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Inaccorto~鈍感王子

 暫くその場でお惣菜が無事かどうか確かめながら待っていると、5分と経たないうちに信吾くんが走って戻って来た。

手にはコンビニのビニール袋が提げられている。


「お待ちどうさまっ!早かったでしょ?」


ハァハァと弾んだ息を整えながら、信吾君は「はい!」と私にそのコンビニの袋を差し出した。


「何?」


と言って、立ち上がり首を傾げて彼を見つめると、信吾君は「いいからいいから」と笑ってそれを押しつけてきた。不思議な思いのまま中を見ると、そこには6個入りのパック二つ分の合計12個の卵と、使われていないコンビニ袋が一枚綺麗に畳まれて入っている。


「これ…買ってきてくれたの?」


私は驚いて信吾君を見つめた。

しかし当の信吾くんは平然としている。

それどころか(何をそんなに驚いているの?)というようにつぶらな瞳を私に向けていた。


「うん、勿論買ってきたんだよ。盗んだ訳ないじゃんっ!金も払ってきた。ぶつかったの俺だし、卵割っちゃったのも俺だもん。当たり前でしょ?」


言ってニッコリと屈託なく笑った。

それから、畳んであったビニール袋を取り出して開くとその場にしゃがみ、ヨレヨレになった紙袋から、まだ包装もそのままに、傷一つ負っていなかったお惣菜を取り出してそれらを今持ってきたコンビニの袋の中に丁寧に仕舞い出した。


下に落ちていたお惣菜を片づけ終わると、今度は私が手に持っていたお惣菜を自分のビニール袋に入れ始めた。そして大きな瞳を私に向け笑顔で言った。


「それにさ、この袋があれば君だって家まで持って帰れるじゃん!」

「えっ?」

「だってこんなになっちゃったら、持って帰れないでしょ?せっかく買ったのにさぁ」


私は目を見開いた。


(まさか信吾君、そんなふうに考えてコンビニ行ってくれたの?)


信吾君の優しさに嬉しくなる。

フッと頬が緩んだ。


「でもあの店員腹たつよなぁ…」


ボソッと誰に言うということでもなく信吾君が話しだした。


「俺が卵買った時にさ、レジにいたバイトみたいな店員がコンビニ袋を一枚しかくれなかったんだ。まぁ買うもんが、たかが卵一個だから当たり前なんだけど…」


信吾君が淡々と話す。


「でもさ、こんだけ荷物があるのに袋一枚じゃ絶対足りないじゃん。だから俺が「もう一枚欲しい」ってお願いしたんだ」


するとそこで彼は、今度は頬を膨らませ不機嫌な顔になった。


「なのにその店員「すいませんエコなんで」とかヘラヘラ笑って言いだしてさぁ、俺だってそんなの分かってるけど、今はそんなの関係ないだろ?状況が状況なんだしさ、だから「でも必要なんで」って低姿勢でもう一度お願いしたんだ。そしたらそいつ俺の事睨みやがってさぁ…」


口先を雀のように尖らす信吾君。

かなりご立腹のよう。

拗ねてる姿が、母親にしかられた子供みたいでなんとも愛らしい。

こんなこと、私より年上である彼に知られたら怒鳴られちゃうかもしれないけど…。


でも信吾君が怒鳴っても、あの金髪王子に比べたら全然可愛いものだ。

ヤツに比べたら怒鳴る姿だって、きっと頬ずりしたくなる程可愛いと思う。


あれは公害だ!

ヤツの怒鳴り声はまるで工事現場のドリル並みだ!

耳だけではなく、体中に振動が伝わってくる!

ドリドリ、ガミガミ、うるさいったらありゃしない!


耳鳴りがするっつーの!


「どうしたの?」


意味も分からずイライラしている私に、信吾君は心配そうな眼差しを向ける。


「えっ!う、ううん、何でもない!」


言うと私は、自分の思考から再び信吾君に目線を移した。


「そう…」


彼は少し首を傾げたが、直ぐに気をとり直して話の続きを始めた。


(でも信吾君て面白いなぁ…話す内容によってこんなにも表情をコロコロ変えるなんて…)


ホント―― 

見ていて飽きない。


話の内容によってまるで万華鏡のように様々な表情を見せてくれる信吾君の姿に、私の瞳は釘付けになり、強い引力で惹きつけられる。そして心がトク…ントク…ンと小刻みに心地よくリズムを刻む。


「でさ、俺腹が立ったから、棚からもうひとつ卵をレジに持ってってさ、こう言ってやったんだ。「卵ニつ買うから一つに付き一枚袋よこせ!」って。そしたらその店員も流石に観念したみたいで黙って俺に袋渡した!」


へへへッと笑う信吾君。

その顔はちょっと誇らし気。得意満面。

今度は弾けんばかりの笑顔になった。


「ホント態度悪いったらないよな~、アレが接客かってんだ。あいつうちの店入れて竜兄にシゴいてもらうかな~」


言って信吾君はそれが満更嘘でもないかのように、真剣に腕を組んで考え出した。


「プッ!」


彼の武勇伝とその態度に私は思わず噴き出してしまった。


なんとまぁ凄いことを言うのだろう。「卵二つ買うから袋二枚よこせって」――。

ちょと脅迫じみている。

大胆不敵というか、怖いもの無しと言うか…。

それに戸惑いながらも素直に応じてしまった可哀想な店員さん。

よっぽど信吾君の迫力に腰が引けてしまったのだろう。


きっと信吾君は悪気もなく、正直に、普通にそうするのが当たり前のように言ってしまったんだろうけど…。

その場面を想像すると…笑えてしまう。


(信吾君て、まるで騎士だな)


己の意志と守るべきモノの為には命を懸ける――正義の騎士ナイト


(この場合は…『卵姫』を『ビニールの馬車』に乗せて無事城《寮》に連れて帰ろうとした『ナイト信吾』の意志…かな?)


「クスクスクス…」


勝手な事を想像して笑ってしまう私。


「な、なに?何か俺変なこと言った?」


吹き出して笑う私を見た信吾君が困った顔をして慌てた。


今度は置いて行かれた子犬のような、切ない、寂しそうな瞳をしている。

形の整った眉が見事なくらい『八の字』を描いていた。


「ご、ごめんね。だって信吾君があまりにも大胆なんだもの。勇気があるなっていうか…」


(可愛いっていうか…)


勿論この言葉はオフレコで。


言って私は又クスクス笑った。


「そうかなぁ…そんなこと…ねぇ…よ」


『ナイト信吾』君は、鼻の下を擦り少し頬を赤らめて、照れた様子で俯きがちに言った。


(ほら、また変わった)


今度はお風呂に入ったタコさんだ。


素直で、真っ直ぐな信吾君を見た私は、自然と彼を誉めたくなった。


「そうだよ。信吾君て勇気があってカッコいいね!」


私はクスッと笑った。


「えっ…」


信吾君は俯いたまま私の顔を、チラリッと窺い見ると、再び顔を背けた。

そんな彼の耳は真っ赤に染まっていた。


◇◇◇◇◇


この遣り取りで完全に私から緊張感が抜けてしまった。お蔭で私の言葉遣いまで通常仕様に戻ってしまい、その結果信吾君が何かに気づいたようだった。


「そう言えば、君さっきから俺の事名前でよんでるけど、どっかで会ったことあった?それに初対面にしては、何ていうか…すっごく話易いし」


不思議そうに訊いてきた。


(!)


息が止まりそうになる。


そうだった!

突然の出来事に、初対面である筈の私は堂々と最初っから彼を名前で呼んでしまっていたのだ!

今さらながら鈍感な自分を悔やむ。


「ごめんっ、図々しいよね私…」


咄嗟に謝り俯いた。

しかしそんな私に信吾君は顔を背けたまま言った。


「い、いや、そうじゃなくて…。別に名前呼んでも構わないし…って言うか、その、呼んで欲しいし…」


「えっ?」


私は弾かれたように信吾君を見た。すると私を窺い見ていた彼とばっちり目が合ってしまう。

それから信吾君は慌てたように、話題を変えようと必死に言葉を繋いだ。


「あ、じゃなくて…っと、あ、の、だから、ど、どうして名前知ってるの?俺の名前」


最初の話に軌道を修正した。


「あっ…」


私は再び俯くと必死に言い訳を探す。


「あ、のね、あっ!私、そう!レストランに食べに行ったことがあったんだ信吾君の!だから名前知ってて…」


頭に閃いたことを口にした。

と、それを聞いた信吾君の顔がパァーっと明るくなる。


「マジで?うちに食べに来たことがあったの?嬉しいな!」


それから、身を乗り出すようにして「ドルチェ美味しかった?」とか「アンティパストはどう?」とか「店の雰囲気は?」など、それこそ矢継ぎ早にいろいろ質問をしてきた。

キラキラ瞳を輝かせて―。


(そ、そんな一度にいろいろ訊かないでよっ、どう言えばいいのか頭が回らないじゃん!それにこの目弱いんだよなぁ…)


子犬のようなクリっとしたおメメで真正面から見つめられて、一瞬躊躇してしまう。


「…もしかして、君の家うちの店の近くだとか?だから来てくれたの?」


キラキラ、ピカピカ…。

ピカピカ、キラキラ…。


この瞳―。

抗えそうにない。

こんな無垢な瞳―。

私には無視できないっ!


(とにかく何か答えないと…。眩しいよ、眩しいよ信吾君っ、)


私は苦笑いをしながら答える。


「うっ、うん!そうなんだ。その、えと、あっ、そう、『ハートフィールド』の近くなのっ、うち」


私は後ろめたさを感じながら、それでも正体がばれないようにたどたどしく嘘をつき続けた。


「ホント?それってうちの店の寮なんだぜ!知ってた?」


信吾君の瞳が夜空に煌めく一等星のように輝きを増す。


(今の邪な私にはその輝きが痛いよ、信吾君っ、)


思わず信吾君から目をそらしてしまう小悪魔的私。

事の成行きにせよ、この素直な青年を騙している私は、信吾君の濁りのない瞳を見る度に心がシクシク痛んだ。


「えっ、へぇ~そうなんだ、初耳」


(嘘ツケ自分!お前はそこで、彼と一緒に住んでるだろーが!)


心の中のもう一人の春日輪が私に突っ込む。

とうとう自分の良心が悼たまれなくなって出現したようだ。

そんな『エンジェルモード』の春日輪を押しつけながら、私は引き攣りつつも笑顔を作った。


「そっかぁ、近くなんだ…」


何故か嬉しそうに微笑む信吾君。


「なんだ、だったら話は早いや!」


突然そんな事を言いだした。


「えっ?何が?」


私が尋ねると、信吾くんは私からコンビニ袋を奪い取る。


「俺がこれ君の家まで持っててやるよ!」


「えっ!?」


私は声が裏返った。

そんな私を信吾君がキョトンとして見つめる。


「だって、近いんだろ?これも何かの縁だしさ、俺が君の家まで持っていってあげるよ」


言うのが早いか、彼はそう言うと私の了解も得ないまま荷物を持って寮の方へ向かって歩き出した。


「で、でもっ!信吾君どこか行く予定だったんじゃ…」

「平気!平気!」


私の必死な拒否の姿勢を信吾君はいとも簡単に一蹴した。


「どうせ竜兄と会うだけだったし、行けなくなったって、そんなのメールすれば済むことだし」


信吾君は平然と言った。


「えっ、で、でもっ…」


家まで行かれたら困るっ!だって――


(そこは私の家であって、あなたの家でもあるのよっ信吾くんっ!!)


そんな私の心配をよそに、満面の笑みを可愛らしいその顔に張り付けると、彼は振り向く。


「それに――俺が君を送っていきたいんだ」


「っ!?」


クスっと笑う信吾君。

言うと再び向き直って、洋服のポケットから携帯を取り出してメールを打ち始めた。


プッシューッ……


その言葉に私の頭からトーマスのような蒸気が上がる。


(なっ、何を恥ずかし気もなく、そっ、そんな大胆な発言をっ!?初対面の子に言うセリフじゃないよでしょっ!それって!)


えっ?まさかこれって―

何?

ただの親切…よねぇ?

別に何の意味も

ない…よねぇ?


信吾君は優しくて、誰にでも優しい男の子で…。

だから私を送ってくれるって言ってるだけで…。


それに、それ以外の意味があったのなら、それはそれでマズいことになって…。信吾君はお店の同僚…先輩で、私を男の子と思っている訳で…。


いくら外見が違うからって、それはっ、それはっ、無いでしょ?!

よっぽどの鈍感じゃなければ、すぐバレるからっ!!

いやホント、ありえないからっ!


頭の中がぐっちゃぐちゃ。

まるで引っ掻き回した小学生の勉強机みたいだ。


「あっ、そうだ。そう言えばまだ君の名前訊いてなかったよね」


頭の整理がつかない状態で、彼の後頭部を凝視したまま突っ立っていた私に、信吾君が歩きながら訊いてきた。


「えっ、あっ、名前っ?あっ、私はかす――っっと!!」


そこまで言ってハッと口を噤んだ。


(信吾君…まさか気付かないの?だとしたら自分からバラすって…これってマズイんじゃない?)


思わず自然に名前が口をついて出てきてしまったけど、『春日輪』なんて名乗ったら絶対ヤバイよ。ていうか、その時点で確実に変態扱いされるよ私!「男のくせに女装マニアかお前」って絶対信吾君に白い目で見られるよ私!

それに瑞森レオだって言ってたじゃん、『敵を騙すにはまず味方から』って。それって信吾君にもバレるなってことなんだよね?


でもこの雰囲気――。

ここで黙ったら又空気が悪くなりそうだし、あの切ない瞳で見つめられたら邪険にできなくなっちゃうし…。


でもどうしよう、なんて言おう

私の名前――何て言おう…。


爆発寸前の頭をフル回転させる。

エンジン始動。リミッター限界で。ヴォルテージはMAXで!


「ん?どうしたの?教えてくれない…の?」


しかし私が仮の名前を思いつくよりも早く、信吾くんが私の異変に気付いてしまった!

立ち止まって振り返ると、またあの置き去りにされた子犬のような瞳になっている!


ど、どうしようっ!

どうするんだ春日輪!

えっと、かす、かす、かす――


そして私は思わず勢いでこう言ってしまっていた。


「か、かす――かべ…りん…ね…そう!春日部 凛音です!私の名前は『春日部 凛音』です!よろしくね」


最後には「宜しくね」なんてご丁寧に笑顔まで付けてしまった。


なんなの『春日部凛音』って!

『かすがりん』に取って付けたような、この安直な名前はっ!

『春日部』は地名性で、結構どこにでもありそうな名字かも知れないけれど―

『りんね』って何?『りんね』なんてアニメとかマンガの主人公みたいな名前、一般ピーポーにはいないって!


こんな、明らかに「偽名です」と言わんばかりの名前に、私は己が恥ずかしくなる。

しかし信吾君はその名前を聞くと言った。


「『りんね』ちゃんか。君にぴったりの可愛い名前だね!」


そして目を細め優しく微笑んだ。

それから「俺今日から『凛音ちゃん』て呼ぼうっ」

そう嬉しそうに笑った。


「今日からって…」


眉根を寄せる私。

しかし信吾君はその様子には気付かないで、手にしていた自分の携帯をいじりながら私に「赤外線機能ついてる?」と訊いてきた。


「赤外線?」

「そっ、赤外線。携帯」

「多分あったと思うけど…どうかな…」


言って私は先程ハナさんから貰ったバックをゴソゴソと漁って自分の携帯をとりだした。

と、


「貸して!」

「えっ…」


言うが早いか信吾君は私から携帯電話を奪うと「おっ、機種一緒だ」と微笑んで、ピッピッピッと何やら手早く操作し、自分の携帯と私の携帯を向かい合わせた。

それから用事が終わると「でーきたっ!」と言って私に携帯電話を返してくれた。


「これ俺の番号ね!」

「番号って…」

「君の番号も登録しちゃった!」


悪戯そうにへへッと笑う。


(登録しちゃったって!えっ?…)


私が携帯電話を佇んだまま凝視していると信吾君が微笑む。


「俺の名前は『各務信吾<かがみしんご>』。今度から『信吾』でも『信吾君』でも好きな方でよんで!でも俺は名前呼び捨ての方がいい…かな」


言って信吾君は微笑むと、正面へ振り返り携帯電話を見つめてニコニコしながら私の数歩手前を、嬉しそうな様子で歩き出した。


「信吾くんて…」


(鈍感だったの?)


私は信吾君の背中に向けて心の中で呟くと、彼に遅れをとらないように、早歩きで後をついて行った。

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