Comparita~大御所登場!
(ヒエ―――――――――ッ!!)
その瞬間私は『ムン○の叫び』と化した。
(やめてぇ――――――っ!)
そんな私の心の叫びにも気付かずとうとう甥っ子が口火を切った。
「オレは一言もそんな事言ってねぇだろ!第一こんな格好だってしたくてしてんじゃねーって、お前何度言わせる気だ!だれが好き好んでこんな派手なカッコするかよ!オレが普通のカッコで来ようとしてたのを、お前がその服放り投げて勝手にこんなチャラチャラした服選んだんだろ!やってらんねーゼ全く!」
そして、フン!と鼻で荒く息をしてバン!と激しくテーブルを叩き部屋から出て行こうとする。
「ちょっと待って下さいよ瑞森さん!今瑞森さんがいなくなっちゃったら大変な事になっちゃうでしょ!さっき『俺に任せろ』的な事言ってたの誰ですか!」
私は慌てて退室しようとする彼の腕を掴んだ。
「んだよ、放せ!知るかよ!気が変わった。後は勝手にしろ!」
彼は私の腕を振り切ろうと激しく体を動かし睨みつけてきた。
「そんな!そんなの困りますっ!」
私は彼の眼力ビームに気押されながらも意地でも放されまいとして必死に両手で抱え込む。しかし――
「あ~らやっぱりアンタは口先だけの『口先男』ね!困ってる彼女一人置き去りにして自分だけ逃げるつもりぃ?」
そんな私の努力をいとも簡単に水泡に帰してしまうような、心無い言葉が浴びせかけられた。
――アンジェラだ。
「んだと、もう一回言ってみろ!」
と即座に瑞森レオが言葉に反応し、彼の視線が方向転換して彼女を睨む。蒼い瞳がキラり、と光る。
「あら?言っちゃってもいいのかしら?」
それを面白そうに見返すアンジェラ。瑞森レオの体がプルプルと小刻みに震える。
(や、やめてぇ、お願いだからっ!こんな所で暴れないでっ!)
私は二人を囲む国宝級の調度品を見まわしオロオロした。
高価な花瓶に年代物の壺。それから歴史の息吹を感じさせるテーブルやイスに、時の有名絵師が描いたとされる掛け軸の水彩画――。
(こんなご立派な物、壊して弁償なんて事になったら……)
私の頭の中に巨大な計算機が浮かぶ。そこに羅列している桁外れの数字――。
(お店の存亡どころじゃなくなっちゃうよ!ホームレスなんて絶対イヤ!)
私は必死な形相でアンジェラを見つめる。
(アンジェラ~、取り返しのつかなくなる前に気付いてよぉ)
尚も面白がって火に油を注ごうとするアンジェラに激しく『いや!いや!』と左右に首を振りながらも、私は暴れようともがく彼を必死で押さえた。
(どうしよう!もう私だけじゃこの二人を治められないよぉ、誰かぁ!へるぷ みぃ~!)
私の両に瞳にジワジワと涙が込み上げて来る。とその時、
「お待たせいたしました――」
再びス―ッと障子が開き満面な笑みの仲居さんが現れた。そして、
「粗茶をお持ちいたしました。すぐに櫻井様も見えられるようで――!?」
部屋に入って来てそこまで言うと部屋の中の様子を見て固まった。
「な、何をしてらっしゃるのですかっ!」
目の前でブンブンブンと片腕を勢いよく振り上げ、今にも近くに飾られていた高価な花瓶を振り落とさんばかりの様子の瑞森レオに仲居さんが、その場にお茶セットを置いたまま小走りに走り寄る。
「お止め下さいっ!」
そして二人を仲裁しようと瑞森レオを止めに入った――と思ったのは私の想い違いで、なんと彼女は彼の腕を匠に擦りぬけると危機に扮していた国宝級の花瓶を安全な場所へ移動させた。そして、
「ふぅ」
と安堵の溜息を吐くと微かに額に(怒りマーク)を浮かべながら、必死な形相で瑞森レオを取り押さえる私の方へと振り向いた。
「一体何があったんですか!」
「あ、え、と……」
彼女に問いかけられたが、たった今彼女の本当の姿を垣間見てしまった私は言葉に詰まってしまう。
しかし気を取り直すと、慌てて彼女にお願いした。
「と、と、とにかくこの二人を止めて下さい!こうなっちゃうともう手がつけられなくて!」
私は涙目で訴えかける。と未だに頭上に?額に(怒りマーク)を浮かばせつつも「了解いたしました」とばかりにコクンと仲居さんは頷き、着物の衽の部分をつい、と器用に指で挟みサササ……と小走りで今度はアンジェラに近づいた。
「何があったのかは存じませんが、先程櫻井様よりご連絡があり、もう近くまでいらっしゃっているとの事です。ですからここはお気持ちを落ち着かせてどうか穏便にお収め下さいませ」
早口でアンジェラに畳みかけると次に瑞森レオへ振り返り言った。
「お坊ちゃまもどうかお願いいたします!」
「お坊ちゃま……」
その言葉に彼の暴れていた体がピタッと止まり顔が真っ赤に染まる。
「クッ」
顔を赤らめた瑞森レオの反応にアンジェラが嗤った。
「なんだよ!」
「お坊ちゃまだって」
アンジェラが嬉しそうに目を細め復唱する。
「うるせぇババァ」
そう言い放つ瑞森レオに仲居さんの鋭い視線が飛んだ!と、
「お坊ちゃま!」
「うっ」
再び仲居さんに厳しく窘められ、瑞森レオは叱られた幼子のように大人しくなった。
◇◇◇◇◇
(やれやれ)
そう胸をなで下ろし瑞森レオの腕から自分の両腕を解き放とうとしたその矢先、
「遅れてしまって御免なさいさいね。ちょっと門下の者にトラブルがあったものだから……」
そう言いながら障子を開けて、桔梗色の絵羽模様の留袖をまとい、キラキラと輝くプラチナの鎖付きの豪華な眼鏡に、御所車の絵が描かれた雅な扇子を持った、見るからにセレブ感溢れる御仁が部屋に入って来た。
彼女こそ世界各国に何千という門人を持つ鳳来流の華道家元――櫻井水城だ。
「あまりお待たせしてはいけないと、ホテルのエントランスから速歩きで来たので流石に暑くて――不作法で御免なさいね」
話しながら櫻井夫人はパタパタと顔の前で優雅に扇子を仰ぐ。そして、
「さぁ入ってらっしゃい」
そのまま後へ振り返ると鮮やかな躑躅色の総模様の振袖を着た美しい女性へと微笑んで優しく入室を促した。
馨子さんだった。
(きれい……)
私はお姫様のように美しく華やかな馨子さんを見て溜息を吐いた。
テーマパークへ行った日、初めて馨子さんを見た時も(綺麗な人だなぁ)と感心してはいたが、今日は又その美しさが格段だ。流石は次期鳳来流華道家元を名乗るだけあって、高価な着物にのまれる事なく、見事に着こなしている。
これぞ本家本元の大和撫子!
天晴れ!日本女子!だ。
私なんかがこんな着物を着た日にはきっと、『豚に真珠』だの『猫に小判』だの散々な事を言われるのだろう……誰に?とは言わないが。
楚々として洗練された雰囲気をまとう馨子さんが俯きがちに部屋に入ると、櫻井夫人は満足気に私達の方へと向き直って、
「あら?どうかなさったの?」
今しがた一騒動を起こしたばかりの鼻息荒い三人――いや仲居さんを含め四人の姿を見て小首を傾げた。それからそこにいる筈のないある一人の人物の姿を見留めると眉間を寄せ、扇子をパン!と激しく音を立てて両手で閉じた。
「――貴方どなた?」
彼女の鋭い棘を含んだ視線に射すくめられ、私は身動きが取れなくなってしまった。