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Telefonino~携帯電話

 その日の夜――。


 夕食当番であった私は、キッチンで今晩の夕飯の支度をしていた。

 真っ白いお皿に昼間駅前のデリで買った特売のお惣菜を盛りつけると、先程作った『トマトのカプレ―ゼ』と『アサリの白ワイン蒸し』と共にキッチンのカウンターに並べた。そして棚からフライパンを一つ取りだすとそれを、コンロに置いて、冷蔵庫から信吾君がコンビニで買ってくれた卵と牛乳を取り出した。


「輪!なんか手伝う事ある?」


 大きなボールに卵を割り落としていると突然カウンターの向こうから、上機嫌な信吾君が声をかけてきた。


「!信吾くんっ、」


 昼間の一件もあったので、私はその声に飛び上がりそうになった。


「俺も何か手伝うよ」

「えっ!?」


 そう言うと信吾君はカウンターに両肘を乗せ笑顔で私の顔を下から覗きこんできた。突然目の前に表れた信吾君の可愛らしいその姿に、昼間卵を拾う時に真近に迫ってきた彼の顔を思い出してしまい、照れた私は咄嗟に顔を背けてしまう。


 頬が熱を帯びた。


「あっ、じゃ、じゃあ、カウンターに置いてあるお皿を向こうのテーブルに運んでくれる?」


 手が離せないので目線だけでダイニングルームを差す。


「おっけー」


 嬉しそうに信吾君は言うと、カウンターに並んだお皿を器用に片手に三枚嵌めこみ、もう片方の手に一枚掴むと、手なれた様子で料理をダイニングのテーブルへと運び始めた。

 動揺しながらも信吾君にそう指示した私は何事も無いような素振りでボールを見つめ、中に入っていた卵を菜箸でシャカシャカかき混ぜ続ける。


(私何故、こんなに焦っているんだろう……)


 菜箸を握る手に力が入る。とその手にふと目が留まる。


(この手……)


『あっ、』

『ごめんっ!』


 私の頭の中を、あの時――信吾君の手と私の手が触れ合ってしまったあの時の言葉がフィードバックする。


(なっ、何思いだしてんのよ私ってばっ!)


 シャカシャカシャカシャカ……。

 ますます菜箸を握り締める手に力が入る。

 

「何してんだよ輪」

「えっ?」


 ふとその声に顔をボールから上げると、カウンターの前に第一便を運び終え、第二便を出航しよとしていた信吾君の不思議そうな顔が目に入った。


「何って……」


 卵かき混ぜてるんだけど――そう言おうとした私の顔が青ざめる。


「げっ!」

「まるでスプラッターだぜ、それ」


 見るとボールの中にあった卵がもうそこには存在せず、飛沫の痕がボール近辺の調理台の至る所に、ビシャッ!ビシャッ!と飛び散っている。それは信吾君が指摘したように、たった今チェーンソーを抱えたジェーソン君が通り過ぎたのでは?と思えるほ悲惨な現場であった。


 ただし色は赤ではない――黄色。 


「まじっ……」

「気合入れんのはいいけどさぁ、それはちょっとやり過ぎなんじゃねぇ?」


 そして信吾君はハハハと可笑しそうに笑うと、何事もなかったかのようにカウンターにあった残りのお皿を器用に指に挟み、鼻歌を歌いながら御機嫌な様子でリビングのテーブルまで運んでいった。


「うっわー勿体ないっ!!これじゃ勿体ないお化けがでちゃうよぉ」


 私はそう言って、恥ずかしさのあまり熟れたトマトになった顔のまま急いでシンクでダスターを濡らすと、慌てて派手に飛び散った卵達の最期の姿を綺麗に拭ってやるのだった。


◇◇◇◇


「おいっ信吾!」


 夕飯を食べ終わった後、リビングのソファーに座りながらお酒を飲んで皆で団欒していると、突然竜碼さんが隣に座っていた信吾君の頭を後ろから叩いた。


「うわっ、と、」


その拍子に信吾君が持っていた携帯電話が下に落ちてしまった。


「って、何すんだよ、もう!」


 少しイラつき気味にそう言うと、信吾君は慌てて携帯電話を拾い上げた。そしてそれを裏にしたり表にしたり開閉したりして壊れた所が無いのを確認すると、安心したようにフゥと息を吐いた。


「お前大切なモンでもはいってんのか?そのケータイに」

「えっ?」


 お酒で顔を仄かに赤らめた竜碼さんが強引に信吾君と肩を組んだ。


「だってお前メシん時からそれ、ずーっと持ってるだろ?何が入ってんだよ?」


 竜碼さんは信吾君が大事そうに両手で握っている携帯電話を指差しながらニヤニヤする。


「何って…別に何でもないって!」


 そう言いながらもやはり信吾君は正直だ。顔の赤さは隠せない。それでは明らかに何かを誤魔化している事が分かってしまうだろう。


(ホント信吾君てば直ぐに顔に出るんだから)


 根っから素直な信吾君が微笑ましい。


(それにしても、さっきから何見てたんだろう?)


 私も不思議に思っていた。

 

 竜碼さんが言ったように、確かに信吾君は食事中も右手に箸を持ち、下ろした左手に携帯電話を持つという器用な技で、何度となく携帯電話を開いたり閉じたりしている。それもとても幸せそうな、嬉しそうな顔で……。


 あ、余談だが信吾君のケータイは私と同じで二つに折れるものなのだ。


 閑話休題――。


 私は大好きなカシスソーダのグラスを両手で持ちながら、仲睦まじい二人のじゃれ合いを微笑ましく見ていた。


「何でも無いって顔かよ!ちょっと俺に貸してみろよ。あっ、もしかしてお前――」


 竜碼さんは信吾君の体をグイッと自分に引き寄せると意地悪そうにニヤリと笑う。


「これが俺をドタキャンした理由ってか?」


 そして信吾君から強引に携帯電話を奪った。


「ちょっ、何すんだよ竜兄!」


 信吾君が自分の携帯電話を取り戻そうと両腕を伸ばしてバタバタしている。その様子はまるで猫じゃらしで遊ぶ子猫のようだ。

 しかしそれを竜碼さんは難なく左手で押さえ込むと、信吾君の手が届かないように奪った携帯電話を高い位置に上げて、そこの画面に載っていた名前を読み上げた。


「なになに……『春日部 凛音』?」


 ブ―――――ッ……。


 その名前を訊くのと、私がカシスソーダの噴水を打ち上げるのと殆ど同時だった。そこにいた全員が私を見て唖然としている。


 その場に流れるビミョーな空気――。


(やばっ!)


 慌てる私。

 しかしそれを壊してくれたのは空気の読めない男――瑞森レオだった。


「きったねーなぁ!何すんだてめぇっ!」


 私の噴水を向かい側で見事にキャッチした瑞森レオが立ちあがって叫んだ。見目麗しい金髪王子が、なんとも悲惨なずぶ濡れ王子になり下がっている!『水も滴るいい男』――とは正にこの事。


 いやこの場合は『カシスソーダ滴る色男』か……。


「ごっ、ごめんなさいっ!今タオル持ってきますっ!」


 急いで私はソファーから立ちあがった。

 向かいに鼻息荒く座る鬼面と化した般若が、怒りと恨みと憎しみの感情がごったごたに入り混じった双眸で私を見遣る。


(うっわー食われるっ!) 


 その顔――

 心の臓によくないですっっ!


 私は左手で痛む自分の胸を押さえると右手の袖口で口を拭いながら、キッチンへとタオルを取りに走った。

 飛び込むようにキッチンへ入ると、水道の蛇口を捻りシンクの横に伏せて置いてあったグラスに冷たい水を一杯注ぐ。


「びっくりしたぁ、今日は本当にあのバカ森レオに殺される所だった。にしても……」


 私はグラスに注いだ水をグイッと一気に喉へ流しこんだ。


「あれって、私の名前……だったよねぇ」

 

 まだ心臓がバクバクしている。


(何であそこに私の名前がでてくるの?)


 その理由に覚えのない私は(ハテ?)と首を捻ると、再びグラスに水を注ぎ飲み干した。それからフゥと一息ついて心を落ち着かせ棚からタオルを取り出してから、鬼面の般若の待つ鬼ヶ島へと戻っていった。


◇◇◇◇


 私が皆の所に戻ると話は有らぬ方向へと進んでいた。


「メールしろよ」


 竜碼さんが意地悪そうな笑みを浮かべて信吾君を見た。


(えっ?)


 私は思わずギョッとした。


(メールって、まさか凛音に?!マズイって!)


 何故なら『春日部 凛音』はここにいる。

 だってそれは――私なんだからっ!


 私は持って来たタオルをギュッと握りしめると、ざわめく心を押さえつけ平静を装って席についた。しかし瞳は信吾君と竜碼さんの姿を追っている。


「メルアド教えてくれたって事は、満更でもねぇって事だろ?だったらメールしろよ」


 すでに竜碼さんはいい感じに酔っているようで、オラオラオラ…と半ば強引に脅迫気味に信吾君に詰め寄っている。そんな信吾君も嫌がりながらも、その言葉を待っていたようで、なんだか少し嬉しそうに見える。


「だよな、やっぱり竜兄もそう思う?やっぱそうだよな……でも凛音ちゃん驚かないかな?」


 少し不安げに俯く信吾君。

 頬を紅潮させなんともいじらしい。


 でもその言葉って、さっき強引に人の番号登録した人とは思えない。


(信吾君って実はシャイだったりするのかな)


 私は信吾君を可愛く思った。


 ――って、ちょっと待った春日輪!

 何をいじらしいとか可愛いとか、心を和ませているの!そんな悠長なことを思って今メールされたら一番ヤバいの私じゃん!『春日輪』のポケットからタイミング良く着メロ鳴ったら明らかにオカシイよっ!


 ここはなんとか意地でも話しの流れを変えて、この話題を宇宙の果てまで飛ばしてしまわなくては!


(良く考えるんだ私っ!)


 そう思った私は意を決して信吾君に話かけた。


「あのっ、信吾く……」

「おいっ!」


 私が信吾君に話かけようと口を開いた瞬間、瑞森レオが顔と頭を赤い液体で滴らせたまま私を睨んだ。

 でもこの赤は(照れている)とかの比喩的表現の『赤』ではなくてリアルな『赤』。そうこれは――

 

 私のカシスソーダの赤なのだ!


「てめぇ、何タオル抱きしめてんだよっ!早く貸せっチビがっ!」


 言って瑞森レオは強引に私が握り締めていたタオルを奪った。そしてゴシゴシと自分の顔を拭きだした。


「ごめんなさいっ!」


 再び私は瑞森レオに謝って頭を下げた。

 しかし彼は不機嫌そうに黙ったままだ。


(こっ、こあいよぉ……)


 私はシュンとして肩を落とすと、落ち着く為にグラスを手にとって中身を口に含んだ。


「何言ってんだ?お前らしくもない。各務信吾はそんなにビビりなヤツだったかぁ?」


 その言葉をきっかけに再び私は竜碼さんと信吾君へ視線を移す。と竜碼さんが意地わるそうに信吾君を見ていた。

 信吾君はそんな竜碼さんの顔を見ると顔を赤らめてそっぽを向いて恥ずかしそそうにこう呟いた。


「……俺嫌われたくないんだよなぁ、強引だったしさぁ」


(え?嫌われたくない?)


 私は信吾君の言葉に眉根を寄せる。


「今さら何いってんだよ!聞いてりゃもう十分強引な事してんじゃねーか。何を今更……」

「竜兄っ!俺!」


 そう言って鼻で嗤う竜碼さんに、信吾くんが怒りの籠った眼差しを向ける。その様子にふざけてたいた竜碼さんも大人しくなった。


「な、なんだよ信吾、そんな怖い顔すんなよ」


 信吾君の迫力に少し押され気味な竜碼さんは、信吾君の顔をまじまじと眺めた。その顔を見止めた信吾君は、一度口篭った後、皆の前で重大発表をした。


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