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Appoggio~勇者VS妖蛇

バン!!


 激しく両手でテーブルを叩く。


「ちょっとオバサン!言っていい事と悪い事があるんじゃないッ!」

「お、オバサン!?」


 とうとう堪忍袋の緒が切れた私の言葉に唖然としてパチパチと忙しなく瞬きを繰り返す櫻井夫人。隣の馨子さんもただ驚いておろおろと夫人と私の顔を見返すばかり。


「リン……ネちゃん!?」


 アンジェラが目を瞠る。


「たまに来店するだけの貴方に皆の何が分かるって言うんですか!彼らはそんな疚しい考えなんてこれっぽっちも持っていません!皆凄く真面目で一生懸命で、何よりも仲間を大切に想ってくれています!」


 私の瞳から悔し涙がポロリと落ちる。


「お前……」


 瑞森レオが呟いた。


「それにイタリア人が何ですって!」


 怒りに任せて櫻井夫人を指差す。


「節操がない!?躾がなってない!?貴方は今瑞森さんとアンジェラの事をそう言いましたよね?貴方のその切れ上がった目は節穴ですか――!」

「切れ上がった……」


 櫻井夫人がハッとして自分の目尻に手を伸ばす。


「私なんかよりもずっと長く付き合っている筈の貴方は、この二人の事を今までそういう色眼鏡で見ていたんですか!」


 湧きあがる悔しい想いと悲しい想いに一瞬胸が詰まる。しかし私は下唇をきつく噛みしめると、直ぐに気丈さを取り戻し、再び櫻井夫人を睨みつける。


「だけど私の知っている二人はそんな人達じゃありません!」

「「……」」

 

 アンジェラと瑞森レオが息を呑んで私を見つめる。


「確かにアンジェラは大胆不敵で性格だってサバサバしていて母親というよりも父親に近いかも知れないけれど――」

「ち、父親……」


 アンジェラが寂しそうに呟いた。クッ、と喉の奥で瑞森レオが嗤う。それをキッと見返すアンジェラ。


「でも、それでも、何にも知らない不安な私に色々親切にしてくれて、どんなに落ち込んだ時でも『ドンマイ』って何時も明るく笑いかけてくれて、美味しい高価なお水だって沢山飲ませてくれて……私にとっては掛け替えのない本当に大切なお姉さんみたいな女性なんです!躾なんかよりももっと大切なもの、彼女はいっぱい、いっぱい持ってるんです!」

「リン……」


 アンジェラが瞬きをする。


「それに瑞森さんだってそんな節操の無い人じゃありません!」

「えっ……」


 突然話の方向が自分に向かい、瑞森レオから驚きの声が洩れる。私は思わずその声に反応して彼の方へと顔を向けてしまった。と瞬間彼と視線がぶつかる。


「「あっ……」」


 慌ててお互い視線を外す。何故か一瞬心臓がドクンとした。

 私は赤らむ頬の熱を感じながら再度櫻井夫人を見遣った。そして気をとり直すと強い口調で言った。


「た、確かに、瑞森さんは派手な顔立ちをしてます!」

「派手……」


 瑞森レオが視線を逸らしたまま小さく呟く。その姿を見、今度はアンジェラがクスリと微笑んだ。


「お店に来た女性客にもすっごくモテます!何度も何度も口説かれてます!」

「お前ッ!」


 彼はハッとして私を睨みつけた。でもそんな彼には全く気付かず、私は櫻井夫人を睨みつけたまま、ますます口調を強める。


「でも、彼は節操が無い人なんかじゃありません!彼は自分が興味のない女性にはちゃんとハッキリ断ります!その言い方はちょっとキツイし冷たいかも知れないけれど、でもそれが昔からぶっきら棒だった彼からすればギリギリ限界の断り方なんです!彼はちゃんと精一杯の誠意を持って謝っているんです!」

 

そして私はチラリと馨子さんを見遣った。私の脳裏にテーマパークへ行った日の、アイツの――瑞森レオの馨子さんに対する素っ気ない態度が蘇る。


(だからアイツはあんな酷い態度を馨子さんにとってしまったのかもしれない、ごめんなさい馨子さん)


 私は彼女を申し訳なさそうに見つめながら心の中で謝った。それを感じたのか彼女は分が悪そうに視線を逸らす。再び私は櫻井夫人を見つめた。


「それに夫人は誤解しています、彼の性格を!生れと金色の髪を持っている所為で見た目は完全にナンパなイメージを与えてしまうかも知れないけれど、でも彼は夜遅くまで新しいメニューを考えたり、分らない事を必死で覚えようとしたり、とっても勤勉で向上心があって真面目で意志が強いそんな性格なんです!そして彼は――」


 私はグッと櫻井夫人を見つめる視線に力を籠める。


「誰よりもお店を愛していて、クオ―コである自分の仕事に誇りを持ってます!」


 そこまで言うと私はハァハァと息を吐いて肩を上下に揺らし呼吸を整えた。


 気がつくと水を打ったように静まり返る部屋の中――そこにいる全ての視線が私に集まっていた。

 誰もが――先程まで己のステージと言わんばかりに横柄な態度で言いたい放題だった櫻井夫人でさえも、私の鬼気迫るマシンガントークに度肝を抜かれたように言葉を失っていた。しかし見る見るうちに彼女のこめかみに青筋が立ち始める。カタン!と椅子のすれる音がして櫻井夫人が突然凄い形相をして立ち上がった!


「な、な、なんなのこの小娘は!私を一体誰だと思ってこんな口のきき方をしているの!アンジェラさん!」


 そして彼女はまだ唖然としているアンジェラを睨みつける。


「貴方はこんな不躾な小娘をよく私の前に連れてくる事ができましたわね!挨拶一つしない上にこの態度!一体レオさんは何処でこんな不作法な小娘を見つけてきたのかしら!あの店の跡継ぎであるレオさんがこれでは私が何をする間も無くあのお店は潰れるんじゃないかしら?」


 そして勝ち誇ったようにフンと鼻を鳴らす。


「おばさまっ!」


 その様子に、今迄一言も声を発していなかった馨子さんが慌て立ち上がり櫻井夫人を窘めた。しかしまだ夫人の舌は良く回る。


 彼女は瑞森レオを一瞥すると言った。


「レオさんもこんな何処の馬の骨かも分からない不躾な、何処にでもいそうな何の変わり映えもしない小娘を選ぶなんて、貴方のセンスを疑ってしまうわねぇ」


 そして櫻井夫人は蔑んで私を見た。


(何の変わり映えもしない馬の骨……)


 その言葉にかなりのダメ―ジを受ける私。


 勇者リン――マイナス50のダメージ。


(そりゃそうよ、こちらにいらっしゃる錚々(そうそう)たるメンバーに比べれば、私など何処にでもいる平平凡凡な、男装しても一向に気付かれない女の子ですよ!)


 勇者リン――妖蛇の術にはまり、さらにマイナス20のダメージ。とそこへ再び妖蛇サクライ―ノの攻撃!


「良く考えたら分かる事じゃないかしら?血気盛んなのはよろしいですけど、こんな血の気の多いお嬢さんが接客のお仕事なんてやっていけるのかしら?」

「う……」

 

 図星を吐かれさらにさらに、マイナス15のダメージ!もう勇者リンの正義バロメーターはEエンプティを指そうとしている。


 確かにそれは私も薄々……いや厚々と気付いていた。そうなのだ、私は昔からすぐに頭にカ――ッと血が上る。それで何度失敗してきた事か。

 

 学生時代だって友人が謂われのない事で絡まれ、それを仲裁しようとした私が、その喧嘩相手の自己中な言い分が頭にきてスッタモンダした挙句、結局友人に止めに入られてしまった。

 

 でも決して意味無く頭に血を上らせるのではない!それは正義の下に行われるのだ!今だって決して間違った事は言っていない!大好きな仲間を馬鹿にされて黙っている方がどうかしているもん!

 

 私の正義バロメーターが、己の最後の力を振り絞って上昇を試みたその時――

 妖蛇サクライ―ノの最後の一撃が下された!


「それにそんなお嬢さんじゃ、気に入らないお客様にはすぐに喧嘩をフッ掛けて追い返して、お店の悪評を世間様に広めるのがおちではないかしら?」


 そして妖蛇は扇子を口元に当てオホホホホ……と高らかに嗤った。

 私はその言葉に一瞬ギクリとする。


(確かにそれはあるかも知れない)


 勝負アリ!

 不安に駆られる私。


(やっぱり世界が認める大物櫻井夫人には、いくら何を言っても私の気持ちなんて分かって貰えないのかもしれない……全てにおいて格が違う)


 上昇しかけていた私の心がこの一言でポキリと折れそうになった。と――


「だから何なんだよ」


(えっ!?)


 私は一瞬自分の耳を疑った。誰かが私のフォローをしている?


(誰――!?)

 

 そう思った時、


「それが何か問題でもあんのかよ」


(えっ?)

 

 私は慌てて声の主へと振り返った。そこには――苛立つように金色の髪を掻き上げ、獲物を射る狩人のような鋭利な眼光を櫻井夫人に向けている、瑞森レオの姿があった。


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