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〔第三章 思いがけないお誘い〕Bambina〜橙子さん

「久しぶりだねレオ!」


ポニーテールの女の子は2人の前迄来ると、瑞森レオに飛びついた。


「えっ?」


その様子を隣で見ていた私は面くらった。


(この子 瑞森レオの彼女なのかな…)


そう思うほど私には彼女の抱擁は熱烈に見えた。



もし彼女だとしても

そうだとしても

どうでも良い事のはず。


なのに私は何故か気になった。



「配達ってお前だったのか?」


「そう」


クスっと笑う。

笑顔が可愛い。


「にしても何年ぶりだ?」


「2年かな…高校卒業以来だから」


「もうそんなか。いつ帰って来たんだ?」


「先月」


「少しは女らしくなったのか?」


「どうかな?あっち行って益々逞しくなったかも」


「それ以上逞しくなってどうすんだ?男が逃げるぞ」


「ったく相変わらず酷い事言うよね〜レオは」


女の子は薄く紅の引かれた唇を尖らす。



歳が私と同じくらいのその女の子は、ほっそりとした体つきに似合わず、私と違って出る所は出ている、羨ましいスタイルをしていた。


筆で書いたようなキリッとした美しい形の眉は、なだらかに弧を描き、バランスの良い鼻はスッと一本筋が通っていて、言うなれば女剣士のような凛々しい風貌をしている。


女子高にいたら同性から好かれるタイプの女の子だろう。

演劇部で男役とかやっていそうだ。



瑞森レオは隣にいる私にお構いもせず、女の子と親しそうに話を続ける。


(仲いいんだ…)


疎外感を感じながらも、取り合えず黙って彼らの会話を聞くことにした。


「で、さっきから気になってるんだけど…」


暫くすると、女の子が瑞森レオの隣で大きな紙袋を持って立ち尽くす私の方へ顔を向けた。


「レオの隣の男の子は?」


ここで漸く私に興味を持ったらしい女の子は彼に尋ねた。



「あぁ コイツは春日輪ってやつで、うちに入ったばかりの見習いだ」


顎で差しながら紹介する。


(ちゃんと私の名前覚えてたんだ!)


いつも蔑まれているだけに、こんな些細な事に私は感動してしまう。


「ふ〜ん」


女の子がまじまじと私を眺める。


「は、初めまして春日輪です」


初対面の人なので当たり障りのない挨拶をしてみた。少し硬めの笑顔つきで。


そんな私に女の子も気さくに挨拶を返してくれた。


「私は日吉橙子ひよし とうこ。<とう>はオレンジの<橙>って書くの。うちの親単純だから人の名前を果物から取ったのよ!失礼でしょ?」


そしてクスクス笑った。


(良く笑う人だな)


軽快に笑う彼女に、こちら迄つられて顔がほころぶ。


「あっ、」


突然彼女は笑うのを止めると、じーっと私の顔を見つめた。


「な、なに?」


あまりに見つめるので、少し照れてしまって顔が赤らむ。


「輪て…」


首を傾げてニッコリと微笑む。


(会っていきなり呼び捨て?)


「笑うとすっごく可愛いね!!」


「えっ!?」


直球で投げ付けられたお褒めの言葉にどう対応して良いか分からなくなった私は、顔を赤くしてドモリながらも、何とか別の話題に逸らそうと口を開いた。



「えっと、あっ!日吉って、橙子さんて日吉青果のお嬢さんですか?」


「そう娘よ。お父さんに会ったんだ」


未だに私の顔を真っ直ぐ見つめてくる彼女の視線を除けながら、私は話しを続ける。


「はい、先程お店に行ってきました」


「そうなんだ」


彼女は笑顔で話しながらも、私から目を逸らさない。


「……」


「……」


(な、なんでこの子さっきから私の顔睨んでくるの?)


「ははは…」


間が持たず繕い笑顔を作る私。



もしかしたら多少顔が引きつっているかもしれないけれど

そこはスルーで。


「ねぇ」


突然彼女は私に呼びかけてきた。


「は、はい?」


慌てて返事をする。


「輪さっきから私と目を合わせてくれないけど…もしかして」


「えっ?」


「照れてんの?」


「はっ?」


「そっかぁ 私に照れてるんだ。そんなに可愛いかな私…」


質問を振ったが勝手に頬を赤らめて自己完結する彼女。



(もしかしてこの子ってちょっと自意識過剰気味なのでは?)


自分で自分の事を可愛いって言える人は

そうそういないと思う。


よっぽど自信があるんだ。


確かに可愛いけど。


「ねぇ、輪て幾つなの?歳」


「二十歳です」


いきなり彼女は自分の両手で私の両手を掴んだ。


「私も二十歳なんだ!同い年なんだね嬉しいな!」


「……!」


パチパチと忙しなく瞬きする私の反応が面白かったのか、彼女はクスッと笑う。


そして


「じゃぁこれからも宜しくね!」


グイッ!!


今度はそういっていきなり強い力で引っ張られた。


「!!!!!」



私の体を彼女が力強く抱きしめる。

服の上からでも分かるたわわな胸が私の晒しを巻いて潰れた胸に当たる。


(く、くるしい…)


こ、この子なんて怪力なの?


いくらもがいても離れない。


容姿でも負けスタイルでも完敗し、この上腕力でも勝負にならない。

「な、なにするんですかっ!!」


彼女の体を押し戻しながら言う。


「輪て華奢だね」


彼女はギュっと私を抱きしめたまま私の耳元で囁いた。


「えっ…」


こう並んで分かったのだが、彼女は私よりも少し背が高いようだ。

彼女の唇が気持ち私の耳元にかかる。


「うっ、」


ゾクッとした。


「へぇ〜ここ弱いんだ」


「はっ!」


我にかえると、急いで彼女の体を付き飛ばす。


学生時代に女の子の友達とふざけて抱き合ったりした事はあったけど、いきなり初対面の人に抱きつくような事を私は普通しない。

というか常識を持っている人間だったら通常はやらない…と思う。


だから流石にこの行動にはド肝を抜かれた。



「ふざけるのは止めてくださいっ!」


突き飛ばされてキョトンとしている彼女に向かって抗議した。


この強引な彼女との一部始終を、隣で面白そうな顔をして見ていた瑞森レオが突然笑いだした。


「何 慌ててんだよお前、挨拶だろ」


クククと笑う彼を私は睨みつけた。


「挨拶って!」


そうか

そういえば、瑞森レオのお父さんの二コさんも、こういう挨拶の仕方だった。

向こうの人って、皆こんな挨拶の仕方をするんだっけ。


ややこしいな。


でも何で橙子さんが?


私がそんな事を考えていると、ヤツは信じられない言葉を吐いてきた。


「そんな事でビビんなよ。ま、しょーがねーか、お前ドーテーだしな」


「ドッ!?」


あまりの卑猥な言葉に喉が詰まる。


(ど、ドーテーって、何言ってんのよ!このセクハラ王子っ!)


こいつってばやっぱりあの頃と全然変わってないっ!

あの時だってかなり傷ついたのに、またこんな仕打ち受けるなんて!


どこまでサイテー野郎なんだ瑞森レオっ!!


お前なんて王子の皮を被ったエロ伯爵じゃっ!!


エロ男爵と呼ばれるあの有名人の2倍も3倍もハイグレードな伯爵じゃ!



それに私はドーテーじゃなくて


ばーじんですっ!



(…さらりと恥辱に満ちた告白 しちゃった)


思わず脳内で口走ってた卑猥な言葉に己自身で反省する。


そして


「ごめん」




突き飛ばしてしまった彼女にも謝罪の言葉を述べた。


しかし当の彼女はそんな私を見てクスクスと楽しそうに笑うだけだった。

それから


「ふーん ドーテイなんだ」


と呟いた気がした。



「ところで…」


私達のやり取りが治まるのを見て、瑞森レオが口を開く。


「お前事故って何したんだよ」


心配そうに尋ねる。


そうだ。

私達がお店に行った理由。

それは日吉青果の配達トラックが事故を起して、店に商品を納品出来なくなったからで、今迄の経緯からすると、その事故に遭遇したのは今目の前にいる彼女に他ならないのだ。



「そうだ!見てよこれ!」


私と瑞森レオは、彼女に腕を引かれ先程路肩に停めた彼女の車のところまで連れて来られた。


そしてその脇に立たせると、彼女は一本線に塗装が剥がれた場所を指差した。


見事なまでの真っ直ぐに伸びた美しいラインが、痛々しく目に入った。


「こりゃすげーな」

瑞森レオはしゃがむとラインに手を添えてなぞる。


「でしょ?信号が青になったから直進したら、いきなり脇道から突っ込んできたのよ!」


彼女はかなり頭に来ていたようで、その一部始終を私達に身振り手振りで話して聞かせた。


時間にして10分。


良く喋る女の子だ。


「お蔭でこの様よ!こっち戻ってきて早々に事故なんてほんとサイテー」


「それにしては帰ってくるの早かったじゃねーか」


事故の経緯の話はもう懲り懲りだと言わんばかりに、瑞森レオは他の話題にかえた。


「それもね…」


ここから更に10分。

今度は事故を起してから警察を呼んで帰るまでの話を聞かされる。


女の子は良く喋ると言うが、ここまでくるとよくもまぁこう口が回るものだと感心してしまう。

瑞森レオも自分で話題を振っておきながら、バツの悪そうな顔をしていた。


「で結局、おじーさんがオタオタして何にも出来なかったから、私が警察よんで保険屋よんで、

全部やってあげたのよ!ほんとイラついたわ!」


かなりの激しい剣幕で一気に話し終えると、彼女は満足したように溜息をついた。


彼女を見ていて気付いたけれど…


案外空気が読めない子のようだ。


1人で喋って10分+10分も拘束するなんて。


ちょっと…苦手かも。

強引過ぎるところもあるし。



私の隣で瑞森レオがチラリと腕時計を見る。



「災難だったな」


彼女に労いの言葉をかけて無理やりに話を締めくくった。


「じゃ、俺達もうそろそろ行くから」


私の腕を彼が掴む。



「もう行っちゃうの?」


彼女が名残惜しそうに尋ねた。


「ああ、もうすぐ営業始まるし、仕込みもあるし、これ以上時間食ったら間に合わなくなるからな」


「そっか」


肩を落として寂しそうな彼女。

しかしすぐに笑顔になると


「じゃぁ頑張ってね!」



私達に手を振って自分の愛車に戻って行く。

それから


「そうだ」


はたと止まると振り返った。


「輪!」


何を思ったのか突然私に声を投げ掛けてきた。


「は、はい?」


「さっきドーテイって言ったよね?」


「ええっ?」


私は彼女が放った言葉にドキドキしながらキョロキョロと辺りを見回す。


(ちょっとこの子、こんな白昼堂々と公共の場所で何凄い事口走ってんのよ!)


やっぱり空気読めない。



そんな慌てる様子の私を見て彼女が笑っている。


笑顔は花も恥らう乙女のものなのに。



こんな綺麗な子があんな言葉吐くなんて

瑞森レオと言い、この子と言い


人は見かけに寄らないものですね お父さん。



「えっ、ドーテーじゃないの?」


「あ、えっ、い、いや…」


口篭る。


「違うの?」


尚も確認してくる乙女。



私は女だから違うと言えば違うんだけど…

でも確かに経験はないし、今の状況は男って事だから

やっぱり


ドーテーって事になるんでしょうか?


悩む私に追い討ちが。


「違うのっ!!」


「えっ?」


(逆ギレされたよ!)


この子恐い…



「は、はい。そう…です」


カミングアウトしちゃった。


「そう」



その言葉を聞いた彼女は何故か、嬉しそうに微笑んだ。


何故…だろう?


「その歳でドーテーは頂けないわよね…」


彼女は自分で納得したように両腕を組んでウンウンと頷いている。


(何が言いたいんだろう…)


でもその答えはすぐに見つかった。


「じゃあ決めたっ!」


そう言って彼女はピシっ!と私を指差した。

隣の瑞森レオも驚いている。

勿論 私もだ。



「私素直な子って大〜好きだから…」


「……?」


「卒業するの手伝ってあげる」


「は?」


彼女は二コ〜ッと笑う。



卒業って

どういう事?


そして彼女は一つの提案をしてきた。























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