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Sorella~お姉ちゃんと世界平和?

みっちゃんが部屋から去ってからも、ハナさんは一向にフィッティングの手を緩めなかった。

「あれは違う」「これも違う」となかなか彼女のおメガネに叶う洋服は見つからず、私は(もうこの際どんな服でもいいや)と、もしハナさんが読心術を心得ていたなら、一生懸命考えてくれている彼女に泣いて怒られるようなとんでもなく酷い事を考えてしまっていた。


「ダメよ輪ちゃん!そんな疲れた顔してちゃ。可愛い顔が台無しだわ」

「えっ?」


どうやらそんな私の気持ちが顔に表れていたようで、ハナさんから鋭い指摘を受けてしまった。


「ほら頑張って!これで最後なんだから!私はこれが一番輪ちゃんぽいと思うわ」


 そしてハナさんは「はいっ!」と元気良く言って、私にインディゴカラーのワンピースを手渡した。それは膝上丈のデニムのワンピースで、袖山と袖口にギャザーを入れて膨らませた半袖のパフスリーブになっていて、裾に繊細なクロスステッチの刺繍が入った、どこか懐かしく、それでいて新しい愛らしくて優雅なデザインのワンピースだった。


「わぁ~可愛いっ!」


 自分の好みにあったそのワンピースを見て、私の疲れは一気に吹っ飛んでしまった。今までの洋服は、どこかカッチリとしていて、歳のわりにはちょっとお姉様風な、背伸びしちゃったっぽい洋服ばかりで、私としても気後れしてしまっていたのだ。


「そう?よかったわぁ!じゃあさっそく着てみてくれない?」


 ハナさんはそう言うと私の背中をカーテンの方へと押した。


◇◇◇◇◇


 私がフィッティングルームで着替えていると、トントン、とドアを叩く音がした。


「失礼いたします」


 外からみっちゃんの声がする。

どうやら、ハナさんの部屋から彼女が戻ってきたようだ。彼女はハナさんの前まで歩いてくると、重そうに何かを下ろした。ドスン、と鈍い音がする。


(何だろう?)


私はカーテンの中で着替えながら不思議に思った。


「えーっと……」


カーテンの向こうで、パサパサと箱らしき物の中身を探る音と、ハナさんの声がした。何かを探している。


「あ、あったわ!!」


嬉しそうなハナさんの声。どうやらお目当ての品が見つかったようだった。


(何を探していたのかな?)


私はそう考えながら、着替えを終えてカーテンを開けた。


◇◇◇◇◇


「わーっ!!可愛いわぁ輪ちゃんっ!それが一番ステキよぉっ!!」

「うわっ!?」


 カーテンを開けてまず初めに私の目に飛び込んできたのは、そう言いながら両手を広げて駆け寄ってくるハナさんの姿だった。そして体当たりよろしく、私に抱きついた。と――


「でもこうすると、も~っと可愛いくなるわよぉ~っ!!」


言って私に何かを被せる。


ファサ……。


私の頭を何かが覆った。それから首周りが少し温かくなる。


「こ、これっ?!」

「そうよ~っ!!わぁ、やっぱりいいわぁ!可愛いわぁ!お・に・あ・いっ!」


そしてお決まりのように私にキスをお見舞いしてきた。


私は自分の肩に触れている、それを触る。

クルクルと緩くウェーブがかかり、しなやかに背中の中程まで流れる赤味の入ったそれは、とても懐かしく、私はお店に来る前の自分を思い出した。


「ウイッグですよねぇ?」


私は自分の肩にかかる波波した髪に触れながら尋ねた。


「あら、輪ちゃん。男の子なのにウィッグなんて知ってるの?」


そう言いながらハナさんは私を覗き込んで不思議そうに首を傾げる。


「あっ……」

(しまった!)


咄嗟に口を噤む私。


(ウィッグなんて女の子のお洒落…男の子である私が知ってたらおかしかったかも……)


「ほっ、ほらっ、今結構若い女の子達がやってますよね、町でも見かけるし……。良く目につくから知ってたってだけですよ。オレ変な事言っちゃったかな……ハハハ」


ついつい、憧れていたウイッグに素直に反応してしまった私は、慌てて誤魔化すと苦笑いをハナさんに返した。そんな私の心配をよそに、彼女は何故か嬉しそうに私を見つめると瞳をキラキラと輝かせる。


「そんな事ないわよぉ!輪ちゃんて凄いわ!男の子なのに女の子のお洒落にもちゃんと目が行くのね、偉いわぁ!そういう男の子って、女の子には大切なのよ?それに引き換えあの子ってば、ホント女の子に関しては無頓着というか、鈍いというか……元が良いだけに勿体ないのよねぇ……」


最後の方は、私に話しているというより独り言のようになっていて、殆ど聞こえなくなっていたけど、明らかに誰か特定な人物の事を気に病んでいるようだった。


そう、特定な――金髪王子。


(ハナさんて、瑞森レオのお母さんみたい。あ、お父さんかなぁ…フフ)


何でも微笑んで受け入れてくれそうな、穏やかで癒し系の幼馴染である名波一に、優しくて頼りになるお母さん兼お兄さん的なハナさん――。


(瑞森レオって、素敵な人達に囲まれてるんだなぁ)


両親を亡くし、男の子としての生活を選んだ天涯孤独な私にはそれがちょっと羨ましく、そして微笑ましく思えた。


それからハナさんは何かを思い出したように、「そうだ!」と言うと再びワゴンの方へと戻っていった。

そして再びワゴンを漁り、今着ているワンピースに似合うだろうと、キャメル色をしたウェスタンブーツと、しなやかで肌触りが良いマンダリンオレンジ×グレーのプリントが入ったカットソーストールを私の元まで持ってきた。


「これもこれもっ!」


ハナさんは幼い子供のように瞳をキラキラと輝かせながら、ブーツを小脇に抱え「ねぇねぇ」とストールを持った腕を私の前に差し出して催促してくる。その姿が何とも可愛らしくて(実際は、私よりも遥かに大人な男性なんだが……)私は素直に頷くとそれらも身につけてみせた。


マンダリンオレンジのストールは顔周りを華やかに、そして明るく若々しく見せてくれて、少し感傷的になっていた私の心にビタミンを与えてくれた。


「ステキっ!やっぱり輪ちゃんにはそういうスタイルがお似合いね!ホント可愛いわぁ~。もぅ可愛い過ぎてお持ち帰りしたくなっちゃう~」


言ってハナさんは両手の平を頬にあて、ブルン!ブルン!と勢い良く首を左右に振る。そして今にも飛びかかってきそうな、爛爛と輝く瞳をしたまま私を品定めした。その様子にワゴンのハンドルに手をかけていたさっちゃんがボソリと呟く。


「マダムが言っては冗談になりませんから」


さっちゃんはサラリと恐ろしいことを言って冷やかに微笑むと、ハナさんを宥めた。それから「良くお似合いですよ春日様」と私に爽やかに微笑んでくれた。


(こんな綺麗な人に褒められちゃった!)


私は頬を赤く染めると、恥ずかしそうに「……ありがとうございます」と言って俯いた。


「そうだわ輪ちゃん!もし良ければそれ全部プレゼントしてあげるっ!」


キラキラ…ギラギラ?した瞳で私を見つめていたハナさんが突然大声を上げた。


「えっ!?」


その申し出にド肝を抜かれ、私は口をポカーンと開いたままニコニコしていたハナさんを見つめた。


「そんな顔しないで。だって輪ちゃん以上にその服似合う子なんて絶対いないと思うし…」


言ってフフフとハナさんは笑う。


「い、いいえっ、そんなっ!こんな高価なもの頂けませんからっ、」


私は両手を前に伸ばして、ブンブン振った。


そうだ。

これだって、きっと先程フロアで見た洋服と一緒で、値段のタグが付いていない高級品に決まっている!そんな、逆立ちしても、空中一回転捻りをしても、到底私の身の上では手に入れることの出来ない洋服を頂くなんて――


滅相でもございませんわっっっ!!


ここで一生分のラッキーを使い果たすなんて事私には絶対に――出来ないですからっ!!


作戦用の洋服を瑞森レオが買ってくれると言った時だって、私は悪いと思って拒否してきた。けど、結果はバイト代だと言われて、このお店で買うようにと押し切られてしまったけれど。

でも、

でも、

いつか必ず、お金が貯まったら全額返すつもりなのだ!


両腕だけではなく、とうとう頭まで振りだして断固拒否!な姿勢を見せるとハナさんはクスッと優しく笑った。そして私に話し掛けながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「何も遠慮することないのよ。言ったでしょ?アタシと輪ちゃんは同志なんだって。アタシもレオの為に何か協力したいのよ。あの子って昔から頑固で、どんなに大変なことがあっても全部自分で何とかしようとしてね、アタシにさえなかなか相談してくれなかったの。でもそのあの子が今回はすぐに連絡してくれてねぇ……アタシ本当に嬉しかったのっ」


それからハナさんは私の前まで来ると両手をギュっと力強く握る。


「勿論、あの子が相手の女性に好意を持っていないからって事もあるんだと思うけど……不思議ね、人を避けるくらい人見知りするあの子が、出会って間も無い輪ちゃんにこんな事頼むなんて。それって――」


ハナさんが私の頭に軽くポンッと手を乗せた。


「きっと、あの子は輪ちゃんの事がとても好きなんだと思うの」


「えっ……?」


思ってもみない事を突然ハナさんから言われて、パチパチ瞬きする。


「うーん……なんて言うのかな?気になってるっ?ていうか、大切に思ってるって感じかな……。あの子電話くれた時にも言ってたのよ?『あいつの事頼むな』って。『俺が巻き込んじまったから何とかしてやってくれ』って。あの子らしくもない、しおらしい言葉吐いてたわ」


そう言ってハナさんはクスクスと楽しそうに笑った。


(大切って……あの瑞森レオが?)


大切……?

私を……?


『大切』って確か――。


無くてはならないほど重要な様子。

注意して粗末にしない様子――。


って意味だったはずだけど……?


そんな人間に『馬鹿』だの『チビ』だの『ガキ』だの言うのか?あの男は。

確かにパシリとして扱っている私の存在が無くなれば、人使いの荒い瑞森レオはきっと困るだろう。だからといって、それが上記にあたる、“無くてはならないほど重要な”存在には当あて嵌るか?と言えばそうは言いきれない。もし当て嵌っていたとしても絶対に意味が違う気がする。


それはそう……下僕として無くてはならない。きっとそっちの意味だ。


(大いなる間違いを犯しているぞ、ハナさんっ!!)


私は思わず、ハナさんの考えを大きな声で訂正してあげたくなった。

そんな私の心の声にも気付かず、ハナさんは優しい愛情の籠った眼差しを私に向けた。


「だからお願い。アタシにも協力させて。こんな事しかできないけれど、二人を応援したいのよ」


言って私を見つめる。

真剣で、そして優しい熱い思いに溢れている瞳――。


(ハナさんてこんなにも瑞森レオの事……)


本当に彼の事――好きなんだなぁ。


愛情よりももっと深い何か。それをハナさんは瑞森レオに対して持っているようだった。


(羨ましいいなぁ)


再び私は感傷的になってしまった。そんな私にハナさんは嬉しい言葉をかけてきてくれた。


「何寂しそうな顔をしてるの?これからは輪ちゃんも、何かあったらアタシに相談していいのよ?三人で同じ秘密を握ってるんだし、弟であるレオの大切な子は、私にとっても大切な子なのよ。だから今日からアタシ達は同志で、姉弟なの!」


それから私を優しく抱きしめてくれた。


(ハナさん……)


その言葉に嬉しくなった私の胸に、何か熱いものが込み上げてきて目頭がジンと熱くなる。

それを誤魔化す為に、私はハナさんの厚い胸に顔をうずめた。


(あったかい……なぁ)


頼もしくて優しいハナさんから漂う甘い香りと心地よい温もりを私は全身で感じていた。


「はい」


と、私の口から自然と言葉が溢れてしまった。


「そう良かった」


私の返事を訊いてハナさんは嬉しそうに微笑んだ。それから私を胸から少し離すと、瞳を覗きこんでこう言った。


「じゃあ、そんなお姉ちゃんからのお・ね・が・いっ!」

「お願い?」


私は訊きかえした。


「そう。今日は寮までこの洋服を着て帰る事!」


お姉ちゃんは優しいモナリザの微笑みで、エゲつない事を言ってくれた。


「はいぃっ!?」


思わず私の声が裏返る。

そんな私の顔を可笑しそうに見て、ハナさんは言った。


「実験よ!実験。寮につくまで男の子ってばれないかどうか」

「実験て……」


(そんな事しなくても、私は女の子なんだから、女装してもバレないと思いますけど……)


そう心の中で訴えたけど、流石に声に出して言えない立場である私はハハハと苦笑いだけした。


「て、いうのは嘘で……」

「えっ?」


ハナさんはそんな私の顔を見ると、意地悪くニコッと笑う。


「アタシのしゅ・みっ!」

「はっ?!」


私はまたしても素っ頓狂な声を上げた。


「趣味って!?」


私が驚いて尋ねると、ハナさんはまるで政治家の街頭演説のように熱く語りだした。


「だって男の子がスカートはいて町を歩いちゃいけないなんて法律はないんだし、女の子だけに許されるなんて、そんなの差別だわ!アタシからすれば人種差別と何も変わらないの!そんなのアパルトヘイトよっ!それに美しいモノを見れば誰だって心が安らぐでしょ?アタシは男女問わず『美しいモノは美しい』んだって事を全ての人に分かってもらいたいのよ!そう言った不条理な差別を無くす――それがアタシの夢。だからこの趣味は、いうなれば世界平和の第一歩ってところかしらね」


自分がその件についてかなり苦労して来たかのように、ハナさんの訴えには有無を言わせない迫力があった。

おもわず「そのマニフェストに一票!」と叫びたくなる。


何処ぞの政党の総裁が、思わずスカウトしてしまいたくなるような説得力だ。


(世界平和……)


大きく出たもんだ。


確かに最近、同性愛とか、性同一性障害だとか、そういった人が同性の人と結婚したり、戸籍を替えたりすることが出来るようになり世界的にもビッグニュースになった。

それまで彼らには人権すら与えられてなかったり、蔑まれていたりとかなり大変だったようだ。


(ハナさんもその一人なのかも……)


私は瞳をキラキラさせるハナさんを見遣った。


若干未だに、私には“お兄チャン”に見えない事もないけれど、綺麗で優しくて弟(瑞森レオのこと)思いのハナさん――。大人な女性の反面、こうやってちょっとお茶目な一面をも垣間見せてくれるこの明るい彼女が、これから私のお姉ちゃんになってくれる。その事だけで胸がいっぱいになる程嬉しかった私は、この勢いのあるハナさんの言葉に思わず、


こくん。


と頷いてしまっていた。


「そう!ありがとっ!!流石はアタシの輪ちゃんっ!じゃ、お礼にお化粧もしてあげるわねっ!」


ハナさんは私の言葉を訊くと、嬉しそうにパン!と一回手を打った。


◇◇◇◇◇


かくして、自分で墓穴を掘ってしまったであろう私は、インディゴカラーのミニワンピにブーツにストール、おまけにロングウェーブの鬘付きという出で立ちで、Gentildonnaを後にしたのだった。









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