王子様のご訪問
アルモンドが部屋を出て行ったあと、開いた扉からそっと義弟、リクスが現れた。そしてセリーヌの元へとやって来る。
「今のは?」
「今日約束してたの。今度リクスにも紹介するわね」
ふーん……とリクスは彼が去っていった扉の向こうを見つめた。
あの市井の一件から、リクスに懐かれるようになった。気づけばついて回るようになってきたので、何だか野良猫を手懐けたようで可愛かった。相変わらず表情は薄いけれど。
もしかしてアルモンドと話しているとき、部屋の中を気にしてずっと待っていたのだろうか。なんて、それはないか。
本当はアルモンドが来るとなったとき、リクスも同席したがったのだがそれを断った。今回は、と言うか、攻略対象との接触回避の相談を本音でしたかったため、それを該当者に聞かれるのはまずい。それにまだ、セリーヌ自身もアルモンドとはまだ十分に関係を築けていなかった。
アルモンドと交友を持ちたかったのはその技量や性格をかっていたのも勿論、攻略対象以外の人間とも関係を築きたかったからだった。このあと恐らくまだ見ぬ攻略対象のオンパレードが続くだろう。心安らいで気楽に話せる友が欲しかった。先程お互い腹を見せて話してみて思ったが、彼とはいい関係性になれる気がする。そう微笑んでいると、リクスはそんなセリーヌをじっと見ていた。
「リクス?」
「――いや?」
「お嬢様、アンドリュー殿下がご到着されました」
その時部屋に王子の到着を知らせるアンがやってきた。その言葉に少々顔をしかめてしまいそうになるセリーヌも、出迎えの準備に向かう。アルモンドとは本当にタッチの差だった。もう少し遅れていたら危なかったなと彼を思った。
「やあ、こんにちはセリーヌ」
「ようこそおいでくださいました殿下」
相変わらずの非の打ち所のない王子様らしいスマイルにいっそ感嘆を覚えながらも深く頭を下げる。
「いつも言ってるけそんなに畏まらないで。僕も萎縮しちゃうよ」
微笑みに苦笑を混ぜる王子に、セリーヌは何とも言えぬ表情で笑みを浮かべる。正直そこまで仲良くなりたくない。王子と仲良くなんて話が周りに伝われば後々厄介になりそうだ。それに王子との目標は婚約破棄。仲良くなる必要はない。転生前を知っているが故に我ながら酷い変り身だ。
部屋へと案内し、向かい合ってお互いソファーへと座り込む。王子は柔らかく切り出した。
「この前は合わせるドレスの事について話したけど、それに合わせた靴やアクセサリーについても話そうと思って。前回来たばかりだけど、早めに用意しとくに越したことはないからね」
ええ、たった6日前に。セリーヌは遠い目になる。最近スパンがどんどん短くなっている。この王子暇なんか。
アクセサリーなんてどうでもいい。ドレスに合わせて靴も適当に見繕ってもらえばいいのだ。
それよりどうしてこんなに態度が変わったのかを知りたい。じゃないと怖すぎて心が落ち着かない。前はこんなに気遣いしていなかったではないか。それどころかセリーヌに積極的に関わろうとはしていなかった。セリーヌが最初思っていたのはこんなはずではない。
「殿下、そんなに気を遣ってくださらなくて大丈夫ですよ」
「そんな事はいけない。夜会の日はセリーヌの誕生日だろう? せっかくの特別な10歳の記念に、僕がプレゼントしてあげたいんだ。当日はお披露目の方がメインで、きちんと祝ってあげられないだろうから……」
「いいんですよ。誕生日はまた後日に家で行う予定ですので」
「そしたらまたその時に一緒に祝わせてくれないか? 僕も君の誕生日を祝いたい」
うわー、しかも勝手に予定取り付けられた
もう何を言っても裏目に出る気しかない。
それにこの王子の完璧にも見える笑顔も、どことなく底しれぬ怖さを感じる。本音を決して見せないような、そんな姿。それがセリーヌが彼を攻略対象以前に少し苦手と思う所以だ。
ドレスに合いそうなアクセサリーや靴はピックアップしてくれていたようで、今日の来訪の名目は早々に決まって達成された。しかし王子はまだ帰る気配は見せず、雑談を始める。前回も前々回もその前もこのパターンだった。
「セリーヌは妃教育もずっと頑張ってくれているようだね」
「ええ……まあ、はい……」
「嬉しいよ」
本当に? そう思ってる?
王子はセリーヌが妃になっていいと思っているのだろうか。セリーヌは笑みを浮かべながらも内心眉をひそめる。何だこの不毛な時間。とかなんとか言ってはいけない。相手は一国の王子、彼が直々に話題を振ってくれているのだ。しかし、この時間、いつまで続くんだろうか――
そう思っていたその時、丁度のタイミングでリクスが扉から顔を出した。
「姉様、そろそろ先生が来る時間だよ」
姉が王子とあまり関わりたくなさそうだと察したからだろうか、王子の来訪時はこうやってリクスは途中から部屋に入って来て切り上げてくれるようになっていた。天下の王族を追い出すような形とはなってしまっていて褒められることではないが、正直助かる。持つべきものは優しい義弟だった。感謝。
じゃあ、そろそろなんて王子が立ち上がって、その場はお開きになり、セリーヌが見送る。
「惜しいけど、また会いに来るね」
「はい。お気をつけて」
また来てほしいなんて申し訳ないがつゆほど思っていない。社交辞令は社交辞令であってほしい。しかも実を言えばリクスの言った先生も嘘。勉強やダンスを教えてくれる先生は来てはいるが、今日はその日ではない。皇太子妃教育の方も転生前のセリーヌは意外と音を上げずに頑張っていたようだが、最近は少しサボり気味だ。どうせ必要なくなると思っているし。よって先程肯定したことも嘘となる。そのため笑顔で王子を見送るが、少し心苦しい。
小さくなる王族専用馬車を見つめて、肩の力がどっと抜ける。とても疲れた。無駄な気をたくさん張った気がする。
「姉様……大丈夫?」
珍しく表情を映すリクスの心配と哀れみの目を受けて、セリーヌは苦笑いを浮かべる。
「うん……ありがとうリクス……」
夜会の事を思うと憂鬱ではあと息を吐くセリーヌだった。