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Accidente〜突然の出来事

<ループローリング>に挑戦する事になった乗り物酔い常習犯の輪。果たしてどうなってしまうのでしょうか…。

「とうとう来ちゃった」


私はボソリと呟くと、目の前に聳え立つ赤い色をした鉄の柱を見上げた。

遥か頭上からは微かに老若男女が「キャーキャー」と絶叫する声が聞こえてくる。


「これが<ループローリング>か、かなりきつそう」


小さく溜息をつく。


(大丈夫かな、私)


今まさに頭上で時計の振り子のように大きく揺れている<ループローリング>を、口を開け放った間抜けな顔で眺めていると、突然肩を叩かれた。


橙子さんだった。


「かなりヤバそうね」


同じように頭上を見上げる。


「そうですね、かなりグルングルン回ってますね」


はははは、と乾いた笑いが漏れてしまう。



誤算だった。

まさかこんなに派手に回転しているとは思ってなかった。



<ループローリング>と呼ばれるこのテーマパークの回転式絶叫マシーンは、4つの鉄の足がトライアングルの形を作り、丁度その頂点から、別に1本の鉄のアームがぶら下がっている。


その鉄のアームの先端部分に円盤型の物体がついているのだが、ここに私達がこれから座るであろう座席が用意されていて、これがすべて外向き、つまり有りがたくない事に上空からの絶景がばっちり見える状態で配置されているのだ。


そしてそのアームはクルクルと回転しながら左右に振れ、時速100kmで最高地点地上50mまでに達する。


これは明らかに遊園地で良く見る<コーヒーカップ>なんて比べ物にならないくらいの高速回転で、これから先の私の未来を思うと、正直ギブアップしたくなる。



「でも…」


私は顔を元に戻し、橙子さんを見ると笑顔でこう言った。


「大丈夫ですよ、何とかなります!」


(それに少しでも、弱気な素振りを見せたらコイツに何て言われるかわからないよ、それこそ毎日チキン呼ばわりだもんね)


そしてチラッと後ろに並んでいた瑞森レオを伺い見た。



彼も実は少しビビっているのか、腕を組んだままジーッと上空で回転し続けている<ループローリング>を見つめていた。



ブーッブーッブーッ―…


暫く眺めていると、頭上でブザーが鳴るような音が聞こえた。


とそれを合図に、地上50mに到達した<ループローリング>が、速度を緩め降下を始めた。


私達の前で通せんぼをしていたロープが外される。


「お次の回のお客様はこちらに入ってお待ちください」


係りのスタッフが、私達を白線の引いてある方へ促した。


(さぁ いよいよだ)


ギュッと手を握り締める。


(どうしても女装‥もといっ、女性用の制服は阻止せねば!)


お父さん

どうか私を天国から見守っていてね。



私は係りのスタッフに案内されるまま、<ループローリング>へと足を進めた。



◇◇◇◇◇



「あの回転すごかったね!」


橙子さんが、いまだに興奮冷めやらぬ声で言った。


「景色なんか、360度見渡せたし、もう空に手が届きそうなくらい近かった!」


両手を上げて「うーん」と伸びをする。


「そうですね、」


私も真似して伸びをした。


「…」


そんな二人の数歩後ろを、瑞森レオが悔しそうな顔で歩く。勿論その傍らには馨子さんが寄り添っている。


彼は私を睨みつけていた。


それもそのはず、私が先の宣告通り見事<ループローリング>から平然と生還を果たしたからだ。

つまりは賭けに勝ったと言う事。


彼にはそれが気に入らないらしい。


降りてからずーとこの調子だ。


「…瑞森さん、いい加減その目止めてもらえます?」


私は後ろを振り返ると言った。


「…」


何も言わずフイっ、と顔を背ける彼。


(ったく、だだこねてる子供みたいだよ)


私はクスっと笑うと又前を向く。


正面を向いた私の目に親子の姿が映った。

20代後半くらいの母親と、幼稚園くらいの小さな男の子だった。


男の子は、母親に何か話しかけたり、軽くスキップしたりして楽しそうに笑いながら

母親と手を繋いで歩いている。


男の子のもう片方の手には、どこかで貰ったのか青い風船が大事そうに握られていた。


私は微笑ましい気持ちでその様子を眺めていた。


(あの子 今日はお母さんと二人で来たのかな?)


何気なく見守っていると突然男の子が前のめりに倒れた。


「あっ!」


と私が思わず声に出したその瞬間

彼の手からフワ〜と風船が離れて行ってしまった。


「ふうせんっ!」


男の子が慌てて手を伸ばすが、間に合わない。

母親の方は倒れる男の子を支える事で精一杯のようだ。


「…!!」


私はとっさに走り出していた。


彼らの前に走り出ると、思いっきりジャンプして、出来る限りいっぱいに腕を伸ばす。


(届いてっ!!)


伸ばした手の指に風船の紐が触れた!


(良しっ!!)


ギュっとそれを掴むと、そのまま着地した。


私の手には、見事青い風船が握られていた。


それを、キョトンとした表情をしたまま、母親に抱きとめられていた男の子に「はいっ」と言って渡すと、彼は「ありがとう」と大きな瞳を輝かせながら私に向かってペコリと頭を下げた。


「偉いね」


男の子の頭を優しく撫でる。


隣の母親も笑顔で私に軽くお辞儀をしてくれた。


男の子と母親は再び仲良く手を繋ぐと、歩きだした。

しかし数歩行くと、母親が振り返る。


「ありがとうございました」


そう言って再度頭を下げると、歩き去って行った。


◇◇◇◇◇


「仲のいい親子ね」


近づいてきた橙子さんが、その様子を優しく見つめながら話かけてきた。


「本当ですね」


そう言って立ち上がろうとした時、


グラッ―…


視界が歪んだ。


「あ…れ」


「どうしたの?輪」


一度立ち上がりかけた私が、再び地面に手を付いて体を支えている事を不思議に思ったのか、橙子さんが心配そうに振り向いた。


「い、いいえ何でも無いです」


私はしゃがんだまま、橙子さんに軽く笑いかけると「よいしょっ」と明るく言って立ち上がった。



―実のところ、

もう無理そうだった。


あれから降りた後、正直いうと、足元がふら付いて歩ける状態ではなかった。

耳鳴りがして、眩暈が起こり、その場に座り込みたくなった。


しかし私はそのまま何くわぬ顔をしてここまで歩いてきた。


そんな所を見せて、橙子さんに心配かけたくなかったし、楽しんでる皆に水を差したくなかったから。


それに…

瑞森レオに馬鹿にされたく無かったというのも、無きにしも非ずだったけど…。


限界か―。


やっぱりここ何日も続いた徹夜が利いているのかもしれない。



「そこで少し休みませんか?」


道の傍らにベンチを見つけて指を差すと、私は橙子さんに提案した。


「そうね」


橙子さんがそのベンチに腰をかける。

私も彼女の隣に座った。


私と橙子さんはそこに座って、後ろを歩いて来る瑞森レオと馨子さんを待つ事にした。



◇◇◇◇◇


それから少し遅れて瑞森レオと馨子さんがベンチにやってきた。


その姿を確認した橙子さんが口を開く。


「ねぇ喉も乾いたし、なんか飲まない?」


3人の顔を見渡す。


「そうだな、暑いし」


「私 声出しすぎて喉がカラカラです」


流石に絶叫マシーン好きのこの二人もかなり応えたようで、橙子さんの提案に直ぐに乗ってきた。


「ここから近い自販機か売店て何処ですかね」


私が尋ねると、橙子さんは持っていた地図を開いて調べ始めた。

橙子さんの長い指が地図上の道を辿る。


今いる場所から少し先の方向へ指を進めた彼女は、ある一点まで来ると、ポンッ!と指で地図を弾いた。


「ここね!ここが一番近いけど…結構あるかも」


私は地図を覗き見た。

彼女の指を差している場所を見てみると、現在地から売店までの距離はそこそこあるように思われた。


「案外ありますね」


私がそう漏らすと、橙子さんはいきなり瑞森レオにこう言い放った。


「レオ行ってきてよ」


有無を言わさぬ言い方だ。

自然彼の顔が曇る。


「は?橙子何いってんだよ、何で俺が」


「だってレオが一番元気そうじゃん」


「元気そうって、んなの皆同じだろ!」


「女の子に行かせるつもりなの?レオ、ひどいっ!」


「こういう時ばかり女になるなよ!」


私の前で二人のバトルが始まった。


「安心して、ちゃんとお金は渡すし」


「当り前だろ!って、そーいう問題じゃねぇ」


「レオのはくじょーもん!ホントに冷たいんだから!」


「ふざけんなっ!お前の方が鬼だろーが!!」


私と馨子さんをおいて二人の言い争いがヒートアップする。


馨子さんもそんな二人を交互に見ながらオロオロしている。


(二人ともホント空気読まないんだから!この二人を止めなくちゃっ!)


慌てて私が口を挟んだ。


「あのっ!!」


二人が同時に私を見る。


「オレ買ってきます!」


「「えっ?」」


「この場所だと、ここから走って直ぐだし、オレちょっと行って買ってきます!」


そういうと勢いよく席を立った。


と刹那


グ……ラ―

キ―ン―………


先ほどとは比べ物にならない程の眩暈と耳鳴りが私を襲った。


「あっ…」


私はそのまま頭を押さえ、崩れて行く。

力なく、どうする事も出来ずに唯々崩れて行く。


視界が―

流れていく―


「輪!」

「春日さん!!」


あまりの突然な出来事に、橙子さんも馨子さんも、成す術もなくその場で、私が倒れて行くのを見つめていた。


ガク…ン―…


いきなり何かに引っかかったように倒れゆく私の体が止まった。


―!?


気を取り直し目を開けると、私の腰に誰かの腕がある。


「えっ…」


驚いて後ろを振り返ると―

そこには心配そうに私を見つめる瑞森レオの、真剣な顔があった。


「おい、大丈夫かよ」


私の背中に瑞森レオの少し汗ばんだ胸が当たる。

ジーンと温かい体温を感じる。


トク…ントク…ントク…ン  心臓の音。


私は背後から腕ごと瑞森レオに強く抱きしめられていた。


「…」


何が起こったのかすぐに理解出来なかった私は、暫くの間そのままの状態で瑞森レオに抱かれていたが、ハッと我に返ると、腰に回されていた腕を無理やり剥がし、束縛から逃れた。


「何でもないですからっ、すいませんっ」


振り返って頭を下げようとしたが


クラ…ッ―……


「あっ、」


又眩暈に襲われた。


「おいっ!」


瑞森レオに今度は腕を掴まれた。

そしてそのまま彼の胸元に引き寄せられた。


「!!」


私の胸が瑞森レオに当たる。

尋常じゃない早さの脈を打つ鼓動が、彼に筒抜けになりそうで、顔が真っ赤になった。


(どうしようっ、聞かれちゃうっ、)


「あぶねぇなぁ、倒れて頭打つと馬鹿がもっと馬鹿になるぞ」


口は悪いが、私を抱き止めてくれる彼の腕からは、優しさが感じられた。


「お前ホントに具合悪かったのか?」


瑞森レオが私の顔を覗きこんだ。


「あっ、」


慌てて顔を背ける。


火照った顔をみられたくない。


「…」


その様子を見た彼は、私が熱があって顔が赤くなったと思ったのか、橙子さんに向かってこう言った。


「連れて帰る」


「えっ?」


その言葉に逸早く反応したのは橙子さんではなく、馨子さんだった。


「連れて帰るって…」


「そのままの意味だ」


不安そうに尋ねる馨子さんに、瑞森レオは冷たく言い放った。


「橙子、そういう事だから俺達は帰るな」


「そういう事って」


「ここでコイツが倒れたら大変だ、今のうちに連れて帰る」


突然の彼の帰宅宣言に、橙子さんも驚いているようだった。

馨子さんの顔を見る。


「でも―」


「コイツはうちの大事なスタッフだ」


瑞森レオが遮るように言った。


それ以上何も言わせない―

そんな気迫が感じられた。


「無理して仕事に差し障りがあったら困る」


そう言い切ると、私の腕を掴んだ。


「瑞森さんっ!」


馨子さんが、悲しそうな顔をして瑞森レオを呼びとめた。

しかし彼はその言葉がまるで耳に入らないかのように、私の腕を引っ張ったまま無言で二人に背を向けて、テーマパークのエントランスに向かって歩き出した。


「お二人って…本当に仲がよろしいんですね」


「えっ?」


「私何だか…妬けてしまいそうです」


「…馨子?」


その背中を悲しそうに、寂しそうに、そして悔しそうに、なんとも言えない複雑な表情を浮かべた馨子さんが見送った。














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