Proteggere~俺が守る
でも――何て言おう?
咄嗟の判断の所為か頭の中は真白け!
(どうしよう、何にも浮かばないよっ、でも何か言わないとっ!)
私は彼女に向かって勢いよく頭を下げる。と自然と言葉が口を吐いて出て来た。
「は、初めまして!私瑞森さんとお、お、お付き合いさせて頂いております、春日部凛音と申しますっ!い、以後お見知りおきをっっ!」
私は勢いも手伝って何とか挨拶を終えた。
そして――長い沈黙。
唯一『春日輪』が女の子だと知っているアンジェラ。
そんな彼女に真正面から挨拶して大丈夫なのか?顔をハッキリ見せるべきでは無かったんじゃないか?――そんな不安が頭を過る。
(どうか気付かれませんようにッ)
不安に押しつぶされそうな私の心臓は破裂寸前。バックン、バックン、もう中から飛び出してきそうな程忙しなく飛び跳ねている。
(アンジェ――ラ?何で?どうして何の反応もないの?)
私は下を向いたまま頭を傾げる。
だって普通なら「こちらこそ初めまして」とか「まあまあご丁寧にどうも」とか、何かしらの反応が返ってきても可笑しくはない。それなのに――
(何故彼女からの反応は返ってこない?)
不安な想いいっぱいで俯いたまま両目をキョロキョロと動かす私。
しかし彼女が今どんな顔をして私を見ているのか、知りたくても頭を下げている私にはそれが出来ない。不思議そうな表情か、それとも――半信半疑の面持ちか。益々不安が募る。
(お願いっ、何か反応してッ!それともやっぱり――)
――ばれた。
ス―ッと一筋の脂汗が背中を伝った。と、
「ブッ!!」
突然アンジェラが吹き出した!
(ええっ!?)
思いもよらない彼女の反応に慌てて頭を上げてアンジェラを見る。と、彼女は手で口を押さえその上品な容貌を歪め苦しそうに真っ赤になった顔を膨らませている。
(どっ、どうしたアンジェラ!?)
そんな彼女の様子に唖然としながら頭に?マークが飛び交う。と必死に笑いを堪えるアンジェラの細く長い腕がキョトンとしている私に向かって伸びてきて私を指差した。
「あ、あなた、お、お見知りおきって……クッ、ワ、ワタシは謁見されてる女王様か何かなの?」
そして言い終わると今度はアハハハハ!と遠慮ない大きな声で笑い始めた。
(えっ?えっ?えっ?)
未だに何故アンジェラが笑っているのか分らずオロオロする私の肩に、片眉をピクピクさせながらも辛うじて真面目顔をキープした瑞森レオがそっと手を乗せる。そして
「お前作戦か?それとも――天然か?」
フルフルと震える声音でそう言うと「ブッ」、アンジェラと同じように吹き出して大笑いし始めた。
「な、何ですかっ!人の顔見て笑うなんてっ!」
「何って、おっ、お前、まともに挨拶も出来ねぇのかよっ、わっ、笑えるぜっ、ホント馬鹿」
「馬鹿って!――挨拶?」
眉間に皺をよせ首を傾げる。
「って……お前自分がさっき言った言葉もう覚えてねぇの?マジ馬鹿」
そして瑞森レオは役者のような整った顔立ちをくしゃくしゃに崩しながら大爆笑する。
「馬鹿馬鹿言わないで下さいよぉっ!私いったい……」
そう問いかけた声を瑞森レオが遮った。
「お見知りおきって――ったく、あ~腹痛ぇ」
「えっ?――あっ!」
そこで漸く私は、飛んでも無く場違いな挨拶の言葉をアンジェラに向かって発してしまった事に気が付いた。
(どうしようっ!咄嗟の事だったから頭パ二クって訳わかんない事口走っちゃった!もうっ穴があったら入りたいよぉっ!ギブ ミ― スコ~ップ!)
私は自分の馬鹿さ加減にポカポカポカと頭を叩くとガックリと肩を落とし、掘り易そうな素材で出来ているカウンターの床をジッと見つめた。そんな情けない私にやっと落ち着いたアンジェラが微笑む。
「フフ。落ち込む事ないじゃない。貴方すっごく面白い子だわ。お蔭ですごくallegrezzaよ!こんな愉快な子レオになんて勿体ないっ!是非ワタシの部屋に飾っておきたいわぁ、フフフ貴方ほんとamorinoね!」
そして私にウインクをする。
「部屋に飾るって――」
私は彼女の言葉に背筋が凍る。
(それって、私は珍しい置き物(者?)か何かなんでしょうか?一日一回アンジェラを笑わせないと意地悪されちゃう、とか?――それって、一体……)
私は自分の価値が過去の遺物と化したあの懐かしい笑い袋『ブーブークッション』並みに思えて悲しくなってしまった。
嗚呼!薔薇色の我人生よ!(涙)
「でも、まぁ、本当にレオに彼女がいたんじゃ仕方無いわねぇ」
アンジェラは腕を組んだまま残念そうに首を傾げる。
計らずも私は先程の大失敗のお蔭で彼女に気に入られ、瑞森レオのフィアンセだと認められたみたいだった。
ふぅ、天然万歳――なのか?これでいいのか?春日輪!
「でもセッティングしちゃった以上、ドタキャンは許されないわよ。貴方も分っていると思うけど、櫻井夫人はあのレストランにとって重要な人なの。このお見合い上手く断れる自信レオにはあるの?」
アンジェラは真剣な表情になる。
「その事だけど――」
と彼がポン、と再び私の肩に手を置いた。
(?)
顔を上げ振り向く私。
「現場にコイツも連れて行こうと思う。流石に見合いに俺が付き合ってる女連れてきゃ、あのオバサンもうるせぇ事言わねぇだろうし。そこで夫人にちゃんとコイツとの関係説明して、あの馨子って女との事は丁寧に断るつもりだ。俺も出来るだけ波風立てぇねぇように気を付ける。店には迷惑かけねぇよ――」
そして彼は置いた手に一層力を籠めると言った。
「相手が何と言ってこようが絶対――」
とふいに彼の瞳が私の瞳を捉えた。突然見つめられドキリとする。
「俺が守ってやる」
(えっ――)
トクン……。
刹那彼の言葉に心が跳ねた。