58話 幸福の思い出
バロンは逃亡しながら館に控えていた悪魔に連絡を取る。
「ルキ、私が犯人だとバレた。あの三人を贄にして準備を進めておけ」
「へぇ、そうですか。では進めときますね」
そこで通信を切ってバロンは全力で館に向かう。
館に控えている悪魔は二体。
警備隊に潜伏していたジェイとバロンから連絡を受けたルキ。
バロンの手元に残る悪魔は時間稼ぎに市庁舎に置いてきた三体と館に残る二体の計五体だけとなっていた。
しかし、既に三体の悪魔の反応が消えていたことから残るは二体しかいないと知っていた。
だからこそ、多少不完全ではあるが概ね問題はないだろうと計画を早めるようルキに指示を出した。
「残念だったなジェイ。下の三人は贄に使うらしい」
「そうか……それは仕方ないな」
「もう少し反発するかとも思ったがな」
「悪魔にとって契約は絶対だろ。それが契約主の命令なら反発などできんよ」
「まっ、それもそうか」
ルキは階段を降りて牢屋に向かい、警備隊の三人を鎖で縛って引きずっていく。
引きずっていく先は部屋一面に魔法陣が施された異質な空間。
床の中心から壁、天井へと文字が伸びていた。
「悪魔共が放せ!!」
副隊長ソーンは暴れようとするが鎖で繋がれていて大した抵抗にはならない。
それは二人の警備隊も同じだった。
二人は目配せをしてなんとかソーンを助けようと必死だった。
警備隊で女性隊員は珍しい。
その中でヒーラーとして隊員を救い、さらにルックスからもソーンは警備隊のアイドル的な存在として人気が高かった。
二人は特に熱烈なファンで命をかける覚悟はできていた。
悲しいのは目の前に悪魔が二体いるがそのうちの一体が同じ釜の飯を食ったはずのジェイ。
ジェイもソーンのファンとして二人とはよく酒を飲みながら語り合う仲だったはず。
「副隊長には指一本触れさせないぞ」
二人はソーンの前に体を動かして守ろうとする。
「お前たち……」
「何をやっている。とっとと儀式を進めるのだ」
バロンは急いで館に戻ってきたところだった。
「バロン、貴様が黒幕だったのか!! この魔法陣……一体どれだけの人々を犠牲にしたのだ」
魔法陣は全て血で描かれている。
そして、文字から高濃度の魔力を感じる。
人間の濃縮された血液によって魔法陣を完成させる禁忌と呼ばれる悪魔召喚の手法。
「ふはははは、97人だ。お前たちで100の生贄が揃う。この儀式が成功すれば私は永遠の命を手に入れることができるのだ」
「外道め……そんな理由で何の罪もない市民を殺したのか」
「フン、ゴミが私のためになるのだからむしろ、喜ぶべきではないか。ルキ、やれ」
「ハイハイ」
「うぁぁぁぁぁぁ……ガフッ」
一人の男がルキに突進するが腹部を腕で貫かれ口から血を吐く。
ルキはその男を魔法陣の中心に投げる。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
男は魔法陣に吸い込まれるように体が溶けていき、魔法陣の文字がさらに伸びていく。
「どうせ全員死ぬのだから、そんなに死に急がなくてもいいのに」
ルキは尻尾を使って次の男を魔法陣に投げ入れる。
同じように魔法陣に吸い込まれる文字が進む。
「ゴフッ……どういう……つもりだ!?」
ジェイはバロンを背中から貫く。
「ジェイ、どういうつもりだ?」
「ルキ、お前の目的は100の生贄でラフェグ様を蘇らせることだろう。生贄がこいつであろうとそこの女だろうと変わらないだろ」
「確かに……」
「ルキ、私を助けろ」
「うーん……助けろって言われてもな」
「契約を忘れたのか、悪魔にとって契約は絶対のはずだろ」
「確かに悪魔にとって契約は絶対なんだけど、俺の契約の内容はラフェグ様復活に手を貸すだけだから」
「諦めろバロン、お前が影に潜ませていたあの三体の契約はお前の護衛だったが俺たちは違う」
ジェイはバロンを魔法陣に投げ入れる。
バロンはそこから逃げようと地面を這うが、魔法陣から無数の赤色の手がバロンを逃がさない。
「たっ、たすけ……たすけて」
バロンは溶けていった。
新たに文字が書き出されたことで魔法陣が赤く光り輝き始める。
ルキはいの一番に部屋を後にした。
ジェイは警備隊の頃の人の姿に変わり、ソーンを縛っていた鎖を壊す。
「副隊長、お逃げ下さい」
「お前……」
ジェイの体は崩れ始めていた。
契約内容にバロンを守ることがなかったとしても契約主への攻撃は許されていない。
そんな言葉遊びで抜け道があるほど悪魔の契約は軽くはない。
ソーンは崩れゆくジェイに背を向け部屋を出た。
ジェイはそんなソーンを眺めて、警備隊時代の馬鹿騒ぎを思い返す。
悪魔にとってなんとも言えない幸福を思いながらジェイは永劫に消滅していった。
誰もいなくなった部屋では魔法陣が赤く光り、溢れ出る魔力の奔流で館が崩れていく。
ちょうど館が崩れるのと同時刻にクロツキ、ジャック、ロックはその場にたどり着いて、崩れる館から脱出をしたソーンと合流した。
ソーンは朦朧とする意識の中で館での出来事を簡潔に話して意識を失った。




