて寝てしまいました。
二人は夢の中でちこちゃんの部屋にいました。
その夢の中にはちこちゃんはいませんでしたが、なんとぬいぐるみのはずのトーイが一人で動きまわって遊んでいました。
走ったり、飛んだり、でんぐり返りしたりして、まるで誰かと一緒に遊んでいるかのように楽しそうに動き回っていたのでした。
「まぁ、トーイ。アナタ動けたの?」
ちこちゃんのお母さんは驚いて尋ねました。
すると、驚いたことにトーイは「うんっ。ここは夢の中だもんっ!!」と、ちこちゃんそっくりの声で答えたのです。
お父さんもお母さんもちこちゃんの声で話すトーイにびっくりしました。
「わたしはちこちゃんのものだったから、ちこちゃんの声がするんだよ?」
トーイは不思議なことを言いました。
二人はトーイが話したことをすぐには納得できませんでしたが、やがて、懐かしいちこちゃんの声が聞こえてくることに感動して涙が止まらなくなっていきました。
「トーイ。もっと話しておくれ。ちこちゃんの声が聴きたいんだ。」
お父さんがそう言うと、トーイはまたもや不思議なことを言いました。
「うーんと、でも。わたし、もっとちこちゃんとお遊びしたいから・・・・。」
お父さんもお母さんもはっと、息を飲みました。
「トーイ、君は今。ちこちゃんと遊んでいるのかい?」
トーイは「うん。」と答えましたが、二人にはちこちゃんの姿は見えませんでした。
でも、確かにトーイをよく見れば、トーイは誰かと遊んでいるようにしか見えません。
「トーイ。私達にはちこちゃんの声も姿も見えないし、聞こえないよ?」
お父さんがそう尋ねると、トーイは答えました。
「ああ。それは二人がまだ生きているからだね。
だからちこちゃんがみえないんだ。」
その言葉に二人はショックを受けました。
「そ、そんな・・・・・。私たちは生きているからちこちゃんに会えないなんて・・・・。」
でも、トーイは落ち込む二人には目もくれずに目には見えないちこちゃんと遊ぶのでした。
その様子をハラハラと涙をこぼしながらお父さんとお母さんは見つめていました。
でも、二人はトーイがあんまりにも楽しそうに遊のだから、きっと、ちこちゃんも楽しいのだろうと思いました。
「トーイ。教えておくれ。
ちこちゃんは元気にしているんだね? 幸せなんだね?」
お父さんが確かめるようにトーイに尋ねると、トーイは悲しい声で答えました。
「ううん。ちこちゃんは毎日、毎日、悲しそうだよ?
お父さんとお母さんが毎日、毎日泣いている姿を見て、ちこちゃんも悲しそうにしているよ。
だから、わたしがちこちゃんを慰めるために頑張っているのっ!!」
その悲しそうな声は、本当にちこちゃんのようでした。
お父さんとお母さんは自分たちのせいでちこちゃんが悲しんでいると知って、慌ててトーイに言いました。
「泣かない、泣かないっ!!
ちこちゃんが悲しむなら、お父さんもお母さんも泣かないよっ!」
その瞬間に夢は終わりました。二人は夢から目が覚めたのでした。
目を覚ました二人は夢で見たことを急いで報告しあいました。
ところが、不思議なことに二人の夢の内容は全く同じでした。二人は同じ夢を見ていたのです・・・。
驚いた二人は急いでちこちゃんの部屋に向かいました。
しかし、ちこちゃんの部屋に入っても、当たり前のことでしたがトーイはいつも通りちこちゃんのベッドに座っているだけでした。
もうトーイは夢と同じように動き回ったりしません。
その様子に二人は肩の力を落としてがっくりとその場に座り込んでしまいました。
それからしばらくの間、二人は立ち上がることも出来ないほど悲しい気持ちになりましたが、そのうち、お母さんはあることを思いついて、お父さんに話しかけました。
「ねぇ、あなた。
どうしてトーイはちこちゃんの声をしていたのかしら?
私思うのだけれど、あれは本当はちこちゃんだったんじゃないかしらって・・・・
私達があんまり毎日毎日泣いて暮らすものだから、心配してあんな夢を見せたんじゃないかしら?」
お父さんはお母さんの言葉に感動して何度も頷いてから答えます。
「そうだ。きっとそうに違いない。
私達にもう泣かないで明日に向かって生きて・・・って伝えたかったんだ。」
二人はちこちゃんがあの夢を見せたんだとお互いに思ったのでした。
だからお父さんはお母さんを抱き寄せてトーイに向かって言いました。
「ごめんな、ちこちゃん。
お父さんもお母さんももう泣かないよ。
今日からいつも通り、笑って生きるよ。
そして、いつかちこちゃんの弟か妹が出来たら、ちこちゃんに会わせてあげるからね。」
二人は泣きたいのをぐっとこらえながら、ちこちゃんのベッドに座るぬいぐるみのトーイにこれからは楽しく生きると誓ったのでした。
そうしないとちこちゃんがまた悲しむと思ったからでした。
ベッドにちょこんと座るようなポーズで置かれたトーイはぬいぐるみですから、いつも通り何も言いませんでしたけれど、トーイがベッドに座る姿はまるでちこちゃんのお父さんとお母さんを温かく見守っているかのようでした・・・・・
おしまい。