心強い仲間ができました
「この前は無理なお願いを聞いてもらってありがとう」
そう対極のソファーに座る彼にセリーヌは笑みを向ける。しかし一方でその相手は酷く渋い顔をした。
ランヴァート家とも取り引き相手であり交流のある、エダン家の息子、アルモンド・エダン。セリーヌと同い年だ。彼は父親の仕事に同行し、よく商談のときにもついてくる。どうやら仕事に興味があるらしい。その為セリーヌとも顔見知りだった。しかし、こんなふうに部屋に呼び出して面と向かってきちんと話すのは、前回を合わせて二度目だった。
前回は市井の服と硬貨を替えてもらう為――そう、市井に行ったあの時の服とお金は彼伝いに用意してもらったものだった。父親について回っている彼は自身だけでも様々な店に顔が利く。彼のお陰でセリーヌの親にもバレずにこっそりそれらを手に入れる事ができた。
しかし今日はそのお礼を言うために呼び出しただけではない。
「……公爵家のご令嬢の頼みですから」
一応礼を持ってそう頭を下げるが、怪しんでいるには怪しんでいるんだろう。それにセリーヌはアルモンドとしては正直関わりたい人種ではないはずだ。
「……それでご令嬢、今日はどういったご用件で?」
前回の時は家に商談の話をしに来たときに着いてきていたアルモンドに声をかけ、つかまえて接触した。しかしその後エダン伯爵が家にやって来る事があっても彼はついて来なくなった。恐らく警戒したんだろう。仕方なく、今回は直々に彼に会いたいと招待状を送った。父にはこの間話して気が合い盛り上がって友人になった、と言って嘘をついて。
当然伯爵家は公爵家の招待を断れない。アルモンドにとっては多少の恐怖と合さって、大迷惑だったに違いない。
「協力してほしいの。お願い!」
これまで傲慢で高飛車な態度だったセリーヌが頭を下げてお願いをしてきたことに対して、若干、と言うか内心ではがっつり引いていたのだろう。アルモンドはひきつったような顔をしながら固まる。
「私の相談相手になってほしいの。他の誰にも話せなくて……」
「はぁ? 相談って、また一体何を言い出すんだよ――あ、」
思わず出た口調にはっとして、アルモンドは声を出した。やべ、と顔に出ている。
これまでセリーヌはアルモンドに対しても、爵位的にも下に見て、馬鹿にするような態度を取っていた。
しかしアルモンドの方は大人で、公爵令嬢相手に不敬な態度はせず、上手い具合に距離を測っていたのだが、それでもアルモンドらしく、「とてもお金のかかっていそうな美しいドレスですね」「令嬢にぴったりな主張の激しい派手なデザインで似合ってます」なんてその頃見ていられないほどごちゃごちゃしたひたすらにゴージャスなドレスを好んでいたセリーヌに、褒めていながらも明確に、結構明らかに皮肉を込めて馬鹿にするという神経の太さを見せてきていた。一方、こちらのセリーヌはといえば、何も考えずに褒め言葉としてしかとらえられておらず気を良くしていた。それこそセリーヌがセリーヌたる所以なのだが。
「いいのよ。それが貴方の素でしょ? そのままの口調でいいわ」
アルモンドは、咎めることもなくそんな事を許可する彼女に驚いてもいた。しかし公爵家の令嬢がそう言うのだ。アルモンドはもごもごと少し葛藤しながらも口調を改めてきた。
「……相談って、そもそも俺たちはそんな仲じゃない――だろ」
「ええ、でもこれから構築していきたいと思ってるの」
セリーヌの言葉にアルモンドは顔を歪める。何を言っていると。これまでのセリーヌの態度と評判からでは仕方ない状況だった。彼は彼女に向けて少々厳しい顔をする。
「公爵家の令嬢と伯爵家の三男が仲良く? 本当にそんなことを?」
アルモンドは黙り込んだあと、セリーヌに向かってその口を開いた。
「大体正直この際言っとくが、俺はお前が嫌いだ」
「奇遇ね。私もよ」
「はあ?!」
アルモンドが声を上げる。恐らく考えては口に出した言葉だったのだろうが、すぐに返ってきた反応がこれだ。彼は意味がわからないと言った表情を浮かべている。自分だってこれまでのセリーヌは嫌いだ。というか自分から抹消したいくらい。彼がセリーヌをよく思っていないことくらい、当然わかる。
彼は今、セリーヌが唯一素で意見を言い合える友人の様な存在だ。ここまでセリーヌに言ってこれるのも他にはいない。恐らく相手はそうは思っていなさそうだけれど。
そもそも彼の家は元は商家の出だが、アルモンドの父が事業を広げ成功し大きな富を築き大商家となり、その財力で爵位を買ったという、所謂成り上がり貴族だ。
伯爵家の三男ではあるが、賢く敏い彼は幼いながらも家督の座を虎視眈々と狙っているのではないかと思う。その性格もセリーヌはかっていた。
「お願いなの。もう一人で抱え込んでるのが辛くて……このままじゃ私破滅か死か良くて没落しか残ってないのよ」
「待て待て待てちょっと待て、落ち着いて話そう。意味がわからない」
突然出ててきた物騒な言葉にアルモンドは慌てて割って入る。
「どうしてそうなった」
「私って評判の悪い最悪の令嬢じゃない?」
「うん」
そこは迷わず否定せずに頷くアルモンドに苦笑した。素直だ。一瞬モヤっと引っ掛かりを感じたが、事実だと自分でもわかっている事なので話を進める。
「そういう自己中心的で傲慢で我儘な悪役令嬢は、みんな最期が決まってるのよ。だから逃げたいの」
「どんな最期だ」
そのアルモンドからの問いにぐっと力を込めた。
「イケメン爽やか王太子に断罪され、可愛い小悪魔義弟に復讐で首を絞められ、雄々しい男前騎士なんかに斬られ死ぬのよ!」
そう悲痛な顔で訴えるも、アルモンドには伝わっていないようだった。聞いて損したと言ったような表情か。こちらを見つめたまま眉をひそめる。
「妄言も甚だしいな。寝言は寝て言え」
「妄言なんかじゃないのよ! これは私の人生がかかってるんだからね!?」
必死に訴えかけるもアルモンドは信じる様子もなく呆れている。このバカ、また何を言い出すのかとでも思っていそうだ。
「第一なんで俺がそんな相談をされた上に協力しなきゃいけないんだよ……」
セリーヌはじっと、そう零すアルモンドを見つめる。前髪はセンター分け、平凡な茶髪で、やや切れ長な目ではあるが、目鼻立ちは良く、よく見ればそこそこに整っている。しかし、攻略対象(と勝手に思っている)の王子や義弟に比べたらそれはかなり見劣りする。決してアルモンドを貶しているわけではなく、顔の整い方の異常な彼らが桁違いなのだ。よってこう結論付ける。
「貴方なら安牌だからよ!」
「安牌って……」
すっかり呆れ返っているアルモンドははあと疲れたように息を吐きながらも、それでもセリーヌに向き直った。
「それで? この先将来自分を殺すかもしれないイケメン達と関わりを持ちたくないと。何だその理論」
しっかりと向き合ってくれるアルモンドは何だかんだ優しい。公爵令嬢に対してにしての遠慮はないし口は悪いけど。
「とりあえずそれは確実だから、受け入れて飲み込んでちょうだい」
流石に転生や乙女ゲームの話なんて事は理解してもらえないだろうから、これに関しては無理にでも納得してもらうしかない。
そしてセリーヌは問題の件に関して切り出す。
「それで私、殿下に婚約の解消を願い出たの」
「は?! え?」
本日何度目かの声を上げる。彼もセリーヌが王子にベタ惚れだったのを夜会などで見て知っているため、何とも信じられないといった様子だった。
「そもそも王族にこちらから婚約解消の打診をするのも……それで、向こうは?」
「婚約は破棄しないって。それどころかこれからはお互いをよく知れるように歩み寄りたいからって屋敷に訪れるようにするって……」
「怖。え、殿下も確かお前の事厄介に思ってたはずだろ?」
コイツ隠しもせず本当に明け透けに遠慮なく言うな。このアルモンドの言いようにも慣れ始めながらセリーヌも考える。
確かに王子はセリーヌをよく思ってもなかったはずだった。間違いようのない事実だ。
これからは歩み寄りたいと言っていた王子、月に一度どころか週ごとレベルに訪問してくるようになっていた。
「……そうね、私が婚約したいって言って取り付けたものだったし」
「それで突然あんなに自分に惚れてたはずの婚約者が婚約をやめたいだなんて言ってくるのも怖いけどな。何かありそうで」
それについてはむ、っと口を噤む。確かにそう思われても仕方ない。しかしアルモンドはわからないと顎に手を当てる。
「でも向こうもうんざりしてたんなら、喜んで了承しそうなもんだけどな」
それなのだ。あやしんだにしても、疎んでいた婚約を破棄できるのならするはずだ。それに相手からの提案であるまたとない機会。
「それどころか週レベルで通ってくるようになって……」
「週ごとに……?」
アルモンドは顔を顰めた。もう何もかも信じられないようだ。セリーヌだって王子の事は信じられない。どうしてこんな事に。
「ちなみに今日もいらっしゃると伺ったわ」
「は?」
それ先に言え!!
アルモンドは血相を変える。仮にも婚約中の令嬢が男と二人で部屋で話しているなんて所を王子に見られたらとんでもなく厄介な事になる。ちゃんと面と向かって話すのは今日で二回目なのに、深い仲だと勘違いされて、たかだか伯爵家の三男なぞが王子に目をつけられたらたまったものじゃない。
「また今度来てね!」と言うセリーヌに冗談言うなと拒否るアルモンド。
これから王子が来ると知り、慌ててアルモンドは出ていった。
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