Lettera~メール
瑞森レオは静かに口を開いた。何故か含み笑いをしている。
そして私の耳元へ顔を近づけると言った。
「見られたな」
「えっ!?」
金髪王子はクッと嗤う。
「ハナんとこ行った帰りに信吾に見られたな」
「な、なんでそれを?」
突然的を得たことを言われて驚いて両目を見開いた。
「何で知ってるんです?今日オレがハナさんの店に行った事!?」
その言葉に興奮してしまった私は思わず金髪王子の胸倉を掴んでしまった。
そしてそれでもなるべく周りに聞こえないように声を落として訊いた。
しかしヤツは一瞬驚いただけで、直ぐにいつもの偉そうな顔になるとただニヤリと口の端を片方上げ私の問いには答えない。
――まさかコイツ!何処かで今日の私の行動を見ていたのか!
とうとうストーカー癖もプラスされたの!?
私は瑞森レオを唖然として見つめた。
彼はそんな私を無視して面白そうに口を開く。
「でおそらく、硬派で女に免疫のねぇ信吾が、それなりに女に化けたお前に見事騙されて声をかけちまった…てなところじゃねーか?」
「――?!」
言葉を詰まらせる。
「って……騙されたって人聞きの悪いっ!それに女に化けてたって、どうしてそんなことまで知ってんですかっ!うぐッ…」
思わず押さえが利かず大声を発してしまった私の口を今度は瑞森レオが押さえた。
(やばっ!)
瑞森レオと私はそのままの状態で二人して慌てて辺りをキョロキョロ見回す。
しかし幸いと言うべきか、竜碼さんは信吾君を苛めるのに夢中で気付かず、名波一に至っては手酌酒でその二人の様子を優しく見守っているようで、私の言葉に反応する者はいなかった。
「うるせぇよ!声落とせ馬鹿が!バレるだろっ!」
言って瑞森レオは尚も私の口に当てた自分の手に力を込める。
「ううううーーっ」
「何だ?」
私の息だけの訴えに瑞森レオは怪訝な顔をする。
「ううううーーーーっ!!」
「だから何だよっ!」
(こいつっ!だから……)
私は窒息しそうになりながら、顔を真っ赤にして自分の口から瑞森レオの手をどける。
「苦しいって言ってんでしょーがっ!!」
私の怒鳴り声が部屋中に響き渡る。
と、全員が私の方を向く。
「どうした輪!」
「なんだ輪くん!?」
「何?またレオに苛められたの?」
名波一に至っては、珍しく瑞森レオに睨みを利かせている。
今の状態では明らかに金髪王子の不利。
「ち、ちげーよ!何で俺睨んでんだよハジメっ!」
「彼を苛めたら許さないからね」
「だから違うって!」
「ホント?」
名波一の優しさを湛えた、心配そうな瞳が私を見つめる。
それと対をなして、突き刺さるようなバカ森レオの視線が飛んでくる。
(余計な事言うんじゃねーぞ)
バカ森レオの射るような視線は、私にそう訴えかけていた。
「は、はいっ!何でもないですから!」
私が慌てて笑顔でそう名波一に答えると、彼は安心したようにニコッと微笑み、
「それならいいね。又何かされたら言うんだよ」
と美しいオニキスの瞳を細めた。
「何かって!俺は何もしてねーぞっ!」
「さぁ、どうかなー」
「ハジメっ!」
名波一は瑞森レオの反論にそう楽しく返す。それからクスクス笑うと、再び空になった自分のグラスに手酌でお酒を注いで飲みだした。
「ったく、でけぇ声出してんじゃねーぞ!心臓に悪いだろーが!バレたら殺すぞチビ!」
ようやく名波一との遣り取りを終え、安心したらしい瑞森レオが当たり前のように、私に暴言を吐いた。
しかし今回はグッと堪えよう。
危機的状況へ追いやったのは私自身なのだから。
私は再び瑞森レオに近づくと小声で訊いた。
「で、なんで女装して帰って来たこと知ってるんで……あっ!」
そこまで言って私の脳裏にハナさんの発したある言葉が過った。
『実験よ!実験。寮につくまで男の子ってばれないかどうか―』
「まさかっ!あれ本気だったんですか!?」
「まぁ合格ってとこだな」
瑞森レオが(漸く気付いたか、このバカめ)というようなしたり顔で言いきった。
どうやら私は二人に嵌められたようだ。
完璧主義なこの男は私がどこまで女性として耐えうるのか、ハナさんと二人で結託して実験を行ったのだ!
あの時ハナさんは冗談ではなく、本気でそう言っていたのだ!
あんな優しそうな美しい笑顔を張り付けて…。
まさかそんな恐ろしい事、優しいハナさんが考えついたとは思えないっ!という事は、だ。そんな悪魔な事考えつく悪知恵が働くヤツなど私は一人しか知らないっ!
(般若ぺ天使瑞森レオっ!!)
私はしたり顔の瑞森レオを睨む。
どこまで完璧主義の策士野郎なんだっ!このぺ天使がぁ!!
(ありえないっつうの!)
なんて性格の悪いっ!
きっと優しいハナさんは、このぺ天使可愛さに一口乗ったんだわ!
だってハナさん、この男の為なら何だってやりそうだもの!
私を騙す事くらい遣りかねない!
私は眼球を血走らせてヤツを見据えた。
「んな顔すんなって、予行練習なんだからよ!お蔭でいい結果が出たじゃねーか。でもよりによって信吾とはな……クッ」
嬉しそうなバカ王子!
「なーにが予行練習ですか!瑞森さんは女装して町歩いた事あるんですか?女の子に間違えられて知り合いに声かけられた事は?その人にメルアド訊かれた事は?」
私は怒りで息巻きながらヤツに吠えた。すると――
「うるせぇな……ある訳……ねぇだろ……」
瞬間目を大きく開き思わぬ反応を返すヤツ。
ヤケにたどたどしく言葉を発する瑞森レオ。
そこで私はピン!と来た。この様子――。
(……あるなコイツ)
それもそれは、この男にかなりのダメ―ジを与えている。
(やっぱりハナさんか?)
なんか想像できる。
こんな類まれな容貌にスタイルの瑞森レオ。ハナさんが放っておく訳がない。
私だって、色が白く、金髪でクルクルカールな彼を見た時、『お人形さんみたいっ!』て思ったもん。
この大きくてキラキラしてる碧い海みたいな瞳は『絵本の王子様みたい』って思ったもん。
きっとそれがハナさんの『禁断の扉』を開いてしまったのかも知れない。
それに今日のハナさんの様子から『着せ替えごっこ』にかなり慣れていると感じた。それも、男の子を女の子にチェンジさせる『着せ替えごっこ』に。
恐らくその先駆けとなったモデルは――ヤツ、瑞森レオで間違いない!!
「ふっ、」
私はヤツを見つめ意地悪く嗤う。
「な、なんだよその顔」
少し戸惑い気味に私を見る、女装先駆けモデル。
こういう所はすぐに顔に出る。
瑞森レオって案外単純なヤツかも知れない。
自分が攻めている時は強いが、その半面攻められしまうと弱い。
しかもその弱さを隠そうとしても、全然隠し通せて無いところが笑える。
(子供っぽいやつ)
私はクスッと笑う。
「別に何でも?」
そしてそう言うとワザとらしく顔を背けた。
それから彼の困った反応を片目の隅に見やってから、再び信吾君のメールに視線を落とした。
(にしても……)
ホントどうしよう、このメール。
かと言ってこれ以上無視するのも……ちょっと……なぁ
私はチラリと信吾君を盗み見た。
すると信吾君は竜碼さんと一緒に自分の携帯電話を眺めながら、ソワソワしている模様。
見ているこっちが可哀想になって来るほど、信吾君の顔は不安で歪んでしまっていた。
「大丈夫だって、今携帯持ってないのかも知れないぜ。気長に待てよ信吾」
「でもさ……」
そう言いながらも信吾くんは、寂しそうに携帯電話を見つめ握り締めたままだ。
(うっわー、なんか居た堪れなくなってきたよ……)
私が自分の携帯電話を見ながら溜息を落とすと、不貞腐れたような様子の瑞森レオが声をかけてきた。
「で、お前どーすんだよ、これ。信吾可哀想じゃねーか。お前の責任だぞ」
チラリと私を見る瑞森レオ。
さっき言われた事がまだ引っかかるようだ。
「本当どうしよう、オレ男だしっ。て、元を質せば瑞森さんの所為じゃないですかっ!」
言って私は瑞森レオを横目で睨んだ。
元はと言えばコイツのせいだ!
実験とかいってあんな事させなければ、こんなややこしい事になどなっていなかった!
信吾君にだってこんな辛い想いさせなくて済んだのに……。
「ったく、もう、オレちゃんと信吾君に本当の事話しますよ。あの時はばれないように咄嗟にあんな事言っちゃったケド、やっぱり嘘付いてるの良くないし」
私がそう決めて信吾君に返信しようとすると、その手を瑞森レオが慌てて止めた。
「で、信吾に何て言うつもりだ?『『春日部凛音』は偽名で、俺の女装姿でしたー』ってか?」
「それは……」
「それから『俺に頼まれた』とか言って、俺の計画までベラベラ喋って潰す気か?」
「え……?」
「店がどうなってもいいのかよ、お前?」
「……」
一瞬言葉が詰まる。
それを言われては私はもうどうする事も出来ない。
それに確かにこの事を話してしまったら、これから行おうとしている私達の計画は全て水泡に帰してしまうかもしれない。
兎に角今は、店を守ることを考えなくてはいけないのだ。
「じゃあ、どうすれば……」
私がそう言うと瑞森レオは先程とは打って変わって、秘策を考え付いた策士のようなしたり顔を浮かべて『俺に考えがある』と私の携帯電話を奪った。そしてなにやらいじくり始めた。
「何……してるんですか?」
私は不思議そうに尋ねた。すると――。
piropiropiropa……。
近くで着信音がした。
「着信音?」
私がその音の方へ目をやると、そこには嬉しそうに顔をほころばせた信吾君が見えた。
「えっ、まさかっ!」
私は不吉な予感を感じ瑞森レオを見遣った。
すると彼は面白そうに携帯電話の画面を見て口の端を上げている。と――
「来た!」
信吾君が叫んだ!
(うそでしょ!)
私は瑞森レオから携帯電話を奪うと、ドキドキして送信メッセージを確認した。
「何……これ」
その画面を見て唖然とした。何故ならそこには――
『まずはメル友からお願いしま~す』
となんともご丁寧に絵文字&顔文字付きの文章が刻まれていた。
「瑞森さん!?」
私は慌てて瑞森レオに振り向いて、携帯の画面を見せた。
「これなんですか!何してくれてんですか!」
小声だが、強い語調で彼に詰め寄った。
「これじゃますます混乱させちゃうでしょーが!」
思わず再び彼の胸倉を掴んでいた。
だってこの文章。
明らかに信吾君からメールが来る事を望んでいる文章だ。
それに「ま~す」て何?
なんかすっごく私軽そうなんですけど?
おまけに『ハートマーク』に『絵文字』って……。
どこまでラブリーなメールなのよ!
(もうダメだ……こんなんじゃ本当の事なんて言えないじゃん!)
私は力が抜けてガックリと肩を落とした。
そんな私にバカ森レオは笑顔で言った。
「ということで、取りあえずこっちは保留にした。まずは俺の方片づけねーとな」
保留って……。
保留になってないよ!
現在進行形になるよこれは!
私はただただ呆れてしまい、
「もう…いいです。勝手にしてください」
そう一言言うだけで精一杯だった。
そして
(信吾君ゴメンね、いつか必ずこの誤解とくからね)
私はそう心で謝る事しか出来なかった。
――それから数分も経たない内に、『信吾君からのメール第三弾』が私に届いたのは言うまでもない。
そう、私の予想通り、信吾君と春日部凛音の関係は現在進行形で進み始めたのだった――。