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Risposta~心の答え

(なんだろう?)


 暫く黙ったまま俯いて名波さんと肩を並べ歩道を歩いていると、私は痛いくらいに突き刺さってくる視線を感じふと顔を上げた。

 見ると、道の脇に数人の女性達が足を止め何かを見つめながらヒソヒソと話をしている。


(一体何を見てるんだろう?)


 私も彼女達の視線が気になり辺りを見回す。


(芸能人でもいるのかなぁ?)


 しかし私の瞳にそれらしき人物の姿は見えない。


(あれ?じゃああの人達何見てるんだろう?)


 私は再度何かを見つめる女性達の視線を調べた。と彼女達の視線と自分の視線がぶつかった気がした。


(えっ、なんで目が合っちゃうの?)


 私は慌てて咄嗟に目を逸らす。しかし当の彼女達はおかしな事に、そんな事には気づいていない様子で、尚も視線の先の対象を見つめているようだ。


(えっ?なに?どういう事?)


 私は俯いたままチラリと彼女達の視線の先を追う。すると――


(まさか――)


 その先には――私の隣を颯爽と歩く名波さんの艶姿があった。


(名波さん!?)


 私は名波さんの美しい顔と、その麗しい姿に魅了されたように見つめる彼女達の顔を交互に見返した。

 ふと私達の向かい側から歩いて来た女性二人連れの会話が、すれ違いざま私の耳に入って来た。


「見てあの人、素敵……」

「本当だ、背高いっ、モデルさんかなぁ」

「ねぇねぇ、まさかあれ彼女?」

「えーっ?釣り合わなくない?子供っぽいから似合わないわよ」

「そうよね。妹さんとかかもね」


クスクスクス……。


 彼女達の中傷する笑い声が私の耳に木霊する。


(釣り合わない?子供っぽいだとぉ?)


 私は眉を顰め、振り返って彼女達の背中を睨みつける。しかしフゥと溜息を洩らすと再び前へ向きなおった。


(でも、そう言われても仕方ないかぁ)


 私は気落ちした様子で名波さんを見つめた。

 長身で均整の取れた体躯に、絹糸の様に艶のあるサラサラした黒髪。物腰は柔らかく繊細で、且つ品があって優雅。そして何よりも、少し翳を感じさせるその美しい憂いを帯びた黒曜石のような漆黒の瞳――。

 その全てが、道行く女性達を振り返らせるのには十分だ。


(これじゃぁどう転んでも私は妹止まりかぁ)


 私は名波さんを見て再び深く息を吐く。


「どうしたの?また具合悪い?」


 私の溜息に気付いた名波さんがこちらへ顔を向けた。


「少し休む?」


 まさか自分の事で二十歳の乙女が心を痛めているとは露ほども思わず、彼はいつも以上に優しく微笑みかけてくれた。


「いっ、いえ、大丈夫ですっ!」


 私は真っすぐ見つめて来る彼の瞳に照れながらも、慌てて胸の前で両手をブルンブルン振る。心なしか周りからの視線が

痛い――ような気した。


「大丈夫なら良いけど。具合が悪くなったら直ぐ僕に教えてね」


そして名波さんは、自分を見つめる周りの女性達の視線には全く気付いていないかのように、優しく私の頭を撫でた。


(名波――さん……)


 胸がキュンと鳴る。そして――ジクッと痛くなる。

 いや、痛いのは胸だけではなさそうだ。背中のあちこち、全身が刺されるように痛い――

 そうやはり彼女達の視線が。


(嬉しいけどちょっと、怖い――かも)


 嬉しさと恐怖心がごっちゃになった私は顔に微妙な表情を湛えた。そんな私の何とも言えない苦しそうな顔を見て名波さんは言った。


「そんなに顔歪めて……本当に大丈夫なの?無理はしないで。だって君にもしもの事があったら僕は――」


 そこで彼は言葉を止め眉を顰める。顔には切ない表情が浮かぶ。


(僕は――何?)


 その後の言葉に期待してしまう自分がいる。

 胸がグッと固くなる。

 しかしその後に紡がれた言葉は私の期待に反するものだった。


「信吾に申し訳ない」

「信吾君?」


 その名前を聞いて全身の緊張が一気に解かれた。


「そう……か」


 私の口からポロリと言葉が落ちる。


(そう――だよね)


 今はっきり分った。

 そうだよ、分らない私の方がどうかしてた。

 名波さんは、私自身の事を心配している訳じゃなくて、信吾君が好意を持ってくれている『春日部凛音』だから心配して くれていただけなんだ――。

 

 ストンと力が抜けた。


「なに?どうしたの?」


 少し翳が刺した私の表情を察し再び名波さんは優しく声を掛けてくれた。


「いえっ、何でも」


 私は何事もなかったようにニッコリと微笑み返す。その様子に安心した名波さんは口元を弧の字に形どらせた。


「そう。なら取りあえずはあそこまで頑張って」


 言うと名波さんは先にある道の交差点を指差した。


「あそこの角を曲がれば、もうすぐこの辺りで有名な大きなお屋敷に出るよ。多分そこが探している君の親戚の家じゃない

かな?もう少しだから頑張って」


 名波さんは「はいっ」と私にさりげなく手を差し伸ばしてきた。私がどうやら具合が悪いのを誤魔化しているとでも思っているようだ。


「えっ、でも私……」


 私は彼の伸ばされた手を見て戸惑う。


「何を遠慮する事があるの?それに男性からの親切は女性なら黙って受けるものだよ。それが男性に対する女性の礼儀」


 そして強引に私の手を握る。


「あっ……」


 一瞬名波さんの温かい手に触れた私の手がビクッと反応する。


「さぁもう少し」


 そのまま名波さんは私の歩幅に合わせるようにゆっくりと、私を庇うようして歩き出した。歩く反動で時々名波さんと繋いだ手に軽く力が込もる。その度に私の胸はトクン、トクンとリズムを刻む。


(どうか――彼にこの音が届きませんように)


 私は心地よくリズムを刻む胸をもう片方のあいている手で庇った。


(このままずっと――この手を繋いでいたい……な)


 そう思って隣の彼の美しい顔を遠慮がちに見つめる。と瞬間胸が一際大きく跳ねた。


 えっ――?な、に?胸がいた……い?


(どうして?どうして名波さんの事考えるとこんなに胸が痛くなるの?)


 私は静かに胸を押さえる。


(まさか私――)


名波さんに恋――しちゃった?


ドクン。


 その言葉に行きついた時、私の心臓が「YES」と答えるようにもう一度一回大きく跳ね上がった。


(どうしよう私。私……どうしよう――?)


こんな気持ち――どうしよう……。


ギュッ。


 私は張り裂けんほどに高まる胸の大きな鼓動に押し潰されそうになりながら、名波さんにこの鼓動が聞こえないようにと祈りながら、小さな胸を握り続けた――。


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