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〔第四章 男で女?!〕Buonora~早朝にて

翌日の朝―


いつもよりも早起きをした私は、竜碼さん特製のお豆腐のお味噌汁と焼き鮭の朝食にも手をつけないで、足早に寮を出た。


寮の玄関先から門まで続く湾曲した小道を歩いて行くと、小道沿いに生えている青々とした草木から朝露に濡れた草原の香りがしてくる。


「こんなに早く起きたのってどの位ぶりだろう」


私は瞳を閉じて息を吸った。


胸一杯に清々しい朝の香りが満たされ、今まで体内に溜まっていたもやもやしていたものが、浄化されていくようだ。


目を開くと先程まで漆黒一色だった空が微かにオレンジ色の混ざった、幾重もの濃紺色のグラデーションに変わり始めていく。


今ようやく顔を見せ始めた朝日に照らされて、霞がかった景色がボンヤリと蜃気楼のように漂っていた。


◇◇◇◇◇


今朝私は、いつも瑞森レオが身支度をして出勤する時間に合わせて自分も用意を済ませ、彼がニ階から下りてくるのをソファーに座ってソワソワしながら待っていた。


昨日のお礼を言う為に。


やはり部屋へ戻ってからも、瑞森レオにきちんとお礼が言えなかった自分を悔やんでしまって、結局熟睡できなかった。


生まれてこのかた20年。私は良いことは良い、悪いことは悪い、と自分の中できっちりとけじめをつけて生きてきた。


もしそれが嫌いな相手でも、口をききたくない相手でも、自分に非があると気付けばしっかりと素直に謝ってきたのだ。


それなのに昨日の私ときたら、食事を作ってくれたり、具合が悪かった事を心配してくれた彼に対して、お礼どころか口喧嘩を始めてしまった。


これはどう考えても私が悪い。

あの時はつい恥ずかしさのあまり、頭に血が上ってカーッときちゃって、結果仲たがいしてしまったのだけれど…


今思うのは、ちゃんと謝って、そして「ありがとう」って言いたい。


こういう事は絶対後には引きたくないたちだし、今日からの仕事での険悪な空気を考えると、少しでも早く彼と仲直りがしたかった。


いくら機嫌が悪い瑞森レオでも、素直に謝れば嫌な顔はしないと思うし、むしろそれよりも、そんなビミョーな空気の中で「Bon giornoこんにちは!」なんて無理やり笑顔を作って言う事の方が私には断然キツイ。


やはり心とは素直なもので、どんなに誤魔化しても顔には出てしまうものだから。


でもこれはあくまでも一方的な私の想像。

だから相手である瑞森レオは心良く許してくれるかどうかは分からない。それでも私自身は早く彼といつもみたいに、話せるようになりたかった。


だって、瑞森レオの罵詈雑言を聞かないと、なんか一日が始まった気がしないのだもの。

こんな風に思ってしまうなんて―私って、変?かも…。

まさか―

Mに目覚めた!?


いやいやいや…これって何ていうか、レトルト餃子のたれに付いてくる、ラー油みたいなカンジ。

無くても全然大丈夫だけど、無ければ無いで、一味足りないというか、刺激がないというか…そういう程度の話だろう。


それに、怒られたり怒鳴られるのは嫌だけど、そこから来る怒りのパワーで(こんなヤツに負けるもんかっ、)(いつか目にモノみせてやるっ!)て闘志が湧いて前向きな自分になれてる気がするし。


そう考えたら、あの瑞森レオの悪魔のような言動の数々は、私のポジティブシンキングの源になっていると言えなくもないのかも…。


「どうしたんだろう…」


私はソファーに座ったまま彼の部屋がある辺りを見上げた。


「いつもは、だいたいこの時間にニ階から下りてくるはずなんだけどな…」


ポケットから携帯を取り出して時間を確認する。


AM 0530―


「ちょっと早すぎたかな?」


私はポケットに携帯電話をしまうと、今度はソファーの上に置いてあったショルダーバッグから、一冊の本を取り出した。そしてそれを開くと、パラパラとページを捲る。


そこには、イタリア語らしき文字と美味しそうで綺麗な料理の写真が載っていた。

昨日の夜、口論の末にテーブルに置き忘れていった、瑞森レオの本だった。


「これを返しながら、さらりと、スムーズに何気なく謝らなくちゃ」


そう呟いて一回コクリと頷くと、私はパタンと本を閉じた。


暫くして、ようやく階段を下りてくる足音が聞こえて来た。


「あっ、瑞森―」


そこまで言いかけて、私は言葉を止める。


「あ~ふ~っ」


階段を眠気眼で大欠伸をしながら下りてきたのは短パン姿の竜碼さんだった。


「おお輪君、今朝は一段と早いじゃないか。あれ?今日の食事当番は俺だった…よな?」


まだ頭が完全に冴えていない様子の竜碼さんは、首の後ろを擦りながら階段から下りてくる。


「あ、オレ瑞森さんにちょっと話があって」


「話?」


「ええ。だからここで待ってたんですけど、なかなか下りて来なくて」


「レオ?」


そう言うと竜碼さんは「う~ん」と顔を歪めて考え込んでから、「あっ、」と言って私の顔を見た。


「レオならもう出てったと思うぞ」


「えっ?」


驚いた顔で聞き返す。

すると竜碼さんは思い出しながらこう答えた。


「俺がさっき部屋で目覚めの一服してたら、隣の部屋のドアが閉まった音がしたんだ。だから多分そん時レオ出てったんじゃないか?」


竜碼さんの隣の部屋は瑞森レオの部屋だ。


ドアの閉まる音がして、それでも寮内にいないとなると、やはり彼はもう仕事へ出かけたということか。遅かったみたいだ。


私は「そうですか」と呟くと、力無く肩を落とした。

その様子に竜碼さんが、不思議そうな顔をする。


「なんだ?そんなにしけた顔して。どうせ後で会うんだから、話があるなら店行ってからでもいいんじゃねーか?」


事情を知らない竜碼さんは、あっけらかんと言い切った。


「そう…ですね」


私は苦笑いをした。


ホント、竜碼さんてプライベートモードとビジネスモードの顔が180度違う。

仕事では、私達スタッフの些細なミスや、お客様のほんの少しの心の動きも見逃さない程に神経を張り巡らしているのに、今の動揺ありありな私の声や表情の変化にも、さっぱり気付かない。


やっぱり―絶対この寮には双子の三木竜碼がいて、プライベートとビジネスで入れ替わってるんじゃないだろうか?


私はショルダーバックを持ち上げて肩に掛けると、ソファーから立ち上がった。


「おい輪君どこ行くんだい?朝飯直ぐ作るけど」


竜碼さんはキッチンから大声を張り上げた。


「あっ、すいません。オレもちょっと急ぐんで、今朝は食べないで行きます」


そう竜碼さんに丁寧に返すと、キッチンから残念そうな竜碼さんの声がした。


「そうかぁ?折角今朝の朝食はオレの特製豆腐の味噌汁と、焼き鮭なのになぁ」


「ホントすいません。ランチ楽しみにしていますから」


シンプルなお豆腐のお味噌汁の何処に「特製」要素が入るのかほんの少し気になったが、私はそう言うと、今度は素直な笑顔を竜碼さんに向けた。

そして「いってきますっ!」元気よく挨拶をすると、エントランスへ続くドアを開けた。


◇◇◇◇◇


お店につくと、私はいつものように、裏手のバックヤードの入口から店の中へと入った。


表のエントランスはお客様専用になっている為、私達スタッフは裏手にあるバックヤードの入口から店内に入るようにと、初日に名波一から教えられた。


バックヤードの扉を開けてキッチンへ足を踏み入れた時、私は「あれ?」と思った。


朝早くに寮を出て、もう店に来ているはずの瑞森レオの姿が見えない。


「おかしいな?店に来てるなら、キッチンにいるはずなんだけど…」


キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていたが、彼の姿はキッチンの中からは見あたらなかった。


◇◇◇◇◇


階段を上り更衣室へ向かって歩いて行くと、オーナールームからアンジェラの話し声が聞こえてきた。


「アンジェラ昨日も家に帰らなかったのかな?」


この店の現オーナーであるアンジェラは、敏腕フードプランナーの肩書も持っているスーパーウーマンだ。

ニコからこの店を任されているというのに、その道でもかなりの名が知れていた彼女は、今でも旧知の知り合いからの依頼があれば、オーナー業の傍ら、フードプランナーの仕事も引き受けている。


その為、仕事が忙しい時などは自宅へ帰らずに、このオーナールームで一晩過ごすというのも良くあることだった。


しかし徹夜をした次の日でも、あの天使のような美貌は健在なので、どんな秘密があるのか、それは私の中でレストランの七不思議の一つとなっていた。


勿論その中の一つには竜碼さんの双子説も入っている。


私は足早にアンジェラの部屋の前を通り過ぎようとした。

とその時


「ふざけんなっ!」


男性の怒鳴る声が中から聞こえた。


(この声って―瑞森レオ?)


話の内容ははっきりとは聞き取れないが、穏やかに話掛けるアンジェラに対して、彼は明らかに声を荒げて怒っていた。


(喧嘩?)


悪い事とは思ったけれど、二人の会話が気になった私は、その場に足を止めドアに耳を近づけた。

いや、押しつけた。


「なんなんだよそれは!」


「そんなに怒んなくてもいいじゃない。別にちょーっと付き合ってくれればいんだから」


「ちょっとで済むのかよ!」


「それは先方さん次第だけど…。レオしかいないのよ。私を助けると思って、ね?」


アンジェラは優しく甘えるように瑞森レオに言う。


「昨日夜遅く電話して来たと思えばそんな事かよ!そんなくだらねぇ事で俺を呼び出したのか!」


「くだらない―?」


アンジェラの蒼い瞳がキラリと光る。

どうやら先程の彼の一言が彼女のスイッチを押してしまったようだ。


一気にマシンガンのような速さでアンジェラは喋り出した。


「あんたはこの話がくだらない事だって言うの?あんたの出方次第で、この店のこれからが変わるかもしれないのよ!あんたはこの店が無くなってもいいわけ?たまには優しい叔母さんの助けになってくれてもいいじゃないのよっ!!」


一気に捲し立てると、ゼェゼェと息を整える。


「何が優しい叔母さんだ!スパルタオーナーのくせにっ!」


甘えても、責めたてても一向に良い返事をしない瑞森レオに、アンジェラは次なる手段に出た。


「ひどいっレオったら薄情ものっ!義姉さんが亡くなった後私があんたのオシメ替えてあげた事も忘れたの?酷い甥っ子ね、あんたって…」


そして涙声になる。

しかしこれは明らかに作っているのが分かった。


アンジェラは泣き脅しにかかったのだ!


(オシメって…瑞森レオにオシメ…ククッ)


私は思わずドアの前で声を出して笑いそうになるのを、やっとの事で堪えた。


「おいっ!それとこれとは話が別だろっ!」


「別じゃないわよ!そこまで大切に育ててあげた叔母さんに恩返ししたってバチは当たらないものでしょ!」


「恩返しって。だから俺は嫌だって言ってるだろ!」


「そこまで嫌がるなんて何か理由でもあるの?」


「理由なんて別にねぇよっ、嫌なもんは嫌なんだ!」


「だったら―」


そこでアンジェラが瑞森レオの言葉を遮った。


「これはオーナー命令よっ、もし従えないと言うなら、ちゃんと私を納得させなさい。でなければ文句は認めないから!」


「きたねぇぞっ…」


「言いたければ言ってなさい。でもオーナーである私にはその権限があるのよ―瑞森レオ君」


言うとアンジェラはフフフと不敵に笑った。


「くっそ…」


悔しそうに下唇を噛む瑞森レオ。

これには流石の彼も何も言い返せなくなってしまったようだ。


(アンジェラ 怖っ!とうとう主権乱用したよっ!)


思わず私もドアの前で息をのんだ。


でもこれって何の話なんだろう。

先方さんとか、付き合うだとか、

瑞森レオはくだらない事って言っていたけど、アンジェラは店に関わる大切な事だって言ってたし、

朝早くから二人してあんなに言い争って。


アンジェラがオーナーの権限を乱用してでも、瑞森レオにさせたい事って…一体何なんだろう。


そう頭の中で考えていると、突然ドアが開いた。


(えっ?…)


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