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Bifronte~二つの顔

 次の瞬間、私はライオン丸の腕の中にすっぽりと収まっていた。


「何するんですか!放して下さいっ!」


 私はライオン丸の中で必死にもがき抵抗する。しかしこのチャラ男の何処にこんな馬鹿力があるのか、私は彼から逃れられない。


「おい、暴れるなよ!ったく威勢のいい女だぜ!まぁこのくらいの方が俺は好きだけどな!」


 そしてライオン丸は掴んでいる腕に一層力を籠める。


「お前が吸い取っちまったんだろ?各務のいろんなモンをさっ!」

「いっ!」


 男が卑猥な台詞を言いながら私の体を触り始める。周りの金魚のフンの様な男達はその様子をただ可笑しそうに嗤いながら見つめているだけだ。


「い、や……」


 恐怖に声が絶え絶えになる。


(どうしよう、怖くて声が出ないよ)


 私の瞳に雫が込み上げる。と――


「その汚ねぇ手放せよ長谷川っ!」


 その怒声と共に先程まで私の体を厭らしそうに触っていたライオン丸の姿が視界から消える。


「えっ……」

 

 次の瞬間私の腕を折れんばかりの怪力で掴み、悪戯をしようとしていた大柄な男は道路へと飛ばされ伸びていた。その男を、まるでプロのボクサーがするようなファイティングポーズを作ったまま睨み据えている小柄な信吾君――。今私の目の前には信じられない光景が広がっていた。


(な、何?今何が起こったの?)


 私は現実に起きている事が信じられず、ただ呆然と立ち尽くす。


「は、長谷川さんっ!!」

「大丈夫っすか!」


 金魚のフンがワラワラと親玉の元へと駆け寄る。そして体を揺すったり顔を軽く叩いたりして、ライオン丸の様子を確かめている。


「う、うう……」


 やっと意識を取り戻したらしいライオン丸が唸った。


「は、長谷川さん!」

「死んじゃいねぇよ」


 信吾君はライオン丸が意識を取り戻した事に少し安堵しながら、金魚のフン一号に言い放った。


「頭は打ったかもしれねぇがな。ま、元々悪い頭だ、気にする事ねぇだろ」


 そしてファイティングポーズを解除すると、ゆっくりと私の方へと向いた。


「大丈夫?凛音ちゃん。痛くなかった?ごめんね」


 そしてすまなそうに私の顔を見た。


「う、うん、大丈夫だよ信吾……」


 私が戸惑いながらも安心して信吾君に微笑み返そうとした時、


「各務テメぇ、ぶっ殺す!」


 物騒な言葉を吐きながら金魚のフン一号、二号が信吾君に向かって突進してきた。

 二人の手には何か光る物が握られている。


(まさかナイフっ!)


 私は咄嗟に体を翻し両手を広げて信吾君を私の背後に隠した。とその時、再び私の腕が強い力で掴まれる。


「えっ……」


 しかし今度は先程の荒々しい掴み方ではなく、何処か労りを感じさせてくれる掴み方だった。


「信吾くん!」


 私は信吾君に掴まれていた。


「ほら何してるの?」

「何してるって、信吾くんが殺されちゃう――」

「だから――」


 信吾君は私が言葉を言い終わらない内に自分の台詞を被せてきた。


「だから逃げるの!一緒にっ!」


 そう言って彼はトレードマークのクリクリした瞳を片方悪戯そうに瞑って微笑んだ。


◇◇◇◇◇


「どうやら捲いたみたいだね」


 信吾君は私を大きな通りから少し入った裏通りに引っ張り込むと自分の背後に隠し、大通りをキョロキョロと窺いながら言った。


「う、うん」

 

 しかし私は日頃の運動不足が祟った為か、ただゼイゼイと肩で息をするだけで一言云うのがやっとだった。その息すら切れ切れで果たして信吾君に言葉が伝わったのかさえ疑わしい。


「ごめんね凛音ちゃん。俺の所為でこんな事に巻き込んじゃって」


 信吾君は言いながら優しく私の背中を擦ってくれた。そしてすぐ近くに置いてあった空の木箱を見つけると、それを運んで来て私の前に裏返して置き、その上に自分の上着を抜いて掛けた。そして


「ここに座って」


 と私を優しく座するようにと促してくれた。


◇◇◇◇◇

 

 暫くそうやって体を休めていると、漸く私の息使いも戻って来て普通に呼吸が出来るようになってきた。その様子に安心して信吾君が徐に口を開く。


「腕大丈夫?俺さっき思いっきり掴んじゃったから……凛音ちゃん痛そうだったのに」


 言うと彼は大きな瞳を潤ませて私を見つめた。


「大丈夫だよ、信吾くん。全然平気だから」


 実際はライオン丸に掴まれた箇所がまだズキズキと痛んでいたが、私は信吾君に変な心配をかけさせないように誤魔化した。

 しかしいつもは私の言う言葉を疑いもせず素直に信じる彼だったが、どう言う訳か今回に限っては違った。

 彼は黙ったまま私の痛む方の腕へと自分の手を伸ばすと、ワンピースの上に羽織っていた上着の袖を勢いよくたくしあげた。


「あっ……」


 その言葉より早く私の二の腕が信吾君の目の前で露わになる。丁度ライオン丸に掴まれた辺りが薄らとまるでリング状のブレスレットを嵌めたように赤らんでいた。


「やっぱり赤くなってるじゃん!ごめんっ、俺馬鹿力だったから!」


 信吾君が私の赤く痣になっていた腕を見て青くなる。そんな彼の様子を見て今度は私が慌ててしまう。


「ち、違うよ!ここは信吾くんに掴まれた場所じゃなくって、その、あのライオン丸に掴まれた所だからっ!だから信吾くんは全然関係ないのっ!」


 私は真っ赤な顔で一気に捲し立てた後彼へ繕うように笑顔を向けた。と、


「ぷっ!」


 突然信吾君が噴出した。


「えっ?」


 意味が分らず彼を困惑気味に見る。すると当の信吾君は可笑しそうに私の顔を見つめていた。


「何?信吾くん、わ、私何か変な事言った?」


 慌てて彼に尋ねた。


「ライオン丸って」

「えっ?」

「ライオン丸って面白ぇ!咄嗟に付けたにちちゃ当たってる!」


 言うと信吾君は又可笑しそうに笑う。


「ライオン丸?あっ!」


 刹那私の顔が燃えた。


(ライオン丸って、ライオン丸って、思ってた事私咄嗟に口から出ちゃったんだ!)

そして


「あ、これは別に悪口じゃなくって、その、ただ見た時の印象で、あの……」


 慌てて繕う。でも上手く誤魔化せない。それもそうだ、これは悪口なんだから。


(だって私あの人嫌いなんだモン!)


 だから上手くなんて誤魔化せない――。


 私がそう心の中で思っていると、


「俺もあいつ嫌い」


 信吾君が何時になく低く落ち着いた声でそう呟いた。


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