21 ラソワ
「ここがラソワ!」
ラソワは、グリーベル領都のリベルから北、四方を山に囲まれた地域にある街だ。山を越えて行くため、リベルからは一日掛かりで到着した。標高が高く、涼しい気候である。
グリーベル領は服飾に力を入れている領であり、有名なのは銀絹を使った服などだ。貴族でもなかなか買えない超高級品である。
絹は蚕から作られるが、銀絹を作るのは銀蚕という魔蟲だ。その製造方法は秘匿されているが、ざっくり言うと領内でその魔蟲を飼って作っているのだ。危険と隣り合わせの魔蟲を育てるとかすごい情熱だ。
今回は、その工場ともいうべき施設を見せてくれるという。
ラソワは通常の養蚕農家も多く、山沿いに六本角羊という比較的穏やかな魔獣も飼っている。頭がよく、快適な生活環境を整えておけばおとなしくしている魔獣らしい。名前の通り六本の角が特徴で、保温に優れ、丈夫でとても肌触りがよく軽い毛を持った羊の魔獣だ。
その他ラソワにはグリーベル領で育てた綿花や麻、羊毛なども集まる。
それに伴って糸を紡いだり、染色したり布を織ったりと服飾関係の職人が多い印象だ。
服飾ギルドの支部と冒険者ギルドもあり、山に囲まれた地域ながら住人も多くて活気のある街だ。
到着したのが夕方だったので、ラソワの町長の家に泊まらせてもらう。グリーベル家の分家だそうだ。
翌日、施設長を紹介された。彼はうちの父よりは年上だろうか。背の高い人だった。元冒険者で腕は立つらしい。魔蟲育ててるんだからある程度強くないと駄目だよな。
「ラソワでは隣接する山で銀蚕が好む桑を育て、桑の葉を与えて施設で生産しています。研究のために普通の蚕も何種類か育てていますよ」
あそこですね、と施設長が指差した先には大きな施設がある。入口には2人の警備員が立っていた。
「銀蚕を育成している施設は通常お見せできませんが、今日は公爵が許可を出しているので特別にお見せします。施設に勤務している者には守秘義務がありますので、他言無用でお願いします」
「分かりました」
警備員によって扉が開かれる。その先は小部屋になっていて、更に扉があった。小部屋には警備員室があり、監視されている。数人の警備員も待機しているようだ。厳重ですな。
「毒のある魔蟲を飼っていますので、出入りの際、こちらで消毒等を行います。また、許可証を提示させ警備員が確認していますので関係者以外は入れません」
オレと叔父のアルベルトも消毒をしてもらう。
「銀絹の作成は、布になるまですべてこの施設の中で行われますので、中はほとんどが職人の作業場ですね。危険区域は2階になります」
1階には糸を紡ぐ部屋と布を織る部屋がある。
それから職人達の休憩室や会議室、応接室などがあり、何人かの人の姿も見えた。1階は自由に行動できるようだ。
2階に上がる扉の前には警備員がいて鍵を開けてくれる。2階に出入りする者には鍵が渡されてるらしい。
小部屋を通過し先に進むといくつかの部屋があった。
「こちらが交配させるための成虫を飼っている部屋ですね。最も危険な場所なので外から見るだけでお願いします」
ガラス張りになっていて中の様子が窺えるようだ。桑の葉に隠れているのか銀蚕の姿は見えなかった。
「交配するためには成虫にならなければならないんですが、これが普通の蚕蛾と違ってやっかいで。たまに施設内に隠れていて蚕蛾になってしまう個体があります。もし向かってきた場合は鱗粉を浴びないようにしてください。麻痺毒があります」
麻痺毒か…。オレには効かないけど鱗粉浴びたら麻痺って結構いやな魔蟲だな。痺れて動けない間に攻撃されたら死ぬよ?
「卵が生まれたら別部屋へ回収しますが……成虫がいますので完全防備のうえ必ず3名で入室します。元冒険者の職員が対応しています」
なかなか命懸けだな。
「卵から孵化したら、桑の葉の中で育てます。こちらの部屋は入ってもらって大丈夫です」
部屋に入ると桑の葉が敷き詰められた大きな箱がいくつもあった。
うへぇ。でかい芋虫みたいのがいっぱいいる。銀蚕の幼虫は体もうっすら銀色だ。
「数回脱皮したら糸を吐き始めるので、こちらのまぶしに移します。幼虫のうちは毒はありませんが、たまに噛まれます」
格子状に仕切りがある入れ物だ。繭を作る部屋になる感じだな。
「3日ほどで繭になりますので、交配する分を除いて高熱で乾燥させます。乾燥させると中の蚕はカラカラになって死にますので、そのまま保管しておきます」
うーん。繭を開くとカラカラになった死体がある訳ね。深く考えないようにしよう。
「こちらが銀蚕の繭です」
「けっこう大きいんですね」
施設長の掌に乗った銀色の繭は、普通の繭の10倍くらいはある。
「銀蚕自体が大きいですからね」
銀蚕の成虫は羽を広げた状態だと30cmほどの大きさだ。この世界の魔蟲は予想とサイズが合わなくてビビる。田舎育ちで虫にそれほど抵抗のないオレでも、でかい虫はかなり気持ち悪い。
「これを茹でて紡いで糸にして、それから織機で布にします。数が少ないので手作業ですね」
絹の製法は東方から伝わってきた技術だ。
グリーベル領ではいち早く技術を買い取り実践し、数十年かけて領民にも養蚕を普及させた。今では魔蟲にまで応用する技術があり、アステーラでの絹織物の第一人者だ。
「量は増やせそうかな」
「服飾ギルド長より話は聞いています。刺繍糸とのことなので、機織りは一時中止して布に関しては在庫で対応するようです。布を織る時間が掛からなくなるので回転は早くなると思います。服飾ギルドの方では刺繍糸の試作も始まっていますよ」
領主である叔父の期待に応えて、服飾ギルド長のセルジオも動いているようだ。帰りに服飾ギルドにも寄ってみることにした。
「後は交配用の成虫の確保を多めにして…銀蚕は、近親での交配が進むと絹の色艶が悪くなるので、山で野生のものを捕獲する必要があります。冒険者ギルドへの依頼を増やして対応する予定です」
「よろしく頼むよ」
頷いた叔父の顔は満足そうだ。
施設長に礼を言って施設を出る。施設は街の外れにあったが、服飾ギルドのラソワ支部はメインストリートにあった。支部とは言ってもかなり大きな建物だ。リベルにあるのと遜色ない。
「アルベルト様、ニコ様!」
建物の中に入ると、待っていたのかセルジオが駆け寄ってきた。奥に案内され席に着くと、女性がお茶とお菓子を出してくれる。
「セルジオさん、早いですね」
「あれからすぐ馬で。暗くなる前には着きましたよ」
セルジオは一昨日の夜にはラソワに入っていたらしい。リベルには布になった銀絹しかなかったため、いてもたってもいられなくて、すぐに出発したという。
「刺繍糸の試作ももう始まっていると聞いたが」
「ええ。銀絹の刺繍糸に最適な縒り方を試行錯誤中です。試しに刺したハンカチがありますのでよかったらお持ちになってください」
叔父の言葉にセルジオが紺色のハンカチを差し出してくる。
「わ、名前の刺繍がしてある」
見ると銀色の糸でニコという名前と葉っぱのような模様が描かれている。叔父のものもアルベルトという名前が入っていた。
「あまり刺繍は得意ではないので簡単なものですみません」
「セルジオさんが刺繍したんですか!?」
「一応服飾ギルド長ですからね。ちなみにハンカチは綿と絹の混紡布になります。洗濯が簡単なので普段使いにお薦めですよ」
「ありがとうございます。使わせてもらいますね」
服飾ギルドは賑わっていた。布などを買いに来る人と納品に来る人、商談をする人。何故か冒険者らしい風貌の人もいた。
「商品を見学しても?」
「もちろんです。ラソワは服飾関係の職人が多いので、職人向けの道具も素材も充実していますよ。アルベルト様、ニコ様に中を案内してよろしいですか?」
「構わないよ。私は少し支部長と話してくる」
「分かりました」
セルジオはオレを案内してくれるようだ。
広い建物の中は服飾ギルドらしいというか、様々な色の布や糸、毛糸が受付カウンターの奥に並べられている。
糸を紡ぐ機械や布を織る機械、編み機、ミシンなどの大物から、ハサミや針などの小物まであらゆるものが揃う。
「色々なものがありますね」
ガラスケースに展示されているハサミだけで何種類もあった。値段もピンキリだ。この魔石が付いてるハサミなんて大金貨だ。
「これは魔道具のハサミですね。ミスリル製で魔獣の革を切るのに適しています」
「へぇー」
グリーベル領は服飾に力を入れている領である。
服飾に特化した服飾ギルドという領営の組合があるのも、グリーベル領だけだ。王都にも商業ギルドはあるが服飾に特化したギルドはない。
服飾ギルドの仕事は、自領で生産した布や糸などの適正価格を決めること、素材の買い取りや販売、ギルドに所属している職人等の支援や融資、研究など多岐に渡る。
グリーベル領では、養蚕や羊飼い、綿花等を作る農家、素材を加工する工房、服を作る工房、服飾師、販売する店も服飾ギルドの所属になる。領民の半数以上が所属しているという。銀蚕を飼育して銀絹を作っている施設も服飾ギルド所属になっている。
「服飾ギルドって誰でも入れるんですか?」
冒険者風な人がガラスケースをじっくり見ているので気になった。
「服飾に携わっていなくても準会員として年会費を払えば買い物をすることができますよ。あの冒険者の方は魔物素材をご覧になっているようですね。珍しいものが入ることもありますし、卸値で買えますから」
「なるほど。オレも登録しようかな?」
魔物素材、興味ある。冒険者になったら見に来ようかな。
「ニコ様なら無料でギルドカードをお作りしますよ。領主の身内ですし、服飾ギルドは領営ですからね」
セルジオがギルド職員に指示を出し、帰り際に金色の服飾ギルドカードを貰ってしまった。…色合い的になんとなくVIPなカードの予感がする。まぁいいか。貰えるものは貰っとこう。
それから叔父とラソワの街を観光して、用事も済んだので明日にはリベルに帰ることになった。




