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Visitatore〜ある日の訪問者

ドンドンドンドンッ!


ピンポン

ピンポン

ピンポンピンポンピンポン………。


「な、なにっ?」


 温かいベッドの中で安眠を貪っていた私は、激しく叩き付けられるドアの音と耳をつん裂くチャイムの音で飛び起きた。


「いったい何のつもり?!」


 目覚まし時計代わりに置いてある、枕元の携帯電話を取り上げる。


 11:05。


「じゅういちじ……」


 そして日付を見た私は完全に目が覚めた。


「4月1日……!やばっ」


 私は携帯電話を握り締めたまま布団から這い出て、なるべく物音を立てないように静かにドアへと歩みよる。そしてそっとドアの覗き穴から外の様子を伺った。

 外では頭髪を紫色に染めた初老の女性が仁王立ちをして、私の部屋のドアを穴が開くほど睨みつけていた。


「げっ、やっぱり!」


 とそう小声で呟いた途端、外で、大股を開き両腕を胸の前で組んで立っていた初老の女性が、アパート中に響き渡るくらいの大きな声で怒鳴り始めた。


「春日さ~んっ!居るんでしょっ!今日期限よねぇ!3ヶ月分のお家賃まだ振込まれて無いんだけど!」


 言って女性はまたドンドンドンと壊れるくらい激しく部屋のドアを叩く。


「やっばぁ」


 私は抜き足さし足で忍び足で再びベッドまで戻ると、何事も無かったかのように、頭からすっぽりと布団を被ってギュっと両目を瞑った。


「ちょっとぉ!早く出て来なさいっ!居留守って事くらいお見通しだよ!あんた約束だったろ!払えなかったら此処から出て行くって!」


 私は身を丸く縮こませ布団の中から叫ぶ。


「ゴメンなさいっ!今仕事無くてっ!でもお金入ったら必ず直ぐに振り込みますからっ!今日のところはご勘弁を~っ!」

 

 被った布団の中で、まるで仏像にお祈りするように手を合わせる。


「ちょっと!嘘はもう通じないよっ!何回伸ばせは気が済むんだいっ!こっちはもう限界なんだよ!今度こそ出てって貰うからねっ!この時期は借りてが多いんだ!あんたが居座ってたら客が逃げちまうじゃないかっ!」


 『早口言葉か?』と思う程矢継ぎ早に次々と非情なセリフを吐く大家。


「そんなぁ~っ、今出てったら私死んじやいますよ~!もう少しっ、あと少しだけ待って下さいっ!」

 

 そんな非情な閻魔に私は涙ながらに訴える。


「馬鹿言ってんじゃないよ!こんなに待ってやったんだからもういい加減観念しなっ!今度こそ今週中には出てってもらうからねっ!」


 それが最後の台詞だったかのように、閻魔の声はその台詞を堺に聞こえなくなった。

 私はそれから暫くの間、布団の中で声を潜めて閻魔の動向を探っていた。しかし一向に閻魔の声はしない。


「諦めたかな?」


 私は意を決するとのそのそと布団の中から這い出した。


「あーあ今週中かぁ。でも今週中って言ったって……」


 部屋の壁に貼ってあるカレンダーを見る。あと4日だ。


「……早急過ぎるよ」


 ゆっくりとした足取りで私は部屋の隅にあるカラーボックスまで進むと、その右上にある引き出しを開けて、中から一冊の貯金通帳を取り出して開く。


――残高 30.020円


「これじゃぁ、46.000円の家賃 3ヶ月分なんて到底払えないよ」


 私は溜息を深く吐くと、通帳を見つめながら冷蔵庫から牛乳を取り出してパックのまま口を付けた。

 ゴクン、と喉を鳴らし一口飲む。


「どうしよう。このままじゃ本当にホームレスだ……」


 う゛~と唸ってモシャモシャ頭を掻き毟る。

 しかし諦めたように手にした貯金通帳を無造作にカラーボックスの中に放ると、再びキッチンへ足を向け、食器棚から食パンを取り出してトースターに一枚かけた。そしてトースターの横にお皿を置くと、ソファーに座って焼き上がるのを待った。


「こんな時、空からお金でも降ってきてくれたらなぁ~」


 昔見たイギリスの映画を思い出しながらソファーから窓の外に広がる空を見上げる。雲一つ無い青空だった。


「皆 今頃何してるのかなぁ……」


 清々しいばかりの青空を仰ぎ見て、見事に就職した友人達を想う。


「この時間だから、きっとランチに行くお店の事とか話してるんだろうなぁ」


 ビバ!花のOL生活!だ。

 そう考えると、何かやるせなくなってきて瞳に涙が溢れてきた。


「いかんいかん、暗くなってるぞ私!」


 慌ててゴシゴシと腕で涙を拭った。

 そしてボンヤリと、香ばしい香りが漂って来たトースターを見つめる。


 私だって、こんないつ富士の樹海で首吊りしてしまうか分からないような、未来も将来も無い生活をするつもりは毛頭なかった。

 高校卒業と同時に、父と再婚した継母と折り合いが悪くて実家を飛び出して以来、私はしっかりと一人暮らしをしながらコツコツと地道にバイトをして学費と生活費を払い続けててきた。


 志望校だってストレートに入学。学業もそこそこ。就職口だって早々に決まっていて後はバイトでもしながら花のOL生活へGO!!と悠々自適に過ごしていたのに……。


なのに……。


 突然の不幸の訪れは、寒い北風に南から漂う温かい風が混ざり始め、春の足音が聞えてきたある日だった――。

 私は突然、本当に突然、何の前触れもなく、『内定取り消し』を食らったのだった。


 この不況の煽りを受けて、融資してもらえなくなった私の就職先は、沢山の負債がかかってくる新年度に突入する前に、ちゃっちゃと自己破産を申し立て、その挙げ句に私の内定までもちゃっちゃと取り消してくれたのだった。

 それも、もう殆んど就活が終わっているという卒業間近の時期に。


 それからの私は何とか会社を見付けようと、バイトを削りながら就活してきた。

 しかし、当たり前だが結果 内定ゼロ。おまけに収入源も断たれてしまい、ホームレスに片足を突っ込んだ今現在に至る。


ピーピーピー。


 トースターの電子音が鳴る。


 私はパンを取り出そうとソファーから立ち上がった。とその瞬間――


ピンポンピンポンピンポン……。


「?!」


 再び玄関のチャイムがけたたましく鳴る。


「また来たかっ!」


 閻魔到来!

 私はソファーに再度腰を下ろすと、膝を抱えて疼くまり今度は完全なる居留守を決め込んだ。


(どうしよう、困ったな)


 私は息を殺して大家が再び去るのを待った。


「………」


 チャイムの音が止む。


(帰っ……た?)


 私は息を殺してゆっくりと立ち上がる。とその刹那――。


ピーピーピー。


  再度トースターの耳触りな電子音が部屋中に鳴り響いた。


「やばっ、」


 そう思った途端、


ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン………。


 閻魔の猛攻撃が始まった。


「ばれたか……」


 私はいよいよ観念すると、先ずはトースターへ向かい中に鎮座する嫌味な程こんがりときつね色に焼けたパンを一枚取り出して口へくわえた。そして枕元にあったバレッタで長い髪を巻き上げると、渋々玄関に向かった。


(もうここまで来たら、潔く御縄を頂戴するかな……)


 ゆっくりと玄関のチェーンと鍵を外してドアを開ける。


「ふァィ……」


 そうモゴモゴ言ってから私は顔を上げた。


「ん?」


 と、そこに立っていたのは仁王立ちをした紫の閻魔ではなく、黒いブリーフケースを持った目鼻立ちの整っているインテリ眼鏡美人だった。


(なんだ?)


 首を傾げる私。

 そんな私を、眼鏡美人は不思議そうな顔で見ていた。


「のぁっ……」


 慌て口からパンを外す。


「あっ、すいませんっ!こんな格好で。え、と……どちら様ですか?」


 そんな私の慌てふためく様子を見て、眼鏡美人はクスッと笑った。


「春日 輪様でいらっしゃいますか?」

「えっ?」


(どうしてこの美人さん、私の名前知ってるの?)


 私はドアの横の表札を見る。

 しかしそこには表札らしきものは掛っていない。

 女の子の独り暮らしは何かと物騒なので、わざと表札は外してあるのだ。

 そんな状態の筈なので、私は自分のフルネームと突然呼ばれ躊躇してしまう。


「あ、はぁ……そうですけど」


 すると眼鏡美人は淡いグレーのツーピースのジャケットの胸ポケットから名刺を一枚取り出して私に差し出した。



「私 加納法律事務所の加納かのう 冴子さえこと申します」

 

 私は彼女の名刺を丁寧に受け取ると、名刺に視線を落としながらもう一度確認した。


「加納法律事務所の加納さん?」

「はい」

「弁護士さんて事ですか?」

「ええ、そうですね」


 私は頭を傾げる。

 

(はて?私に弁護士なんて……?)


「あっ!!!」


 そうだった!一つだけ思い当たる節がある。というか出来たんだ!

 まさか いよいよ大家が弁護士を使って強制退去に踏み切ったのか?


 私は咄嗟に、眼鏡美人へガバッと勢い良く頭を下げた。



「ご免なさいっ!もう分かりましたから!でも直ぐには無理です!今 出て行っても私行く宛てが無いんです!」


 有りったけの誠意とすがり付く懇願の眼差しで眼鏡美人に訴える。


「はぁ……」


 しかし彼女は不思議そうな顔をするだけだ。


「私仕事見つけたら、必ずここを出て行きますから!強制退去だけは許して下さいっ!」


 張り子の赤べコのように何度も頭を下げる私。


「強制退去って……何か誤解してらっしゃるのでは?」


 眼鏡美人が困ったように口を開く。


「誤解?」

「はい。あの……私そう言った件で伺った訳では無いのですが?」


 眼鏡美人の言葉に上下に激しく振っていた頭がピタリと止まる。


「えっ!?」


 私は眼鏡美人をまじまじと見つめた。


「私 この度は春日 邦彦氏の件で伺ったのですが」

春日かすが 邦彦くにひこ……?!」


(何!お父さんっ!?どうして!?)


 久しぶりに耳にする父の名前に驚いた。


「父がどうしたんですか?」


 私は戸惑いながらも眼鏡美人に尋ねる。

 そんな困惑気味な私の表情を見つめ、彼女は少し沈んだ顔をすると口を開いた。


「実は先日……」




 その次に、形の整った眼鏡美人の唇から紡がれた言葉に、私の頭の中は真っ白に染まった。


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