Ciao bello!~よっ、色男!
剛毅果断な彼の心を映し出したような蒼く深いサファイアブル―の瞳――。その奥には密やかにでも激しく揺らめく青い焔が見える。
(何て澄んだ目をしているんだろう。それにとても――強い意志を感じる。本当に彼ならどんな事からだって私達を、『リストランテ――』を絶対に守ってくれるような気がする)
蒼き光を放つその姿は、時に優しく、そして時に冷酷な気高き百獣の王のよう。
幼い頃初めて出会った王子様――。
鋭い眼差しを湛え無言で私を見つめる彼は、あの時の――一目惚れしたあの時の彼を想い起させる。
『瑞森レオ』
少し斜に構えた彼はぶっきら棒にそう言って私を見つめた。
(あの時と同じ瞳――)
まるで心の奥を見透されそうな真っ直ぐで美しく澄んだ瑠璃のような瞳。
(私はこの瞳に恋をしたんだよね――)
そう思った瞬間、カァ――――ッと熱くなった。そして心臓がギュッと締め付けられる。
(やだっ私何勘違いしてるのよ!彼はただお店を守るって言ってるだけで、別に私のことじゃ……でも――)
胸が――潰れそう。凄い力で押さえつけられるよ、ギュ――――ッて……。
私は戸惑いながらも、黙ったまま私を見つめる自信に満ちた彼の瞳から視線を逸らす事が出来なかった。
「分ったわ。そこまで言うなら後はレオに任せましょう」
アンジェラは逞しい甥の姿を見て安心したように、嬉しそうに微笑んだ。そして、
「貴方も――リンネちゃんも面倒な事に巻き込んでしまってゴメンなさい。でもあの子自分で言った事は絶対曲げない頑固者なの。たまにムカつくけど、だけど、それがあの子の良い所なのよ、信念を曲げないっていうのが。だからリンネちゃんもレオに協力してあげてね」
そして優しく私の両手を握り締めた。
その手は温かく、何だかんだ言っていても、彼女がこの金髪王子を本当は実の子のように大切に想っているのだという事が、それこそ手に取るように分かった。
(彼はやっぱり皆から愛されているんだな。ハナさんにも同じような事言われてたっけ……)
アンジェラとハナさん――。
二人とも常人とはかけ離れた特別なオーラ……というか存在感を持っていて、凄いパワフルで、自分が元気じゃないと気圧されてしまう個性的で近寄りがたい人物だけど、こと瑞森レオに関してはごく普通の何処にでもいるようなお姉さん(一人はおネ兄さんだけど)に見えてしまう。
「フフッ」
私は心がほんわかと温かくなり自然と笑みを作っていた。
(二人は私にとっても大切な人達。その二人に二度も同じ事を云われたんだもん。ここは彼を信じて私も頑張らないと!)
私はアンジェラにニッコリと微笑むと明るく言った。
「勿論です!私もそのつもりでここへ来ましたから。瑞森さんの力になれるように精一杯頑張ります!」
私は拳を握りガッツポーズを作る。
「これは頼もしい彼女さんだこと」
その姿を見たアンジェラが頬を綻ばせた。
「頼もしいだなんて……あっ!」
私はガッツポーズを慌てて背後に隠し恥ずかしさにはにかんだ。
「フフフ……本当に可愛い子ね。でも――」
その姿を微笑ましく見ていたアンジェラが何かを思いついたように、突然不思議そうに呟いた。
「えっ?」
私もその声につられて彼女の顔を見つめる。そんな私の顔を彼女はまじまじと見ながらこう言った。
「やっぱりリンネちゃん、私達――」
そして小さく首を傾げる。
「どこかで会った事なぁい?」
それからアンジェラは「う~ん」と腕を組んで頭を悩ませ始めた。
「えっ!?」
瞬間私の顔が歪む。
(しまった!気を抜いちゃった!やっぱりアンジェラに気付かれたのかも!どうしようっ!)
固唾を飲む。
(きっと無理があったんだ!私が女の子だって知ってる彼女を騙すのは……)
慌てて瑞森レオを見遣る、と彼にも先程の彼女の声が聞こえたようで心配そうにこちらを見つめていた。
(どうしましょ!アンジェラにばれたかもっっ!)
私は必死に目で訴える。
(しるか!何とか誤魔化せっ!)
そんな私の必死な哀願……もとい、Eye願を彼は視線で一蹴した。
(そんなぁ、酷いっ!計画したの瑞森さんでしょ!!)
再び呆れ顔で見返す私。
(お前が気抜くから悪いんだろーがっ!)
しかし彼は私を視線で威圧するとフイと顔を背けた。
(なっ、何なのこの態度!さっきの言葉は何処行っちゃったのよ!この薄情モンがぁ!)
私は鼻息荒くヤツを視線で罵った。
(もうっ!鬼!悪魔!地獄の大魔王っ!どんだけ冷たいのよっ!自分のフィアンセでしょ!女の子の一人くらい本気で守ってみろっ!)
私はこの瞬間、子子孫孫までヤツを恨む事に決めた。
やはり何処までもあてにならない瑞森レオを見限って私は心配そうな面持ちでアンジェラを見つめる。
こんな出だしで正体がばれてしまったら、この計画は全く無意味なモノになってしまう!それどころか、オーナーであるアンジェラを瑞森レオと結託して騙した事で、私は『リストランテ』を首になってしまうかもしれないっ。
――アンジェラなら十中八九遣りかねない。
(どうかアンジェラっ、お願だから気付かないでっ!)
私は祈る気持ちでアンジェラを見守った。しかし彼女はまだ「う~ん」と唸って首を傾げている。
「リンネちゃんの仕草とか声とか雰囲気とか……何となく覚えがあるのよねぇ……」
言ってアンジェラは再び私の顔をマジマジと眺める。そして暫くすると、
「あっ!!」
と大声を出した。
「あっ?」
そのアンジェラの驚きの声に瑞森レオがこちらへ振り返る。私は不安で高鳴る心臓を押さえながら彼女の動静を探った。と、
二ヤリ。
突如アンジェラが意味あり気に微笑んだ。
(な、何!?)
私と瑞森レオがチラリと視線を合わせる。そんな二人の動揺には全く気付かずアンジェラは言った。
「でもきっと私の思い過ごしね。こんな可愛い子だったら一度会ったら覚えている筈だし……」
「可愛い……」
その言葉に私は一瞬逆上せそうになるが、今はそれどころではない!一大事なのだ!
私はグッとお腹に力を入れた。
アンジェラはそこ迄言うと何故か瑞森レオを見遣った。
「ね、そう思うでしょレオも」
それから再びアンジェラは意味あり気にニコッと微笑んだ。
「えっ?あ、ああ。まぁ、な。それにこいつ連れて来たのは今日が初めてだしな。きっとそうじゃねぇの?思い過ごしだろ」
突然会話を振られた彼だったが、怪しい彼女の雰囲気に圧されながらも上手く誤魔化したようだった。私達は見合うと「ふぅ」とお互いに安堵の溜息を吐く。
「そうかも知れないわね。さて、もうそろそろ時間かしら?」
アンジェラはその瑞森レオの言葉に納得したようにさらりと会話を終わらせた。そして腕の時計を見遣る。と彼女はハッとして眉を上げた。
「急がないと櫻井夫人が見えてしまうわ。遅れた時点で今迄のレオの話は意味が無くなる、そくfallo(失敗)よ!」
そしてアンジェラは私達の顔を見まわした。
櫻井夫人は『リストランテ――』の中でも気難しい事で有名な御仁だ。
些細な事でもご機嫌が悪くなり兼ねないので、お店でのテーブル担当はいつも竜碼さんか名波さん。私はもっぱら配膳のみ。
その時名波さんに聞いた話だが、オーダーを失敗して彼女に店を辞めさせられたスタッフが、過去に何人もいたらしい。
馨子さんの具合が悪くなっただけでお見合話を持ちあげたり、その挙句アンジェラを強請ったり……強引な上に神経質で気難しいを絵に描いたような癖のある櫻井夫人。能天気で楽観的な私の最も苦手とする人物だ。
「じゃレオ、どんな作戦を考えてるか知らないけど、くれぐれも粗相の無いように、お願いね」
アンジェラが真剣な顔つきで瑞森レオを促した。
「Va bene!」
アンジェラに促されると彼はスーツのポケットに手を突っ込んだまま彼女に後ろ手を振り階段へ向かって歩き出した。
私も慌ててその後に着いていこうとする、とアンジェラに強い力でガシッと肩を掴まれる。
「えっ!?」
私は驚いて振り返った。至近距離にアンジェラの整った顔立ちが現れる。
「わっ!」
一瞬身を退く私。
「リンネちゃんもレオから櫻井夫人の事は聞いていると思うけど、例え夫人にどんな酷い事を言われたとしても、ぐっと堪えて欲しいの。このお見合いはうちのお店にとって大切な交渉よ。だからどんな些細な事にも気を配って。お嬢さんはどうか分からないけど、夫人は侮れないから」
そして顔を強張らせている私の緊張を解くように、彼女は二コリと微笑むと親指を耳から口に引く仕草をした。
「はい」
私は大きく頷く。その様子にアンジェラは微笑む。
「良かった貴方が賢い子で。レオを頼むわね」
「はい」
「レオはきっと上手くやってくれるわ」
「はい」
「だから絶対バレちゃダメよ」
「はい!……えっ?」
私は最後のアンジェラの言葉に自分の耳を疑った。
(絶対バレちゃダメ――?今そう言った?えっ!?じゃあ、それって、もしかして――ええっ!?)
私アンジェラを驚愕の顔で見遣った。と
「宜しく頼むわね――」
彼女は私と目が合うと楽しそうにニコ―――ッと微笑む。それからこう言った。
「リンちゃん」
「えっ!?」
そして彼女は私にウインクをすると前を行く瑞森レオに、
「Ciao!bello! イイ子捕まえたわね!」
と何かイタリア語で言葉をかけ楽しそうに鼻歌混じりでスキップをしながらで私達の先頭へと躍り出た。
※イタリアンな言葉※
○allegrezza……楽しい気分、「楽しくなっちゃったわ!」
○amorino……可愛い子、「可愛い子ねっ!」
○Ciao!bello!……「よっ、色男!」
○Va bene!……「了解!」
※イタリアンな仕草※
○親指を耳から口に引く~
「ヤツは抜け目ないから気を付けろ」
○握り拳の人差し指を噛む~
「rabbia……激しい怒りを表す仕草」(前回のレオの仕草より)←映画『ゴッド・ファーザー』にも出てきたジェスチャー。