9 国境都市グレンツ
ロイから転移魔法と鑑定を教わって。無事習得。
「まさか昼前に終わるとは」
ロイが悟ったような顔で言った。
「ロイ兄さん、オレ、武器がほしいんだけど…何がいいと思う?」
「魔法使いの武器は大抵杖か短剣だね。あ、リストは雷の魔法剣を使うよ。あいつは魔法剣士だから」
「へぇー、カッコいい」
魔法剣か。カッコいいな。オレも使える……とは全く思えない。ニコも魔法学校では魔力消費を抑えるために杖を使ってたし、オレも選択授業の武道でちょこっと剣道やったくらいだしな。うん。無理。
「武器屋に行ってみる?」
「うん」
実際に見た方が早いので、ロイと武器屋を覗いてみることにした。
オレが住んでいる辺境伯の屋敷は、フォルトナー領の領都であるグレンツにある。隣国シャルロワとの国境を有する国境都市であり、隣国をはじめ周辺国との貿易が盛んだ。もちろん武器屋もある。
「これは、ロイ様にニコ様。ご利用ありがとうございます。ニコ様、病気が治って本当によかった」
「ありがとう。すっかり元気だよ」
古くからある武器屋の店主はがたいがよく強面だが、気のいい人物だ。
「ニコ様の快気祝いにお安くしますよ」
「ありがとう」
武器屋には色々な武器があった。
剣も大小様々な種類があり、それ持てるの?と思うくらい巨大な剣や、装飾の美しいものや剣が発光しているものと様々だ。
斧や槍、弓、鞭なんかもある。うーん、使えると思えない。もっとお手軽な武器がいいな。そう、例えばアレだ。
「店主、銃はないのかな?」
「…銃、ですか?聞いたことがありませんが、どのようなものなのでしょう…?」
うん。オレの求めているものはこの世界になかった。
「ないならいいんだ。短剣見せてくれる?」
何も買わないのも悪いかと思い、とりあえずサバイバルナイフみたいな、何にでも使えるという短剣を買ってみた。この街の経済を回すのも仕事だしね。
武器屋を出る。
フォルトナー領の領都であるグレンツは、アステーラと隣国シャルロワとの国境都市だ。隣国の国境都市ネーエとの間には川があるが橋で繋がっていて、国境は橋の真ん中にある。
隣国シャルロワや周辺国との貿易で栄えているグレンツは、異国情緒の漂う街になっている。オレはニコに転生してから初めてグレンツの街を歩いた。
グレンツは海に面しているため潮風に晒される。塩害に強い樹木が植えられていて、領主の屋敷を含め石や土造りの建物が多い。道路は石畳だ。整備された街並みは、なかなかのファンタジーっぽさを演出している。
この世界には魔物が出るため、街は2メートルほどの壁で覆われている。グレンツへの入口となる門は3ヵ所。南と南東と南西だ。北は川になっていて、国境橋がある。西は海になっていて港があるという構成だ。公園や港もあるため、外周は10キロ近くある。広い街である。
グレンツは南門から領主館までの通りがメインストリートであり、異国風の布地や雑貨、アクセサリー、カラフルな野菜やフルーツを売る店が軒を並べている。食べ物の屋台もたくさんある。
あちらこちらでオレの回復を喜ぶ声を掛けられる。領主の三男なのに気にしてもらえて嬉しい限りだ。フォルトナー領主が代々善政をしていた証拠だと思う。日本育ちのオレからしてもここの領主は領民を大切にしていて、また領民からも好かれている。
広い街中を歩き、本屋があるので覗いてみた。
大型書店ではなく、街の古本屋といった感じだ。本の値段も日本より高めだが庶民が買えない程ではない。鑑定の足しになるように図鑑等を何冊か購入し店を出る。
「ニコ様!快気祝いにおひとついかがですか?特別にソーセージ2本にしちゃいますよ!」
商売上手な店主にうまく勧められた、ホットドッグ風の、ソーセージとキャベツを挟んでたっぷりチーズを乗せたパンを買い、ロイと食べながら歩く。このパンの値段は青銅貨1枚。だいたい100円くらいだ。
ちなみに食堂のメニューは赤銅貨1枚に設定している店が多い。赤銅貨はだいたい500円くらいだ。ワンコインランチ異世界版だな。どの店でも赤銅貨で飲み物が付いてお腹いっぱい食べられる。物価は安い感じだ。
この世界の通貨は、単純に材質に価値のある金や銀を使った硬貨が使われる。どこの国でもだいたい金銀の価値は同じくらいで、アステーラでは6種類の硬貨がある。イメージ的には大金貨が15万円くらい。500円玉を少し大きくしたくらいの大きさでずっしりしている。大金貨は一般市民はあまり見掛けない。小金貨が3万円くらい。薄い100円玉といった感じだ。一般的に金貨と言われるのは小金貨の方だ。銀貨が3千円、銅貨は3種類あって、赤銅貨が500円、青銅貨100円、白銅貨10円くらいの感じだ。
喉が乾いたので飲み物を買う。フレッシュオレンジの炭酸割りは入れ物があれば白銅貨3枚だ。安い。
ロイが土魔法でコップを作製してそこに飲み物を注いでもらっていた。なるほど、土魔法って便利だな。オレもやってみよう。
「串焼きも食べたいな」
ロイが美味しそうな匂いに釣られて屋台に立ち寄る。
黒魔牛という魔獣の肉で、味は油ののった柔らかい牛肉だ。
高級肉の代名詞であり、値段も1本赤銅貨1枚とまあまあする。魔獣だけど美味しい。
他にも声を掛けられて買った揚げ物や焼き菓子などがあり、手に持てなくなってきたので公園に移動して食べることにした。
公園は海と隣接して作られており、高台になっているため港と海が見渡せる。日本のように遊具があるような公園ではないが、塩害に強い樹木や花が植えられていて緑豊かで海も見えるので、たくさんの人がお昼休憩や散歩などをしているようだ。祭などもこの公園で行われる。グレンツのイベント会場でもある。ベンチが置いてあるのでそこに座って食べることにした。
「美味しい」
この世界の食べ物は、日本で食べていたものとあまり変わらない。洋食、という感じだ。普通に美味しい。
野菜や果物は見たことがあるものが多いし、主食はパンだけど米や麺もある。スイーツも豊富だ。
和食は見たことがないから、材料が手に入ったら今度作ってみたいと思う。炊き立てご飯に味噌汁が恋しい。
「アステーラってごはん美味しいよね。安いし」
「元の世界は美味しくなかったの?」
「いや、オレが住んでた国は豊かだったし、アステーラで見る料理はほとんど食べたことがあるよ。さすがに魔獣肉は食べたことなかったけどさ。文明はそんな発展してないのに食べ物は色々あるのが意外だっただけ」
料理がそこまで発達してないというのが、異世界転生ものの定番だからだ。まぁ、このアステーラには当てはまらないが。
「グレンツは美食の街だしね」
隣国との国境都市であり、他国との貿易が盛んなグレンツは、食材も豊富だ。移民も多く様々な国の料理を味わうことができる。
あらかた食べ終わったので、本屋で買った『稼げる冒険者になるために』という本を開いてみた。
「冒険者になりたいの?」
「そうだねぇ…とりあえず稼げるようになりたいから。一度は試してみたいかな」
ロイの言葉に頷く。
冒険者、異世界の職業ではテッパンだしな!
アステーラでは冒険者というのも、職業として認識されている。冒険者ギルドに所属し、魔物を倒して素材を売ったり、ギルドから護衛を受注したりする職業だ。高ランクの冒険者は有名人であり、稼ぎもいい。
「まぁ、もう少し体が快復したらね。魔法だけだと詰みそうだし、武器も持ちたいけど剣とか弓とか無理そうだし……あ、やっぱりロイ兄さんも銃って聞いたことない?」
「ああ。さっき武器屋で言ってたやつ?僕も聞いたことないね」
「大砲はあるよね?」
「あるよ。フォルトナーは辺境伯だし、隣国との境だからね。有事の際には騎士団の塔に砲弾があるから撃とうと思えば撃てるよ。あとは船に付いてたりするね」
「銃はその小さい版かなぁ。手で持てるくらいで、引き金を引くと中の弾が発射されるんだ。心臓や頭を狙えば人を殺せるくらいの威力だよ」
「へぇー」
オレが持つ武器としては最適だと思うんだけど。どうだろう。銃、作れるのかな。
「ねえロイ兄さん、新しく武器を作るのって難しい?」
「ああ、その銃を作りたいの?どんな形?土魔法で作ってみて」
おお。土魔法か。うまくできるか不安だけどとりあえずやってみよう。
「んーと、持ち手があって、引き金があって、細く長い銃身」
銃の形を思い出しながら、と言っても本物は見たことがないが。玩具の銃と、テレビや漫画で見たのを思い出して形成していく。
魔法で出した土の塊が想像通りに変形していくのがちょっと面白い。魔法の万能さを感じる。
「んー、こんなもんかな」
何とか形になった銃の模型をロイに渡す。土魔法超便利だな。
「見たことのない形だね」
「これが銃。持ち手を持って、この、引き金を引くと中の弁が開き、何らかの衝撃が加わって中に入ってる弾を押し出して発射する仕組み。試しにそこの木に向けて撃ってみてもいいかな?」
「いいよ」
引き金を引いて、土魔法で弾を撃つイメージを作る。10メートルほど先の木の幹に穴が空いた。魔法で作ったものだったので銃独特の音はしなかった。
「今のは魔法だけどね。魔法に頼らずに弾が発砲される武器としたい」
「すごい威力だね…引き金を引くだけでいいなんて」
ロイが銃をひっくり返して眺める。
「新しい武器を創るときは錬金術師に頼むといいと思うよ」
「錬金術師」
素敵な響きだ。錬金釜でぐるぐるするのかな。
「王都に来るなら僕もお願いしてる錬金術師を紹介するよ」
「本当?ありがとう」
錬金術師の知り合いがいるとは、さすがロイだ。銃の作製に一歩近付いたな。
「そういえば、全属性の件だけど陛下に報告したら、ニコの体調がよくなったらいつでも時間を取るって。王都までの移動もあるから、謁見は一月ほど先になると報告したけどいいかな?」
「まぁ、仕方ないか…」
本当は行きたくないけど断れないようだしな。
「うちの馬車でも3日半掛かるから、ニコと御者だけだと道中が心許ないな。ニコを連れてくる名目なら休めるだろうから、僕が一緒に行けるように調整して日程は連絡するよ。準備はしておいてね」
「うん、ありがとう!」
錬金術師に会えるのなら、王都へ行くのも楽しみになってきたぞ。転移の行き先も増えるしね!観光がてら楽しんでこよう。
ちなみに転移は行ったことのある場所にしか行けないが、ニコとしては王都に住んでいたこともあるので、いけるかなと思ったら駄目だった。
中身違うからな。