5 家族会議 その1
夕食の席に家族に集まってもらった。
オレの話を聞くのは、父母と兄2人、妹、そして叔父のロイの6人だ。
そしてオレの今後を決める家族会議が始まる。
ロイが昼間、リストと一緒にオレの魔力と全属性の確認をしたことを話し、以前のニコとのあまりの違いに中身が違うのではないかと疑ったこと、それをオレに問い質したこと、オレがそれを認めたことを告げる。
オレは昼間父やロイに話した、自分は異世界から転生してきたという内容を家族の前で話した。もちろん皆を害するつもりなどなく、認めてもらえないなら、出ていく準備があることも。
「アベル兄さんは信用すると言っているが、僕は完全に信用するにはもう少し時間を掛けたいと思う。とりあえずニコにはしばらく監視を付けることで同意している」
皆、ロイの言葉にどう反応していいか分からないようで静まり返る。
「信じられないな…」
長兄アルドの呟きも当然だろう。
「確かにロイ兄さんの言う通り、もう少し判断材料が必要だと思う。嘘を言っている感じではないけれど、信じるには荒唐無稽すぎて…」
アルドは真面目で慎重な性格だ。頭から否定をしないで意見を聞いてからと考えるところに好感が持てる。長男である彼は次期辺境伯になることが確定している。いい領主になりそうだ。
「私はニコが元気になってくれて本当に良かったと思うわ。多少中身が変わったのかもしれないけれど顔も体もニコそのものだし、記憶だってあるのでしょう?私はニコが言うことを信じるわ」
元公爵令嬢でおっとりした性格の母は家族をとても大切にする。病床にいた時はずっと心配を掛けてきた。母は元気なニコが戻ってきて嬉しいのだろう。中身は関係なく。
「わっ、私もニコお兄様が元気になってくれただけで嬉しいです。嘘を言っているようには聞こえませんでしたし、ニコお兄様を信じます」
妹のリーナはニコに懐いていた。自身は魔法を使えないので魔法使いになったニコを尊敬していて、仲の良い兄妹だった。兄弟で唯一の女の子であり、皆から可愛がられている。素直で物怖じしない性格の美少女だ。
「俺はニコの元いた世界の話の方が気になるな。嘘を言っているかどうか判断するためにも、もう少し元いた世界の話をしてくれる?」
次兄ディルは叔父、父の弟のバルトが経営しているフォルトナー商会の次期商会長になることが決まっている。
商人らしく、明るく社交的で新しいものが好きだ。
オレはディルの提案に頷いた。何を話そうかな。とりあえず住んでた場所からか。
「えーと…オレがいたのは地球という星の、日本という国。日本は独特な文化のある島国で、地球の中でも先進国といわれる豊かな国だね。国民性は勤勉な人が多いかな。あと、犯罪がすごく少ない国で有名だった。夜に女性が一人歩きしても平気だし、落とした財布が戻ってくるような安全な国だったよ」
「それは素晴らしいな…ぜひ秘訣を知りたいものだ」
父が感心したように呟く。うん。領主としては魅力的な国だよね。
「日本は共和国…かな?王家のようなものはあったけど、象徴的な役割が強くて政治には関わっていなかったよ。基本的に身分の差のない国だった。貴族もいないよ」
まぁ、身分の差はなくても貧富の差はあるけどな。
「ちょっと待って。星、って夜空の星のこと?」
ディルが引っ掛かったところを聞いてきたのでそれにも頷く。
「その星で間違いないね。地球は星だよ。アステーラでは太陽や月はアステーラを中心に廻ってるというのが常識だろうけど、オレのいた世界では違う」
「違うのか!?」
おお。皆驚いてるようだ。常識を否定されるってなかなかないからな。
「…説明するにあたって、とりあえず、オレが住んでいた地球と、アステーラを含むこの世界はほぼ同じものと考えてほしい。地球は球状であり、太陽を中心に廻る1つの星だ。なので、地球と同一のこの世界の中心は太陽ってことになる」
「え、でも太陽は動いてるよね?」
ディルが不思議そうに言う。もっともな質問だ。
「動いているように見えるだけだね。太陽は中心だから動かないよ。実際に回転しているのは地球。自分が回転すれば止まっている太陽が移動しているように見えるよね?太陽が見えるうちが昼、後ろを向いた時が夜。1周するのに掛かる時間が1日。自転しながら太陽の周りを廻っていて、ぐるっと1周すると1年。あ、ちなみに月は地球の衛星だから地球の周りを廻ってるよ。だいたい1ヶ月で1周する。満ちて欠けるまでだね」
オレの言葉に皆が絶句している。
「地球では天文学という学問があって宇宙の仕組みが研究されていたんだ。普通に学校で習うよ」
「…ウチュウというのは?」
「宇宙はこの星の外側かな?空のずっと先の、とてつもなく広い空間のこと。太陽含め地球もその一部だよ」
皆、絶句したまま固まっているようだ。この世界の人には刺激が強すぎたか。
「もしかしてこの世界が丸いというのも常識ではない?」
海の先は滝になってる感じ?
「…いや、球状なのは主張する者がいて、平面だという意見と対立している。ウチュウというのは初めて聞いたな」
父が答えてくれる。やっぱあるのか、平面説。
「中心の太陽は燃える巨大な星なんだよ。ものすごいエネルギーを放出してるんだ。地球で人が生きていられるのも太陽のお陰だよ」
「も、燃えている?」
皆の驚きが半端ない。
「そう。太陽は表面温度6000度の燃える巨大な星。太陽系…地球を含むこの世界の中心。地球は生き物が生まれて進化するための色々な条件がたまたま揃った、奇跡の星なんだ。…女神様が造った訳ではないと思うよ。証拠はないけど」
「……………」
どうやらオレの話はアステーラでの常識を、片っ端から簡単に覆しているようで、皆が何と反応していいか分からずに呆然としている。
「まぁ、証明できる訳じゃないから信じる信じないは自由だけど。地球では常識だったよ。面倒だからアステーラで主張はしないけどね」
異端っていわれて裁判とかにかけられても嫌だし。黙っとくに限る。
「オレが暮らしていた地球は、多分アステーラに住む人達には想像もつかないような高度な文明を持っていると思う」
ちょうど東の窓から月が見える。日本から見ていたのと変わらない月だ。今日は満月に近い丸い月だ。
「例えばそこの窓から見える月…あそこに人類は降りたことがある」
「は!?」
「もちろん誰でも行ける訳ではないけどね。月までの距離は約38万km。オレがいた世界にはそこまで行けるだけの技術があるってことだよ」
「あり得ない…」
皆が驚きに固まっている。アステーラでは、月に行くなんてお伽噺でしかないんだろうな。
「アステーラを含むこの世界は、魔素があるかないかの違いで分岐した地球の並行世界だと思う」
「並行世界?」
「並行世界っていうのは、同じ次元にある別の世界、かな?…例えば大きな選択をして、その結果うまくいかなかったとする。その選択をやり直したいって思うよね?」
「そうだな」
「その時点で別の選択をした世界が並行世界といわれる世界だと言われている」
ファンタジーの設定でよくあるパラレルワールドだが、まさか自分がその存在を肯定することになるとは思わなかった。
「地球もアステーラも1日は24時間。1年は365日。昼と夜があり、季節があって、太陽があって月がある。海や山があり、空は青く、食べ物も地球と共通のものが多い」
これだけ共通点があると、地球と同一の場所だ、と考えるのが自然だ。
「アステーラと違って地球には魔素がほとんど存在しない。そのため魔法もない。魔物も、人間以外に文化を持つ種族もいない。でも、魔法がないからこそ人間が知恵を絞り発展してきた世界だと思う」
同じ次元にある隣り合った別の世界。違いは魔素があるかないかだ。
アステーラは大気中に魔素があり、魔法がある。魔石があってそれを使った魔道具がある。魔物がいて、人間以外のいくつかの種族が存在する。
根本は同じかもしれないが、似て否なる世界だ。
「…改めて話を聞いて、やっぱり異世界から来たというのは説得力があるな。どれも俺には考え付かない、とても興味深い話だ。…俺はニコの言っていることを信じるよ。その上でニコをどうするかは、父上に委ねたいと思う」
ディルの言葉に皆が頷き、父の言葉を待つ。
「……私としては、本当は死ぬはずだったニコが生きていてくれるだけでいいと思っている。だが、ロイの言うように不確定要素がある以上、ある程度の監視は必要かと思う」
父が静かに言う。
「…よって、ニコは今まで通りで構わない。私達もニコとして接しよう。ただし、しばらくの間、行動の制限はさせてもらう。差し当たっては私の許可なくこの家の敷地内から出ることを禁ずる」
「分かりました」
父の決定にオレは頷く。皆も父の決めたことに異論はないようだ。
「…ニコの違いは分かる人には分かると思うんだ。特に親しくしていた人は違和感を持つと思う。ここの使用人や身内にもある程度の説明は必要かな」
確かにロイの言う通りだな。魔法を使うと余計に怪しく思われそうだ。
「ニコが死んでその体に別人が転生した、ではなく、ニコが死の淵をさ迷ったことで前世を思い出した、ってことにしたら?全属性になったのも前世を思い出したからにすればそれっぽいしな」
ディルがそう提案し、皆がいいんじゃないかと言う。
「その方が誤解がなくていいな。ニコ、それで問題ないか?」
父の言葉に頷く。
「女神様は転生者だと告げることは問題ないと言っていました。ただ、利用される可能性もあるから言うべき人を選ぶようにと」
「まぁ、そうだろうな。ニコのその知識はこの世界をひっくり返す可能性がある…それからその女神に会ったという話もやめた方がいい。アステル教に神子だなんだと担がれて身動きが取れなくなるぞ」
確かにそうだな。女神様の話なんかしたら、アストライアを信仰するアステル教がしゃしゃり出てきそうだ。めんどくさそうなので関わるのはご免だ。
「それでは、今日聞いたニコの秘密は、ここにいる者のみで秘匿する。説明の必要がある時だけこの『前世を思い出した』設定を使うこととする。とりあえず使用人には口止めした上で話しておこう」
使用人達が呼ばれる。父の話を聞き驚いているようだったが、それぞれ納得し受け止めているようだ。
嘘が混じっていることに若干の罪悪感は感じるが、この世界で生きていくためだ。
ニコになりきらなくては。