Mancipio〜弱肉強食
幾つかのタマネギを物色して木箱から取り出すと、私は急いでキッチンへ続く扉へ向かった。
そして勢い良くドアを開く。
と、そこには腕を組んで仁王立ちした金髪王子がいた。
ドアの直ぐ傍に立っていたので、私は又もやぶつかりそうになってしまった。
慌てて足にブレーキを掛ける。
「遅いっ!!」
金髪王子は相変わらず般若な顔で私を睨みつけた。
「遅いって…これでも急いで来たんですけど」
「口答えするな!」
私の抗議に一喝する彼。
(もう、何様よっ!)
ヤツの偉そうな態度にぴくっ、と片眉が上がった。
でも、その場を早く切り抜けたい私は素直に謝ることにした。
「…すいませんでした」
(こんな俺様野郎の傍から早く逃げなくちゃ)
「じゃ、俺はこれで」
そう言って近くの調理台にタマネギを置いて、金髪王子に踵を返す。
しかしそんな私の肩を、再びヤツが掴む。
「へ?」
そのまま勢い良く振り向かされた。
「来い」
ヤツが睨む。
「来いって何処へ?俺にも仕事あるんですけど…あの」
焦りながらも誤魔化し笑いを金髪王子に返すと、彼はいきなり私の首根っこを掴んだ。
それからそのまま引っ張って行く。
「ちょっ…」
「黙れっ!」
長身の金髪王子に首根っこを掴まれて引っ張られて行く私の様は、動物番組で良く目にする
ライオンに捕らえられたシマウマの様だ。
「何処へ連れてく気なんですかっ?」
私はジタバタしながら彼に尋ねる。
しかし金髪王子は答えなかった。
彼はバックヤードの扉の対面にある調理台へ連れて来ると、漸く私を放した。
「何を‥?」
不思議がる私の前にぺティナイフを突きつける。
「うわっ、」
いきなり目の前に突き出されたナイフに体が仰け反った。
「何なんですか!危ないじゃないですか!」
そんな私の怒りの言葉にも動じず彼は口を開いた。
「タマネギ剥け」
「はっ?」
すると金髪王子は目をクワッと見開いて私を見据えた。
「は?じゃねえよ!お前のせいで時間がロスった。剥け」
「何その言いがかりっ!俺は関係ないでしょ!」
私も負けじとヤツを睨む。
だが相手もそれに輪を掛けて鋭い視線を浴びせてきた。
「関係ねぇわけねーだろっ!お前がぶつかって来たから時間が無駄になったんだ!分かったらとっとと剥けっ!」
有無を言わさぬ金髪王子の態度。
「うっ、」
多少引っかかる点はあるが、そう言われたら確かに私は彼にぶつかった訳で、
そのお蔭でタマネギがゴロゴロゴロと転がって潰れてしまったのも事実な訳で…。
そんな事を思ってしまったら、納得はいかないが強く断る事が出来なくなってしまった。
「…分かりました」
私は渋々と了解する。
それから先程調理台に置いたタマネギを持ってきて、皮をむき始めた。
(なんで朝からあんなヤツに使われなきゃならないのよっ!)
「お前、嫌そうな顔してんじゃねぇぞ!見習いは見習いらしくしろ!」
どうやら嫌々オーラが金髪王子の所まで漂ってたらしく、彼は私に鋭く指摘した。
ムカッ、
…でも
平常心、平常心。
とにかく平穏無事に乗り切ろう。
まだ一日目なんだから、落ち着いていこ〜っ!
私は金髪王子に聞こえないように一つ大きく溜息を吐くと、「よしっ!」と気合をいれてタマネギの皮剥きに取り掛かった。
なんとか怒りを落ち着かせ、真面目に皮むきに取り組んでいた私に、ヤツは油を注いできた。
「終わったらみじん切りだ」
「!皮むきだけじゃ…」
「誰がそんな事言った、やれ!」
「………」
(いてまうぞっ!!)
私は握っていたぺティナイフに力を込めると、バレない様にヤツを後ろから刺す仕草をする。
「なんだ?」
突然金髪王子が振り返る。
「い、いえ…ははは」
可愛く微笑み、ナイフを背後に隠す。
するとどうだろう。
気のせいかもしれないが、少し驚いた金髪王子の顔が仄かに赤く染まった感じがした。
(えっ?)
しかし彼は直ぐに顔を背けると、また私に命令してきた。
「何処まで剥いてんだ!まだ4個あるぞ!早くしろっ!」
そして自分はコンロにかかっていた鍋の元へ足を向けた。
(何よ偉そうにっ)
私は残るタマネギの皮を剥きながら、彼の様子を目で追った。
金髪王子はコンロから大きな鍋を下ろすと、中から湯銭された幾つものトマトをお玉で掬い上げた。
そしてその皮を、いとも簡単にそして鮮やかに剥き始めた。
料理を作った事がある人には理解できると思うが、あのトマトはかなり熱い。
私もトマトピュレを作る為、何回か挑戦した事があったが、「熱っ、熱っ」と連呼するばかりでなかなか進まなかった。
それも苦痛な顔一つせず涼しい顔をしてやり抜くとは、やはりヤツは一流シェフ…いやクオーコだ。
賞賛の眼差が自分に向けられている事に彼は気づくと、手を止めないまま私に口を開いた。
「何 人の顔じろじろ見てんだよ!気持ちわりぃーな」
彼は少し困った顔をする。
というか照れてる……?
「すごいな〜と思って」
私は素直に感想を伝えた。
いけ好かないヤツだけど、自分が凄いと思った事は素直に認めたい。
「何がだよ」
彼は少し不機嫌そうだ。
「何がって、それ熱いんですよね かなり。わた…俺もやった事ありますけど全然慣れないですもん」
私はハハ、と軽く笑った。
「こんなの出来て当たり前だ。そんなのも出来ないお前ってマジ馬鹿だな」
「馬鹿って…」
(さっきの馬鹿野郎といい、この馬鹿発言といい…)
人の事を馬鹿馬鹿 馬鹿馬鹿と…
失礼にも程があるっ!!
こいつに一言言ってやらんと気がすまないっっっ!!
私の怒りがMAXに達した。
「直ぐ人の事馬鹿って言ったらいけないんですよ!そんな事言うと本当にその人が馬鹿になっちゃうんですから!」
出来る限りの怒りをぶつける私。
先程からイライラが溜まっていたのだ、かなりの威力が発揮されただろう。
しかし返ってきたのは、高らかに笑う金髪王子の声だった。
「アッハハハハっ、何なんだよお前それで言い返してるつもりかよっ、ハハハ」
腹を抱えて笑う。
「そうですよ!そんな事言うと自分も馬鹿になるって言ってるんです!」
私は金髪王子を睨む。
だが彼は、そんな私を涙で潤んだ瞳で見つめてきた。
勿論 笑い泣きだが。
「何が可笑しいんですかっ!」
「お前その言い方だと、お前自身が馬鹿だって認めてるじゃねぇか、ホンと馬鹿」
「はっ?」
言ってる意味が理解できない。
そんな私に彼は未だに可笑しくてしょうがない顔を向けてきた。
「『その人』って、言われたお前自身じゃん。ホント理解力もないのかよ、マジ馬鹿!ハハハ」
(はっ!!)
『その人』
これは二通りの意味にも取れる。
それは、『馬鹿と言った人間』と『馬鹿と言われた人間』だ。
無論 私は前者を取ったが、ヤツは自分に都合の良い後者を取った。
恐るべし 天上天下唯我独尊世界自分中心論者である自己中金髪王子!!
……理解力まで俺様か?
「ぐっ、」
己とは逆の思考を持つ金髪王子のセリフに言葉が詰まってしまった私は、悔しそうな顔をヤツに見られないように、顔を背けて黙々と剥いたタマネギに幾本かの線をナイフで入れた。
褒められるような起用な手裁きではない(つまり不器用)私の様子を、金髪王子は覗き込む。
(また何かケチつける気?)
私はなるべく彼から体でタマネギを隠すと、みじん切りを開始する。
とそんな私に又もや横からヤツの声が掛かる。
「お前料理やった事あんのか?」
「まあ一応、ずっと1人暮らししてたんで多少は」
私はナイフの向きを変えようと、手を止める。
「ふーん、」
彼はそう言うと私の顔をチラッと見て、みじん切りにされたタマネギの欠片を手にする。
「そのわりにはでけぇな、これ」
「はっ?」
「切り方下手だし、まったく鈍くせぇヤツ」
ムカッ、
「鈍臭いって…俺の何知ってんですか!」
ヤツの失礼な言葉に声を荒げる。
「お前みたいなの見ただけで分かるンだよ!ガキっ!」
「ガキって…」
「俺は24だ、お前幾つだよ」
「…20歳…」
「ほら ガキじゃねぇか」
そして金髪王子はフンっ、と鼻で笑った。
(24も20も差ほど変わんないでしょーがっ)
いや、変わるか。
今年成人を迎えた者と4年前に迎えた者とでは、高校進学したばかりの1年生と、大学進学を控えた3年生ほどの差は確かにある。
私は喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
「ほらクソガキ、手止めてねぇでさっさとやれ!あ、それ終わったらシンクのフライパン洗っておけ」
そう言いうと金髪王子は自分の仕事へと戻っていった。
そして去り際に
「あ、それからお前 明日から早く来い!遅刻したら殺すぞ」
物騒な言葉を私に残した。
「くぅぅ…」
金髪王子が去ると、私はヤツの背中に向かって握り拳を突き上げた。
(あいつ人を何だと思ってやがるっ!)
ダンッッッ!!
私は握ったナイフに力を込めると、まな板の上で小さな角切りになっていたタマネギの欠片に力一杯降り下ろした。