Dichiarare~告白
「うあっ、と」
私は法則に従って、アンジェラの部屋に倒れ込みそうになった。
「おまえっ、」
それを今まさにドアノブに手をかけ、外へ出てこようとしていた瑞森レオが、反射的に私の腰に片手を回して支えてくれた。
「何してんだよっ!」
「あっ…ははは」
私はバツが悪そうに瑞森レオを見て苦笑いした。
「あははは、じゃねぇよっ。あ、 てめぇ、まさか―」
そして私の顔を睨みつける。
「さっきの話聞いてたな」
「えっ、」
思わず顔が引きつった。
「何の事ですか?オレは別に何も知らないですよ」
しらを切ってそのまま瑞森レオの腕から逃れようともがく。
しかし、そう易々と彼が逃してくれる訳がなかった。
「逃げようったってそうはいかねぇ」
腰に回した瑞森レオの腕に力が籠り、彼の方へ引き寄せられる。
「きゃっ、」
この状況で不謹慎ながら、変な声が出てしまった。
「きゃぁ?」
怪訝な顔で見下ろす瑞森レオ。
私は思わずアンジェラの方へ救いの瞳を向けた。
(アンジェラ助けてぇ)
しかし彼女はその状況を、ただただ困った顔をして傍観しているだけだった。
「お前、そこで何聞いたか言え!」
腕の中でもがく私に向かって瑞森レオが強く言った。
「何って…」
恐る恐る彼の顔を窺う。
そしてその真剣な、強い意思をも威圧してしまう程の彼の碧い瞳から、どんなに知らぬ存ぜぬを決め込んでも誤魔化しきれないと悟った私は、観念して口を開いた。
「…先方さんとか、付き合うとか、あと店に関わるとか…そのくらいですよオレが聞いたのは」
私は瑞森レオの藍色の瞳をしっかりと見据えた。
これは嘘偽りない真実です、と理解してもらう為に。
「本当か?本当にそれだけだな?嘘じゃねぇな?」
彼も私に益々顔を近づけ、念を押してくる。
(ち、近いっ!)
「本当ですよ!嘘言ってもしょうがないでしょっ!」
私は微妙に彼から顔を離す。
だってこれ以上近づかれたら、唇が接触してしまいそうなんだものっ!
間違って何かの拍子に…何て事になりかねない近い距離。
そんな事になっても、ふぁーすときすは絶対に死守しないとっ!
ファーストキスは―
一番好きな相手とするって決めてるんだからっ!
「もし嘘だったら、殺すからな」
そんな私の必死さも知らず、彼はお決まりの物騒なセリフを吐いた。
また殺すですか。
これじゃあ私は幾つ命があっても足りないですよ。
復活の呪文を何個覚えれば良いのやら。
でも今の瑞森レオならやりかねない。
本気で殺される前に、この誤解を早く解かなければ…。
「だから、それ以上は本当に聞いてないんですってば…」
「ふーん」
しかしそれでも尚、彼は私の言葉を素直に受け止めようとはせず、不振な表情を隠さない。
私の瞳を真っ直ぐに覗きこんでくる。
「ちょっと…」
私は近づいてくる彼の胸に手をかけた。
そして
「顔近すぎですっ!」
目を閉じて、思いっきり彼の胸を力いっぱいに押した。
「うっ、うっうう…ううううう…」
(あれ?)
その途端呻き声が聞こえた。
突き出した手の感覚が何処かおかしい。
(この感覚…まさかっ!!)
瞼をゆっくりと上げる。
と、私の目にとんでもない光景が飛び込んできた。
なんと
私が胸だと思って押していた場所は―
実は瑞森レオの喉元だったのだ!
私はこともあろうに、この金髪王子の喉を両手の平で命一杯押しつけていたのだ!
「ごっ、ごめんなさいっ!」
大慌てで、喉元から両手を離す。
「グォッホッホッ…ケホッ、ケホッ…」
思いっきり咽かえる瑞森レオ。
彼は自分の喉を軽く押さえながら、ゼェゼェと息を整えた。
「このチビ、俺を殺す気かっ!!」
少し血の気を失った顔で睨みつけてくる。
「わ、わざとじゃないんですっ!!こ、これは不可抗力ですっ!」
私は彼に向って両の掌をフルフルと振った。
「不可抗力だぁ?俺は明らかに今殺意を感じたぞ!」
そう言いながら一歩、また一歩と彼は私に近づいて来た。
「だから、わざとじゃないんですってば!偶然手を伸ばしたところに瑞森さんの首があっただけで…その、瑞森さんの背が高いからちょっと押す場所間違っちゃって…」
私は、はははと誤魔化し笑いをしながら、彼とは逆に一歩また一歩と後退する。
「何だよっ、俺が悪いのか!」
「別にそんな事言ってないでしょ!」
ドンッ!
(えっ?)
と背中に何かが当たる感触。
それ以降私は後ろへは退れなくなった。
部屋の壁が私の背後にあったからだ。
もうこれ以上はどこへも逃げられない。
ヒュッ―…
瑞森レオの手が動いた。
(えっ?殴られる?)
怖くなって、きつく目を瞑る。
ドンッ!!
両耳元で聞こえた低い音に驚いて、徐ろに目を開け、その方向に瞳を動かした。
と、そこには―
瑞森レオの腕があった!
つまり私は瑞森レオに壁に押し付けられる形になってしまったのだ。
後ろには壁。目前には瑞森レオ。
絶体絶命だ。
「ホントお前って、毎度毎度腹の立つことしてくれるよなぁ」
顔を近づけてくる彼。
それと比例して私の体が熱を帯びてくる。
このままでいたら、瑞森レオの迫力に圧倒されて何も言えなくなってしまう。
私は思いきって口を開いた。
「そ、それは瑞森さんの被害妄想でしょ!腹の立つ事なんてオレはした覚えありませんから!」
(どちらかといえば、自分の方がめちゃめちゃしてるくせにっ!)
私は内心嘯いた。
あまりの顔の近さに動揺してしまい、どこを見て良いのやら、目がキョロキョロと動く。
まともに彼の顔なんか見られない。
「じゃぁなんで挙動ってるんだ?やましい事が無いなら顔を真っ直ぐ見られるはずだろ!」
ニヤリと笑う。
ホント嫌なところをダイレクトについてくるヤツだ。
「そ、それはっ、瑞森さんが…」
こんなに男の人と顔が近いのに、冷静でなんていられる訳ないでしょーっ!
こんなシチュエーション、生まれて初めてなんだものっ!
薔薇庭園の名波一より、さらに数センチも顔が近いっ!
心臓が破裂しそう。
その言葉を訊いて、彼は口角を片方上げた。
「そうか、流石はゲイ野郎だな。俺みたいな色男目の前にして赤面するとはな」
「色男って…」
又自分で言っちゃってるよ、瑞森レオ。
そりゃ、流石にそれは、不覚にも一目惚れしてしまった私としては、認めざる負えないけど…
でも、それって他人が言うことで、普通の人なら恥ずかしくていえないよ。
どこまでもナルシストな男だな。
「ブッ…」
緊迫していた空間に突如不可思議な音が響いた。
私は音のした方へ顔を向けた。
すると、少し離れたところでアンジェラが可笑しそうに吹き出していた。
(アンジェラ?)
私はその通常見た事のない彼女の行動に目を見張った。
(いったい何を彼女は笑ってるの?)
不思議に思っていると、アンジェラは再び
「リンがゲイ…」と小さく呟いて可笑しそうに吹きだした。
ゲイって…
そこで笑ってたの?
こんな、いたいけな乙女が悪魔に食われるかどうかという状況だというのに、あなたは助けることも無く、笑いのツボに溺れていたの?
それも私のゲイの件で?
それって酷くない?
(もう、薄情者っ!唯一の同性として味方になってくれるって言ってたじゃないっ!)
信頼していた味方に裏切られた私は、成す術もなくなったまま、ただ怒りを抱え壁を背後に立ちつくすしかなかった。
「お前…案外」
と私の瞳との距離、わずか十数センチという所で、突然瑞森レオが口を開いた。
今何かに気付いた、そんな感じの物言いだった。
「な、なんですか…」
少し顔を俯き加減になるべく彼と目を合わせないようにして見る。
「近くで見ると…」
私を真っ直ぐ見詰める瑞森レオ。
その瞳には有無を言わさぬ迫力があって、一瞬の隙をついて出会ってしまった私の瞳がまるで金縛りにでもあったかのように彼から離せなくなる。
何で―
この瞳は人を惹きつけてしまうんだろう…
恐ろしいのに―
溺れてしまいそうになる―
私は心臓が破裂しそうになるのを必死で堪えながら、彼の言葉を繰り返した。
「…み、見ると?」
いったい彼は今のこの状況で、何を言うつもりなのか?
私は息を呑んで彼の次の言葉を待った。
そして自分の耳を疑るような、彼の口から出てくるとは思えないセリフを訊いた。
「可愛い顔してるんだな」
「えっ?」
そう言うと瑞森レオは壁から手を離し、自分の顎に指をかけてマジマジと私を観察し始めた。
可愛い顔って!?
何言っちゃってるのこの人っ!?
そんな―
そんな澄んだ瞳で言うなんて…。
「な、何いきなり変なこと言いだすんですかっ!?」
思いもかけない彼からの甘いセリフに動揺してしまった私は、壁に張り付いたままパチパチと瞬きをした。
「ふーん…」
瑞森レオは徐ろに私の顎に手をかけると、顔を右に向かせたり左に向かせたりして、色々な方向から眺めだした。
「何だっていうんですかっ?」
「まぁまぁだな」
「何がっ!」
乙女の顔見て「まぁまぁ」だとか言うな、瑞森レオ!
それはかなり失礼極まりないだろっ!
さっきまではあんなに綺麗な瞳で女の子を喜ばせるようなセリフ吐いてたくせに、何?この手の平返しはっ!高い山まで担ぎ上げられた挙げ句、いきなり崖底に叩き落とされてる気分だよっ、
そんな私の心の憤りも無視して、瑞森レオはアンジェラへ向くと彼女に毅然とした態度でこう言った。
「おいアンジェラ!あんたを納得させれば、いいんだったよな?」
「そうよ。女に二言はないわ」
突然の彼の呼びかけにも慌てることなく、アンジェラもしっかりと彼を見据えて返す。
「だったら、今度ちゃんと納得させてやるよ。俺がいいもの見せてやる!」
言ってニヤリと笑うと、「来いっ、話がある!」と私に命令を下し腕を引っ張った。
「きゃっ!」
そのまま強く引っ張られて、私は強引にアンジェラの部屋から連れ出されてしまった。
「まったくあんな事言って。何をしかけてくるのかしらレオってば」
二人を見送ると、アンジェラは自分のデスクに戻った。
そしてゆっくりと椅子に座ると、デスクの上に置かれていた写真を手にとった。
「オーナーの手前レオにはあんな風に言ったけど、私達にとってもこの件は厄介なのよね。何をするつもりか分からないけど、あの子上手くやってくれないかしら」
アンジェラはそれを丁寧に鍵の付いた引き出しにしまうと、施錠した。
それから、思い出したように微笑む。
「にしても、リンの事ゲイだなんて…もしあの子が女の子だなんて知ったら、レオの馬鹿どんな顔するのかしら」
◇◇◇◇◇
私は腕が抜ける程の強さで瑞森レオに引っ張られたまま、ロッカールームへ引き込まれた。
カチャッ、
「えっ?」
ドアを開け私を部屋の中へ押し込むと、瑞森レオは中から鍵をかけた。
「何してるんですかっ!」
「鍵かけた」
「何で鍵なんてっ!」
すると瑞森レオは私を見つめてこう言った。
「二人きりになりたいからだ」と。
二人っきりになりたいなんて…
いったい何考えてるのよっ!
どうしてこんな狭い更衣室で、好きでもないあんたと二人っきりにならなくちゃならないのよ!
女に飽きて今度は男に手を出すつもり?!
まだ私に対する責めが足りないの?
身の危険を感じた私は、彼の顔を見遣ったまま後ずさる。
その行動に瑞森レオは呆れた顔をした。
「誤解してんじゃんねーぞっ!勝手に妄想すんなよチビ。俺はお前に他のヤツには聞かれたくねぇ話があったから、二人きりになりたいって言ったんだ!俺を変態野郎の妄想の餌にすんじゃねぇ!」
「はな…し?」
瑞森レオの言葉に後ずさりしていた私の足が止まった。
「話って、オレに何の話があるんですか?ドアに鍵をかけなくちゃならない程の大事な話?」
訝しげに彼を見る。
「そうだ。お前だけに話があるんだ。誰にも聞かれたくない」
真剣な眼差しを私に向けた。
ドキッ…
その真っ直ぐな瞳に、又もや心が跳ねる。
―その瞳はやめて…―
その瞳は私の鬼門だから。
何故、いつも抗えなくなるのか…
それは―
私は昔―
この瞳に恋をしていたからだ―
私は彼から瞳をそらした。
このままだと、またさっきみたいに金縛りにあってしまう。
―お前だけに話がある―
先程の彼の言葉。
私意外の他の皆に知られたくない話って―
幼馴染の名波一や、仕事仲間の信吾くんや竜碼さんでなくて、瑞森レオがこんな真剣な顔して
私だけに何を話したいと言うのだろうか…?
緊張した面持ちで私は彼の言葉を待った。
そして彼はやっとその言葉を口にした。
「お前、俺の女になれ」
突然輪が告白されてしまいました!瑞森レオは一体何を考えているのか?そしてアンジェラの言う「私達」とは誰なのか…。今後のRistorante Deliziosoもどうぞお楽しみに!
※「このキャラが気になる」とか少しでも何か思われましたら、ご感想、メッセージを宜しくお願いいたします。