83話 裏工作
影の館は今日も平常運転をしている。
事務兼鍛治師として加入してくれたバーバラのお陰で随分とギルド運営が楽になった。
バーバラの元パーティはというと、予想していた通り、近衛兵から注意を受ける際に暴力に訴えたようで、今では王都のお尋ね者になっている。
ゲームといえばモンスターを倒してレベルを上げて装備を整えたらもっと強い敵に挑む。
これを想像していたのだが、今はほとんどがギルド運営と依頼をこなす毎日で俺自身はモンスターを狩りにいったりすることはない。
これはこれで楽しいからいいんだけどね。
さて、今日も依頼をもってお客さんが影の館へとやってくる。
女性プレイヤーからの暗殺依頼。
暗殺を依頼してくるプレイヤーは女性が多い。
応接室に通して話を聞く。
大方の話を聞いて依頼料や注意事項についての説明、そしてターゲットの情報収集が一連の流れだ。
つつがなく話を聞き終えて女性は帰っていった。
§
監獄内では大幅なステータスダウンとスキルや魔法が封印される。
そんなものが使えてしまえば脱獄が簡単なので当然の処置であろう。
厳しい規則に縛られている囚人たちだが裏道がないわけではない。
看守側に協力者がいれば本来は禁止されているアイテムなどを渡してもらえたりする。
看守のゴーグは監獄に勤めて10年。
これといったミスもなく真面目に勤務している。
ゴーグは10年のうちでここ最近が急に忙しくなったと感じていた。
囚人数が増えて激務に追われる毎日。
看守長は囚人に対して厳しい。
囚人からすれば地獄を取り仕切る鬼のような存在。
問題は囚人ほどではないにしろ、看守に対してまでそこそこ厳しい。
特にここ最近はピリピリとしている。
ゴーグの唯一の楽しみは仕事終わりの酒である。
いつものように通い慣れたバーに足を運びカウンター席に座ってマスターに愚痴を漏らす。
仕事上、喋れないことが多いので言葉を濁しながらダラダラと喋り続ける。
マスターは他のお客の接客をこなしながら愚痴を聞き続ける。
いい感じに酔いも回ってきたゴーグは顔を赤くしてテーブルに顔を伏せる。
「ゴーグさん、あちらのお客様からです」
マスターの声で顔を上げると、頼んでいないカクテルが自分の目の前にあった。
カクテルをくれた人物の方へ顔をやると、女性が少し離れたカウンター席に座っている。
艶やかな雰囲気を醸し出す女性は手を振って横の席へ移動してきた。
「お隣りいいかしら?」
「はいっ!? 大丈夫です」
近くで見ると美しい顔にゴーグは酒で赤らめた顔をより真っ赤にする。
付き合った経験なんてない。
ましてや一夜だけの関係なんて御伽噺だと思っている。
ゴーグは天にも登るような気分でベッドの上で朝を迎えていた。
何かに化かされたかと隣を見ると女性がまだ眠っていた。
昨日のことは酔いも回っていたし、初めてのことでほとんど記憶がないことに深い後悔を覚える。
その後も何度か女性とお酒を嗜み体を重ねる関係になっていた。
ゴーグが仕事に向かうのを見届けてベローチェは依頼人に連絡を入れる。
「依頼通りに影の館に暗殺依頼を出しました。それと看守への接触も問題ないです」
「そうか、クロツキには世話になったからなたっぷりと仕返しをしてやんねぇとな」
「イーブルさん、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「なぜ、暗殺依頼なんて出したんですか?」
「ふっ、そういう計画だからさ。餌に食いついてくれればおいしいし、そうでなくてもこちらには痛くも痒くない。やり得だろ」
「計画ですか……」
「聞きたいのか?」
「いいえ、やめておきます」
ベローチェとイーブルの関係はあくまでもビジネス。
イーブルがイヴィルターズという組織のトップであるのも知っているし、悪行も知っている。
計画とはどうせロクデモナイ計画なのだろう。
知ってしまえば後戻りができなくなるし、知らない方が身のためだろうとベローチェは判断する。
「賢い選択だな。お前ほど優秀なのがいれば俺も助かるんだがどうだ? イヴィルターズに入らねぇか? 特別待遇で即幹部のイスは用意する」
「ありがたいお誘いですけど、断らせていただきます」
世間ではイヴィルターズは落ち目と言われている。クロツキに大々的に敗北し、監獄送りになっている。
金払いさえ良くなければ関わりたくない相手だ。
ベローチェがイーブルから受けた依頼は看守へ接触して協力させること。
実はゴーグ以外の看守数人に協力を持ちかけている。
ゴーグの場合は女の武器を使ったが、それ以外はお金を提示すればすぐに首を縦に振った。
ゴーグは性格的にお金では落とせなさそうだが、役割としては協力してもらわなければいけないので仕方なく誘惑した。
ゴーグは夢見心地だろう。
そういうスキルで夢を見せていたのだから。
良心が痛むがお金を稼がなければいけない。
自分の守りたい者と他者、どちらを選ぶかは明白だった。




