13 服飾の街リベル
グリーベル公爵領の領都リベルに到着した。
グリーベル領は服飾に力を入れている領であり、メインストリートには服や布地等を売る店が多い。そのせいか領民もお洒落であり、なんとなく街並みもお洒落である。
道中魔獣が出て時間を食ってしまったので、もう夕方だ。夕陽が街を照らしている。
アステーラではあまり灯りが発達していない。通常の店と同じく、冒険者ギルドも暗くなると閉まってしまう。
閉まる前に急いでリベルの冒険者ギルドへ行くことにする。リベルの冒険者ギルドは石造りで頑丈そうな建物だ。まもなく閉館の時間帯のため、オレ達以外に利用している者はいないようだ。
オレはギルドカードを持っていないので、リストに解体と買い取りを依頼してもらうことにした。魔法部隊所属のリストは冒険者ギルドでも知られているらしく、遅い時間に来たのに特に嫌な顔をされることもなく対応された。
「遅くに悪いな。黒魔牛が4体。解体を頼みたい。あと捌いて肉にしたのがあるから一部買い取ってくれ」
リストがリアル牛の置物が乗ったかごを受付に置く。
「?小さいですね?」
受付の女の子は不思議そうな顔だ。
「これから大きくする予定だが…場所はあるか?」
「?…じゃあこちらに」
不信そうにしながらもリストが相手だからか一応解体室の方へ案内してくれる。部屋には灯りがついていたがやはり薄暗かった。奥からギルド職員もやってくる。
リストは小さくした黒魔牛をかごから出して、作業台の上ではなく、床に置いた。
作業台に置いたら落ちるからね。
「ニコ」
リストが促したので元に戻してみることにする。なるべく品質が変わってませんように!
「えーっと、戻れ」
ビッグ○イトをイメージして魔法を発動すると、黒魔牛が元の大きさに戻っていく。大きな魔獣が積み重なる状態にギルド職員も驚いている。
元の大きさに戻ったので一応成功だ。品質を確かめてみないと完全に成功とは言えないが。
「…こんな魔法は初めて見ました」
「安心しろ、俺も初めてだ」
受付の女の子の呟きにリストが返している。いや、オレも初めて使ったからね。うまくいってよかった。
「解体してもらっていいか?初めて使った魔法だから、品質は保証できないが」
「悪いが今から解体は無理だ。この通り暗いんでな。明日の朝一でどうだ?」
リストの言葉にギルド職員が返す。確かに部屋は薄暗い。刃物を使うし解体は難しいだろう。
「ニコ、どうする?」
リストが振り向いた。明日は朝出発する予定だ。できれば今日のうちにやってもらいたい。
「明るかったら解体してもらえるかな?」
「?ああ、そうだな」
ギルド職員は不思議そうにしながらも頷く。
「解体するのはここでいい?」
「ああ」
「わかった。…スイッチオン」
フォルトナー家で披露した電灯魔法を発動した。パチンと電気のスイッチを付けるように。部屋が日本にいた時のように明るくなる。
「昼間のように明るいぞ!?」
リストとギルド職員の驚き方がうちの家族と同じだった。やっぱりこの世界だとそういう反応なのね。
あれ以来、フォルトナー商会と共同で魔道具の電灯の開発が進められている。今年の夏辺りから実用化できそうだ。
「この魔法は多分半日くらいは持つと思う。どう?解体できそう?」
「もちろんだ!一時間ほどで終わると思うがどうする?待つか?」
ギルド職員はすぐに解体をしてくれるようだ。解体の結果が気になるが、オレには予定があるから一時間も待てない。
「オレは夕食の約束があるからもう行かなきゃ。明日の朝までに終わってればいいよ」
グリーベル公爵はニコの叔父で、母の弟にあたる人物だ。祖父母や叔父に挨拶に行くと手紙を出したら、夕食を一緒にとるように返事がきた。今頃首を長くして待っている筈だ。
「じゃあ、明日の朝また来てくれ。部屋を用意しておく」
ギルド職員の申し出に頷く。
「あ、ニコ、グリーベル公爵のことに行くならこれも持っていけ。高級肉だから土産にちょうどいいだろ」
リストから肉の塊を渡される。ずっしり重い。
確かに喜ばれそうだが……
「リストさん、一緒に泊まらないんですか?」
「公爵のところになんか恐れ多くて泊まれるかよ。それにいい肉も手に入れたから、王都に転移で戻って冷蔵庫に入れてくる。明日の朝には戻るから。7時にここで待ち合わせな」
そうか。転移が使えるなら宿屋に泊まる必要もないんだな。
「分かりました。ではまた明日」
夕食の時間になってしまうので、オレは急いで公爵邸に向かうことにする。
「リストさん、誰だいあの人は。とんでもねぇな」
ニコがギルドを出ていくと、ギルド職員がリストに話し掛ける。実はこのギルド職員、リベルの冒険者ギルドのギルドマスターであった。
「ああ。彼はニコ・フォルトナー。フォルトナー辺境伯の三男。母親はグリーベル公爵の姉だな」
「公爵の親族かい。そりゃすごい。魔獣を大きくする魔法といい、灯りといい、ビックリ箱みたいな人だな」
「ニコは魔法使いなんだが色々と規格外なんだ。これから色々とやらかしてくれるだろう。冒険者になりたいみたいだし、顔を繋いでおくといいぞ」
「確かに、あの実力じゃ国が放っておかなそうだ」
そんな会話が交わされていることなど、ニコは知るよしもなかった。
リストと別れ、ギルド脇の広場に停めてあった馬車に乗り公爵邸を目指す。
リベルはなだらかな丘を中心に作られた街であり、街の中心にある公爵邸までは緩やかな上り坂だ。大きな街であり、ギルドから公爵邸までかなりの距離があった。
領主館と公爵の屋敷は高い位置にあるので、遠くからでも見ることはできる。リベルのシンボルである領主館とそこに連なる領主邸は完全に城である。
しばらく馬車を走らせ、領主館の入口に到着した。門番に話は通っているようですんなり通過できた。
門を入ると庭になっているのだが、立派な木々や美しく整備された花壇、噴水やガラスの温室などがあり、庭というか庭園だ。さすが公爵家だな。規模が違う。
馬車を降りると執事が待っていた。
執事に案内されて応接室に通される。
「ニコ、よく来たね。体調は大丈夫?道中は何事もなかったかい?」
グリーベル公爵のアルベルト・グリーベルは、ニコの母親ロレナの弟だ。30代後半で、細身で穏やかそうな容貌だが、かなりのやり手という噂だ。魔蟲である銀蚕の生産もアルベルトが進めたらしい。
「叔父上、ご無沙汰しております。ご心配をお掛けしましたが、このように元気になりました。主治医からももう心配ないと言われています」
「そうか。よかった」
「ありがとうございます。あ、道中で黒魔牛が出まして。その肉がこちらです」
執事にリストから預かった肉の塊を渡す。実家から預かってきた葡萄酒などの土産は、御者のセリロに頼んで運んでもらっている。
「いい肉だね。美味しそうだ。黒魔牛は美味だけど危険な魔獣だと聞くよ。怪我はないかい?」
「大丈夫ですよ。同行していただいた魔法部隊のリスト・パルシネンさんが一撃で倒しました。この肉もリストさんが解体して、持たせてくれたんです」
「パルシネン伯爵の三男だね。魔法部隊に末の息子がいるってよく自慢しているよ。魔法部隊に何かお礼をしておこう」
「喜ぶと思いますよ」
リストは伯爵にとって自慢の息子であるらしい。
魔法使いの地位が高いアステーラでは、魔法部隊所属はそれだけでステータスだからな。
「アルベルト様、ニコ様、お食事の用意ができております」
「ああ。では行こうか」
執事の案内に着いていく。部屋に入ると祖父母が笑顔で出迎えてくれた。
「ニコ、よく来たな。元気そうでよかった」
先代の公爵である祖父エリオットが言った。祖母エルナも頷いている。
「おじい様、おばあ様、ご心配をお掛けしました。またお会いできて嬉しいです」
最後に二人に会ったのはオレが転生する一月ほど前だ。誕生日が2月なので、成人の祝いも兼ねて見舞いに来てくれたが、ニコは病状がよくはなく、あまり話もできなかった。
「ニコ、よく顔を見せてちょうだい」
祖母がオレの頬に手を当てる。その顔は母によく似ていた。
「健康になったのね」
「はい。主治医からももう悪いところはないと言われています」
「そう。良かったわ…」
祖母であるエルナ・グリーベルは、60歳を過ぎている筈だが30代程にしか見えない美魔女だ。母と並んでも姉妹にしか見えないだろう。
「エルナおばあ様は、相変わらずお美しくて驚きました。美魔女ですね」
「美魔女?」
聞きなれない言葉だったのか、祖母が繰り返す。
「気を悪くされたら申し訳ありません。おばあ様がいつまでもお若くていらっしゃるので、年を取らない魔法をかけている魔女のようだと思いまして。つい美魔女と」
「まぁ、面白い表現ね。気に入ったわ」
機嫌を悪くしてはいないようだ。
アステーラで魔女というのは悪い意味はない。単純に魔法使いの女性か、魔法が使える女性という意味で使われる。魔法が使えて素敵な女性、といった印象だ。祖母も魔法が使える人なので、魔女と言われても抵抗はないらしい。
「では、食事にしよう」
叔父に促され、用意された席に着いた。席は祖母の隣、前が従妹のエリアナだ。エリアナの隣が叔母のソフィア。公爵の妻でエリアナの母だ。
「ニコさん、お元気になられたようで良かったわ。体調は大丈夫なの?」
「ええ。主治医にも問題ないと言われています」
席に座るとソフィアに声を掛けられる。
「ニコお兄様、また魔法を見せてくれる?」
「もちろんいいよ」
エリアナは9歳、可愛らしいレディーになっている。兄のレナートは王都にある文官学校へ通っているため公爵領にはいないそうだ。
料理が運ばれてくる。シャルロワ式のコース料理だ。フレンチに近く、前菜、スープ、サラダ、メインが魚と肉、デザートの順で出る。フォルトナー家ではビュッフェスタイルが多いため、新鮮だ。美味しい料理に舌鼓を打つ。
「ニコ、葡萄酒や塩を沢山いただいたようだ。ありがとう。義兄上にもよろしく伝えてくれ」
料理も終盤になった辺りで叔父が礼を言ってきた。
「そうなのか。私もフォルトナー産の葡萄酒は好物だから嬉しいよ」
祖父がにこやかに言った。
フォルトナー領で生産している葡萄酒や塩は日持ちもするし、土産として外さない定番だ。
「中に一つ、見慣れないものが入っていた。これなんだが…」
「ああ、懐中電灯ですね。灯りです。魔石がついている方をこちらに向けて手に持って、スイッチを押してみてください」
叔父が持っているのは、兄のディルからいい笑顔で渡された試作品の懐中電灯だ。貴族向けに作られたもので、銀製の筒に魔石がはめ込んであり、なかなかに美しい仕上がりだ。
フォルトナー領で実用化を進めている電灯は、オレも開発者として意見を求められているが順調なようだ。電灯についてはグリーベル公爵にも話を通しておくといいと言われているので、今回葡萄酒等の土産に紛れ込ませていた。
「おお、これは明るいな!火の魔石ではないのか?」
「本当ね。こんなに小さいのにすごく明るいわ」
スイッチを入れた叔父が驚く。叔父が懐中電灯をひっくり返していると、隣の叔母も覗きこんでいる。
「雷の魔石を利用した携帯用の灯りです。主に夜道を歩く時などに使います。家の中の灯りや街の灯りも試作中で、フォルトナー領ではこの夏から実用化する予定です。話の種にと思いまして」
「なるほど…携帯用でこれだけ明るいなら、家で使う灯りはどのくらい明るいんだ?」
「魔法でよければ再現しましょうか?」
「ああ、頼む」
「分かりました…スイッチオン」
冒険者ギルドの時と同じように、部屋の電気を付けるイメージで魔法をかけた。
薄暗かった部屋が一気に明るくなる。
「昼間のように明るいぞ!?」
そこにいた皆が驚愕した。
この台詞を聞くのは本日2回目だ。
「これが雷の灯り…すごく明るいな。ニコの部屋もこんなに明るいのか?」
「フォルトナー家の屋敷では色々と試作を置いてあるので、今はどの部屋もこの明るさですね」
フォルトナー家では部屋や廊下の灯りは試作のテストを兼ねて、雷の魔石を使用したものに徐々に切り替えている。日本の家に近い明るさになっていて、家族や使用人達にも好評だ。
「これはぜひうちの領にも導入したいな。詳しい話はどこに聞けばいい?」
「フォルトナー商会にお願いします。商会長かディルに」
「分かった。早速連絡してみよう」
その後、明るい部屋で食事が続けられ、話も弾んだ。
「ニコ、リベルにはいつまでいられるの?」
祖母が食後の紅茶を飲みながら聞いてくる。
「王都で国王陛下に謁見しないといけないので、長居はできないですね。明日の朝に立ちます」
「ああ、あなた、全属性になったんですってね。驚いたわ」
「ご存知でしたか」
さすが公爵家だ。それくらいの情報は手に入れてるか。
「全属性なんて前代未聞だからな。陛下も時間を作るだろう。ここで時間を取らせるわけにはいかないな」
祖父がそう言うと祖母が頷いた。
「じゃあ、ゆっくりはできないのね。王都からの帰りに寄るのはどうかしら」
帰りか。それなら問題ないな。どうせ馬車で帰るなら通り道だしな。
「そうですね。帰りに寄らせていただきます。せっかくなので銀蚕も見てみたいですし…」
「銀蚕を見るのなら、リベルではなくてラソワよ。時間があるなら寄っていったらどう?」
「そうですね。そうします」
「じゃあ、お茶とお買い物に付き合ってもらおうかしら。楽しみだわ」
「はい」
了承すると祖母は嬉しそうだ。随分心配を掛けたようだし、おばあ様孝行するのも孫の努めだろう。
「ニコお兄様、私ともお話ししてね。あと魔法も見たいの!」
「分かったよ、エリアナ」
可愛いお姫様の頼みは断れないな。
明日の朝は早いので、挨拶せずに出発することを伝え、王都の帰りにまた寄らせてもらうのと、就寝の挨拶をして下がらせてもらった。
公爵邸のベッドは、とてもふかふかで寝心地がよかった。




