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Jiocata〜賭け

テーマパークの開園と同時に、人混みで揉みくちゃにされながらも何とかスムーズに入園を果たした私達一行は、橙子さんと馨子さんの提案で、先ずは室内アトラクションから制覇することになった。


天下のVIPパスである、最優先特典の<スルーパス>を行使した私達は、アトラクションを体験する為に並び続ける長蛇の列を後目に、数十種類もある室内アトラクションの殆どを午前中には廻りつくしてしまっていた。


最後の室内アトラクションであるホラーハウスから青ざめた顔をして出てくると、テーマパークのほぼ中心に位置しているお城から、「カーンカーンカーン」と正午を報す鐘が鳴り響くのを聞いた。


「もうお昼みたいね」


橙子さんは自分の腕時計でもう一度時間を確認した。


グゥ〜ッ…


その言葉に反応した私の腹時計も、同じく時を報せる。


「お前の腹は正確だな」


瑞森レオが馬鹿にしたように鼻で笑った。


「しょ、しょうがないでしょ!今日寝坊したから朝御飯食べてないんです!」


顔を赤らめ慌ててお腹を両手で隠す。


「寝坊って、夜更かしでもしたのか?20歳過ぎの男が深夜に何してたんだよ」


瑞森レオは卑猥な表情を浮かべ、私を見下ろしてきた。


「な、何って…別に瑞森さんには関係ないじゃないですか!」


口を尖らせて、ジロッと睨み返してやる。

でもまだヤツは相変わらずのニヤニヤ顔。


「スケベな瑞森さんと一緒にしないで下さい」


彼に蔑んだ軽蔑の眼差しを向ける。


「このガキ、その目はなんだよ!」


「生まれた時からこの目ですっ!」


「その減らず口はやめろ!」


「腹が減ってんだから、口だって減りますよっ!」


フンッ、


ソッポを向く私。


「口だけは達者なヤツだな!」


言っていきなり瑞森レオは、私の頬っぺたの片方だけを摘むと、思いっきり引っ張りだした。


「いひゃひゃひゃひゃっ、はにふるんでふはぁーっ!ほーりょふぁんふぁいっ!!」

訳:痛たたたたっ、何するんですかぁーっ!暴力反対っ!!



私は振り返ると、引っ張っている彼の手をバシバシ叩いて抵抗する。

しかし当の本人はそんなことには全然応えたふりも無く、悪魔のような顔で今度は両手で両方の頬っぺたを引っ張りだした。


「まだ言うのかこの口が!」


「いひゃいってはーっ!!」

訳:痛いってばーっ!


私も負けじと両手で応戦した。


「ほら、じゃれ合うのはそのくらいにして」


橙子さんが、まるで子供をなだめるように私達の間に割って入った。


「じゃれあってなんか」「ひゃれあっへなんは」


「ねぇっ!」「ひゃいれふほ!」


彼女に投げかけられた言葉に、思わず同時に反応してしまった私と瑞森レオは、お互いに相手を睨むと、正反対の方向に顔を向けた。


「なんだか、御兄弟みたいですね」


その様子を穏やかに見つめていた馨子さんは、そう言うとクスッと笑った。


◇◇◇◇◇


「とりあえず人気のある室内アトラクションは廻りつくしたし」


橙子さんはトレイの上に乗っていた、ストローのさしてある紙コップを持ち上げると「スー」と一息吸い込んだ。ストローの中を透明の液体が、彼女の少し光っている唇目指して登っていく。


私達三人は、アトラクションエリア内にあるファーストフードショップでランチをとりながら、午後からの行動予定について打ち合わせをしていた。


「食事がおわったら屋外アトラクションを廻ろうと思うんだけど、何か乗りたいものある?」


橙子さんが、組んだ足をプラプラ揺らしながら私達3人それぞれの顔を見る。


「オレ、ウォータースライダーに乗りたいです」


チーズの挟まったハンバーガーを左手で握り、右手にパンフレットを持った私がまず口を開いた。


「『落差17mから最大傾斜45度で滝壺めがけてダイビング!』これって最前列乗ってると水シブキがかかるらしいですよ〜!すっごく面白そうっ!」


私はちょっと高揚して言った。


正午を過ぎると、午前中まで程良く温かかった春の日差しは、初夏かと思われるほど強くて暑いものになった。

こんな日は「水浴びしたら気持いいなぁ〜」なんて考えていながらパンフレットを眺めていた矢先、このアトラクションの説明が目に入ったのだ。


多少水シブキがかかったとしても、このお天道様だ、すぐに衣類も乾いてしまうだろう。


だったらちょっとでも涼を味わいたいな。


「どうですか?」


私は皆の顔をぐるりと見まわした。


「面白そうね!」


と橙子さん。


やっぱり彼女とは気が合う。


「………」


相変わらず無言で無視するバカ森レオ。


でもちょっとは気になってるみたい。


じーっとパンフレットを眺めてる。


その二人の様子から、すんなりと私の意見が通るかと思ったその時、


「私は洋服濡れるから…」


馨子さんがモジモジした仕草で遠慮がちに言った。


「そう、馨子は嫌か。じゃあ無し!」


「えっ、」


半ば決まりかけていた私の提案は、馨子さんの鶴の一声で即座に却下された。


「じゃあ馨子は何がいいの?」


橙子さんは馨子さんに優しく尋ねる。


「私は観覧車かな…」


言うと彼女は嬉しそうに笑った。


(やっぱりそうか、馨子さんぽいかも)


きっと馨子さんの口からは観覧車とか、メリーゴーランドのようにメルヘンチックで、乙女らしいアトラクションの名前が出てくると思っていただけに、想像通りの回答でなんだか私は微笑ましくなった。


(こういう子がやっぱり男の子にモテルんだろうな)


でも可愛らしさにちょっぴりヤキモチ。


(こんな女の子の代名詞みたいな子に好かれるなんて、あなたは幸せモノだよ)


何となくチラッと瑞森レオの顔を覗き見てしまった。


「おい橙子、これなんだ?」


パンフレットを無言で見つめていた幸せ者が突然声を上げた。


それは、今まで橙子さんに言われるがまま、されるがまま、面倒臭そうに行動してきた瑞森レオが、今日初めて何かに興味を持った記念すべき瞬間だった。


彼は徐ろにパンフレットに描かれている一つのイラストを指差して、それをテーブルの、皆の真ん中に位置する場所に置いた。

そこには、UFOのような円盤型のイラストが描かれている。


「ああ、これは<ループローリング>ってこのテーマパークで一番人気があるアトラクションよ」


「ループローリング?」


私は初めて耳にしたその言葉を繰り返した。


「そう。円盤型をしたアトラクションなんだけど、壁際にぐるりとある座席に座ってベルトを締めるとね、その円盤型がグルグル回転し出して、そのうち左右に揺れながら上昇するの。その恐ろしさといったら、このテーマパーク一、いえ世界一の絶叫マシーンみたいよ!」


伺うような視線を向ける橙子さん。


「グルグル回る?…うっ」


私はその言葉に、幼い頃犯してしまった大惨事を思い出して、今食べたチーズバーガーが口から「こんにちは」しそうになった。



生まれつき三半規管の弱かった私は、いつも乗り物酔いに悩まされていた。

車は勿論、船なんてもっての外だ。


小学校の社会科見学や、修学旅行、遠足などは必ず予め担任の先生に掛け合って、バスの一番後ろに特等席を用意して貰っていた。


そして私の旅のお供は、カエルちゃんマークの酔い止め薬と、ビニール袋を何枚も重ねた上に可愛いキャラクターが描かれている目隠しの紙袋をあつらえた、お父さん特製の自家製エチケット袋だった。


つまり回転ものの絶叫マシーンに乗ること、

すなわちそれは、

“春日輪の死”を意味する。


“死”というのは大げさ過ぎるかもしれないけれど

私にとっては、それくらい大事件なのだ。


それに実をいうと最近は徹夜が続き、朝から体が若干ダル重。


こんな万全な体調でない私が、そんな刺激的な代物に乗ったら命の保証はできない。

いや、胃の腑の保証というべきか。


それだけは何としても断ろうと口を開きかけた時、


「それは面白そうですね!ぜひ体験してみたいです」


華やかな声が響いた。


馨子さんだった。


「えっ?」


驚いて馨子さんの顔を見る。


「馨子さんて、絶叫マシーンとか大丈夫なんですか?」


「はい。ジェットコースターとか好きです」


可愛らしくニッコリ頬笑む。


さっきの乙女チックなセリフからは想像できない。


だってランチ前に入ったホラーハウスでも、「キャー」とか言いながらしっかりと隣にいた瑞森レオの腕を握り締めていたし、モンスターをレーザー銃で打つ室内アトラクションだって、突然横から出てきたモンスターが怖いとか言って、ほとんど瑞森レオの影に隠れていて、ちっともレーザー銃使ってなかったし。


私と橙子さんは「ワァキャア」言いながらすべてのモンスターを殲滅し、インストラクターからキャラクターをかたどった記念のキーホルダーを貰ってしまったけれど…。


(あ、でも彼女は瑞森レオのバイクにも乗れてたし)


確かに馨子さんは寮からテーマパークに着くまでのおよそ一時間、瑞森レオとの地獄のツーリングを楽しんだにも関わらず、降りてからもケロッとしていた。


でもそれも、私から言わせれば、以前私が味わった日吉青果への地獄のツーリングに比べれば、はるかに可愛らしいものだ。


馨子さんを後ろに乗せたヤツのバイクは、過剰なくらいに安全運転だった。


(やっぱり可愛い馨子さんには、瑞森レオも弱いか)


それでも…


この運転の違いよう―

やっぱりムカつく。


私はニコニコ楽しそうに頬笑みながら、パンフレットのコメントを目で追っている馨子さんを見た。


(見た目と好きなものにギャップがある人って結構いるもんね)


可愛い顔してても、恐怖マンガを描くアイドルだっているし、おっさん顔しててもお花が好きな中年だっているし。


(ホラーハウスがダメでも、絶叫マシーン大丈夫って人がいたっておかしくないもの)


まさしく馨子さんてその類の人間なのかもしれない。


「じゃあ決まりね!」


私が馨子さんについての考査をしていると橙子さんが結論を出した。


「えっ?何がですか?」


私は何の事か分からず、彼女に確認する。


「何?って。屋外アトラクション第一弾は<ループローリング>に乗るってことよ」


「えっ?!」


いつの間にか決まっていた事項に、目を丸くする。


どうやら先ほどの馨子さんの一声で、即決となったらしかった。


「え、でもご飯食べた後だとかなり危険なんじゃないの?」


「何が?」


橙子さんが首をかしげる。


「何が?って…胃の事とか」


「胃の事?あ、ああそういう事ね。大丈夫よ、私も馨子もそんなに食べてないし」


「あ、いえ…」


さっすがは橙子さん。

まったく他人の事なんてお構い無しだっ!


自分の事故話で、私達を30分近くも拘束しただけの事はある。


ソンケーしちゃうよ、はははは…。



「そ、そうですね」


彼女の「それが何?」と言わんばかりの顔を見て、私はそれ以上の言葉を飲み込んだ。


「本当は絶叫マシーン系のヤツって乗れねぇんじゃねーの?」


その口ごもる私に瑞森レオが、独り言にしては聞こえるくらいの大きな声で言った。


(これって、私に言ってるんだよねぇ)


遠回しな嫌みにムッとする。


「そんな事ないですよ!」


その言い方にちょっと癪に障った私は強がりを言ってしまった。


「じゃあ乗れよ」


「は?」


「そのループ何だかってやつ、乗ってみろよ」


悪戯な目をする。


「いや、今日はちょっと」


回転モノだけは絶対乗りたくない!そんなの乗ったら私に待っているのは地獄だ。


(公衆の面前でり○ースなんて、女の子に有るまじき行為出来る訳ないでしょ!)


「やっぱり口先だけかよ」


「なっ、違いますっ!」


話の雲行きが怪しくなってきた。


「じゃあ乗れよ、俺の隣で」


クッと馬鹿にした笑みを浮かべる。


「何で瑞森さんの隣なんですか!?」


するとヤツはこうのたまった。


「お前が途中で泣いても見れねぇだろ」


ニヤリと笑う瑞森レオ。


(どこまでSなんだコイツは!)


「何ビビってんだよ、お前タマ付いてねぇんだろ?」


「タ、タマ……はっ!」


口に出して言ってしまった後で、急いで口を押さえた。


(な、何言わせんのよ馬鹿!そっ、そんな乙女に禁断の言葉をっっ!!)


一瞬にして顔面が茶を湧かせるくらいに熱くなった。


「そうよ折角ここに来たんだもの、このアトラクション体験しないと話にならないわよ輪?」


橙子さんもけしかけてくる。

なんか楽しそう。からかうのが。


「そんな事言われてもっ、きょ、今日は本当にちょっと体の調子が良くないし!」


頭を押さえる。

「頭痛が…」の図。


だって「嫌い」という感情のジャンルではないのだ、私が乗れない理由は。

これは「体が受け付けない」という生理現象のジャンルに入るのだから。


綺麗に断る理由を模索していると、

突然私の感情を逆なでる言葉が飛んできた。


「たかが絶叫マシーンの一つや二つでオロオロしやがって。ホント気が小せーヤツだな。だからお前はタマ付いてんのかって言ったんだよ」


「気が小さいぃ?」


ブチッ―…


頭の中で鈍い音がして

とうとう何かが切れた。


(気が小さいとはなによ!気が小さいとは!)


それにそんなに人を破滅に陥れたいのか瑞森レオよ!


人が嫌だって言ってるのに、しつこいったらありゃしない!


「しつこい男は嫌われますよ」


嫌みたっぷりに言ってやる。


「しつこいだぁ?お前がとっとと決めねぇからだろ!」


「だから嫌だっていってるでしょーが!」


睨み合う。


「ったくつまんねーヤツ」


沈黙を破って瑞森レオが呟いた。


「つまんねーって…」


(人を空っぽの人間みたいに…)


「分かりましたよ!乗ればいいんでしょ乗れば!」


思わず口走っていた。

ニッとしたり顔で見る瑞森レオ。


(あーやっちゃった、やっちゃったよ私)


この父親譲りの負けず嫌いな性格…

これで何度 損をしてきたことか。


この男装生活だってこれが原因でもあるし。


(私って学習しないよなぁ)


かなり凹んだ。


「でも乗れたら、気が小さいとか、その…タ○付いてないとか、人の事馬鹿にするの止めてくださいよ」


瑞森レオに交換条件を出した。


「仕方ねぇ聞いてやる。でも途中でギブしたらお前は明日から女扱いだ」


「何、訳のわかんないことを」


「タマがねぇから女だ。店の制服だって明日からお前のは女モンにしろ」


交換条件返しをされた。

いきなりとんでもない事を言うぞこの男。


「それはっ、」


口籠る私。


そんな私達の会話を聞いていた橙子さんと馨子さんも、キョトンとした顔をしている。


(そんな事されたら女だって一発でバレちゃうじゃない!なんて横暴な交換条件!)


でもこの瑞森レオの顔。


この賭けを蹴っても、女装させられそう。


あ、いや、私は女だから女装じゃないんだけど、今スカート履かされたら絶対困るっ!


でも生理現象が怖い。


でもやらないと女…


という事は…


もうどうとでもなれっ!


「この賭け受けましょう!」


私は堂々とそう言い切った。











 



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