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Lunedi〜絵本の国のお姫様

そしていよいよ決行日。



私は寮の門の前に佇んで、良く晴れた空を馬鹿みたいにボーっと見上げている。


今日は全国的に晴れ間が広がり、お花見やレジャーには最適な日和になると、今朝見たテレビの綺麗なお姉さんが極上の笑顔で言っていた。



「おい、今何時だ?」


隣で自分の愛車に凭れながら、瑞森レオが尋ねてきた。


今日の彼は、赤パンに白地のシンプルな柄が入ったロングシャツと黒いブルゾンといった出で立ちで、首にはシルバーネックレスが光っている。


(瑞森レオって何着ても似合うんだよな…)


ちょっと悔しい。


寮で一緒に生活をしていて気づいのだけど、彼はどんな服でも完璧に着熟す素質を持っている。


勿論外出する時の服装は言うまでもなく、寮内でラフに来ているスウェットやトレーナーに至っても、まるで雑誌から抜け出してきたようにパーフェクトだ。


私なんて、たまたま寝起きで寮内を歩いていたら《生き疲れたオヤジ》なんてヤツに言われてしまった。


ったく女の子に何て失礼なっ!バカ森レオっ!


私だって女の子やってた時は年頃の乙女らしく、貧乏ながらも着るものには気を遣っていたわよ!ピアスもしていたし。


でも男の子になってからはそれすらつける機会がない。


まぁ今では男の子でもピアスをするのは当たり前のご時世だけど、私は成るべく女性らしい行動や装いは避けるようにしているからだ。


どっからボロが出るか分からないもの。


だから何時もは体のラインが分かりにくい服装をセレクトしている。


今日だって、某格安ブランドメーカーのカーキ色のダブっとしたカーゴパンツと、白のロンTとオレンジのフード付き半袖パーカーとの重ね着スタイル。


どこからどう見ても、ばっちり男の子だ。



「9時10分です」


パーカーのポケットから携帯電話を取り出して開くと瑞森レオに時間を伝える。


「ったく遅ぇーな」


彼は両腕を胸の前で組んで、苛つきながら路面をトントンと靴底で打ち鳴らした。


「多分もうすぐ来ると思いますから」


私はまるで、保母さんが園児をあやすように笑顔をつくり機嫌をとると、待ち人が来るであろう方向を眺めた。


彼も同じように道路の先へ視線を移す。


(早く来てくれないかな…)


私は未だに姿が現れない道路の先を祈るように見つめた。



昨日の休憩時間。

今日のWデートの詳細について、橙子さんから瑞森レオに連絡があった。


その時彼女は


「9時に寮の門に集合ね!遠出をするから足を用意して来て!」

と一方的な命令を下して電話を切った。


この唯我独尊の瑞森レオに命令が下せるなんて、全く以て橙子さんの正体が分からない。


本当にどんな関係なんだろう。


謎だ。


そんな彼女だから、彼が行く場所を尋ねた際平然と


「ひ〜み〜つ〜」


と言って除けられたのかもしれない。


勿論彼は、勝手に場所を決め黙秘権を行使する彼女に食って掛かっていたけれど。


そんな事もしヤツから見たら単なる下僕でしかない私が言ったら、両頬を洗濯バサミで挟まれた挙げ句、そのまま両側から物干しに吊り下げられてしまうかもしれないっ。


《生きて地獄を見る》とはきっとこういう状況の事を言うのだろう。


OH!!

クワバラクワバラ…


私はチラッと彼を盗み見る。


彼はまだ靴底をトントン忙しなく鳴らしていた。


(かなり怒ってるよ…)


溜息がでる。


オマケに橙子さんと来たら時間にルーズらしく、約束の時間を過ぎても、電話一本寄越さない。


仕事でもプライベートでも、時間をきっちり守る彼からすれば、これは明らかに冒涜されていると考えてもおかしくない。


時が経つのと比例して、彼の怒りメーターも上昇しているようだ。


(でも何でバイクなんだろう?)


ふと疑問に思った。


遠出とかするなら、別に電車でもいいと思うんだけど、何故か橙子さんはバイクを指定してきた。


正確には《足》と言われたのだけど、瑞森レオはバイクしか持ってないし、まさか私のマウンテンバイクで行こうと言われているとは思えない。


(…高校生じゃあるまいしね)


私は頬を緩めた。



「やめた」


突然瑞森レオのぶっきら棒な声がした。


何とかここまで待っていられた彼は、いよいよ痺れをきらしたようだった。


「やめたって…」


そんな私の問いかけを無視して、彼は愛車に跨ってこの場から立ち去ろうとした。


「ちょっと待って!」


慌て彼の腕を掴んで引き留める。


そんな私の耳に



ドドドド…


バイクのエンジン音が聞こえてきた。


「?」


腕を掴んだまま音のする方へ振り返ると、私と瑞森レオの元へ二人乗りをしているバイクが向かってくる。

そのバイクは私達に横付けすると停車した。


「な‥に‥」


驚く私。


(誰か知り合いかな?)


不思議そうにバイクとそれに乗っている人物に目を向けた。


それに応えるように、前に乗っている人物がヘルメットを脱ぐ。


すると


「おっはよ〜遅れて御免ね!」


解き放たれた長い髪と共に、中から笑顔の橙子さんが現れた。


「橙子さんっ?!バ、バイクって…」


「あら?知らなかった?私二輪の免許持ってるのよ」


私は彼女を見てシパシパ瞬きをした。


ブラウンのカラーパンツに黒タートルとボーダーカットソーのアンサンブル。首にはマスタード色のストールを巻いている。


お洒落でアクティブなその装いは、サバサバして活発的な橙子さんによく似合っていた。


(橙子さんて見かけによらずワイルドなんだな…)


でも女性でバイク、それもスクーターとかじゃなく瑞森レオと同じ大きなバイクに乗ってるなんて…


(カッコいいっ!)


同じ女性として憧れてしまう。


そんな橙子さんに見惚れながら、後部座席に目を移す。


赤いヘルメットに覆われて顔はまだ見えない。


(この人が櫻井馨子さんかな?)


私が見つめていると、後部座席の人物がヘルメットを脱いだ。


肩まで掛かるちょっとウェーブのかかったフワフワな淡い栗色の髪。クリクリした黒目がちな大きな瞳と長い睫毛。そしてほんのりと桜色に染まった柔らかそうな頬。


(お人形さんみたいだ…)


淡いピンクのワンピースにボレロを来た彼女は、上品な色使いのコーディネートも手伝って、どこぞのお姫様かと思うほど、可憐で可愛らしかった。


こんな子に(好き)なんて言われたら、どんな男子もすぐに落ちてしまうだろう。



「彼女が馨子」


バイクを降りながら、橙子さんが彼女に顔を向けて紹介した。


「初めまして櫻井馨子です。今日は一日宜しくお願いします」


礼儀正しくペコリと頭を下げる。


その仕草から育ちが良い事が分かる。


一瞬フワッと甘い香りがした。


「初めてまして、オレ春日輪です。リストランテ デリッツィオーソで見習いやってます。今日一日宜しく」


私も彼女に頭を下げた。


(こんな可愛い子、本当にいるんだ…)


間近で見る彼女は絵本で目にするお姫様のように可愛かった。


ちょっと敗北感。

あ、でも元々勝負にならないか…


素材が違いすぎる。


チラリと瑞森レオを見た。


(て、ことはコイツが白馬に乗った王子様って事?)


「プッ…」


高原を白馬で駆けながら

「はははははっ!」と楽しそうに笑う瑞森レオを想像してしまい、思わず吹き出してしまった。


(ビミョーっ!)


「?」


怪訝な顔をして私を見ながらバイクから降りる彼。


しかし挨拶した彼女の方には一度も向かない。


(いくら仕方なく会う事になったからって、その態度はないんじゃない?)


仮にも好意を持ってくれてるんだから、挨拶ぐらいしてあげても。


「瑞森さんっ…」


私は彼女が悼たまれなくなって、瑞森レオに声を掛けた。


しかしその言葉を、馨子さんの鈴を転がしたような声が打ち消した。


「瑞森レオさんですよね。私先日瑞森さんのレストランでお食事を頂きました。とっても美味しかったです。今日は会って頂けて本当に嬉しいです。一日どうぞ宜しくお願いします」


馨子さんは零れるような笑顔を見せた。



(なんて健気なんだ)


それに比べて瑞森レオときたら、彼女の顔をチラッと一瞥すると、

「ああ」

と素っ気なく言っただけで、直ぐに彼女から顔を背けて、橙子さんに話しかけた。



「おい橙子、こんな早くから呼び出して何処行くつもりだ?足まで出せって」


彼は苛立ち気味に尋ねる。

そんな彼を橙子さんは両手の平を彼に見せるようにして突き出すと、

「まぁまぁ」と制した。



「そんな慌てなくてもすぐ分かるから。取り敢えず私に着いてきて」


彼女は言い終わると、自分のバイクに跨った。


はて、私はどうしたものか?と悩んでいると


「輪はこっち!」


大きな声で橙子さんが呼んだ。


「はっ?」


その言葉に、瑞森レオが睨む。


「何でだよ!」


もの至極不機嫌。



「当たり前でしょ?Wデートなのに何で男同士で乗ろうとしてんのよ!それじゃあバイクで行く意味ないじゃないっ!」


「はぁ!?」


何言ってんだ!と言わんばかりの剣幕の彼。

そして何故か私を睨む。


(だから何で私が睨まれなきゃなんないの?)


いつもながら理不尽。


さぁどっちにする?と言わんばかりに、私を睨む瑞森レオと橙子さんの間で困り果てる私。


しかし一番最初に動いたのは馨子さんだった。


「!?」


「宜しくお願いしますね、瑞森さん」


「……」


彼女は驚く瑞森レオに可愛く微笑むと、躊躇せずに彼の腰に手を廻した。


「おいっ!」


突然の彼女の行動に驚き、声を荒げる白馬の王子様。

…いやバイクの俺様。


「あ、ごめんなさい。でも私バイク乗るの初めなので、怖くて…もし振り落とされちゃったらどうしようって心配になってしまって…」


チラリと瑞森レオを不安そうな瞳で見上げる。


「うっ、」


以前橙子さんちに買い出しに行った時、バイクから私が振り落とされるのをあれだけ気にしていた彼は、その言葉を聞いて何も言えなくなってしまった。

そんな彼を見て安心したのか、馨子さんは瑞森レオの腰に回した手に力を込めた。


(な、なんて大胆っ!)


私なんてあそこに及ぶ迄に、どれだけ時間が掛かったことか。


それをあんな清楚な乙女が易々とやってしまうなんて…。


これはやっぱり

私に男性の免疫が無さすぎるって事なの?


どう見ても彼女の方が奥手に見えるのに…。


こんな純粋な反応できるなんて

生きた化石か私は…。



「ほら輪早く乗って!」


再び橙子さんに促される。


「はいっ!」



慌て返事を返すと、私は橙子さんの愛車の後部座席に跨った。



(でも…)


私の頭に一つの不安が浮かぶ。


(馨子さん、瑞森レオの運転について行けるのかな?)


彼のスピードは絶叫マシン並みだ。


下手したら即死しかねない。


(目的地まで馨子さんに何もなきゃいいけど…)



そんな私の心配を余所に、私と橙子さんぺア、瑞森レオと馨子さんペアが乗った二台のバイクは、目的地に向かって颯爽と走りだした。

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