12 初魔獣に遭遇
翌日の朝、レイザンを出発する。
次に目指すのはグリーベル公爵領の領都リベルだ。母ロレナの出身でもある。
レイザンはグリーベル領との境にあり、2つの領を隔てている川に掛かる大きな橋を渡るとグリーベル領である。
街道沿いでは羊を飼っていたり、綿花の栽培をしている村が多く、牧歌的な景色が続く。グリーベル領は服飾に力を入れている領であり、その素材の羊毛や綿、麻、絹などは自領で賄っている。
また、素材になる魔物を家畜化する試みも行っていて、保温、保湿に優れる六本角羊や、銀絹を作る銀蚕など、特産としてブランド化することにも成功している。
「ニコ坊っちゃん、リスト様!魔獣です!」
グリーベル領に入ってしばらくすると、御者のセリロが慌てて報告してきた。
「黒魔牛だな」
馬車を降りたリストが魔獣と対峙する。
黒魔牛は、見た目も味もほぼ黒毛和牛の高級食材だが、大きな体でスピードも速く結構強い。立派なツノを突き出して突進してくるし、群れで来られるとなかなかの脅威だ。
「黒魔牛は旨いよな。街道沿いで群れているなんて珍しい。ラッキーだ」
……魔法部隊所属の魔法使いには大した驚異ではないらしいが。
「雷槍」
リストの雷魔法、5本の槍が正確に5頭の魔獣を貫いた。一撃だ。巨体が倒れた衝撃でズシンと地響きがした。
「リストさん、カッコいい」
「素晴らしいです。ありがとうございます!」
一撃で倒したリストにオレとセリロが駆け寄る。
これが魔法部隊の実力か。
「せっかくだから解体していくか。ニコ、手伝ってくれ」
「あ、はい」
倒れている一頭に近付くと、二人がかりで紐をかけて近くの木に吊るした。血抜きをしてから一気に首を落とし、器用に皮を剥いでいく。うーん…オレには色々と無理だな。
「リストさん、解体できるんですね」
黒魔牛は高級食材の肉はもちろん、皮やツノが素材として売れる。内臓も珍味だ。
「ああ、魔法学校の講座で覚えたんだ。魔法部隊だと得意なヤツいないから重宝されるぞ」
「へぇ」
ニコも魔法学校は出ているが、そんな講座があったことすら知らなかった。リストは武器に剣を使うから、そっちを選択すると受講できる講座なのかもしれない。
「雷は魔獣を傷付けずに倒せるのがいいところだな」
雷属性の魔法は一撃で仕留められ、体の損傷が少ないのが良いところだ。火だと燃えて素材としては残念な結果になるし、他は結構傷が付く。
残念ながら、倒すと勝手に肉と素材になったりはしないのだ。ま、ゲームの世界じゃないんだから当然だな。
リストにより綺麗な肉塊になった黒魔牛は、薬紙にくるんで荷台に積んだ。頭と尻尾は利用価値があるのでそのまま見えないように薬紙にくるむ。腐らないように冷却の魔法をかけておいた。
初夏なので腐るし荷物になるので、それほど利益にならない内臓と皮や骨は捨てていくらしい。そのままにしておくと魔獣がやってきてしまうので、火魔法で焼いてから埋めた。
「空間収納があればいくらでも持っていけるんだけどな」
「空間収納!それオレも習いたいんですけど、誰か教えてくれそうな人います?ロイ兄さんはできないって言うし」
絶対覚えたい魔法の名前が出てきて、思わず食い付いた。
「あー、あれは風、光、闇、時魔法と4属性が必要なんだ。うちの部隊では隊長と、ノエルっていう隊員の2人しかできない」
「そうなんですか」
「俺も雷じゃなくて風だったらいけたんだけどなぁ」
「いいじゃないですか雷属性。希少ですよ」
雷は5属性の中では使える人があまりいない希少属性だ。威力も強く、魔法も見映えがして攻撃魔法としては人気がある。
「まぁ、空間収納は、魔法部隊に入るんなら隊長が教えてくれるだろうけどな」
「教わったら入団決定ですね…」
リストが「確かに」と笑った。
「空間収納は、けっこう魔力を食うらしいぞ。ノエルは長距離転移3回したら倒れるって言ってた。魔法撃つ余裕がないから、あいつの仕事は完全に荷物運びだ」
「そうなんだ…」
「それを考慮しても手に入れたい便利魔法だな。荷物は運び放題。しかも時間停止してるから入れた時のまま保存できる」
「絶対手に入れたいですね」
空間収納、オレが想像しているものと同じようだ。隊長に教わることは避けたいが、どうにかして手に入れたい!
オレは俄然やる気になった。
リストの倒した黒魔牛だが、1頭は解体したが、まだ4頭残っている。1頭解体するのに30分ほどかかった。夕食までにリベルに到着するためには、これ以上は時間を掛けていられない。
「黒魔牛、置いてくのはもったいないですね…」
「そうだな……騎士団に連絡しても来るまでここを動けないし…どうするか…」
美味しい高級食材だしな。すごくもったいない。
リベルまでの街道沿いに冒険者ギルドがある街はない。街道を外れればあるが、遠回りになってしまう。リベルまではまだ80キロほどある。
どうしたらいいか。オレも何かないか考えてみる。
「…失敗しても良ければ持ち帰れる方法を思い付きました」
「聞こう」
「紐で括り付けて風船のように飛ばしていく方法と、小さくしておいて元に戻す方法です」
「…そんなことできるのか?」
「やってみないと分かりません。飛ばす方は目立ちますし紐が切れるかもしれません。小さくする方は品質が変わるかも」
どっちもオレのオリジナル?で、初めて使う魔法なので自信はない。
「黒魔牛を何頭も引き連れて何十キロも走るのはちょっとな…小さくなる方でやってみよう」
「できる保証はありませんが、いいんですか?」
「ああ、置いていっても他の魔獣のエサになるだけだからな」
魔獣の死体は、どこからともなく現れる斑鬣犬というハイエナのような魔獣に食われることが多い。骨まで食べる悪食な魔獣だ。こいつ自体は狩っても強靭な頭骨と顎骨が売れるくらいでたいした稼ぎにならない。
空から来る魔鳥につつかれることもあり、街道沿いに放置していくのも魔物が集まってよろしくない。どうせ火葬するなら魔法の練習に有効利用させてもらおう。
「えーと…小さくなぁれ」
イメージはスモールラ○トとビッグラ○トだ。
品質が保存できるように願いを籠めておく。
魔法はうまくいったのようで、掌サイズに小さくなった黒魔牛が4体。リアルな置物みたいだ。何魔法を使ってるのかはよく分からない。闇と時か?
「おお…さすがニコ。非常識だな!」
「リストさん…」
リストのつっこみは流しつつ、とりあえず適当なかごに入れておく。
かごの中で横たわるリアルな牛の置物がちょっとシュールだ。
とりあえず魔獣は片付いたので馬車に戻ると、御者のセリロが困っていた。
「どうしたの?」
「あ、ニコ坊っちゃん。待ち時間に馬に飼い葉を与えていたんですが2頭が食べなくて……そわそわして落ち着かないようです」
魔獣の黒魔牛を見て驚いてしまったのだろう。暴走するかもしれないので、馬が落ち着かないと出発できない。
「馬も生き物だからなぁ。治癒魔法かけるか?」
「あ、オレやってみます」
リストの提案に名乗りを上げる。練習中の治癒魔法を試すいい機会だ。オレは荷台から馬用の果物を取り、馬のところへ向かった。
「リラックス」
馬の頭を撫でながら落ち着かせるようにじんわりと魔法をかける。落ち着かない馬だけでなく、4頭全員にかけていく。
セリロに飼い葉はしまってもらって、全員におやつの果物を与えた。
「暑いから、水と塩分も取れよ~」
魔法で水を足しながらそう言うと、馬も理解したのか水を飲んで置いてある岩塩を舐め始めた。
よかった。落ち着いたようだ。
「ありがとうございます。出発できそうです!」
セリロの言葉に馬車に乗り込む。
しばらくするとセリロから出発すると声が掛かり、馬車が動き出した。
「治癒魔法苦手じゃなかったか?」
「あれから少し勉強したんです。もともとニコは3属性だったから分からない部分もあったんで教科書を読み直して、魔法大全に載ってる魔法は一通り覚えました。治癒魔法はうちのメイドに治癒師の資格を持っている人がいるんで教わって、できるようになりました」
「魔法大全って…さすがニコ」
リストが呆れたように言う。後ろに非常識だと付いているような気がするが気のせいだろう。
魔法大全とは、アステーラのあらゆる魔法を網羅した専門書である。もともとオレは勉強は嫌いではなく、新しい知識を入れるのは特に苦労ではない。
「国を滅ぼすなよ」
「いやいや、滅ぼせませんよ」
リストは何を心配しているんだろう。
「そういえばリストさんは雷の魔法剣を使っていると聞きました」
「ああ、使ってるよ。見るか?」
「はい」
リストが腰に差している剣を見せてくれる。鍔の部分に2つの魔石と魔法陣が交互に入っている。
「魔石に雷の魔力を付与して使う魔道具なんだ。刃に雷撃が流れる」
「へー」
魔道具とは、魔石を使用した道具、もしくは魔法を付与した道具のことである。魔石を使う場合は魔法の発動のために、必ず魔法陣が描かれている。
この剣に描かれているのはおそらく「雷撃を発動する」魔法陣だ。
「雷撃の強弱が設定可能で、もちろん切ることがメインだけど、刃に触れさせて雷撃だけ通すこともできる」
スタンガンみたいに使うのか…。
「俺は攻撃に使える魔法の種類があまりないんだよな。特殊属性も攻撃には不向きの魔法だし」
魔法大全を読んだが、雷属性は基礎魔法で統一されている魔法以外、特に目に付くものはなかった。中級魔法の雷槍でも充分強いが。希少属性だしあまり研究されてないんだろう。
光は治癒と浄化のイメージで、それ以外に使用されるとしたら灯りくらいだ。
闇と時は特殊で、転移や空間収納にも使うし、必要な属性ではあるんだけど、単独での使い道が示されていない。
「そういえば前にニコが使ってた影を操る魔法、俺も試してみた。あれ、結構使えそうだな。逃げる敵を拘束したり、気付かれないように足を固定したりできそうだ」
「影縛りですね」
この前の検証の時には日本語で詠唱してしまったが、アステーラの言葉にすると「影縛り」になる。
影を物質化するのはアステーラの人でもイメージがしやすいのかもしれない。黒いから見分けもつきやすいし。影が見える場所でしか使えないのが難点だが。
「光の方も試してみたけど、ただ光が走っただけで全然駄目だった。意味が分からん」
「あー、光に攻撃のイメージないですもんね」
レーザービームな。この世界にはないな。ライトセーバーとかやるとしたら光属性なんだろうか。ちょっと試してみたい。
リストと話しながら馬車に揺られていたら、高台に広がる街並が見えてきた。
グリーベル公爵領の領都リベル。
グレンツからは約300キロ。
いよいよ到着だ。




