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Brighella~策士

「えっ!?」


「年格好、背格好、それに顔立ち。パーフェクトとは言えねぇが、それなりに俺に見合いそうだ」


「俺に見合うって…」


「俺が連れててもおかしくねぇだろ」


「は?」


私は衝撃的な告白の言葉以降続く、彼の口から飛び出してくるセリフに頭がついて行かなくなった。


―俺の女になれ―


それって…

どういう意味?


まさか今までの一連の言動で、もはや私が女だとバレテしまったとか?

咄嗟の事だったとはいえ、「きゃっ」とか言っちゃった事がマズかったのかも。


私はこうなってしまったであろう原因を思い出そうと冷静に考える。


でも、それにしてもちょっとおかしい。

いきなり私が女だとバレたとしても、こんなプライドの塊みたいな瑞森レオが、どう見ても平凡な、出る所が洗濯板な、お世辞にもナイスバディとは言えない女の子の私を、冗談でも、その、好き‥になるなんて事ないんじゃないか?


私は彼を見つめたまま固唾を呑んだ。


でも、まずは、本当にバレてしまったのか確認しなければ。


私は一つ息を吸って呼吸を整えると、恐る恐る声を出した。


「…あの、お、オレ…男なんですけど…」


その言葉を聞いて彼は驚いたように、双眼を見開いた。


「はぁ?んなんこと知ってるに決まってんだろ?お前俺の整った顔に見とれて自分の性別も忘れたのか?」


「えっ?」


瑞森レオはまだ秘密を知らなかった。


じゃぁなんでこんな事言ったの?


益々謎は深まるばかり。


「じゃあ今の言葉って…どういう事ですか?」


「あぁ…」


私はもう一度確認した。

すると彼は一旦口籠ったが、ゆっくりと口を開いた。


「俺の女のふりをしろって事だ」


言うと瑞森レオは少し照れたように、顔を赤くして頭を掻いた。


「女のふりぃぃぃ?」


思いがけない言葉を訊いて、私は部屋の外まで聞こえるくらいの大きな声を出してしまった。

そんな私の口を大慌てで彼の手が塞ぐ。


「うぐっ…」


「ばっ、馬鹿野郎っ!!アンジェラに聞こえたらマズイだろーがっ!!」


瑞森レオに抱えられるようにして口を塞がれたせいで、私は身動きが取れず、ジタバタしたまま「うーうー」唸ってしまった。


そんな私の耳元で彼が囁く。


「お前でけぇ声出すなよ!出したら殺すからな!」


鋭い瞳で上から睨みつけてきた。


私は口を塞がれたまま瞬きをして、コクコク、と二回大きく頷いた。


「よし」


瑞森レオはそう言ってそれを確かめると、ゆっくりと私の口から手をどかした。そして「フゥ」と一息漏らし、疲れたようにロッカーへ体を預けた。


それから何も言わなくなった。


「…オーナーに聞こえたらマズイって…どうしてですか?」


少しの間をおいた後、急に黙ってしまった彼におずおずと尋ねる。


「実はな…」


そんな私をチラリと一度見た後、彼は静かに話し出した。


◇◇◇◇◇


「お見合いぃ?」


私はまたしても大声を出してしまった。


「馬鹿っ!でけぇ声出すなって今言ったばっかりだろーが!てめぇマジ殺すぞっ!!」


今度は真正面から口を塞がれた。息ができなくなる程の強い力だ。

コイツってなんて馬鹿力!

スレンダーな体の何処にこんな力があるんだ?


私は瑞森レオの手を何とか剥がし、尋ねた。


「く、苦しいってば!いきなり変なこと言うから、驚いたんじゃないですか!でも…どうして急にお見合いなんて?」


「あの女のせいだ」


「あの女?」


「櫻井水城だ」


その名前を吐き捨てる。


「櫻井水城…て、確かVIPのお客様でしたよね。橙子さんとテーマパーク行った時に一緒だった、馨子さんの叔母さんだとか…」


(馨子)という名前を訊いて、瑞森レオはピクッと反応した。

それから、又溜息をもらし、両腕を組んで再びロッカーに凭れた。


「馨子…そうだ、確かそんな名前だったな。元はと言えば、あの女が原因だ」


確かそんな名前だったなって…

半日も一緒にいたのに、コイツは自分を好きだって言ってくれた女の子の名前も覚えてないの?!

信じられないサイテー男だ。


「あの女って、馨子さんが?」


「そうだ。あの女のせいで、あのババァが余計なことを…」


そして彼はチッと舌打ちをする。


「俺達がテーマパークから先に帰って来た事が櫻井水城には気に入らなかったらしい」


言うと彼は苛立たし気に、前髪を上げる仕草をした。


「あっ、」


しまった。

やっぱり、私が具合が悪くなって先に帰らざるをえなくなったから…。

だから、何か大変な事になってしまったのかもしれない。


「ごめんなさいっ!」


私は慌てて瑞森レオに頭を下げた。

それを彼は訝しげに見る。


「何でお前が謝ってんだよ、本当に体調が悪かったんだからしょうがねーだろ。それよりも、あのババァ勝手な事ぬかしやがって…」


瑞森レオは顎に指を当て、床の一点を睨みつけた。


◇◇◇◇◇


テーマパークへ行った日以降、瑞森レオの携帯に馨子さんから頻繁に電話がかかって来るようになった。

その原因は橙子さんだった。


あの日以来、益々瑞森レオに好意を持った彼女に、橙子さんはキューピットになるが如く、勝手に携帯の番号を教えてしまったらしい。


ホント、橙子さんてば…

友達思いというか…何というか…。

人の都合というものを考えない困った人だ。


しかし残念な事に当の瑞森レオは全くその気がないらしく、彼女からの電話を一度出たきり、着信拒否してしまった。


この件でも分かるように、瑞森レオという男は、仕事以外の女性の扱いが極めて冷酷だ。

それに馨子さんは、そんじゃそこらの美人さんとは違う。

上品で清楚で、おまけに実家は名家だし、今時何処捜したってあんなパーフェクトな大和撫子、見つけようたってそうはいかない。

今の肉食女子に恐れを抱いている男子が草の根分けてもみつけたい貴重な人種なのだ。

そんな女の子を振るなんて、信じられないバチあたりだ。


こんな冷酷非道な俺様野郎の仕打ちにも関わらず、馨子さんはヤツに恋患いを起こし、元気がなくなり、とうとう叔母である櫻井夫人にも笑顔を見せなくなってしまったらしい。


そんな彼女を、溺愛している櫻井夫人が放っておく訳がなかった。


何故元気がなくなったのか、問い質しても一向に答えなかった馨子さんを何とか説き伏せ、原因を訊き出した。そして―


その原因があの月曜日に、瑞森レオにある事に辿りついたという。


「で、櫻井水城はアンジェラを脅してきたって訳なんだ」


「脅してきた?」


「あ、脅したっていったら語弊があるかも知れないな‥圧力をかけたって言えばいいか‥」


「圧力…」


どちらにせよ、穏やかでない話のようだ。


訊けば、アンジェラと櫻井水城は、アンジェラがこの店のオーナーになる前からの知り合いらしい。

アンジェラはフードプランナーという仕事の都合上、色々な職種の人間と関わる事があった。

名門華道家元である櫻井水城とも、仕事を通しての付き合いがあったようだ。


数年前、名門華道家元でありながら、新しいものを取り入れてきた櫻井水城は、鳳来流の生け花や、アレンジメントをより多くの人に理解してもらう為に、小さなケーキショップ兼花屋を開くという試みにでた。


滅多に見られない国宝級のアレンジされた花々を愛でながら、ティータイムが出来るという事と、そこで素敵なお花を購入できるという事で、クリスマスや誕生日などイベント好きな若い女性の中で噂となり、あっという間に人気を博し、今では数店舗も展開するようになっていた。


そして、それをすべて手掛けたのがアンジェラだった。


それ以降、櫻井水城はアンジェラを信用し、ライバル店の情報を与えたり、VIPの紹介をくれたりして、アンジェラにとって、そしてこの店にとって重要なキーパーソンとなっていた。


その櫻井水城にお願いされた事なのだ、些細なお願いであっても、それがアンジェラにとって圧力となってもおかしくない。

櫻井水城の機嫌を損ねる事。

それは、すなわち、この店の負の未来を示唆することなのだから―

櫻井水城はここまで深く、この店に関わりのある人物だったのだ。


そうか、なるほど…

これで以前橙子さんが言っていた意味が理解できた。


この店の存亡、ね―


だからあの時

瑞森レオもあんなに嫌がっていたWデートの話を受けたんだ。

彼はしっかりオーナーの息子としての立場を弁えたのだろう。

いや、息子としてではない。

きっと次期オーナーになる人間として、あのレストランのメインクオーコとして、店を守らなければと思ったのかもしれない。


コイツって案外こういうところ―

真面目だったりするんだよなぁ…。


悔しいけれど、私なんかより、もっと真剣にレストランの事を考えているのかも知れない。


私は真っ直ぐ瑞森レオを見つめた。


「で、このお見合い話もその櫻井夫人が持ち込んだって訳ですか?」


すると瑞森レオは面倒くさそうに頭をクシャっとした。


「ああ、あのババァ、馨子って女を元に戻すには俺が一番の良薬なんだと言ってきた。できる事なら、ずっとあの女の傍にいて支えてくれって。そうしたら、アンジェラやこの店とも、今までのような素敵な関係でいられるからって…」


「それって…」


「ああそうだ。こんなのお願いでも何でもねぇ、どこからどう聞いたって脅しだ!」


瑞森レオは「面倒くせー」と言いながら、再び頭をクシャクシャした。


面倒くせーって…

確かにこれは面倒くさい。


元をただせば、瑞森レオが、着信拒否をした挙げ句、彼女の心を傷つけたのが原因だけど、それにしたって、これはあまりにも過保護すぎやしないか?

いくら自分の子供を、いや櫻井夫人の場合は姪っ子なんだけど、溺愛しているからって、色恋沙汰にまで口を出してくるなんて、ちょっとやり過ぎだ。

さすが名門華道家元、天下のセレブの考えなんて、一般庶民の私になど、窺い知れない。


でも、好きになった相手に無視されるなんて―

考えただけで、凹んでしまう。


私は女だから、馨子さんの気持ちだって、同じ女として理解できる。


ホント女ごころ分かってない。

このバカ森レオ。


私はこの鈍感男にちょっと頭にきた。


「だったら、一回会ってあげればいいじゃないですか。そこでちゃんと断ればいいでしょ?そしたらこれ以上見合いだなんて事言ってこないんじゃないですか?それとも、そこまで邪険にした相手だから会うのが怖いんですか?」


ちょっと軽蔑したように見つめた。


「怖い?ふざけんな!面倒くせーだけだ!一回会って断って、それであの女にビービー泣かれでもしろ、元々あのババァは俺とあの女をくっつける腹積もりなんだぜ?そんな事になったら、間違いなく難癖つけられて、いいように事が運ばれちまう。それを拒否したら、櫻井水城はどんな手を使ってでもこの店を潰すぞっ!」


彼は息巻く。


「だったら、瑞森さんが素直に人身御供になれば済むことでしょ?相手も希望してるんだし」


いつも苛められているので、チャンスとばかりに苛め返してやった。

そんな私に鋭い眼差しを向ける瑞森レオ。


「冗談じゃねーよ!俺は俺が認めたヤツじゃなきゃ、女にしねーんだよ!ふざけた事ぬかすなよ、チビッ!」


怒鳴って、睨んで、瑞森レオは私に近づいてきた。


「それに、俺が店辞めたらあっと言う間に廃業だ」


自信満々にそうぬかした。


「客は俺の味恋しさに店に来てるんだ。そんな俺が辞めてみろ、店は確実に潰れるぞ!いいのか?」


確かに…

瑞森レオは24歳という若さにして、この業界でもなかなか噂にされている天才クオーコだ。

そんな彼の類まれなるセンスに、多くのVIPが絶賛している。

その彼がこの店からいなくなるという事は、確実に店が潰れるという事だ。


瑞森レオあってのRistorante Deliziosoである。


それにここは唯一の父の形見で、命に代えても守らなくちゃならない場所だし、この身一つでここへやって来た私は、今ここを追い出されたら、今度こそ行き場の無いホームレスとなって、路頭に彷徨う事必至だ。


私にとっても、この店の存亡は一大事だ。


「そ、それは困ります…」


全ての事を統括して考えて、私は渋々頷いた。


そんな私の心の動きを察したように、彼はしたり顔をした。


「だろ?だったら面倒が起きないように、この話を白紙に戻すしかねーとか思わねぇ?」


「まぁ、それは確かに」


…ん?

何か、私さっきからコイツのいいように言わされてないか?

まるで…

誘導尋問にかけられてるみたいなんだけど…?

気の…せい?だよね…?


「だよなぁ。アンジェラも納得できたら、この話を断ってもいいって言ってきたんだ。お前どう思う?」


「それだったら、オーナーを納得させないと…」


瑞森レオは、素直に返答してきた私に対して、しめたっ、と言わんばかりにニヤリとした。

そして戸惑っている私の肩に彼の両手を乗せた。


「そうだろ?で、お前」


「はい?」


巧みな彼の会話の流れで、思わず返事をしてしまう。


「一番早く、見合いを白紙に戻す手段て何だと思う?」


瑞森レオが私の肩を上から掴む。


「そ、それは、本人に彼女とか、彼氏とか、結婚を前提として付き合ってる相手がいれば、無理に見合いさせようなんて思わないんじゃないですか?」


私は、彼に両肩を掴まれ、真近にある整った顔にドキドキしながら、緊張して答えた。

そんな私の顔を覗きこんで彼はこう言った。



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