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Amico〜仲間

私達はダイニングのテーブルに向き合いながら座っていた。二人の前には、名波 一が作った美味しいスープカレーと私が作ったホタテのカルパッチョが置かれている。


「冷蔵庫の中にあるものでこんなの作れるなんて、君って凄いね」


彼はホタテを突つきながら満足そうに口へ運ぶ。


「そんな事ないですよ。レタスとホタテだけのシンプルな物ですから。このスープカレーに比べたら俺のなんて全然なってないですよ」


私は褒められた事に嬉しくなって、笑顔でカレーを頬張った。本当に名波さんが作ったカレーは美味しかった。ごく普通のあのルーがどろっとしたカレーしか食べた事がなかった私は、初めて口にしたスープカレーという物に大変感動してしまった。香辛料をたっぷり含んださらりとしたスープに、サフランで黄色く色を付けたバターライスをつけて食す。ごろごろと大振りな野菜とチキンレッグは私を高級レストランへと誘う。


あっという間に完食してしまった。


「お替り食べる?」


彼は空のお皿を嬉しそうに覗き込むと、私に確認した。


「えっ、と…」


(あんまり食べたら図々しいかな…)


そんな事を考えていると、彼は私の空になったお皿を持ち上げた。


「遠慮する事はないよ。君は育ち盛りなんだからもっといっぱい食べなくちゃ」


そう言うと私に笑顔を向けた。


「じゃあ…」


私も彼に笑顔を返す。と


「あ…」


彼は突然私の口元に白くて長い指を伸ばしてきた。


(!!!!)


驚いて体を引こうとする。しかしそれよりも早く彼の指が私の口元を捉えると、親指で拭った。


(えええええええええーっっ!)


いきなりの彼の行動に目を丸くして飛びずさる私。心臓がバクバクして息が詰まりそうになる。慌てて口元に手をやる私を見て、彼はくすっ、と笑った。


「そんなに嫌がらないでよ。付いてたよ、カレー」


そして自分の口元を差す。

目をぱちくりさせる私の様子を可笑しそうに見つめて、彼は何事もなかったかのように私の空になったお皿を持ってキッチンへ去ろうとした。


「い、いいですっ、俺自分でやりますからっ!」


私は我にかえると、お皿を奪い取り彼と顔を合わせないようにしてキッチンへ急ぐ。


(い、今人の口拭ったよねぇ?今時親子でもやらないよ!それじゃまるで恋人みたいじゃない!えっ、恋人?!)


カァーッ


己の頭に勝手に浮かんだ恋人と言う言葉で、顔面温度が急上昇する。


「熱っ!」


あまりにかっかし過ぎた私は、鍋に添えていた手を誤って熱を持っていた鉄の部分に当ててしまった。


「大丈夫っ?」


私の声を聞きつけて名波 一がキッチンへやってくる。私が左指を押さえているのを見ると心配そうな顔をして見つめる。


「どうしたの?火傷?」


「あ、ちょっと鍋に触っちゃって…でもこんなの舐めておけば大丈夫ですから」


私は少し腫れた人差し指を舐めようとした。


「ダメだよ!」


彼は鋭く言い放つと私の左腕を掴んで、そのまま私をシンクまで引っ張って行く。


「えっ、あの、何を…」


「そんなに腫れてるんだから、ちゃんと水で冷やさなきゃダメだよ!放っておいたらもっと酷くなるよ!」


私が不思議に思って尋ねると、少し怒りの混じった厳しい口調で彼が言った。

そしてもう片方の手で蛇口を捻って、私の指を流れ出る冷水に晒した。


「…有難うございます…」


私は照れながらお礼を言う。


「明日から仕事なんだから、気をつけなくちゃ」


彼はそう言うと今度は製氷機から氷を幾つか取り出して手近にあったラップに包んで私に渡した。


「あとはこれで冷やすといいよ。そのうち腫れが退いてくるから」


私は氷の入ったラップを受け取り、すいません、と項垂れた。


「君っておっちょこちょいなんだね。そこも可愛いけど」


彼は笑うと項垂れている私の頭をくしゃくしゃにした。


「…………」


私の顔がどんどん火照ってくる。


(ちょっ、だからあまり近付かないで…何でこんな事…私は男だってば!…それともまさか…)


脳裏にアンジェラの言葉が甦る。


『…多少個性が強いかも知れないけど…』


(この人ってゲイっ!?)


「……」


私は慌てて無言のまま彼の手を掃うと、真っ赤になった顔を俯かせたままお皿を持ってテーブルへ戻った。彼は去っていく私を不思議そうな顔で見つめていたが、静かに笑むと自分もまた席に着いた。

私の中には複雑な思いが残った。


◇◇◇◇


夕食を食べ終わり、私がシンクで食器を洗っていると、入口の方から賑やかな声が聞こえてきて勢いよくドアが開いた。


「「たっだいまぁ〜」」


私と名波 一がその声に反応して振り向くと、そこには私達とそれ程歳が変わらないくらいの2人の男性が、ご機嫌な様子で肩を組んで立っていた。一人は坊主に近い短髪のちょっと小柄な少年ぽい男性で、もう一人は大柄でスポーツマンタイプの男性だ。その幸せそうな表情から、二人がお酒を嗜んできたのが分かる。


「あ、お帰り!早かったね」


名波 一は食器を拭いている手を止めないまま彼等に言葉をかけた。

2人はふらふらと歩いてくると、ソファーにどかっ、と腰を下ろした。


「あれっ?今日は2人で出かけてたの?」


名波 一が力尽きている2人に話しかける。その言葉に大柄な男性が口を開いた。


「いんや、違う。今日 俺出ちゃってさぁ、一人勝ちしちゃったんだよ」


そして右手でクイ、クイっと何かを回す手つきをする。どうやらパチンコのようだ。


「美味いもんでも食って帰るかな〜なんて考えてたら、急にこいつからケータイが掛かってきてさぁ」


彼は向かいでソファーに寝転がってる小柄の男性を足で蹴る。痛ぇなぁ、と言いながらその小柄の男性は足をこ突いた。


「結局こいつにまで奢る羽目になっちまったぜ」


彼は憎憎しそうに小柄の男性を睨んだ。睨まれた男性は口を尖がらせて反撃する。


「いいじゃん、たまには奢ってくれたって。可愛い後輩が甘えてるんだからさぁ」


小柄の男性も大柄の男性を睨みつけると、いーっと歯をむき出した。


「それが奢ってもらった先輩に対する態度か 信吾しんご?その歯全部ペンチで抜いてやろ〜か」


「や〜だ〜よ〜っ!」


大柄の男性は小柄の男性の頬を引っ張ると歯医者の真似をする。


「や〜ふぇ〜ふぉ〜ろ〜」←*訳(や〜め〜ろ〜よ〜)


その姿はいがみ合っているというよりも、じゃれあっていると言う方がしっくりとする。


大柄の男性はシンクで洗い物をしている私に気づくと、いやらしそうな顔を名波 一に向けた。


「それより何だよ、俺達のいない内に女の子連れ込むなんて。ここは女人禁制ですよハジメちゃん」


その言葉に名波 一はクスッ、と笑ったかと思うと、持っていたお皿と布巾をカウンターに置いて、私の隣へやってきた。

そして私の肩を抱いて自分の方へと引き寄せた。


「ちょっ、」


その私の声を遮るように名波 一は微笑むと、ソファーにいる2人に向かってこう言った。


「可愛いでしょ。僕の彼女なんだから、竜碼たつまさんも信も手は出さないでよ」


そして又私の頭を掻き回す。


「なっ?!」


突然引き寄せられ、おまけに頭をくしゃくしゃされて、心臓が口から飛び出てきそうになる。


「ちょっと名波さん、何言ってるんですかっ!」


私は真っ赤になりながら名波 一のにぃに攻撃を擦り抜けると、大声で叫んだ。


「俺は男ですっ!!!」


その言葉に名波 一と小柄な男性が声を出して大笑いした。


「ゴメン、ゴメン、冗談だよ。本当面白いっ、」


名波 一はクスクスと楽しそうに笑う。


「俺は男だ〜って、ウケるぜマジでっ!どこの青春ドラマだよっ!」


信と呼ばれた小柄の男性が涙を流してソファーの上を転がる。


「えっ、男なの?あんまり可愛いから俺は本気で女かと思ったぞ?」


1人大柄の男性だけ真面目な顔をしている。その様子が可笑しかったのか後の2人が再びお腹を抱えて笑いあった。


「冗談きついぜ、竜兄じゃあるまいしっ!それにねぇじゃん胸!」


(う゛っ…ひど)


「僕もまだ死にたくないですから」


その言葉に竜兄と呼ばれた男性は納得した顔をする。


「だよな、アンジェラ怒らせたら殺されるぜって…?おい信吾てめぇ今何て言ったぁ? 俺じゃあるまいしってどう言う事だよ!」


「そういう事だよ〜ん」


信吾君は竜碼さんにべ〜と舌を出すと、傍にあったクッションを投げつけた。


「てんめぇ〜もう許さねぇ」


竜碼さんは信君の頭を抱えると梅干(両手で拳骨を作って頭をグリグリする事)をお見舞いする。


(そ、そんなに私って女性らしくないのかなぁ…)


軽くショックを受けて自分の体を眺める。


今迄 バイトに明け暮れて色々な職業を経験している為か、下手したらサークルや部活で体を動かしているそこらの連中よりも締まった体付きをしているかもしれない。

筋肉モリモリのマッチョという訳ではなく、どちらかと言えは栄養不足な華奢なタイプだ。

まぁ、食べる事もままならない極貧乙女なのだから致し方ない。


よって本来女性ならば有ってしかるべき贅肉が、必要な場所にも付いていないのだ。


(まぁ、今はそれが有り難いと言えば、有り難いんだけど…なんか複雑…)


「はぁ…」


「?どうしたの?」


今さっきまで隣で笑っていた名波 一が私の溜息に気づいて不思議な顔をする。


「えっ、いやっ何でもないです、」


分が悪くなって目を逸らすと、床の上でコブラツイストをかけている竜碼さんと、ギブッ、ギブッと連呼している信吾君の姿が目に入った。

真っ赤な顔をして白目を剥きそうな信吾くんは、哀れだが可愛らしい。


「ぷっ、はははは」


その2人の様子が微笑ましくて、私は声を出して笑ってしまった。

私の笑い声に、竜碼さんと信吾君がこっちを見る。


「あっ、」


慌てて目を逸らす私。名波 一が私の動揺に気づいて助け舟を出してくれた。


「彼は春日 輪君。明日から見習いとしてうちの店で働くんだよ」


「見習い」「そう」


2人の反応は薄い。


(もしかして私、あまり受け入れられてないのかな…)


彼等の反応を見て不安になった私は名波 一の顔を見た。彼は大丈夫、というような笑顔を私に返してくれる。


「お前いくつ?」


竜碼さんの拳骨を遮って信吾君が私に尋ねて来た。


「えっ?20歳ですけど」


「そうなんだ…。だって」


そう言うと信吾君は竜碼さんに目配せする。


(何だここの人は?人の歳ばかり聞いてきて)


首を傾げる私。


「お前今俺達の事笑ったよな?」


竜碼さんがニヤっと笑う。


「えっ?」


「見習いに笑われるなんて心害だよね?竜兄」


信吾君も意地悪そうにクッ、と笑った。


「す、すいませんっ」


異様な光景に慌てて頭を下げる私に尚も竜碼さんが追い込みを掛ける。


「謝るだけじゃあな」


そう言いながら2人はゆっくりと私の方へ近づいてきた。


「えっ、ええっ??」


私は恐ろしくて名波 一の顔を哀願するように見つめる。しかし彼はただ薄く微笑んでいるだけで何も行動を起そうとしない。


(この 薄情もの〜っ)


心の中で叫ぶ。

その間もじわじわと間合い詰める2人。


「見習いく〜ん」


私の顔を覗き込みながら竜碼さんが口を開いた。


「謝罪の言葉はあっちで聞かせてもらいましょうか」


竜碼さんは奥の部屋を顎で差す。


「あっちって…」


「まあまあ 男だったら黙って先輩に従うもんだぜ〜」


信吾君はそう言うと私の肩をガッチリと組んだ。逃がさないぜ、と言わんばかりの強い力だ。


「ええっ?」


そしてそのまま私を引っ張っていこうとする。


「ハジメ、お前も来いよ!」


「名波さんっっ!!」


その言葉を最後に私の姿はキッチンから消えた。


その時名波 一が、


「これは新人への洗礼だから」


と呟いていた事を、拉致られて行った私は知る由もなかった。








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