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Pusigno〜夜食

どのくらい寝ていたんだろう―


もうとっくに陽が沈んで真っ暗になったというのに、私は未だにカーテンの閉じられていない窓の外をベッドの中からただボンヤリと眺めていた。


窓に寄り添うように植えられている櫻の木から、ヒラヒラと舞い落ちる花びらが月の光に照らされて、淡く白く輝いている。



あの後テーマパークからの帰路を、振り落とされないように必死で寮まで戻ってきた私は、安心したせいかエントランスに入ると同時に意識が消滅した。


そして気がつくと、自分の部屋のベッドでしっかりと布団をかけて寝っていた。


「私ちゃんと自分でここまで来れたのかな?」


首を傾げて考える。


バイクで寮に着くまでの記憶は朧気ながら覚えていた。しかしエントランスから自室に戻って来る間の記憶が私の中で欠如しているのだ。

でもしっかりと自分のベッドで寝ていたという事は、恐らく無意識ながらも、帰巣本能で部屋までたどり着けたのだろう。


グゥ〜ッ…


「あっ、」


突然お腹の虫が騒いだ。

驚いてその上に手を置くと、再びグゥ〜と悲痛な叫びがする。


その後も少しの間を置きながら、彼らは引っ切り無しに存在をアピールし続けてきた。


「分かった分かった」


お腹を擦って彼らを宥め、枕元に置いてあった目覚まし時計を手に取ると時間を確認する。


10:18 PM―


「10時!?もうそんな時間なの?」


私は慌てて上体を引き起こした。


一体どれだけ寝ていたんだろう。


お昼を食べて、直ぐあの絶叫マシーンに乗った。

そして大体5分か10分くらいアトラクションを体験した後、眩暈が起こり体調がおかしくなったのだから、それから寮までの帰路でかかった1時間を抜いても、ざっと7時間は爆睡していたことになる。


夢も見ない程の熟睡だった。


無理もないか。

最近あまり寝ていなかったから。


グググ〜ッ―……


再び彼らが訴えだした。


「腹の虫も痺れを切らすはずね。早く何か入れてあげないと」


勢い良く布団を剥ぐと、私はベッドから抜け出て脇に掛けてあったパーカーを手にとった。


「あ、れ?」


ちょっと違和感に襲われる。

しかしその理由は分からなかった。


(今感じたの何だったんだろう?)


頭を傾げて考えながらも、私はとりあえずそのパーカーを羽織った。


「この時間じゃ、何も残ってないかもなぁ」


夕食はもうとっくに終わってしまっている時間。今からキッチンに行ったとしても、恐らく食べる物は残ってないかもしれない。


それに今日は休日だ。

寮で夕飯をとっている人なんていないかもしれない。


いたとしても、名波一くらい。


あ、でも名波一なら期待は持てるかも。


この前みたいにカレーかなんか多めに作っておいてくれてたら

有り難いんだけどな。


もしそれがダメなら、コンビニにでも行っておにぎりか何か買ってこよう。


そう思って一歩歩き出した時、先ほど感じた違和感の原因に気付いた。


「ん?でもなんで着てたパーカーがあんな所にかけてあったんだろう?」


私寝る時パーカーなんて脱いだっけ?


でもそもそも寝るまでの記憶がないのだから考えても無駄か。


きっと寝づらいと思って無意識に脱いだのかも知れないわよね。


そんな事できる私って

案外器用な人間かも…。


そんな取り留めのない事を考えながら、微かに月明かりに照らされた部屋を縦断しようと足を踏み出したその時、


「あイタッ」


突如右足の指に衝撃が走った。


あまりの痛さに足を抱えながらトントンと片足で軽く飛び跳ねる。


どうやら寝ぼけた頭のうえ、真っ暗で何も見えない部屋を渡ろうと試みた私は、テーブルの角に足の指をぶつけてしまったようだった。


これってかなり痛い。

体中の全神経がその指に集中しているんじゃないかと思う程、波紋が広がるようにジワジワと痛みだすこの衝撃波は、暫くの間のすべての思考をこの痛さだけに集中させてしまう。


そしてなかなか消えない。


ドンッ…バサッ…ファサッ…


勢い良く跳ねていたせいで、テーブルの上に積み上げてあった本とその上に置いてあったコピーした紙の束が、続けざまに下に落ちてしまった。


「あっ、いけない」


足を擦りながら、それらを丁寧に拾い上げる。


「あ、これまだ途中だったっけ。どうせ夜眠れないだろうから、後で又やろう」


私はテーブルの元あった所に本と紙の束を置き直すと、ポケットの中のお財布を確かめてから、自室のドアを開けて出ていった。


◇◇◇◇



「2千円か…あれ?」


お財布の中身を確認しながら階段を下りてくると、リビングルームのソファーで、何やら意味不明な横文字が描かれた表紙の本を足を組んで読んでいる瑞森レオを見つけた。


サイドのテーブルにはグラスに入った茶色のお酒らしきモノが置かれている。


「あっ、」


まさかそんな所に彼がいるとは思ってもいなかった私は、思わず声を上げてしまった。


その声に気付いた彼は、本から目を上げると私の方へと振り返った。


「お前もういいのか?」


「あ、はい」


「そうか」


言うと瑞森レオは又本へと目を戻した。


「瑞森さんこそ何でこんな所でお酒飲んでるんですか?カウンターで飲めばいいのに」


夜遅く、それも静まり返った部屋に2人しかいないというシチュエーションに、何となく心中穏やかで無かった私はついつい彼に突っかかってしまった。


「俺が何処で酒飲もうが関係ねぇだろ」


不機嫌そうな彼の口調。

私を軽く睨みつける。


「まぁ、そうですけど…」


その様子にバツの悪さを感じた私は、顔を背け黙ったまま彼の座っているソファーの横をいそいそと通り過ぎようとした。


そしてエントランスへ続く扉を開ける為に腕をのばす。


しかしそんな私に背後から瑞森レオの声。


「お前どこ行くつもりだ」


「どこ行くってコンビニですけど」


ドアノブに手をかける。


「何しに」


「何って、お腹が減ったからおにぎりでも買ってこようかと思って」


言いながらドアを開け一歩足を踏み出す。すると―


「待て!!」


突然瑞森レオの怒鳴るような声に呼び止められた。

その大きな声に驚き、慌てて足を止めて振り返る。


「いきなり大きな声出さないで下さいよ!心臓止まっちゃうじゃないですか!」


怒って頬を膨らませて瑞森レオを睨むと、彼は「ん」と言って親指で、丁度自分の座っているソファーの後ろにあるキッチンを指差した。


「何ですか?キッチンがどうしたんです?」


私が苛立たしげに尋ねると、彼は尚も親指を立て「行け」と一言命令した。


なんだこの男。

「待て」だの「行け」だの

私はあなたの忠犬ハチ公ですか。


あなたが死んでもずーとここに座ってなきゃいけないんでしょうか?


何なら3回まわってワンっ、て言ってやりましょうか?


納得がいかないので、その場から動かない事にした。


「何してる、行けよ」


再び瑞森レオが命令を下す。


ホントいちいちムカつく男だ。


「行けって、何で行かなくちゃいけないんですか?」


言い返す私。


そんな私に面倒臭そうに彼は言った。


「行きゃわかる。行け」


「だから何で命令するんですか」


「ホントうるせぇなお前は、腹減ってんだろ?」


「だったら何です」


「なら行けよ」


「は?」


言うと又瑞森レオは黙って本を読み始めた。


(ったく、意味が分からないよ)


思いながらも、私は開きかけたドアを閉めるとキッチンに向かって歩き出した。



キッチンのサイドにある入口から中へ入ると、コンロ脇のカウンターの上にあるモノが置かれていることに気がついた。


「これって…」


それは見るも美味しそうにタンマリと盛られたお肉の山だった。


その隣には、透明なお皿に飾り付けられた、いろいろな野菜が入ったグリーンサラダが置かれている。


「まさか…」


瑞森レオ?

あいつがこんな事したの?

私の夕飯…て事?


少し不思議に感じながらも、私はそれを手近にあったトレイに乗せると、瑞森レオのいるソファーまで運んだ。


◇◇◇◇


「これ…何でしょう」


テーブルにトレイを置くと、私は徐ろに彼に尋ねた。


「肉だろ」


瑞森レオは本から目を離さないまま答える。


「じゃなくて」


「そっちはサラダだな」


聞いてもいないのに彼は先に答えてきた。


「瑞森さん、あの…だからそうじゃなくて」


「…」


答えは返ってこない。


フゥ…


溜息が洩れる。


呆れて私は瑞森レオの顔を窺い見た。

彼はこっちを一度も見ようとせず、ただ愛読書に没頭していた。


(いったい何考えてるんだろう?どういう風の吹きまわし?)


彼の向かい側へ座ると暫くトレイの上の食事をジッと見つめていた。


(でもこれ本当に食べていいのかな?もし違かったら…)


そんなこと言わずと知れている。

私の命は今日で尽きるだろう。


「肉嫌いか?」


豪勢な食事を前にして、少しも手をつけようとしない私に、瑞森レオが本の向こう側から声をかける。


彼の顔は開いた本で丁度隠れていて、私の場所からはどんな表情をしているのか分からない。


「いえ別に」


戸惑いながら返事をする私。


「なら食えよ」


今度は単純明快に答える。


「えっ?やっぱりこれって瑞森さんが…」


「さあな」


言うと彼は手にしていた本をテーブルに置いて、スッと席を立った。


「ど、どこ行くんですか?」


彼がこの場からいなくなってしまう事になぜか少し不安を感じた私は、つい呼び止めてしまった。


「なんだ寂しいのか?」


私の方へ振り向きニッと悪戯っぽく笑う瑞森レオ。


「そ、そんな事ある訳ないでしょ!」


図星をつかれ慌てて否定した。


「せ、席立つんなら、飲み物くらい持ってきて貰えたらって思っただけですよ!」


咄嗟に出た苦しい言い訳。


「はぁ?下僕の分際で俺にモノを頼むつもりか?良い根性してるなお前」


眉をひそめる。


「勝負に勝ったんだから下僕呼ばわりは止めて下さいよ」


私は先ほどの命を賭けたゲームの勝者特権を持ち出した。


「勝負に勝っただ?目ぇ回してぶっ倒れたお前にそんな事言う資格あるのか?」


完全に勝敗を無視した言い回し。


「あれは、ただ…」


勝者である私が言っている事が正しいと分かっていても、それを言われると、流石に口籠ってしまう。


黙ったまま俯いた私に、彼は呆れたように溜息をついた。


「ったく、そんなに細っこいからぶっ倒れるんだよ、分かったら黙ってそこで肉食ってろ」


「えっ?」


瑞森レオは右手をスーッと伸ばすと、テーブルに置いてあった空になったグラスを持ち上げた。


「ぶっ倒れたヤツ動かすのもなんだからな、今回は特別に俺が飲みもん持って来てやる」


そしてポンッと一回私の頭を軽く叩くと言った。


「ただし、俺が持ってくるのは酒だけどな」


「お酒?」


「なんか文句あるか」


「お酒はちょっと…」


「飲めねぇ訳じゃないんだろ」


「え?まぁ…でも」


仮にも病み上り?だった人間に対して酒って、

コイツどういう神経してんのよ。


ヤツの脳みそは窺い知れない。


「やっぱりお酒は…」


躊躇していた私の目に表情を変えない冷めた瞳をした彼が映った。


「俺は自分が飲みたい物しか作らない。それが嫌なら勝手にしろ、でもそうなら…」


横目で私を睨みながら言い放った。


「メシは食わせない」


さっきとは打って変わった悪魔のような言葉。


「どうして!」


「そいつは俺が作ったメシだ。俺のやることに文句があるなら当然の事だ」


勝手な決まりを押しつける。

って言うか、さっきまで「さあな」とかクールなこと言って、この食事を自分が作ったって認めていなかったのに、サックリと認めてるじゃん 瑞森レオ。


何だかなー

コイツってば。


ムカつく。


けど


単純なところは

笑えるかも。


「肉食って待ってろって言ったの瑞森さんじゃないですか」


「お前が俺に従わないのなら、前言撤回だ」


「ひどいっ!」


又もや睨みあう。


あーあ

何でいつもコイツといると、こんな子供じみた事で言い争いになっちゃうんだろう。


まぁ原因の殆どはコイツの我儘な俺様気質なんだけど。


それについ絡んでしまう私も

実は結構

おこちゃま気質なのか?


なんか―

ショック。


ちょっと自分が情けなく思えた

春日輪 二十歳だった。



「分かりましたよ!お酒でいいですっ」


このままじゃ埒があかないと判断した私は一歩退くことにした。

しかし―


「いいです?何だそれ。持って来て下さいだろ」


「へ?」


瑞森レオは私の発した言葉を聞くと、まるで鬼の首を取ったかのようなしたり顔で見下ろしてきた。そして


「持って来て下さい、瑞森レオ様」


私に向かってこうぬかした。


こ、コイツーっ!!


人の言葉の揚げあしを取って喜んでいるっ?!

そしてそれを責めに転換するなんて―

なんてハイレベルなSなんだ瑞森レオっ!


絶対そんな言葉口にするもんかっ!


しかしどちらかが折れなければ、このまま膠着状態が続いて

いつまで経っても私は食事に在りつけなくなってしまう。


悔しいけれどここは私が大人になるしか―

仕方ない。


腹を括った私は、バンジージャンプで飛び降りる覚悟で潔く口を開いた。


「も、もってきてくださいませ―」


「ませ?」


不思議な顔をする瑞森レオ。


「み――」


ここで突然私の自己防衛本能が働いた。


「水戸黄門っ!!」


だ、ダメだぁーっ!

口が裂けても瑞森レオ様なんて言えないーっ!!


絶対いつか

絞め殺してやるぅっ!!


「ぷっ、くくくっ」


苦虫を噛み潰したような顔で己を睨みつける私を見て、S王子が突然吹き出した。


「何だよお前それっ、水戸黄門て‥ククっ…それだけ俺は偉いって事かぁ」


「えっ?」


ちょっと拍子抜けした。


だっていつもならそんなふざけた事口走ってしまったら、間違いなく数倍返しで反撃される。


なのに今目の前にいる瑞森レオは、怒るところか大声で、お腹を抱えて笑っているではないか!


奇跡だ。

般若が笑ってる。


キョトンとして瑞森レオの顔を見ていると、彼は笑うのを止めた。


「何だよそんな顔して、俺が笑っちゃ悪いのかよ」


ジロり横目で見る。


「え?い、いえ」


顔をそむける私。


「じゃあ馬鹿面してんな」


そして瑞森レオは目を細めフッと鼻で笑った。

しかしそれはいつもの人を小馬鹿にしたような笑みではなく、僅かながら優しさを伴った微笑みに見えた。


やっぱりおかしい。

天使モードの瑞森レオの笑顔に近い爽やかさがあるぞ。


そんなにさっきのがツボに入ったのか?


それとも―

時代劇アワーが好きなのか?


「結構お前 頑張ってるみたいだしな」


私の前から去る時、ふと瑞森レオが独り言のように呟いた。


「えっ?」


その言葉を耳にした私は、口を開くと同時に、弾かれるように瑞森レオの方へと振り向いた。


「それってどういう…」


しかし彼はその声に気付かなかったのか、それとも気付かないふりをしていたのか、私にはお構いもせず、空のグラスを持ったままバーカウンターへ去っていった。





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