表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/74

[第5章 作戦決行!]Assente~失踪

ご愛読頂いている読者の皆様こんにちは。大変御無沙汰しておりました。冴木悠でございます。


今回2か月弱もの連載休止を頂いてしまい誠に申し訳ございませんでした。

この2か月弱で、この『リストランテ』を少し見直させて頂きました。

その結果『第5章 作戦決行!』を大幅に改稿させて頂く事になりました。


突然の内容変更に付き、読者の皆様には大変ご迷惑をおかけしてしまうと思いますが、より面白い作品に仕上げて行きたいと考えておりますので、今後ともどうぞ宜しくお願いいたしますっ(礼)

そしていよいよ作戦決行日――。


 いつもよりも早く目が覚めてしまった私は簡単に身繕いをして、それからお気に入りのシンプルなエプロンを手に持ってから、瑞森レオの部屋のドアを静かにノックした。


「瑞森さん、起きてます?」

 

 私は呼びかける。

 しかし瑞森レオの返事はない。


(まだ寝てるのかなぁ?)


 そう思いながらも、私は今日の作戦について少しでも計画を立てておきたくて、もう一度、今度は先程よりも強めに部屋のドアをノックした。


トントン!


――。


 しかしやはり返事はない。


「やっぱり寝てるのかなぁ?」


 私は首を傾げながら呟いた。


 いつもなら、どんなに休みの日でも、瑞森レオは朝起きるのが早い。

 それは身に沁みついてしまった日頃の日課の所為なのか、私が起きて一階のリビングへ下りていく頃には、もうキチンと身なりを整えソファーで長い脚なんぞを組みながら、優雅にエスプレッソを飲んで読書に勤しんでいるのだ。

 そのお陰で、私は以前ヤツに醜態を曝すはめになってしまった。

 それは前日から寝付きが悪く、朝早くに目が覚めてしまった時の事――。



 私は仕方なくトイレに行ってから二度寝をしようと、眠い目を擦りながら階段を下りて行った。しかし階段を下りきった所で、刺さるような強い視線を感じ足を止める。

 顔から手を退けた私が見たものは――透き通ったサファイアブル―を飛び出さんばかりに大きく見開いている瑞森レオだった。


(瑞森レオ……?)


 私は再び目を擦った。と彼が徐に口を開く。


「お前……」


 その声は、まるでお化けか宇宙人か――とにかく何か信じられないものを目撃しているかのように、少し上擦っている。


(?)


 私はまだ寝起き直後の靄のかかった頭で、彼がどうしてそんなに驚愕しているのか理解できなかった。

 そんなぼんやりとした靄に包まれた私に向かって彼は強烈な一撃を食らわせた!


「お前それって……おっさんかよ」


 彼は呆れとも驚きともつかないような、少し残念そうな声で呟いた。彼の瞳は私の頭部を凝視している。


(!?)


おっさん―――――――!?

 

その強烈な一撃を受けた私は一瞬にして目が覚めた。そして慌てて自分の頭に手を乗せる。と――。


(しまったぁ―――――っ!)


 刹那私は心の中で叫んでいた!そりゃもう、はち切れんばかりの想いで叫んでいた!そしてそのまま一目散にバスルームへ逃げ込み、備え付けられていた鏡に己の姿を映し出してみた。その中にあったもの――。


 それは、微かに白い頭皮が顔を出し、その申し訳程度に御挨拶している頭皮の上で、ワイのワイのと大騒ぎしながら花火と噴水をコラボして打ち上げていた、私の、20歳の乙女とは思えない私の、こっ恥ずかしい姿だった。

 その直後私の顔が(チュド――――ン!)と噴火したことは言わずもがな。

 それから暫くの時間、私は己をバスルームに監禁したのだった――。


 

 あの時は本当に穴があったら入りたかった!いや、無くても床や壁をドリルでこじ開けて作ってでも入りたかった!ハンマー持って猫を追いかけ回す勇ましいあの有名なネズミにチーズを餌に頼みこんででも、私は大きな穴を掘ってその中に身を沈めたい衝動に駆られたのだ!


 それほど迄に早起きをする彼が、まだ寝ているはずがない。それに今日は彼にとっても、いや、彼が大切に思っている『リストランテ――』にとっても、かなり重要な日のはず。ならばどうして――?


「おかしいなぁ。いつも早起きなのに……」

 

 私は『う~ん』と唸って考え込んだ。

しかし、いくら呼んでも瑞森レオの部屋のドアは閉じられたままだ。


「いないんじゃ仕方ないかぁ……」


 私は思い直すと、渋々瑞森レオの部屋を後にして一階のキッチンへと下りていった。


◇◇◇◇◇


「さぁ出来たっと!」


 私はお玉に掬ったお味噌汁の味見を終えると、そっと鍋の蓋を閉じた。

 

 今日は私が寮のお食事当番。

 本日の朝メニューは、シャキシャキとした歯ごたえが美味しい『もやしのお味噌汁』に、疲労回復満点の甘~い『玉子焼き』。それから箸休めには、癒されるお袋の味『ホウレン草のごま和え』とメインは脂の乗った『鯵の開き』。


 いつも賄いで『パスタ』とか『リゾット』とかこってりとした食事が多いから、お休みの日は体も心もしっかりリセットできるようにと、ヘルシーな和食をチョイスしてみたのだ。

 おまけにこの食材は、昨日の休憩時間を利用して買いに行った近所のスーパーのタイムサービスで購入したもので、もやしは1袋28円でお安いし、鯵の開きだって1枚88円とめちゃめちゃお得!

 基本寮で使う食材や日用雑貨などの生活費は、全てお店の経費でおちるので別にそこ迄気にしなくても良いのだけど、たまに廻ってくるお食事当番でさえ、値段の事を考えてしまう私って……やっぱり万年貧乏性なのかもしれない。


 そこまで貧乏感が染みついてしまっているのか、20歳にして私はっ。

 なんか――悲しいなぁ。

 

 出来上がったお料理を沈んだ気持ちでダイニングのテーブルに並べていると、階段を元気良く下りてくる足音が聞こえて、二階からその雰囲気を消し去るくらい明るく大きな声が聞えてきた。


「おっ!いい匂い!」


 竜碼さんだった。

 そしてそれからそう時間を負わず、眠たそうな目を擦りながら、信吾君、名波さんが順番に朝の挨拶を交わしつつ階段を下りて来た。

 

 しかしやはり瑞森レオの姿は見あたらなかった。


◇◇◇◇◇


「今日皆さんはどうされるんですか?」

 

 食事が終わりかけたところで、私は少し緊張しながら本題を切りだした。


「どうっ、て?」


 信吾君がキョトンとした顔をする。


「お前そんなん訊いてどうするんだよ、輪?」


 不思議そうに私に問いかける信吾君。


「どうするって……」


 私は言い淀んで俯いた。


 それはそうだろう。突然何の前触れもなく、自分の休日の過ごし方を聞かれたら誰だって不思議に思うはず。

 しかし私にはどうしても訊き出さなければならない目的があった。それは――


 『この皆のいる寮から、如何にして女装した私はばれないように脱出するか?』


 という過酷なミッションをコンプリートさせる為だ!

 これでもし皆が出かける予定があるのなら、私は難なくこのミッションをクリアできるだろうし、逆に誰か一人でもこの寮内に残っているとなると、コンプリートへのパーセンテ―ジは遥かに低くなる!


 「それは……ハハハ……」

 

 私はなんとか誤魔化そうと苦笑いを作る。

 訝しがる信吾君に対して、そんな怪しい私の様子を気に留めもせず、頭をボリボリ掻きながら笑顔で答えてくれる人がいた。竜碼さんだ。


「俺は今日、朝めし食ったら出かけるけど?」


 そして私達に訴えるように大きく目を開いて興奮気味に喋りだす。


「実はさぁ、この近くに新しいパチンコ屋がオープンしたらしくてよぉ、そこが結構出るって噂なんだわ。多分開店したばかりだから客寄せでジャンジャン出してくれんだと思うんだけどさ!」


 そこまで言うと竜碼さんは慌てたように『やっべぇ!』と言って立ち上がった。そして


「急がねぇと台取れなくなっちまう!んじゃ俺は先行くわ。輪君ごちそうさん、美味かった!」


 と食べ終わった自分の食器を手に席を立った。


(パチンコかぁ。ホント竜碼さんてパチンコ好きなんだなぁ。にしても――)


 私は先日お店のレジで、目をハートにして竜碼さんにプレゼントを渡しながら、嬉しそうにお喋りをしていた、若い二人組のOLさんを思い出した。


(この姿見たら、お店の時の竜碼さんしか知らないファンのお客さんはビックリするだろうな……)


 私は『玄海灘を~』と演歌らしき曲を嬉しそうに口ずさみながら去って行く竜碼さんの後姿を見て微笑んだ。


「信吾君は?なんか用事あるの?」

 

 この勢いに乗れ!とばかりに振り返って私は信吾君に尋ねる。


「お、俺?そ、そうだな……」


 信吾君は私の勢いに戸惑いながら答えた。


「んじゃ俺は、この間駅前に出来た新しいパティスリーにでも敵上視察に行ってくるかなぁ~」

「パティスリー?」


 その言葉に甘い物が好きな私の心が躍る。


「ん?ああ。この前お客が言ってたんだけど、なんでもフランスだかの有名店で修業したパティシエが開いた店らしいぜ。ベリーとか、イチジクとか、その季節のフルーツをたっくさん盛り合わせた『季節のタルト』てのが有名らしい。んでそれがマジ美味いんだってさ!まぁ食ってみないと分んねぇけどなっ」

 

 そして信吾君はふと私を見た。


「そうだ、なんなら輪も行かねぇ?俺一人ってのもなんだし、お前甘い物好きだって言ってただろ?」

 

 信吾君は『どう?』と可愛らしく首を傾げて私を誘う。


(フランス帰りのパティシェが作る美味しいドルチェかぁ……)

 

 私の頭の中で、フルーツやチョコレートを美しく着飾った色とりどりの華やかドルチェ達が、手を取り合ってワルツを踊る。


(ラズベリーのタルトに甘~くまろやかな生クリームいっぱいのショートケーキ……食べたいなぁ、食べてみたいなぁ……ちょっとだけ行っちゃおうかな?)


 自然と顔がニヤつく私。

 そんな、まるでお菓子の家を見つけたヘンデルとグレーテルのような、フリフリエプロンドレスを纏った幸せな『夢見たガ~ル』な気分に浸っていると、突然目の前にあるお菓子の家が、怒り狂う金獅子に踏みつぶされる。金色のタテガミを持つその顔は――悪鬼瑞森レオ!


(うわっ!?何であんたがっ!てか、こっ、殺されるっ!そんな事したら間違いなく食い殺される私っ!)


 私は慌てて首を振ると、頭の中のお菓子の家を振り払った。


「ごめん、折角誘ってくれたんだけど……実はオレも今日は用事があってさ……」


 言い淀む私を見た信吾君は『えっ?』と一瞬不思議そうな顔をしたが、次の瞬間何かを閃いたように一回指をパチンと嬉しそうに鳴らした。


「そうかっ、そう言う事かっ、分ったぜ!だからお前俺達の予定なんて聞いてたのかよ!ったく水臭いぜ!」


 そして何を思ったのか私にデコピンする。意味が分らずおでこを押さえ信吾君を見つめる私。


「な、なに?」


 そんな私に信吾君は言った。


「隠すなよ!連れ込む気だろ?んな隠すなって!お前だって彼女くらい部屋に呼びたいよなぁ」

 

 それから私の頭をぐりぐり掻き回す。


「つ、連れ込むって!」


 信吾君の口から突然飛び出した恥ずかしい言葉に、私の顔が熱を持つ。


「な、何言ってんの信吾君!」


 私は信吾君の手を頭から払い退けた。そんな私に向かって尚も信吾君は言い続ける。


「だから隠すなっての!大丈夫だって、アンジェラにはバレねぇようにしてやっから!」


 そして再び私の頭をぐりぐりした。


「だっ、だから違うって!」

「その代わり、ちゃんと俺らに報告しろよ!あっ、でも鍵はちゃんと閉めとけ!たまにアンジェラのヤツ『抜き打ちテストだ!』とか言って忍び込んで来やがるからな!」


 楽しそうにハハハハと笑うと、信吾君はまだ食事をしている名波さんを見遣った。


「なぁ、そう言う事だからさっ、ハジメちゃんもどっか出かけてやんなよ!」


 お行儀良くご飯を租借している名波さんに信吾君は笑顔で言った。

 と、名波さんが箸を止め整った顔をスッと上げる。絹糸のように艶のある黒炭色の髪が、微かに、サラリと揺れた。


(綺麗だな……)

 

 私はその絵になる美しさに一瞬息を呑む。


「でも僕は出かける予定はないよ」


 名波さんが少し困ったように答えた。その瞳に僅かだが影が差す。


「だから気を使えっての!輪の為なんだからさ!ハジメちゃんも協力するの!」

「協力って……」


 私が呟くと名波さんは私の方へと視線を移した。


「――」


 名波さんの視線が私の視線を捉える。


ドキンッ!


 胸が跳ねた。


(やだっ、そんな真っすぐ見ないで……欲しい)

 

 恥ずかしさを覚え、咄嗟に私は名波さんから視線を逸らし俯いた。

 と、微かに『フッ』と柔らかく息の漏れる音が聞えた後、優しい、穏やかな名波さんの声が耳に流れてきた。


「いいよ。君の為なら僕も協力するよ。丁度花壇に新しい花を植えようかなって思ってたところだし、今日はホームセンターに行って買ってくるよ」


 そして私を見て優しく目を細めた。

 それから名波さんは再び食事に取り掛かり、最後にお味噌汁を一口上品に啜ると丁寧に箸を置き、両手を合わせてから、


「ごちそうさまでした」


 と私に微笑んでくれた。


「お、おそまつさまでしたっ!」


 私は顔を赤らめたまま、彼の声につられるように大きく一回頷いた。

 その声を聞くと、名波さんは嬉しそうに食べ終わった食器を静かに手に持ち、シンクへと歩き出した。しかしその途中私の傍を通る時、ふと彼は私の前で足を止め優しく頭を撫でだした。


「なっ、名波さんっ!?」

「美味しかった『ホウレン草のごま和え』のお礼」

「えっ……」


 こんな事もう慣れっこになっていたはずなのに、何故か今日はいつにも増して体が火照ってしまう。

 そんな体中が噴火口になった私の顔を嬉しそうに見て名波さんは微笑むと、再び静かに歩き出した。


「よし!んじゃ俺ももうそろそろ部屋戻るかな!」


 名波さんを見送った後、信吾君が勢いよく席を立った。

 そして食器をシンクへ片すと、


「あの玉子焼き、マジ甘くて美味かったぜ!又作ってくれよな!んじゃ後宜しく~」


 そう言いながら、名波さんや竜碼さんと同じように、元気に階段を上がって自室に帰って行った。

 全員が消えたダイニングに一人ポツンと取り残される私。

 

――君の為なら――


 無意識に私の頭は先程名波さんからかけられた言葉を反芻していた。


(何気なくあんな言葉言うなんて……心臓に悪いよ名波さん)


 再び私の心臓がドンドンドンと大太鼓を打ち鳴らす。しかし私は直ぐに頭を激しく振ってその言葉を打ち消した。


「ダメダメダメ!何一人で熱くなってんのよ私!今はお仕事する時間でしょっ!」

 

 それから私は気を取り直したように一回両方の頬っぺたをパン!と軽く叩くと、


「何はともあれ!とりあえずは皆出かけてくれるみたいだし、これで私も無事に寮から抜け出せるわね!」

 

 そう言って頭を切り替えて自分の食器をシンクまで運び始めた。そして『よし!』と気合を入れ腕まくりをして、ジェンガの如く高々に積み上げられた食器との格闘を始めた。


 時折彼に撫でられた頭を軽く手で触れながら――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ