Rincontro〜再会
「何してるの?こんな所でっ、」
名波 一が驚いた顔で金髪君を見つめる。
その問いに金髪君は少し不機嫌な表情で、室内照明のスイッチに触ったままの彼に答えた。
「何っ、てお前が悪いんだろ?玄関の鍵閉めんなよっ!」
そう言って睨みつける金髪君に、名波 一は怯む事無く話す。
「当たり前だよ、もうこんな時間だし。それに鍵持って行ったんじゃないの?」
「うっ…」
金髪君はバツが悪そうに狼狽したが、気を取り直したように名波 一をカッ、と睨みつけた。
「う、うるせぇなっ、忘れたんだよ!俺がいねぇんだから鍵ぐらい開けとけよっ!」
私はこの横柄な金髪君の態度に胸がムカムカしてきた。
(何 こいつっ、不法侵入者のくせに自己中なヤツ!)
心の中で握り拳を作る。
(それにこの2人、私がいる事 完全無視して話し始めちゃってるし…)
益々 腹が立ってくる。
しかし名波 一は私の気持ちを知る由も無く、クスッ、と笑うと金髪に話しかける。
「でもどうしてこの部屋に入ってきたのさ」
「どうしてって…」
ドドドドド…
バタバタバタ…
そう金髪が答えようとした時、ドアの外の廊下を抜けんばかりの勢いで駆けてくる二つの足音がした。
「輪っ!」
「輪君っ!!」
その声と同時に部屋に入ってきたのは、スウェット姿の信吾君と短パン・Tシャツ姿の竜碼さんだった。
そして2人とも「あっ」と言ったきりその場で仲良くフリーズして同じ言葉を吐き出した。
「「レオっ!!」」
◇◇◇◇
「なんだよお前それっ!!」
金髪の不法侵入の経緯を聞いて竜碼さんが素っ頓狂な声を出した。
その声に不機嫌そうな金髪の声が重なる。
「しかたねぇだろっ!まさかあの部屋に誰かいるなんて知らねぇし。あそこは俺専用の侵入口だ!」
「まぁ確かにお前専用だな」
頷いて賛同したのは信吾君だった。
話を解釈してみるとこうだ。
元々空き部屋だった現在の私の部屋は、寮の駐車場がある裏門からも近く、尚且つ部屋の外に聳える木が丁度良い具合に部屋の窓への階段の役目を果たしている。
そんな状況なので、鍵を忘れて外出してしまった場合の唯一の屋内侵入口となっていたらしい。
皆の話によるとその侵入口を使うのは、いつもこの金髪自己チュー男らしいが。
って言うか寮の鍵くらい 肌身離さず持ってろっ!
「いつもあの窓の鍵開いてるし、俺があそこから入って何が悪いんだよ!」
さも自分は悪くないような言い方をする。
「あれはハジメがワザと開けとくんだよ」
信吾君があっけらかんと言う。
案の定、顔色が曇る金髪。
(信吾君っ、奴を煽ってどうするっ!!)
事態が悪化する事に焦る平和主義な私。
(私だってこいつの態度に我慢してるんだから、信吾君も抑えて!)
心の中で祈る。
その事を察してか、名波 一が助けを出す。
「それもそうだね。でも新しい人が来るって言ってあったと思うけど?」
名波 一は尚も自論を翳す金髪自己チュー男に諭すように話した。
「そんな事 覚えてる訳ねえだろ!」
奴はその言葉を聞いても、開き直って外方を向くだけだ。
何なんだコイツ…
この態度、絶対自分が悪いって分かってる!
なのにこの言い草って。
世界の中心は俺だ!とかって考えてるんじゃないの!
いっちばん嫌いなタイプだよ。
ムカつく!!
この傍若無人な態度に、とうとう今迄平常心を保っていた私の堪忍袋の緒が切れた!!
「名波さんは全然悪くないと思いますけど!」
「「「「!?」」」」
その言葉に部屋に居た全員が驚いた顔をして私を見つめる。
いや、正確に言えば金髪自己チュー男以外だ。
奴は見るからに挑発的な鋭い眼差しを私に向けた。
「はぁ?何言ってんだよお前!」
奴の藍色の瞳が私を見据える。
その整った顔立ちに光る藍色の澄んだ瞳から発せられる視線は、レーザービームでも飛んで来
るんじゃないかと思う程鋭利だ。
その視線に若干圧されながらも私は言い放つ。
「鍵を忘れた貴方の方が悪いでしょ?外出するなら鍵ぐらいちゃんと持っていけばいいじゃない!それが無理なら寮から出なきゃいいと思うけど!自己責任だよっ!」
そして負けじと頑張って睨み返した。
「ふざけんな!たまたま忘れただけだろっ!見ず知らずのお前にそこまで言われる筋合いはねぇ!」
「ぐっ、」
見ず知らずと言われ一瞬言葉が詰まる。
でも、この俺様野郎にはずぇ〜ったい負ける訳にはいかないっ!
負けたらコイツの自己中な言い分を認める事になってしまうっ!
私は一歩奴に近づいて身を乗り出した。
「たまたまぁ?さっき自分が言ってたんじゃないっ、あの部屋から良く入るって!」
「う゛っ…」
私の的を得た攻撃に今度は金髪自己チュー男が言葉を失った。
と、その様子を見た名波 一がクスクス笑い出した。
「はいっ、レオの負け」
「う、うるせぇっ、」
その言葉を聞いて金髪は不機嫌そうな表情で口先を尖らせてフンっ、と外方を向いた。
信吾君が笑顔で私の方へと歩み寄ってくる。
「輪すげ〜な、レオを黙らせるなんて。なんか学級委員長みたいで格好よかったぜっ!」
「ホントホント!なかなか迫力あったよ。あれは板についてる感じだった!」
竜碼さんも感心した顔をしている。
「そんなっ、」
私は両手をブンブン振って否定しようとした。
確かに昔から、理不尽な現場を目撃してしまうと居ても立っても居られなくなる性分だ。
それは別に私が短気だとかすぐキレルとかそういったことではない…と思う。いや思いたい。
友曰く獅子座で動物占いがトラの私(…ふ、古いっ、)は、正義感が強く真面目で肝っ玉母さんタイプなのだと言う。
肝っ玉母さんっ、ていうのは20歳である私としてはあまり褒めらた感じはしないのだが…
正義感が強いっていうのは、あながち間違っていない。
あ、因みに適正職業は刑事と弁護士だった。…今はそこまで関係ないか(汗)
「でも…」
信吾君が次に発した言葉に一瞬私はギクリ、とした。
「輪って、怒る時女言葉になるのなっ」
「えっ、」
(ま、まずいっ、)
「そ、そうかな…ハハハ」
慌てて頭を掻いて誤魔化す。
その笑いが癇に障ったのか、外方を向いて拗ねていた金髪が口を開いた。
「お前 ヘラヘラ笑ってんじゃねーよ、」
その言葉に一瞬ムッ、とする。
「な…」
なによっ、と言おうとした言葉を名波 一が遮った。
「そうだレオ、まだ紹介してなかったね。彼は春日 輪君。うちの店に入ったって云う見習い君だよ」
そして名波 一は笑顔を金髪に向ける。
ヤツはチラッとこちらを見たかと思ったら、またフンッ、と興味なさそうに顔を背けた。
(はぁ?いちいち癇に障るヤツっ)
そんな私の思いも気づかないまま名波 一は、今度は私に金髪を紹介してきた。
「彼は瑞森 レオ《みずもり れお》。うちの天才クオーコだよ」
そう紹介されても彼は外方を向いたままだ。
(挨拶ぐらいまともにできんのかっ!)
本当にいけ好かない。
ん?………えっ、ちょっと待って?
この名前どっかで…
えーっと…
どこだっけ…?
もう一度金髪を見る。
実った稲穂のような黄金色のさらさらとした髪。
澄んだ泉を感じさせる碧色の瞳。
そして造形の整った容姿。
幼い頃、こんな少年に出会ったような気がする……。
ーーー生理。
突然私の頭の中に、単語が浮かんだ。
そう、『生理』『生理』…
でもなぜ今?
今月は終わったはずだけど?
幼い頃、その美しい少年は私に何かを呟いた。
そう、こんな目の前にいる口の悪い男のように、美しい顔をして信じられない言葉を放っていた。そう、あれはーー
『もう 生理きたか?』
幼い頃のおぞましい記憶が甦る。
(!!!!!!っ)
次の瞬間私は叫んでいた。
「金髪王子っっっっっ!!!!」
その絶叫に流石の金髪王子も、弾かれたように振り向き、澄んだ大きな藍色の瞳を真ん丸くして私を見つめた。
私の記念すべき花の社会人一日目が、地獄の一丁目になってしまった瞬間だった。