61話 永劫に彷徨う魂
太古の昔、今では神話時代と呼ばれる時代に栄えた豊穣の国『エルサイド』、数十万を超える人口がいて幸福度は高く、貧困層などなく全員が平等に平和に幸せに暮らしていた。
科学技術や魔法などは発達していなかったが自然に恵まれた土壌で精霊の加護を最も受けていた国だった。
そんな笑顔の絶えなかった国は一夜にして崩壊を迎えた。
エルサイドだけではない、その近くにあった大国も同様に崩壊を迎える。
6つの国に起きた惨劇は六体の悪魔によって引き起こされた。
六体の悪魔はそれぞれの国で暴れ消滅させたのち、人間と天使によって封印されることになる。
元々、悪魔は人々に忌み嫌われる存在ではなく。精霊の一種でさらにいえば、その中でも高位の存在とされていた。
天使も似たような存在であったが、この事件をきっかけに悪魔の評判は地に落ちて天使の評判が上がった。
故に六体の悪魔は多くの同胞からも嫌われる裏切り者として名を残し、永劫の封印をかけられた。
エルサイドを崩壊させた張本人こそラフェグ。
逃げ惑う人々を笑いながら殺し魂を啜る。
さらに啜られた魂はラフェグの中で永遠に彷徨うことになる。
しかし、永劫の時の中を彷徨い続けた魂は微かな光を見つける。
感情を抑えることなどできるはずもなく、ラフェグへの復讐を誓って光の方へと向かう。
一つでは世に影響を与えることもできない弱々しい魂たちが集まっていく。
怨嗟の声を撒き散らしおどろおどろしく青と黒の混じった影となって光に群がる。
光の中心にいたのは一人の人間。
人間はラフェグを倒すための力を欲して、魂達はラフェグを倒すための肉体を求めて、今混ざり合う。
クロツキは怨恨纏いのスキルを発動させて、濁流の如く流れ狂う怨嗟の声と魂に呑まれて意識を失った。
それは人の形はギリギリとどめているが、ゆらゆらと漂う黒煙のようにも見える。
所々から不気味な青色の影を垂れ流して目は赤く光る。
それはクロツキと全ての魂の意思であって、誰の意思でもない。
ただただラフェグへの復讐のために動く人形と化してクロツキは動き出した。
3メートル程度の大きさになったラフェグもその異変を感じ取る。
まず、異質な魔力が突如現れた。
そして、そいつは自分から魂の力を奪い取っているとも気づく。
現在進行形で奪われていく魂。
このままでは体を維持できなくなってしまう。
原因元を消さなければいけない。
しかし、ラフェグに焦りはなく、むしろ笑顔を見せる。
強者との戦闘が待っているからだ。
反応を追って向かおうとした時、気配が消えて自分の背後に移動していた。
異形な影の戦士。
それがラフェグの初見の印象。
「見事に魂どもに呑まれているな」
拳を強く握りクロツキに殴りかかる。
だが、拳から肩にかけてバラバラに斬り刻まれた。
ラフェグは見えなかったが手に持つ漆黒のナイフで斬られたのだろうと判断する。
「グァァァァァ」
モンスターのようにクロツキは吠えると再びナイフを振りかざす。
「面白い、面白いぞ、小童が!!」
斬られたはずの腕はすでに元どおりに戻っていた。
額にある目を開眼されると見えなかった動きが見えるようになる。
自分の中にある魂を搾り取って力に変換して全身の強化に使う。
クロツキのナイフを受けてもかすり傷程度になるほどの強化を終えると笑って殴り合いを始めた。
クロツキの攻撃を受けながらも拳を出して体を捉えるが、暖簾を殴っているような感触で効いているかどうかが分からない。
それでも殴り続ける。
時々、もう一本の氷のナイフで防いでいるのが分かるため本体は確かにそこにあると分かる。
次第にクロツキの纏っていた影が減っていく。
悪魔でもないクロツキの耐久力にラフェグは当たりをつける。
魂を身代わりにしてダメージを肩代わりさせているな。
減ったと思った影はまた増えてくる。
しかも自分の中から抜けていった魂がクロツキに力を与えている。
「ふははははははは、誇るがいい小童。俺とここまで殴り合えるのは悪魔でも天使でもそうはいないぞ」
終わりの時が近づいてきているのは分かっていた。
魂のストックが切れてここからはラフェグ自身の魔力を使っての勝負となる。
少しの間を置いて再び殴り合いが始まる。
徐々にクロツキの攻撃ではラフェグを傷つけることは難しくなっていき、いくら刃をラフェグに当ててもかすり傷が精一杯になっていた。
氷の刃もラフェグの攻撃を受けて粉々に砕けた。
これで攻撃は通じず、防御の要が消えたことになる。
体を纏う靄もほとんどなくなっている。
「終わりだ小童」
ラフェグは力を込めて右拳を振った。
右拳で殴った感触はない。
いつの間にか右腕がバラバラに斬り刻まれている。
クロツキの両手にあったナイフが入れ替わっている。
左手には漆黒の刃、右手には氷を砕かれ真の姿を現した真紅に輝く刃。
赤竜氷牙アグスルトは氷を纏っている際は受けた攻撃の減少をさせるが真紅の姿を現せば、その能力は消え去り、高熱によって切れ味を著しく上昇させる能力を手にする。
魔力ももう底をついたラフェグの右腕は回復することはなかった。
そして仰向けに倒れる。
「貴様の勝ちのようだな小童」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ」
クロツキは倒れたラフェグを右手のナイフでバラして野獣の如く口に入れる。
「ふはははは、俺を喰うとは友を思い出すな」
ラフェグは自分を食べるクロツキを見て笑う。
「しかし、このままでは小童も死ぬだろうな」
死ぬとは生命の終わりではなく戦士として終わりだろうとラフェグは少し寂しく思う。
「キヒヒヒヒヒヒヒ、もしかして私のことを思い出していましたか。勘弁していただきたいですね。こんな下品な獣と同じに見られるなど」
「おぉ、友よ久しぶりだな」
「原始の悪魔と恐れられたあなたがなんとも無様なものですね」
「少し寝ぼけていたのかもな」
「まぁいいですよ、当初の予定とは少しズレますがあなたの負債はこれでゼロになったでしょうから」
「そうだな……友よ悪いが俺は二度寝するよ。後のことは任せた。それと、小童を助けてやってくれ。次は互いに全力でやり合いたい」
ラフェグは塵となって消えていく。
イヴァヤはそれを見てクロツキに目を移す。
ラフェグが消滅して魂の怨嗟は行き場をなくしクロツキの体で留まっている。
イヴァヤは尻尾を操ってクロツキに纏わりついた影を喰らった。
「少しだけ残しておきましょうか。本当にただの残りカスですが……気づけば助けになるでしょう」
クロツキはそのまま横たわる。
遠くから警備隊がやってくるのを見てイヴァヤはその場から姿を消した。