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Dubbiezza~巡る想い

(遅刻しちゃうかなぁ――)

 

 私は信吾君と別れ再び駅前通りをホテル目指して歩いていく。

 いや、歩いているというよりも、ただ足だけが任務を遂行しようと前へ進もうとするだけだ。

 ゼンマイ仕掛けの人形のように規則正しく交互に足を踏み出す私の頭の中には先程の信吾君の姿が浮かぶ。


 思っていたよりも大きくて広い彼の胸。

 思っていたよりも太くて逞しい彼の腕。そして

 思っていたよりも大人びていた彼の眼差し。


『俺の事信じて――俺の事好きになって欲しい』


 また胸が熱くなる。


(どうしよう。まだ――ドキドキしてる)

 

 そっと小さな胸に手を当てる

 再び熱を帯びた胸の奥が大きく太鼓を打ち鳴らす。


(あんな事言われても私――どうする事も出来ないよ。だって……)


 春日部凛音はこの世に存在しない――。


(私はどうすればいいの?)

 

 あんな風に信吾君が深く想ってくれていたなんて。

 ちょっとした誤魔化しのつもりだったのに。

 

(やっぱり私これ以上――信吾君に嘘つけない)

 

 前へ進んでいた足が止まる。そして自分が歩いて来た道を振りかえる。


(今ならまだ信吾くんはあのパティスリーにいる筈だよね)


 私は道の先を見つめた。


 信吾君はあの後、私から静かに体を離すと優しく照れたように微笑んだ。そして再び大通りの見える場所まで移動し、あのライオン丸の追っ手が来ないか確かめた後、私の元へ戻ってきて安全だと告げた。それから私は彼が「ホテルまで送って行く」という言葉を断り彼と分れたのだ。

 その時信吾君は先程のライオン丸との乱闘?で失ってしまったケーキを再び買いに戻ると、私の行く方向と逆の方へ歩き去った。


(今から行って信吾くんに全部を話してしまおうか?)


 そう思って一歩踏み出す。


(もしそれで私が『輪』だとばれてもうあのお店に居られなくなったら?)


 再び足が止まる。


 でも――

 私はそれでも構わない。


 あのお店を継ぐ事はお父さんからの遺言だし、私だって唯一のお母さんとお父さんの想い出になるあのお店を離れたくない。でも――


 信吾君をこれ以上深く傷付けるくらいなら、私はその夢を捨てたっていい。

 大切な仲間を、友達を傷付けてまで、そんな夢叶えたくない。

 きっと、お父さんだって分ってくれると思う。

 私があのお店を離れる事――許してくれると思う。

 だから――

 だから――

 ちゃんと素直に言おう。信吾くんに話そう。

 『春日部凛音』は――『春日輪』だって事。


 次第に私の足が速くなる。

 早く信吾くんの所に。

 でも――


(瑞森レオとの約束はどうする?)


 再び足が止まり、私は俯く。


(お店はどうするの?)


 もし私が彼との約束を破ったとしたら恐らくお店は無くなってしまう。

 まぁ、直ぐに無くなる訳ではないだろうからそれは安心だけど。(櫻井夫人の機嫌を損ねない限り!)

 でも馨子さんはいずれ鳳来流家元を継ぐ。以前そんな話を聞いた。

 家元って事は世界各国に存在する鳳来流の門下生を統括する立場になって、国内外を飛び回る事になって忙しくなって……。そうなったら婚約者である瑞森レオだってそれを補助する為にクオ―コを辞めざるおえなくなって――。


『俺は馬鹿は嫌いだ』


 ふと私の頭にあの夜の瑞森レオの言葉が過る。


『それに馬鹿のままで納得してるヤツも嫌いだ』


 そう言っていつも夜遅くまで真剣な顔をして難しい料理の本を読んでいる彼。


『頭がいいじゃなくて博識多識なんだよ俺は。分からない事は調べないといられないたちなんだ。馬鹿は嫌いだからな』


 彼の生み出す趣向を凝らした美しい美味しいお料理の数々。

 それは他でもない。

 彼の研究心の、努力の賜物。

 

 カメリエ―レをしているから分る事もある。

 

 お料理を出した時の嬉しそうなお客様の笑顔。

 お料理を食べている時のとろけそうなお客様の微笑み。

 

 そしてカメリエ―レだから気付いた。

 

 真白になってシンクに戻ったお皿を見て嬉しそうに、そして少し照れたように隠れて微笑む彼の素顔。


 彼は――

 瑞森レオは――

 お料理を作ることが

 あのお店『Ristoranteリストランテ Deliziosoデリッツィオーソ』でお客様に自分の考え出したお料理を食べて貰うことが――


(本当に大好きなんだ……)


 私は顔を上げる。


 口が悪くて、性格が悪くて、いつも私に酷い事を言ってくるアイツ。

 あまりに酷くて慣れるまでは泣きだしてしまいたくなった事もある。

 それでも、アイツの仕事に対する態度はいつも真摯で真っすぐで……


(そんなアイツから仕事を取ってしまう権利なんて私には無いよね)


 勿論アイツが誰と付き合おうが、今日の事がきっかけで馨子さんと付き合おうが、私には全くどうでも良い事。

 でも


 お店に来るお客様の寂しそうな顔を見たくない。

 アイツのお料理を楽しみにして来るお客様のがっかりした顔は見たくない。


(そう、だから私はちゃんとアイツとの約束を守るべきなのかも)

 

 そうだ。これはアイツの為なんかじゃなくて、全部お店の、お客様の為。そして――

 このお店を愛したお父さんの為――。

 

(でもやっぱり私が行かない方が良いのかな?)


 ふと横から割り込む別の気持ち。

 そこには瑞森レオを見て恥じらう馨子さんの姿がある。

 

 橙子さんと馨子さんと、アイツと私。4人で会ったあの熱い日――彼女がアイツに向ける一途な想いを知った。ただひたすら真っすぐに一人の男性に向けるひたむきな健気な想い。


(そんな馨子さんの気持ちを嘘で壊してしまっていいのだろうか?)

 

 私の足が縫い止められたようにその場から動かなくなる。


 馨子さんと結婚して、婿養子に入ってそしていずれ子供が出来て、いいパパになって……。

 そうなれば馨子さんは幸せになるし、櫻井夫人だってお店を奪おうなんて絶対考えない。


(本当はそれが一番丸く治まる方法だよね。アイツが馨子さんと結婚する事が)


「結婚……」


 案外お似合いかもしれない。

 

 あの時馨子さんに見せたアイツの優しい一面。

  

(私をバイクに乗せた時にはあんな心遣いしてくれなかったし)


 名前覚えてないとか言ってて、結構可愛い馨子さんの事満更でもないのかも知れない。

 それこそ美男美女、誰から見ても理想なカップルだと思う。


(いっその事アイツも腹を括って一緒になっちゃえばいいのに)


 そしたら私だってこんな面倒くさい想い抱えなくて済むんだから。


 そうなったら私だってウルサイほど祝福しちゃうよ。

 結婚式でばんばんウエディングソングだって歌っちゃうよ。

 フラワーシャワーが入ったカゴごとアイツの頭の上に被せてあげるよ。

 もしそれで酷い事言われても、その日だけは笑って許してあげるよ。なのに――

 

 無意識に私の足が動きだす。


 なのにどうして?


 どうして

 胸がザワザワするんだろう――?

 どうして

 イライラするんだろう――?


 前へ前へと、足が進んで行く。まるで己自身の心を持っているかのように、しっかりとした意志を持っているかのように。前へ前へと――力強く進んで行く。


 ある一つの方向に。 

 信吾君のいるパティスリーに――ではなく

 

 彼の、瑞森レオの待つ駅前のホテルの方向へ――。



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