波乱のお披露目夜会
夜会当日。
『正式に』婚約者としてお披露目発表される日。この日は王子直々に屋敷へ迎えに来てくれ、エスコートされながら同じ馬車へ乗り込み王宮へ向かった。
ドレスは前々から打ち合わせしていたセリーヌの髪色と瞳によく似合う、レースと刺繍が施された紫とピンクの色合いが可愛いもの。それに合わせて胸元にはサファイアのネックレスが光る。ドレスにも上手く調和した色だが、多分、王子の瞳の色に合わせたんだと思う。彼も同じ色の宝石が胸元に光る。服装は王族の正装の装いだったが、そこの所がお揃いだった。誰かが配慮したのだろうか。
道中王子に「緊張してる?」なんて言われたけれどそりゃド緊張だった。今日夜会で貴族方にお披露目されたらよりいっそう引くに引けなくなる。だからといってその場で婚約やめますなんて口が避けても言えないし……
悶々としながら王子と共に王宮へと向かう道は、ただひたすらに不安と絶望を感じていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
王宮へ到着後、一度二人は控室で待機することになった。呼ばれてから入場する事らしい。
セリーヌは呼ばれる間にお手洗いに部屋を出たのだが、恐ろしいぐらいに広い王宮はお手洗いに行くにも迷子になりそうだった。廊下に飾ってある絵画は美しく、部屋にあった調度品は一級。部屋数も多く、思わずきょろきょろしたくなるが、不審者に思われないようそこは公爵令嬢として堪えて、なるべく来た道を忘れないよう早足で部屋へ戻る。ふらふらしてたら戻れなくなりそうだったからだ。
「お嬢さん、落としましたよ」
その声に振り向いて顔を上げると、セリーヌは思わずその人を見つめたまま固まる。
何この攻略対象にも劣らない馬鹿くそイケメン
落ち着いたグレージュの髪をかき上げ、オールバックのスタイルでドレスコードをきめている、長身の酷く顔の整った爽やかな20代くらいの男性が、セリーヌの落としたハンカチを拾い、差し出していた。
久々に年相応のイケメンに出会い、胸が高まる。王子や義弟も規格外のイケメンではあるが、これまで過ごしていても、正直どうにも子供にしか見えなかった。彼らはある意味で10歳としては歳相応なのだが、転生前は24歳、転生後を合わせれば精神年齢はもうアラサーのセリーヌには、彼らをそういう対象には見れない。
と言うわけで思わず見惚れてしまうが、慌ててお礼を言う。
「あ、ありがとうございます……」
「いえ、それでは楽しい夜会を」
爽やかにそう笑みを向けると、彼は去っていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
思わずドキドキしちゃった
高まった胸を抑えながらふうと息をつく。やはり大人な男性は素敵だ。眼福。良いものを見たと思いながら、王子のエスコートでついに夜会の会場へと入場する。沢山の貴族の前で挨拶を行い、ようやく落ち着いてきた頃、二人の元へ同じくらいの年の男の子がやって来る。王子と顔を合わせ目配りすると、その甘いマスクににこにことした笑みを浮かべ、セリーヌに声をかけてきた。
「ライアン・ナイアスです。セリーヌ嬢、はじめまして」
「はじめまして、ライアン様。セリーヌ・ランヴァートです」
セリーヌは本日数十度目のカーテシーを披露して、挨拶をする。このやり取りもう流石に疲れた。貴族方へはほとんど挨拶回りだけだったので、最後の方はもう記憶がなくてロボットみたいな気分になっていたし。
二人のやり取りが終わると、王子がセリーヌへ彼を紹介した。
「彼は僕の幼い頃から仲良くて、とてもいい友人なんだ」
「ご友人……そうなんですね」
ナイアス家といえば、現宰相ジャスパー・ナイアスだ。と言う事はその息子というわけか。
そしてこの容姿、目を引くような赤髪に、ルビーのような真っ赤な瞳、物腰の柔らかな雰囲気は女子にモテそうだ。恐らく攻略対象でありそうな気がする。
そもそもこの夜会、身分の揃った者しか呼ばれていない。と言う事は、他にもハイスペックな人材たちが揃っているということだ。
もしかしてここ、攻略対象のオンパレードなんじゃ……
気づいてしまったセリーヌは顔を引きつらせる。婚約者の王子や義弟のリクスとは関わらないでいるのは不可能だが、極力他の攻略対象とは無関係でいようと思っていたのに。セリーヌに、会えてよかったよと話すライアンは、少し意味深にも捉えられる。まずい、疑心暗鬼になりかけているのだろうか。
「これからダンスがあるだろう? ライアンはどうするんだい」
「んー適当に姉と踊って、抜けようかな」
「せっかくだから楽しめばいいのに」
「誰と踊ったとか踊らなかったとか後々面倒くさそうだし。――今日は君とアンドリューの主役の夜会だしね。頑張って」
ダンスを踊るにも考えなきゃいけない事があるなんて、幼くもイケメンは大変だなぁと思っているとライアンにそう言われ、セリーヌは引きつった笑みを浮かべる。このどこからまた伏兵がやってくるかわからない状況で頑張れる気がしない。果たして生きて帰ることができるのだろうか。
「ありがとうございます」
「おいおいライアン。あまりセリーヌに圧をかけないでくれ」
呆れたように諭す王子に、ライアンは「ごめんごめん」と笑いながら、二人に別れを告げて去っていった。
「本当に仲がよろしそうですね」
王子があんなふうな表情をするのは珍しい。すると嬉しいか恥ずかしかったのか、はにかむように笑った。
「ああ、僕が素顔で話せる、貴重な友人なんだ」
わかります。そういう友人は大事ですよね
そう思いながら、セリーヌもアルモンドを思い浮かべた。いいですねと答えながら、うんうんと心の底から同調した。
ドリンクを取りに王子とともにテーブルの方へ向かうと、目を引く人物がいた。
先程の落ち着いた爽やかなイケメンだ。あっと声を上げると、向こうも気づいたらしい。王子はお互いが知り合いの様だと気づいて、彼に声をかけた。
「やあ、レフラン。久しぶりだね。こちら僕の婚約者のセリーヌ」
「こんにちは。セリーヌ・ランヴァートです」
知り合いだったのか。王子に紹介され、セリーヌも続けて挨拶をする。彼はにっこりと微笑んでセリーヌに挨拶を返した。その笑みにまたドキッとしてしまう。
「殿下の婚約者様でランヴァート家のご令嬢でしたか。父が財務長官を務めています、レフラン・ヴィアスです。お目にかかれて光栄です」
「さっきセリーヌが君の顔を見て、知っていたようだったけど、二人は知り合いだったのかな?」
「はい、さっき廊下でハンカチを落とした時に拾っていただいたんです。先程はありがとうございました」
セリーヌがお礼を言うと、彼は恭しく礼をする。
「いいえ、こちらこそ。お嬢様のお役に立てて良かったです」
年上イケメンににっこりと微笑みかけられ、思わずかあっと顔が赤くなってしまう。大人な落ち着きがやばい。やはり素敵だ。
「レフラン」
そこで遮る王子の少し鋭いような声がかかった。思わずセリーヌは驚いてピクッとしてしまう。レフランは王子へ変わらず柔らかく微笑んだ。
「殿下の婚約者様はとても可愛らしい方ですね」
「……ぁあ、そうだろう」
可愛らしいと言われてまた思わずにやけてしまいそうになる。セリーヌは必死に堪えた。
「僕達はこれで失礼するよ」
行こう、セリーヌと王子は笑みを浮かべて会釈をすると、彼女の手を取って歩き出す。え、もう? すぐに話を切り上げて去ってしまった王子に驚いて疑問を持つが、手を引いていく王子はどことなくピリついていて声を掛けづらい。その横顔も、表情が読み取れなかった。
お、怒っている……?
なんとなくそう感じ取る。レフランとは仲がありよくなかったのだろうか。それにしても、王子がこんなふうに感情を表に出すのは珍しい。いつもは真意の感情が全く読めなくて、まるでアンドロイドのような完璧な王子の姿なのに、人間らしさを感じてこんな所で少し安心する。
しかし怒っている様子なのは気まずい。言葉を発しないまま、ピアニストが席につくとダンスの曲が流れ出し、そのまま始まってしまったようだ。
ダンス、体が覚えててくれてたらいいななんて考えながら、リードされるままフロアへやって来る。
幸いな事にステップは踏めた。転生前のセリーヌ、勉強は嫌いでもダンスは好きだったもんなぁなんて思いながら、内心で安堵した。また王子が上手いのもあった。
しかし彼は相変わらずどこか不機嫌だった。しばらくお互い黙り込んで踊るが、たまらなくなって、セリーヌが先に声をかける。
「……殿下、どうされたのですか?」
問いかけに、王子はそっとセリーヌを見た。そしてじっと、彼女を見つめる。
一体なんだろうと緊張しながら返答を待っていると、彼は思いもよらぬ事を口にした。
「セリーヌには僕だけを見ていてほしいんだ」
「――へ」
少し拗ねたような、子供じみた視線。意味がわからないのと、普段と似つかぬ彼の言動に、セリーヌは動揺する。そしてつい口走る。
「で、でもいつか婚約破棄になるかもしれませんし――」
戸惑うセリーヌに、王子の表情が歪んだ気がした。
「そんな事にはならないよ」
「でも――」
「じゃあ、そしたら婚約が解消されるまでは、僕だけを見てて」
王子がグッと腰を引き、二人の体がより近づく。真っ直ぐ射抜くように吸い込まれてしまいそうな深い青に見つめられ、セリーヌは息を呑む。とても美しい。一瞬息が止まった。
「で……殿下……」
「名前で呼んで」
そう言って顔を寄せる。その姿は周りから見ればとても仲睦まじく見えるだろう。ダンスを見ている人たちはにこやかに王子とセリーヌの姿を見ていた。
「あ……アンドリュー様……」
「うん」
あ、こんな顔
戸惑いながらもセリーヌが名を呼ぶと、彼は思ったより柔らかく綻んだ。満足したような、嬉々が混ざる顔。こんな表情は初めてで、まじまじと見てしまい、少し驚く。彼はさらにお願いをしてきた。
「セリアと、呼んでもいいかな?」
それは両親から呼ばれているセリーヌの愛称だ。家族や恋人にしか呼ばれない名前。
「それは……」
「婚約者としてお披露目もしたんだ。これで僕らは公然の関係。今までが少し距離があったんだ、もっと君に近づきたい。……いいだろう?」
そう青い瞳に覗きこまれてしまえば否定はできない。ダンスのリードを受けながら、ぎこちなく頷く。
「セリア」
しっかりと見つめられて王子に呼ばれ、セリーヌも彼を見る。その瞳には柔らかい温度が乗っている気がした。
「僕の事もアルと呼んでくれていいよ」
ふふ、とすっかりご機嫌に言う王子に、それは流石に勘弁してと冷静になって少し恥ずかしくなるセリーヌだった。
次回、王子目線です。