Gaffe~失言大臣!?
「えっ!?」
名前を呼ばれ一瞬躊躇する金髪王子。
「え、と、君、俺と何処かで会った事あります?」
尚も彼は私を支えたまま首を傾げる。まだ私が『春日輪』だと気付いていないようだ。
(そうか!女装してるから気付かないんだ!)
「あ、あの……」
私は声を発しながらどう言おうか悩んだ。すると
「え?」
と暫く私の顔をマジマジと不思議な顔をして眺めていた彼が
「……あ!?」
急に変な声を発した。そして――
グラ……。
(えっ――!?)
それと同時に私の視界が再び動きだす。
(なに……?)
――ドン!
その直後自然の摂理によって私の顔が床にめり込んだ。
「いったぁ……」
私は一瞬何が起こったか理解出来ずにいた。しかし
「何してくれるんですか!急に腕放すなんて酷過ぎますよっ!」
気を取り直すと頭上から私を唖然と眺めていた金髪王子に向かって吠える。
支えられていた場所が床からそう離れていなかった為、先に想像していた顔面流血のような大惨事には至らなかったが、それでも私は目から火花が飛び散るくらい痛い思いをした。「ったぁ……」と呟きながら瑞森レオを仰ぎ睨む。
「う、うるせぇな!そんな目で見てんじゃねぇよ!お前が女みたいな格好でいるのが悪いだろーがっ!」
瑞森レオは私と視線が合うと慌てたように血色ばんだ顔を私から背け、踏ん反り返ったまま言い放つ。
「女みたいな格好って自分が女になれっ!て言ったんじゃないですか!」
「んだと……」
彼が怒り心頭の面持ちで振り返る。
「なにか?」
それを睨み返す私。
「うっ……るせぇ」
しかし彼は一言そう云うと口を噤んでしまった。
それもそうだろう、言い返すことなど出来る訳がない。だってこれはこの金髪王子が持ちかけた事。私だって渋々女装をしているのだ。それを責められる謂われはない!それともこいつ――
(私に『じぇんとるまん』な自分の姿を見られて恥ずかしかったとか?)
「プッ!」
思わず笑いが洩れてしまった。
「んだよ!」
再び私の笑い声に反応して振り返る『エセじぇんとるまん』。
「いえ別に」
私は笑いを堪えた顔で言うと立ち上がろうした。
「ったく、何なんだよ……」
まだ少し納得が行かずちょっと拗ねたように口を尖らす彼。と――
「?」
立ち上がろうとした私の目の前にスッとスーツの腕が伸びてきた。
「ほらよ」
「えっ?」
その手を見てキョトンとする私。すると彼は少し照れたように言った。
「んな格好してたら立ちにくいだろーが。ほら!」
そして尚も彼はグイッと自分の手を私に近づける。
(もしかしてさっきの事少しは悪いと思ったのかな?)
私はちょっと嬉しくなった。
(だったらこの手掴んであげても良いかも)
私は二ヤケそうになる顔を必死に堪えて彼の手を掴もうとした。しかし――
「さっきのこと根に持たれて、いつまでもネチネチ嫌味言われたらかなわねぇからな」
(えっ?)
ブチッ!
その瞬間私の頭の中で何かが弾けた!
パン!!
「って!!」
手を弾かれ顔を歪める『失言大臣 瑞森レオ』!ホントにコイツってば、いつもいつも一言多いっ!!
確かに今日名波さんから
『男性からの親切は女性なら黙って受けるもの』で
『それが男性に対する女性の礼儀』だと教わった。しかし――この男に関しては除外だ!
私は彼の伸ばされた手を払い退けると言った。
「いいです!また手を放されたら今度こそ人前に出せない顔になっちゃいますからっ」
私はフイと顔を背けるとしっかり自分の二本の足で立った。それからワンピースの皺を伸ばすようにポンポンと裾を叩いた。
「何だよお前!人の親切にその態度かよっ!しょうがねーだろうがさっきのは!その、ちょっと、なんだ……驚いたんだよ!」
そう言うと彼はフンッ!と鼻から息を吐き再び先程まで自分が座っていたカウンターの席に戻った。
「ちょっと瑞森さんっ!驚いたって何がですかっ?」
私も慌てて彼の後を追う。
「うるせえなぁ、キーキー後ろからっ!」
言って彼は不貞腐れたようにカウンターの一番右端の席に座る。私も彼の隣の席に座ろうとすると
「俺の近くに座るな!」
いきなり怒鳴られた!
「何でですかっ!」
「何でもだ!」
相変わらず理不尽な事を言ってくる金髪王子。
「それじゃ会話が出来ないじゃないですか!」
「別にしなくてもいいだろーが!」
そして彼は再び私から隠すように顔を背ける。
(何なのよ!そんなに私の顔見るのが嫌だっていうの?まったく、いつにも増して腹の立つ男だ!)
頭に来た私は嫌味ったらしく彼の席から一番離れた反対側の一番左端の席に座る。
(はいはい、これで文句はないわよね!)
そして改めて彼を睨んだ。と――
(えっ?)
彼の視線と私の視線が出会った。すると咄嗟に瑞森レオが慌てたように視線を逸らす。
(なに?アイツこっち見てた?……もう一体アイツは何がしたいのよ)
私はハァと呆れたように息を吐くと再び私に背を向けている彼に訊いた。
「あの、瑞森さん、作戦立てるんじゃなかったんですか?」
「……」
彼からの返事は無い。
(無視かい!?)
イライラしてくる私。
「二人の話が食い違わないようにここで会って、少し設定決めるとか言ってませんでした?」
「……」
何も言わない。
(もう本当にイライラするっ!)
「聞えてますか――――ッ?瑞森レオさ――――――――ん!」
私は両手を口元に当て『人間拡声器』を作ると大きな声で彼に向って叫んだ。すると
「うるせ――――――ッ!黙れチビッ!聞えてるっつぅの!」
やっと彼は反応を返した。
(話せるならちゃんと話しなさいよっ!)
プゥと頬を膨らませる。
「で、どうするんです?オレの設定。オレの人物背景は?」
私は尋ねた。もう時間が無いのだ、早くやって安心したい。すると彼はチラリと私を一度みて渋々口を開いた。
「お前の人物背景は――」
漸く彼も本気で考え初めてくれたらしい。
「結婚前提で俺と付き合ってる――」
「ええ」
「二十歳の――」
「はい」
「女」
「うん」
「以上」
「えっ!?」
私は彼の顔を見返した。
「以上って……えっ!?他は?」
「無い」
彼はきっぱり言い切った。
「無いって!それだけですか?何処で知り合ったとか、オレ達二人の馴れ初めとか……」
「気色わりぃ事いうな」
彼は嫌そうな顔をする。
「なっ、これはそう言う意味じゃなくて!っでも、その、そう言う意味でもあって……」
彼の変なツッコミにしどろもどろしてしまう私。
「とにかく以上だ。あとは出たトコ勝負だ」
「はっ?出たトコ勝負?」
「そうだ」
私は彼の顔を見つめた。だって策士である彼の考えとは思えない。
私を婚約者に仕立て上げる為にあんな手の込んだ回りくどい会話をしていた彼が「出たトコ勝負」なんて神掛かりな事をいう筈がない!それとも何か?面倒臭くなったとか?だったらサイテーだ!自滅するぞ!
「まさか瑞森さん、面倒臭くなったんじゃないですよね」
私は横目で見遣る。すると彼は動揺したように声を荒げて言った。
「ちげーよ!俺はただっ……」
そこで彼は慌てたように言葉を区切った。
「ただ?」
私は不思議そうに訊き返す。
「ただ、何です?」
「えっ、いやっ、」
すると今度は彼がしどろもどろし始めた。
(おかしい――?)
私は彼を見つめ続けた。とその視線に耐えられなくなったらしく彼は再び視線を逸らすと、カウンターの上に置いてあったソーサーからエスプレッソ取り上げ一口啜った、そして咽た。
「ゴホッ、ゴホッ」
(これって明らかに動揺してるよねぇ)
私はそんな彼の姿を可笑しくも可愛くも思い、日頃のお返しとばかりにちょっとイジワルしてやろうと考えた。
「瑞森さんともあろうお人が、はっきり言えないんですか?らしくないですよねぇ」
そしてクスリと笑った。
するとどうだろう、流石に先程の言葉がオツムに来てしまったらしく、般若と化した彼は怒声と共に勢い良く私に振り返った。
「チビっ!てめぇそれ以上言ったらマジで殺すぞっ!俺はただお前が思ってた以上にイイ女に化けたから……」
「えっ!?」
「えっ!?――!うわっ、ヤベッ」
慌てて口を閉ざす彼。そして
「う、うるせぇっ!」
言うと顔を真っ赤に染めソッポを向いて頬づえをついた。
(な、何っ!?今ヤツ何て言った?――イイ女?えっ!?え――――――――――――ッ!!)
カァ―――――――――――――――ッ!
瞬間今度は私の顔も彼のそれと同じく沸点に達してしまう!
(な、何恥ずかしい事言ってんのよ!このバカ森レオ――――――ッ!!)
私も慌てて彼とは反対の方向へと顔を背ける。
(どっ、どうしようっ!あんな事言われたらもう顔合わせられないじゃないっ!)
ドクドクドクドク……。
不覚にもこの心臓はその持ち主である私よりも素直に出来ているらしい。心拍数が先程よりも数倍跳ね上がっている。
熟れたトマトのように真っ赤な顔をした二人の間に暫しの沈黙が続く――。と
「あら?こんな所にいたのねレオ!」
どのくらい経った頃か、軽快なリズムを刻みながら背後に靴音が迫ってきた。
「やだレオ!貴方女の子ナンパしてたの?」
その鈴が転がるような美しい声音には聞き覚えがあった。私は後ろを振り返る。
そこにはベージュ色のスレンダーなシルエットのパンツに上品な淡い若草色のロールアップジャケットを粋に着こなしたアンジェラが、美しい蒼眼を大きく見開いて立っていた。