16 錬金術師
次の日の朝、食堂へ行くと先客がいた。
「あっ、ニコ兄さんおはよう!マリサに泊まってるって聞いて会いたかったの。元気そうで良かったわ!」
「ルチル…心配かけたね」
抱きついてきたルチルの頭を撫でる。
ルチルは父の弟であるバルトの二女で、ニコの従兄妹だ。フォルトナー商会長の娘であるルチルは、カストーアにある商人学校へ通っている。ニコの2つ下で最終学年の3年の時にこの屋敷で一緒に生活していた。ニコの具合が悪くなるのを見ていた人だ。もう一人の妹のような存在である。
「ルチル、久しぶりだね」
「ロイ兄さんも泊まったの?近いんだから騎士団の寮に帰ればいいのに」
「たまにはいいじゃない。マリサのごはん美味しいしさ」
「そうね」
ロイとルチルはニコよりも血が近いのでなんとなく顔の作りが似ている。明るい茶髪に緑っぽいヘーゼルの瞳なのも同じだ。王都にいるロイはマリサのごはんをたまに食べに来ているらしく、ルチルとも仲がよさそうだ。
「私はもう学校に行かなきゃならないけど、夕飯は一緒に食べられる?」
「うーん、どうだろう」
謁見の後って、食事会か何かあったりしそうだな。
「うちの隊長が食事を是非一緒にと言ってたよ」
「そうなんだ…」
魔法部隊の隊長か。会っておくべきだろうか?
「ごめんね。明日の朝でいいかな?」
「じゃあ、明日の朝はルチルお嬢様の好きなパンケーキを焼きますよ。生クリームとフルーツもたっぷりとのせて!」
「本当?楽しみだわ」
ルチルはスクールバスならぬ馬車の時間があるらしく慌ただしく出掛けていった。
マリクレイからカストーアにある商人学校へ通っている学生は少なく、ルチルともう一人、伯爵家の二男が通っているそうだ。
正直歩いても時間は変わらないのだが、一応商会長の娘と伯爵の息子ということで自己防衛のため馬車を使っている。かつてのニコもそうだった。
ルチルを見送ってロイと朝食を食べる。
焼き立て熱々のホットサンドに、オムレツ、野菜スープにサラダ、フルーツヨーグルトと定番の朝食だ。マリサの料理はとても美味しい。
食事は日本にいた時とほとんど変わらないんだよね。ホテルで出る洋風朝食といった感じだ。使われている素材もいいし、美味しい。
「ゴードンは、元々騎士団の錬金分室で働いてた人なんだけど色々あってやめちゃってね。今は王都で小さく店を開いてるんだ。腕は保証するよ」
錬金分室とは騎士団の装具などを作製する、いわゆる裏方の仕事だ。錬金術師や鍛冶師の資格を持っていないと所属できない。
ゴードンの店は9時開店。カストーアの北地区にあるらしい。御者はセリロに頼んだ。案内のためにロイも御者台に乗っているため馬車には一人きりだ。
北水門からカストーアに降り、しばらく進むと到着したようだ。ゴードンの店は住宅街の中にあった。
馬車は停める場所がなかったので、セリロには先に帰ってもらった。
中に入るとカウンターがあるだけの狭い店だった。カウンターの向こう側に剣や魔道具が少し置いてあるだけで、あまり商売っ気も感じられない。
作業スペースは別にあるらしく、期待した錬金釜とかもない。
「こちら、錬金術師のゴードン。こっちは僕の甥のニコだよ」
ロイに紹介された錬金術師は、浅黒い肌に小柄で筋肉質な体つき。それから立派な髭。ドワーフだ。手先が器用、ってイメージ。
この世界には人間以外の種族が存在する。アステーラではあまり見掛けないが、ドワーフは南の大陸に小さな国家を持つ種族だ。独特な文化を持つという。
ゴードンは錬金分室を辞めたと言っていたが、ドワーフなのも関係あるのかもしれない。
「ニコ・フォルトナーです。よろしくお願いします」
「ゴードンだ。ロイが今までにない面白いものが作れると言うから楽しみにしていた」
錬金術師の他に、鍛冶師と薬師、魔道具師の資格も持っているらしい。多才だな。
「何を作りたいんだ?構想を聞こう」
「形はこんな感じですね」
土魔法で作製した銃の模型をゴードンに渡す。ひっくり返して筒の部分や引き金を確認している。
「見たことのない形だな。ああ、敬語はいい。貴族に敬語で話されるとぞっとするんでな。普通に話してくれ」
…何か貴族に嫌な思い出でもあるんだろうか。
「分かった。名前は銃、っていうんだけど。構造は持ち手を持って、この、引き金を引くと中の弁が開き、何らかの衝撃が加わって弾を押し出して発射する仕組み。どんな感じか見てもらいたいんだけど、どこか実験できる場所ある?」
「じゃあ、庭へ行くぞ」
ゴードンの店は住宅街ながらまあまあ大きな庭があった。作成した武器や魔道具を試すためらしい。
引き金を引いて、魔法で弾を撃つイメージを作る。5メートルほど先に設置された的に穴が空いて突き抜けた。
「今のは土弾の魔法だけどね。魔法に頼らずに勢いよく弾が発砲される武器としたい」
「なるほど…この筒の部分から弾が出るんだな」
弾系の魔法は、魔力の塊を勢いよく撃つ魔法だ。銃の威力に近い。
「それなら魔法で土弾を撃つ魔道具にした方が簡単だ。魔石をつけて、引き金を引くと土弾が発動するように魔法陣を描けばいい。弾の硬さも速さも調整可能だ。他の属性…氷か雷で、連射できると威力も高そうだ」
「うーん、それも良さそうだけど、物理攻撃にしたいんだよね…属性攻撃なら魔法撃った方が早いし」
「物理攻撃か…」
ゴードンが考え込んでいる。難しいのかな?
「弾はこんな形。これは土魔法で作ってるけど、金属で作りたい。属性のない物理攻撃にしたいんだ」
ゴードンに先の尖った弾を見せる。とりあえず飛距離が伸びそうなこの形にした。
本物の銃の方は、弾の中に火薬が入ってるって聞いたことがある。作るのは手間が掛かりそうなので却下。
確か織田信長が使った火縄銃は、火縄の火が火薬を爆発させて発砲するんだったな。…危険だな。でも単純だ。
「例えば爆発を内部で作ることは可能かな?」
「魔石と魔法陣を使えば可能だ。弁を開くと爆発するように魔法陣を描けばいいが、暴発するかもしれないし、素材の金属が立て続けの爆発に耐えられるかも分からない」
「そっかぁ…他に何か案はある?」
実弾の銃は作るのが難しいのか。オレもそんなに知識がある訳でもないしな。どんな素材を使って、どんな仕組みで銃ができてるのか、それもよく分からない。
「そうだな…爆発の代わりに魔法で勢いよく撃つことはできるが…いや、弾を詰める手間と…そもそも弾を作成するのもどうするんだ?鍛冶師に頼むと時間も金も掛かるぞ」
金属を鋳型に流して銃弾を作るとしたら、確かに時間も金も掛かりそうだ。そもそも作ってくれる鍛冶師がいるのか?剣や鎧を作るのが仕事だろうに。
「ゴードン、試しに錬金魔法で作ってみてよ」
「あれは一応金属だがそのまま使うには向かないぞ」
ロイ達のやり取りに首を傾げる。
「金属の弾は錬金魔法で作れるの?」
「ああ、だがこのままでは金属かどうかも怪しい代物だぞ。燃費もすごく悪い…ほら、」
差し出されたゴードンの掌の上に銃弾が乗っている。
「おお…すごい」
手に取ると土魔法で作った時のように脆くはない、固い銃弾だ。素材はよく分からないが銅のような鉄のような感じだ。普通に金属だと思う。
「ニコ、錬金術っていうのは、錬金魔法で生み出した金属に、他の金属なんかを混ぜて別の金属を生み出すことをいうんだ」
錬金魔法で生み出した金属か。
「それならオレが錬金魔法を覚えれば実弾じゃなくて魔法で銃が撃てるってこと?」
「まぁ、一応そうなるな」
魔力で金属が作れる。そうなれば物理攻撃魔法ってことだよな。手裏剣とか撒菱とかの使い捨ての武器にもいいかもしれない。
「オレに錬金魔法を教えてほしい。もちろん対価は払う。言い値で構わない」
出資は惜しまない。物理攻撃確保のために!
「別に金はいらんが、火・水・風・土の4属性が必要だぞ。時間も掛かるが…。ああ、全属性だったか」
「ゴードン、面白いから教えてやって」
ロイが援護してくれる。
「火・水・風・土ならロイ兄さんも使えるんじゃないの?」
「僕はやらないよ。ゴードンも言ってたけど燃費が悪いんだよ。こんな小さな弾を一つ作るのに4属性も使って魔力を大量に使う。錬金術師は生産職だから、鍛冶師や魔道具師を兼ねてものづくりをするならいいけど、魔法で魔力をガンガン消費する魔法使いとは両立できないんだ」
「なるほど…」
魔法使いなら魔法を使いたいしな。
「錬金魔法は大量の魔力を使う。他の金属と混ぜて錬金すれば強い金属が作れるのに、錬金魔法で作ったのはただ石よりは硬いだけの金属だぞ。それでもいいのか?」
「もちろん。金属の質は特に気にしない。物理攻撃になればいいんだ」
「そうか…よし分かった。教えよう」
「ありがとうゴードン先生!」
「やめろ」
両手で手を握ったらドン引かれた。
「錬金魔法とは、魔力から金属を生み出すことを言う」
ゴードンがさっき作った銃弾を見せた。
「必要属性は火・水・風・土の4属性。魔力から金属を作り形を変えるまでが錬金魔法だ。その後は錬金魔法で生み出した金属に、他の金属等の素材を混ぜて錬成し、別の金属を生み出すことを錬金術という。この配合や錬成方法は錬金術師のみで秘匿された技術なので教えることはできないが…」
「もちろん構わないよ。錬金魔法さえ覚えられれば」
錬金術までやるつもりはない。金属を混ぜるなんてすごく熱そうだし。
「最初は魔力から金属を生み出す感覚を覚える。土魔法での成形ができるのなら、そこに他の属性を足していく感じになるな」
「なるほど…」
4属性を混ぜる。
イメージする。土魔法で作るキューブに火と水、風を少しずつ足して、金属になるように。金属っぽさが足りなかったので別の配合にして何個か作ってみる。
「錬金術師志望の学生が一月かけて覚える錬金魔法をそんな簡単に…」
唖然とするゴードンの肩をロイが叩く。
「転移も30分で覚えたからね」
「信じられんな…」
「気にしたら負けだよ」
何の勝負だ。
「これさぁ、作る人によって個人差あるよね」
「そうだな。人によって質が違うな」
最初に作った均等なものから、火属性が多め、水属性が多め、風属性が多め、と配合を変える。土属性を少なめにするとよく分からないものができた。
このまま銃弾として使うから、とにかく固く!
「何個作ったんだ。魔力多すぎだろう」
20個くらいか。最後に作ったやつが一番うまくできた気がする。ゴードンもこれで問題ないと言ってくれた。
次に形を変える。まず銃弾。そのまま魔法で撃ってみる。5メートルほど先に作成した氷壁を破壊した。固くていい感じだ。
次に剣の形に。大量の剣が空から降ってくるのとかやってみたいな。とりあえず危険だから5本くらいでいいか。
「…お前はいったい何を作っている?」
「ん?錬金魔法で作った金属で剣を作れば物理攻撃になると思って。戦闘でも使えるだろ?」
「戦闘…」
「そ。こんなふうに」
作った剣を飛ばしてみる。勢いよく地面に刺さった剣を見てゴードンが絶句した。
「まさか錬金魔法を攻撃に使おうと考えるやつがいるとはな…」
「だから言っただろ。ニコは非常識だって」
ロイよ。オレについて、どんな説明をしている?
「まぁ、錬金魔法は自由に使えばいい。銃の作成はどうする?」
そうだ。錬金魔法に気をとられて大切な依頼を忘れてたよ。銃を作ってもらうために王都に来たんだからな。
「属性の銃と、錬金魔法の銃、二種類お願いしたい。開発費用は大金貨5枚(75万)でどう?足りなかったら受け取りの時に払うよ」
「充分だ。その金額なら素材はミスリルを使おうと思うがいいか?魔力伝導が高いから銃に最適だと思う。ミスリルなら自作できるから値段も抑えられるぞ」
「それでいいけど…ミスリルって作れるの?」
ミスリルはミスリル銀とも呼ばれる美しい銀色が特徴の金属だ。魔力をよく伝導するので、魔法剣などによく使われる。
「ミスリルは錬金術師が作れるとされる自然界にない金属だ。王都で売っているミスリル製の剣なんかは、錬金分室の錬金術師が作ったものだぞ。ミスリルは団のいい収入になるからな。決まった数を納めないとならないんだ」
「そうなんだ…」
騎士団の本部にある錬金分室は、武器や防具、魔道具などの研究や作製がされている。給金はいいが作製ノルマがありなかなか大変らしい。ゴードンのように辞めてしまう人もいるとか。
「ミスリルの大雑把な作り方は、錬金魔法で生み出した金属に銀などの他の金属等を混ぜ、火と水と風魔法で適切な温度に調整しながら作る。実は原価はそんなでもないんだ」
聞いただけですげー大変そう。高価なのも納得だ。
鋼鉄の剣は銀貨5枚(1万5千円)で買えるが、ミスリルの剣は大金貨1枚(15万)する。
「属性の銃は弾系の魔法を発射させればいいんだよな?何種類か作ってみる」
「お願いするよ。錬金魔法の銃はできそう?」
「そうだな…そっちは時間が掛かりそうだ。銃に錬金魔法で作った弾をこめて撃ちたいんだよな?」
「そうだね」
物理攻撃にしたいんだよね。
「錬金魔法に使うのは火・水・風・土の4属性だから、魔石を4個使って、それぞれの属性の魔力を吸収しながら魔法陣で錬金、弾の形にして、引き金を引いた時に撃ち出すってところだな」
「できそう?」
「難しいが…職人冥利につきる。燃えてきた…!やってやるぞ!!」
おお。ゴードンが燃えている。
属性の銃は一週間ほどでできるらしいので、転移でまた取りに来ることにした。
出来上がりに期待だ。




