9話 盗賊
紫森蛇と戦闘のあった森の入り口からさらに奥へ進む。
ここに来るまでに通った一角ウサギのポップ場所は昨日までと比べてプレイヤーの数がかなり減っていた。
先に進んだプレイヤーももちろんいるだろうが、一番の原因はPKだ。
もっというと、リオンはプレイヤーをキルするだけでなくアイテムを盗んでいる。
これは初心者にとってかなりの痛手になる。
さらに、荒らし専門集団イヴィルターズが王国を拠点にすると宣言して勧誘活動をしている。
こんな状況を楽しむプレイヤーは少ないだろう。
進めば進むほど緑が濃くなってくる。
日の光は樹々に邪魔をされ視界は悪く、風に吹かれた無数の葉がざわめく。
これは人間からの視点でモンスターからすれば隠れやすく不意をつきやすい。
俺の場合は夜目があるのでそこまで苦ではない。
すでに幾度もサル型のモンスターから襲撃を受けているが、一次職のステータスではまず瞬殺されるであろうレベルの高さ。
しかし、俺は一次職を卒業して今では立派な二次職の暗器使いである。
俺のターゲットの二人はここで狩りをしている。
もちろん二人ともが二次職で俺と邂逅したときから二次職だった。
まあ、初心者狩りなんだから自分たちが初心者レベルの訳がないんだが、それにしても弱いものいじめが過ぎる。
殺されたときのことを考えるとなんとも嫌な気持ちになるな。
気持ちを切り替えねば………二人を見つけた。
今は休憩中のようだ。
ダガーナイフを握り、できる限り気配を消して近づく。
初心者ナイフは影の小窓で収納している。
リオンの首を狙った不意打ちは俺の首を斬り落とした忌々しいナイフで防がれた。
「バレバレなんだよ、クロツキィィ」
「知っていたけど失敗するとそれはそれで悔しいな」
隠者なら初期スキルで『隠密』という気配を隠せるスキルなどがあるのだが、俺は持っていないので仕方がない。
「あぁ!? 2対1で勝てると思ってんのか?」
「さぁ、どうだろうか?」
「舐めやがって」
リオンが斬りかかってくるが、攻撃をいなして、横を抜ける。
俺の狙いは後衛のルティだ。
殺されたとき、俺はセバスさんに教えられたことを守れていなかった。
セバスさんは相手の弱点をつけと教えてくれた。
リオンとの戦闘に気を取られルティを放置したのは愚の骨頂だ。
ルティは焦りこそするもののしっかりと魔法を発動させていた。
「ディグレテーション」
あの時と同じように全身の力が抜け、スピードが落ちる。
だが予想していたことが正しかったと分かった。
そして準備もしてきている。
黒の弱化魔法ディグレテーションは対象のステータスを全体的に下げる魔法。
避けるのは難しく、対処方法としては魔法耐性やアイテムで効果をはじくか弱めるのが一般的。
今の俺に魔法耐性はなく、そんなアイテムも所持していない。
しかしもう一つ、ステータスを下げられても問題がないようにステータスを上げておけばいい。
「よくも騙してくれたな」
鑑定士なんて真っ赤な嘘。
もう少し服装を細かくみてれば気付けたかもしれないがルティは魔法使い系統の二次職呪術師のはずだ。
呪術師は相手にマイナス効果を付与するデバフ魔法を得意としている。
俺は足に力を込めて敏捷向上を発動してさらに加速した。
「えっ!? そんな……」
ルティはディグレテーションがかかったはずの俺が加速したことに驚きを隠せないようだ。
俺はAGIに極振りしてきた上に前回は敏捷向上が封じられていた。
リオンも追いかけてきているが、以前とは比べものにならないほどのスピードが出ている俺には追いつけない。
一瞬でルティの目の前に立ちダガーナイフを振りかざす。
「ウェポンスティール!!」
リオンが叫んだと同時に俺の手元からダガーナイフが消え、空ぶってしまう。
その隙にリオンが追いついてきて、俺とルティの間に割って入ってくる。
リオンの手には消えたはずのダガーナイフが握られていた。
「クロツキィィ、私を無視するなんて舐めたマネしてくれるじゃないか」
「PKに盗みまでしてる奴に言われたくないなぁ。掲示板でも書かれてたの見たよ」
「仕方ないよね、そういう職業なんだから」
盗みが得意な職業がある。
無法者系統二次職盗賊、前回の戦闘で俺の初心者ナイフが奪われたのは盗賊のパッシブスキルの『盗賊の心得』によるものだった。
効果は倒した敵から低確率でアイテムを奪う。
このスキルを使ってリオンは初心者からアイテムを奪いまくっていた。
アイテム奪取には色々と条件があるし、狙ったアイテムを取れるわけでもない。
しかし、初心者は大体がアイテムを多く持たずに狩りをするので意外と狙ったものが盗めていた。
予想外だったのはウェポンスティールを使われたことだ。
セン婆さんに聞いたリオンのレベルではまだ使えないと思っていたんだが……
ここで狩りをしてレベルが上がったのか。
効果は相手から一時的に武器を奪い使用することができる。
一時的なので戦闘が終わるか、時間経過で戻るものだが、このスキルの恐ろしいところはその間、盗まれた武器を使用されるということ。
そして、新たに武器を装備する暇など与えてくれるはずもない。
まぁ、俺はアイテムボックスに武器はないので関係ない。
影の小窓もさすがに自分が持っていないと交換はできない。
空いた手に初心者ナイフを出すことはできるが……
当分は素手で頑張ることにする。
「晒しは困るけどイヴィルターズに注目いってるからちょっとだけ大人しくしとけばすぐに忘れられるってわけなんだよ、だから大人しく死んどけ」
リオンはダガーナイフを振り回す。
弱化魔法がかかっていても俺のスピードはリオンを圧倒している。
ダガーナイフは俺に触れることすら許されない。
攻撃を避けてリオンの腹部を殴る。
全力ではないがそこそこの力で殴ったのにも関わらずリオンはケロッとして、効いた素振りは見られない。
「やっぱダメか……」
「フン、暗器使いなんてハズレ職業を選ぶからだよ」
サービス自体は数日だが、βテスト時から攻略は始まっている。
数ある職業の中で暗器使いはハズレの一つとされている。
それは火力の低さ。
火力が低いということは敵を倒すのに時間がかかる。
ゲームを進めていく上ではあまり好まれない。
俺がモンスターをサクサク倒せていたのは格上の武器であるダガーナイフのおかげだ。
それが今は手元にない。
それどころか相手が持っている。
ただし、リオンはダガーナイフを使いこなせていない。
自分に合わない武器はステータスがプラスになるどころかマイナスにさえなる。
自身に合っていないものを装備をすればペナルティが発生する。
リオンが元々使っていたのもナイフでダガーナイフの扱いは問題ない。
問題はレベルが噛み合っていないということだ。
俺が使いこなせていたのはクエストでセバスさんから譲られ直接使い方を学んだからだ。
入手経路などによって同じアイテムであっても判定が変わるらしい。
お互いにダメージを与えることが難しい状況が続く。
俺は攻撃を当ててもダメージを通せず、リオンの攻撃は俺には当たらない。
リオンのウェポンスティールの効果時間が近づいてきてるはず。
長期戦になれば有利なのはこちらだと思っていた。
膝がガクッと落ちる。その場に倒れそうになるのをなんとか耐える。
リオンはその隙を見逃してくれない。
攻め時とばかりに無数の斬撃が襲ってくる。
怠の眼を発動してなんとか致命傷は回避したものの何発か被弾してしまった。
リオンの武器がダガーナイフでなく本来のナイフであれば、防具を揃えていなければHPはとっくに0になっていただろう。
原因はまたもやルティか……
ディグレテーションの重ね掛け。
このゲームはステータスが絶対ではない。
同じステータス、同じ装備、同じ職業同士が闘っても実力が拮抗するとは限らない。
体の動かし方や勘の良さ、戦術などステータスには反映されないリアルでの運動神経や頭の回転の速さが勝敗に影響を与えることがある。
才能と言ってしまえばそれまでだが、少なからずそれは存在する。
魔法の複数発動も似たようなもので、できない人からするとなぜそんなことが可能か理解ができないらしいが、できる人は感覚的にできるらしい。
二重でかかった弱化魔法は顕著に俺の動きを鈍くする。
HPは風前の灯火、絶対絶命のこの状況を打破するには賭けに出るしかない……




