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義弟は甘やかす方向性でいこうと思います

『婚約は継続するよ』


婚約破棄に失敗した。


敗因は明らかに私のせいじゃない。多分。

王子へ婚約の取り消しを進言したににも関わらず、他でもないその王子がそれを拒否してきた。

どうして!? 王子もこの婚約嫌がってたのではなかったのか!? 彼の考えている事が全くわからず頭を抱える。


一方、癇癪も起こさないどころかまるっきり人が変わったように静かになり、大人しくまるでいい子になったセリーヌに、使用人たちはむしろビクビクと恐がっていた。全く失礼な。とも言いたくなるが、仕方ない。今までやってきた事がやってきたことだった。突然改心するとは誰も夢にも思ってはいないだろう。むしろ嵐の前の静けさだとも恐れているんだろう。



さて、とりあえず王子の件は一旦置いておく事にして、問題はまだあった。セリーヌには2歳年下の義弟が存在した。今セリーヌは彼の部屋の前に立っている。この義弟との関係を修復しなくてはならなかった。何故なら恐らく彼も『攻略対象』に当たる人物だろうからだ。

確か彼も素晴らしく可愛らしい顔立ちをしていた。『確か』とつけるほどその顔の記憶が曖昧なのは、何しろセリーヌは彼を嫌っていたからだった。

こういうパターン、大概長年悪役令嬢の姉に虐げられて来た義弟は成長しても心を閉ざし、冷たい人間となっていくのだが、ヒロインと恋に落ち、復讐で姉を追放したり最悪殺したりする展開が見えてくる。しかもセリーヌはこれまで彼の事を見事にいじめ抜いて――ああ、死への階段がどんどん進んでいくようだ。頭が痛い。

だから当然向こうもセリーヌの事を嫌っているのは知っている。なんならきっと憎んでいる。それでも向き合わなければならない。意を決してセリーヌは扉を叩く。


「……リクス、いる?」


返事はない。これまでセリーヌが自らリクスの部屋を訪れたりした事は一度もなかったため、警戒しているかもしれない。


「リクス、入るわね」


ガチャリと扉を開ける。電気も付けておらず、カーテンもほとんどしまっている部屋に、かろうじて開いていた窓の光に照らされた彼が奥の方にいた。色素の薄い、明るい柔らかな茶色の髪が後ろから差し込む光に反射して、まるでひまわりの様に輝いていた。見つめる瞳は深い翡翠色。美しい色だ。そして何より、その整った可愛らしい顔立ちに思わず見惚れてしまう。



て、天使だ……


しかしこちらを捉えるその瞳は、酷く冷たく、軽蔑の色さえ見え隠れしているようだった。彼の表情も、ない。ただこちらをじっと見つめるだけだ。


義弟、リクスの両親とセリーヌの両親はとても仲の良い友人だった。何でも父、セドリックと母、マリアンヌを取り持ったのが彼らなのだと、セリーヌは昔両親から聞かされていた。しかしリクスが4歳になる頃、事故により両親が亡くなった。馬車の整備不良が原因だったらしい。両親と共に同乗していたが、奇跡的に助かったリクスだったが、不幸は続く。リクスの家は子爵だったが、いわゆる分家で、本家の人間はリクスを引き取りたがらず行き場なくしていた彼を、セリーヌの両親は引き取った。そしてランヴァート家の養子となる。

幼くして目の前で親を失い、不憫に思った両親は、リクスに寂しい思いをさせないようにととても気を遣い、愛情を注いだ。


突然自分だけに向けられていた愛情が、自分以外の、しかも血も繋がらない自分より小さな子供にも向けられてしまった事で、セリーヌは自分の両親がリクスに取られるのではないかと焦ったのかもしれない。思えばそれ以降、よりいっそうセリーヌの我儘が酷くなっていった気がする。もちろん、両親は変わらずセリーヌの事は可愛がっていたし、愛してくれていた。それでも幼いセリーヌは、両親が取られてしまうようで不安だったのだ。そして両親の愛情を奪ったリクスには、当然のように酷い扱いをするようになった。


「リクス……」


問いかけに答えはしない。しかしそれは無言の拒絶だった。それでもセリーヌはつかつかとリクスの元へと向かう。そして彼に向かって勢い良く声を上げた。


「……――っごめんなさい!!」


酷い当たりをしてきた。手こそ挙げないが暴言にいじめ、部屋から出られないように鍵をかけたり締め出したりもした。幼い頃から傷つきずっと苦しめられてきた記憶は、リクスに深く根付いている。

今更何を言って何を繕ったところで納得してくれることはないだろう。それならばもういっそ正直に言ってしまったほうがいい。本気で謝って、これからを信じてもらうしかない。最上級の誠意といえばジャパニーズ土下座だろうという事で、セリーヌは義弟へ、現在地に頭をつけ、精一杯の謝罪の意を見せている。

当のリクスは一瞬身構えたようだったが、突然のセリーヌの行動に驚きのあまりか固まっていた。


「本当にごめんなさい。これまで貴方に当たって、酷いことをしてきた。私達、家族になったのに」


その言葉に、リクスは少々憤りと嫌悪感を抱いたように見え、瞳の色が鋭くなった。しかし7歳の子にしては表情が乏しい。まあ引き取られてきた頃からそこまで表情があった方ではなかったかもしれないが、それにしてもだ。これがセリーヌのせいだとしたら、大変申し訳ない。彼の健全な成長に悪影響を与えた業は深い。


「今までしてきた事を許してなんて言わないわ。それくらいの事をしてきたって自覚はあるもの」


だから、とセリーヌは続けた。


「これからは私も目一杯、貴方を甘やかそうと思うの!」


自分は敵ではないと根付いた思考から植え付けなきゃいけないし、それで成功してる例を数多くの悪役令嬢もので見た。言わば見様見真似、先人たちの教えは偉大だ。

そしてそれ以前に、セリーヌ自身がリクスにこれまでの罪滅ぼしをしたかった。幼い頃に父と母を亡くし、天涯孤独となった彼はどんなに心細く、不安だっただろうか。引き取られてもきっと、本当に心休まるときなどなかっただろう。ましてセリーヌにいじめられていたのだから。


リクスはといえば、表情は全く変わらない無表情のままだが、どうやら虚をつかれているような感じだ。


「だからこれからは何でも私に言ってちょうだいね」


そう言って彼の手を取ろうとするものの、その手は弾かれてしまった。彼の瞳は美しいほど冷たいまま変わらない。仕方ない。これから信頼してもらえるようになればいい。セリーヌはそっと、リクスの部屋を後にした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「読み聞かせてあげる!」


翌日、セリーヌはリクスの元へ絵本を持ってやってきた。絵本は竜騎士とお姫様の話で、囚われたお姫様を騎士が助けに行くお話だった。抑揚をつけたり、キャラクター毎に違う声色を付けてセリフを読んだりしてみて、我ながら上手い読み聞かせだったと思う。

果たして甘やかす方向性がこれでいいのかは少々疑問に残るが、とにかくリクスとの距離を埋めなくてはならない。


それからセリーヌは日課のように毎日リクスの元へ通った。そして読み聞かせやお話をする。と言ってもリクスは話さないので、一方的にセリーヌが話すだけなのだが。

しかし毎度リクスはセリーヌの行動の自由は許してくれるものの、何も読み取れないような無表情のまま、ただじっとセリーヌの声を聞いているだけだった。その視線は冷たく、何も感じられない。警戒心もあるだろうが、つまらなかった、のだろうか。


よくよく考えてみたらリクスくらいの子供に絵本の読み聞かせなんて楽しいのだろうか。それなのに無理やり押しかけて見たくもない絵本を読み聞かせてしまった。7、8歳くらいの男の子ってそもそも何して遊ぶのだろう。転生前の遥か昔の記憶を遡り、小学校時代に男子たちが遊んでいた姿を思い出そうとする。彼らは休み時間、校庭へドッジボールや鬼ごっこ、サッカーなどをして遊んでいた気がする。後はチャンバラごっことか。流石にお嬢様のセリーヌはできないし(やろうと思えばできるけど)ドッジボールなどもある程度の人数が集まらねばできない。しかし、この年頃はやはり外遊びが一番楽しむ時期だ。

うむと考え直したセリーヌは、翌日からシフトチェンジする事にする。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「リクス、今日は泥だんご作りをしましょう!」


笑顔で話すセリーヌに、リクスは相変わらずの無表情だが、何を言ってるんだと半ば呆れているような視線を感じる。少しリクスの表情が読み取れるようになった気がする。

セリーヌが考えたのは泥遊びだった。山や城を作ってその周りに水路を掘ったりするのも良いが、その場合だときちんとした砂場が必要だ。しかし泥だんごならどこかから持ってくれば少しの土でもできる。遊ぶための人数もいらないし、それに何より土いじりは楽しい。この年代の子ならみんな好きだろう。よっぽどの潔癖でない限りは。



そう宣言して半ば強引に外へ連れてきたセリーヌは、侍女に用意しといてもらったスコップと水の入ったバケツを持って庭に出る。黙ってついてくるリクスはじっとセリーヌのする事を見ていた。

木が生い茂る湿り気のある部分を見つけ、その土部分をスコップを使って少し掘り下げていく。すると狙っていた粘土質な土が出てきた。触ってみると少しねちょっとしている。うん、これは丁度いい。

少し掘り進め、穴ができたところでそこにちょろちょろと水を注ぎ入れると、泥溜まりができた。そしてその泥を掴みとる。いい感じのドロドロ加減だ。容赦なく泥の中に手を突っ込み鷲掴みするセリーヌに固まるリクス。今までの我儘お嬢様のセリーヌの行動からは信じられないのだろう。


「まずは土台となる硬い泥玉を作るの。後々のために割れないようにしっかりね」


リクスの手のひらにも掴んだ泥を乗せ、自分の手のひらの泥を彼に見せるようにギュッギュと丸めていく。リクスはしばらく手に泥を乗せられたままセリーヌの手の中の泥を見て固まっていたが、やがて見様見真似で同じように泥を固めていった。


「そうそう上手!」


これでも転生前の幼い頃、男子たちと一緒にこうして泥だんごを作ったこともあるし、なんなら得意だった。その頃の感覚を思い出してセリーヌも段々少し楽しくなってくる。

泥をどんどん重ねていい具合の大きさになった所で、一旦固めるために置いて乾燥させる。失敗してもいいように、だんごは数個作った。

次は、と言うようにリクスがセリーヌを見る。彼女はにっと微笑んで、「今度は乾いたさらさらの砂を探しに行きましょう」と泥だらけの手で、同じく泥まみれのリクスの手を取って歩き出した。リクスは大人しく着いていき、払いはしなかった。


幸い近くの日当たりの良い場所に、カラカラに乾いた丁度いい砂がある場所を見つけた。空のバケツにいくらか入れて、それを先程乾かしていただんごの近くへと運ぶ。


「……これ、どうすんの」

「作った団子の上から乗せてコーティングするのよ。それから磨くとすっごくツルツルになるの」


珍しく聞いてきたリクスに答えると、さして表情は変わらなかったがふうんと頷いた。いまいちまだよくわかっていないらしい。とりあえず説明するよりやってみてもらったほうが早い。

先程作った団子が乾燥した所で取ってきた砂をかけて丸めるように擦り付ける。本当は一日以上乾燥させるのが好ましいが、まあ初めてだし、作る事でリクスと仲良くなるのが目的なので今回はこだわらない事にする。


「そしたらコロコロしたり擦ったりして艶を出すの上手くできればすごいツヤツヤになるのよ」


セリーヌのやり方を見てリクスも続く。しかし黙々と二人でだんごを磨いていると、リクス案外上手い。これは負けてはいられないと、セリーヌも内心少し対抗心を燃やして頑張った。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「できたー!」


二人の力作泥だんごが綺麗に並ぶ。リクスは器用で筋がいいのか、彼のだんごは初めて作ったとは思えないほど綺麗な球形でツヤツヤの出来だった。やはり攻略対象だからか何でもそつなくこなせてしまうのだろうか。すごい。羨ましい。

……作ったのは泥だんごだけど。


しかし20年ぶり、転生後を合わせるとほぼ30年ぶりだ。久々に土を触ったが、なかなか楽しかった。頬には泥が飛んでいるし、その格好は中々に悲惨。泥だんご作りでセリーヌの方がすっかり夢中になってしまった。そして妙な達成感を覚える。


「お嬢様?! ――リクス様まで!? 何をしてらっしゃるのですか!」


その時大きな声が上がった。すると侍女のアンが体もドレスも泥だらけになった二人を見つけ、血相を変えて飛んでくる。やばい、見つかってしまったか。絶対怒られるし止められるのはわかっていたため、隠れてやっていたのだ。慌ててセリーヌはアンの元へ向かう。


セリーヌのこれまでとは変わった姿に、普段付いているアンだけは慣れてきたのか、適応してきた。これまでの一線を引く様子とは違い、本当に心から思いやるように、彼女の心情が軟化してきたのだ。だから怒るときはきちんと怒る。はしたないだとか、公爵家のご令嬢のする事じゃないだとかまた勝手にと怒られるセリーヌは苦笑いでのらりくらりとかわしていた。そんな姿を、離れた場所でじっと見つめる目には気づかない。



どこかこれまでと違う瞳で、リクスはセリーヌを見つめていた。

次回も義弟とのお話が続きます。

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