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Bacetto~額にxxx

「アンジェ……」


 言いかけて言葉を止める。


(そうだ!今の私はアンジェラとは何の面識もなかったっけ、危ない危ない)


 私は慌てて正面へと向き直ると耳だけ欹てた。


「もうっ、メインロビーで見当たらないし、どこ行ったのかと思ったらこんな所でナンパって……レオ今日は何の日だったかしら?」


 アンジェラはそう言うと腰に両手を当て意地悪そうに彼を見た。


「んだよ、別に俺が何処にいようが構わねぇだろ」


 チッと舌打ちをして彼はフイと彼女から顔を背ける。


「何よレオ。優しいお姉さんに向かってその態度は!」

「お姉さんて……」


 一瞬瑞森レオがそう呟いた気がした。

 しかし彼女にはその呟きが全く聞えなかったらしく、腕を組んでカツカツカツ、と高らかに靴音を響かせながら彼へと近づいて行く。


「構うわよ!一応今日はアンタが主役みたいなモンなんだから、勝手に姿を消されちゃ困るのよ!」


 アンジェラは瑞森レオの後ろに立つと彼を上から睨み据えた。と殺気を感じた為か彼もクイと顔を上げ彼女を仰ぎ見る。


「勝手にって……おい!どっちが先に勝手な行動とったんだよ!俺は昨日の夜『朝は大事な用があるから現場には一人で行く』って言ってあったよなぁ!なのにいきなり早朝に寝込み襲って挙句の果てには拉致りやがって!そっちの方が勝手だろぉがっ、お前は変態かっ!この欲求不満ババァがっ!」


 言って彼も負けじとアンジェラを睨みつける。


「欲求不満ババァとは何よっ!ワタシはまだ脂のノッタ30代よ!それに誰がガキの寝込み襲って楽しいのよっ!小便臭いアンタの寝顔見ても全ッ然、興奮しないわよっ!もうワタシはアンタのスッポンポン何度も見てんだからね!」


(すっぽんぽん……)


「クッ……」


 その言葉に思わず『○金マーク』の前掛けをし、おしゃぶりを口に加えた『ベビー・レオ』を想像して小さく噴出してしまった。


「おっ、お前!誤解されるような言い方してんじゃねーよっ!それはガキん時だろーが!ガキん時の話はするなって言ってんだろっ!」

「いーじゃない!ワタシにとっては掛け替えのない思い出の一頁よっ!」

「んだとっ!ばばぁ!」

「ばばぁ、じゃなくてお姉様よっ!」

 

 ジ―ッと二人共睨みあったまま動こうとはしない。

 その二匹の荒れ狂う金色獅子の迫力に、先程アンジェラの後から幸せそうに腕を組んで入って来た若いカップルが恐れをなして下りて来た階段をコソコソと再び上がって行ってしまった。


(ったく、この人達は本当に空気を読まないんだからっ)


 それにアンジェラ――お姉さんからお姉様に昇格してるし。


 私はカウンターの端っこの席に座ったまま頭を抱えハァと溜息を吐いた。

 まだまだ獅子達の争いは続く。


「それにアンタの為に早起きさせてあげたんじゃないっ!可愛い甥っ子の晴れ舞台に優しいお姉様が一肌脱いであげようと思ったのに!だから朝早くからハナちゃんに連絡とって……」


(ハナちゃん?)


 私は彼女の言葉に振り返った。


(ああ!)


 そして次の瞬間目から鱗が落ちた。


(そうかっ!だからあの電話の向こうのBGM聞いた事があったんだ!あのクラッシックの曲、私もハナさんのお店で耳にしていたんだもん!今朝二人はハナさんのお店にいたんだ。でも、じゃあどうしてその事黙っていたんだろう?)

 

 私はまだ残っているもう一つの答えに頭を悩ませる。そんな私にお構いなく、未だに彼らはデッドヒ―トを繰り返している。


「それが勝手だっての!その所為で俺は朝っぱらから、あれを着ろ、これを着ろ、ってハナに遣りたい放題されたんだぞ!結局こんな七五三みたいなスーツ着させられて、頭まで――何だよこれっ!どっかのホストかよ!勝手に弄くりやがってあのオヤジっ!」

 

 瑞森レオは言うと前髪を掻き上げる。

 

 私は彼の姿を見遣った。

 先程は突然襲った私のハプニングで彼の姿をじっくりと拝めなかったが、真横から見る彼は本当に何処ぞの御曹司か?と思ってしまう程スーツ姿がサマになっている。

 

 シルバーグレイッシュの少し光沢のある三つ揃えのフォーマルスーツは、全体的にシャープ感を出す為に少しスラックスが細身になっていて、スレンダーな彼のラインをとても効果的に魅せていた。そして開襟された真白いウイングカラ―シャツは第二ボタンまで開けられ、それが又彼のイタリアーナらしさを惹き立たせて何処か大人の色香を漂わせている。

 そこまでフォーマル感漂う着こなしをしているにも関わらず、彼の服装が決して堅苦しい礼服感を感じさせないのは、彼の腰にあるアッシュがかったホワイトパイソン(白蛇)のレザーベルトにある。

 その上品且つワイルドな一品が彼のトータルコーディネートを完璧なモノにしていた。

 

 絶対あの有名なメンズ雑誌『レ○ン』に載っていても可笑しくないコ―ディネートだ。

 てか、瑞森レオ自身その雑誌にポーズをとって載っていたって誰にも文句は言われないだろう。――本当に悔しい程良く似合う。


(こいつ外見だけは良いんだよなぁ)


 それに頭――頭?

 

 私は改めて彼の髪型を見つめる。

 

 何時もは天然バリバリの『天パくるりん筋斗雲』のような独特なヘアースタイルをしているのに、今日はその天パ君を見事に宥めあげ大人しくさせた挙句『ココとココとココだけ出て良し!』とあたかも彼が指示したみたいにバランスの良い所にだけ図ったかのように天パ君が忠実に再現されている。それが又自然でエレガントで……プロの有名ヘアデザイナーに施して貰ったように隙がないスタイル。まさにこれは――


『俺ちょっと頑張っちゃったかも』


 的トータルコ―デなのである!

 

 そのコ―デが彼にマッチしているにも関わらず、恥ずかしそうで嫌そうな表情を全面に押し出している彼――そうかだから!これで全ての謎が解けた気がした。

 

 きっと彼はそう


『あ、君ちょっと気合入れちゃった?』


 って思われるのが嫌だったんだ!だから自分がハナさんのお店でお洒落をしている事を知られたくなかったのかもしれない。そう思うと……


 ――何かこいつちょっとイジラシイぞ。


 私はクスリと微笑んだ。


「そんな嫌がる事ないじゃない、結構似合ってるわよレオ!これで馨子嬢もイチコロね!」


 アンジェラはフフフと嬉しそうに笑う。


「何笑ってんだよ!俺はあんな女どーでもいーんだよ!てめーが勝手にセッティングしちまったんだろ!俺は女と付き合う気も、結婚する気もさらっさらねぇ!」


 言うと彼はスッと席を立った。


「まだそんな事言ってるの?いい加減諦めなさいよ。結局当日までアンタの付き合っているって子ワタシの前に連れて来なかったじゃないの?」


 アンジェラは少し呆れたように瑞森レオに言う。しかし彼はそんな言葉には耳も貸さず、唯黙ったまま私の座っている左端っこのカウンター席に向かって歩いてくる。


「レオ何とか言ったらどうなの?ねえ!」


 アンジェラは自分から遠ざかる彼の背に向かって尚も声を投げた。


「だから――」


コツン。


 瑞森レオの靴音が私の真横で止まった。振り向く私。それから


「紹介するよ――」


 彼は私の肩にポンと手を置くと先程から彼を目で追っていたアンジェラに向かって一言こう言った。


「これが俺の女」


 そして――


チュ。


(えっ!?)


 私の額に軽くキスをした。


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