55話 悪魔
闇夜で影と影が交錯する度に鳴り響く甲高い音色。
戦闘が始まってからどれだけの時間が経っただろうか。
警備隊は既に周辺を封鎖している。
まぁ、警備隊には悪いがこの実力差なら簡単に抜けられるだろうが。
だからこそ俺がここでこいつを抑えているんわけだが……
「ジャック・ザ・リッパーか……」
誰にも聞こえない程に小さく呟いた。
切り裂きジャックとして有名な殺人鬼。
娼婦を狙った連続殺人鬼でありながら、その正体は誰にも知られていない。
男性なのか女性なのかすら分からず娼婦が油断したところをメスのような凶器でバラバラに殺害するのが特徴。
この街の雰囲気も似ているし、娼婦をターゲットにしている点も同じ、中立的な顔立ちは男性か女性かの判断が難しく、その幼い顔ならば娼婦が油断するのもうなずける。
凶器も小振りなナイフでメスと酷似している。
ほぼ間違いなく目の前の相手は切り裂きジャック、ジャック・ザ・リッパーをモデルに作られているはずだ。
「どうしてぼくの名前を?」
意外にも答えは簡単に返ってきた。
やはり間違いないらしい。
ただ、気になるのはこの相手から殺意を感じられないということ。
娼婦以外は殺す気がないのか……
「俺の質問に答えてくれたら教えてやってもいい」
「なに?」
「そこの娼婦を殺したのはお前か?」
「そうだよ、ぼくが殺った」
あっさりと白状したな。
まぁ、この状況で言い逃れできるわけもないので、開き直っているのか。
「殺ったっていってもまだ途中だけどね」
「どういうことだ?」
「だってそれ、まだ生きてるもん」
「生きてるだと……」
完全に首と胴体は離れている。
警備隊と俺の目が合い、警備隊の一人が娼婦の死体に近づき、確認しようとしたとき死体から一本の尻尾が動き出し、警備隊を突き飛ばした。
そして死体は立ち上がり自らの頭部を拾うと切断面をグリグリと繋ぎ合わせた。
「キヒヒヒヒヒッ、バレたからには皆殺しですかね」
娼婦は姿を変えると、蝙蝠のような翼に細長く先が逆三角の尻尾。
顔は邪悪な笑みを浮かべている。
どこからどう見ても悪魔だった。
悪魔が動こうとした瞬間、その悪魔の体は数本の糸によって縛り上げられる。
俺はそれに合わせるように悪魔に攻撃を開始する。
「乱刀・斬、乱刀・突」
無数の斬撃に刺突が悪魔に襲いかかる。
それらは数百以上の傷を悪魔の体に刻みつける。
「キュイキュイ」
切り刻まれた体に追い討ちをかけるべくディーが悪魔に息を吹きかける。
それはただの息ではない。
レイド戦をクリアした特典で手に入れたスキル。
何故か俺ではなくディーにだったが別に気にしてはいない。
黒炎の息、黒き炎が悪魔を包む。
警備隊は驚きの連続でなにが起きているのか理解が追いついていなかった。
目に見えない速度で行われている戦闘。
突如として判明した殺人鬼Xであろう犯人の名前。
死んでいたと思われた娼婦が悪魔だった。
急に出てきた小さなドラゴン。
完全に警備隊たちの許容を遥かに超えていた。
そしてなぜそこまでやるのかも警備隊には理解できていなかった。
既に悪魔は全身ボロボロで死んだように動かなかった。
だが、そんなのお構いなしに俺は攻撃を続ける気でいた。
「スロウレイン」
それはジャックも同じだったようで、ジャックの投げたナイフは空中で無数に増えて悪魔へと降り注ぐ。
「離れろ!!」
まだまだ攻撃をしようとしていた俺とジャックはその声で悪魔からから距離を取った。
闇夜に燦々と光り輝く聖十字が悪魔を断罪すべく斬り伏せる。
駆けつけた隊長の全力のグランドクロスだった。
悪魔が正体を現したときの冷や汗は未だに引いていない。
全身が目の前の脅威に対して警戒しろと、一瞬たりとも気を抜くなと告げてくる。
赤竜アグスルトを正面にしてもここまでは感じなかった。
この悪魔ならばアグスルトを瞬殺できるんではないかと思わせるほどの格の違いを感じてしまう。
悪魔はさも当然のように起き上がり、そして高速で傷痕が治っていき、何事もなかったかのように喋り始める。
「きひひひひひひ、なるほど、なるほど、ここで楽しむのも一興ですが、少々人が集まりすぎましたかね」
グランドクロスの光と音で住民が野次馬に集まってきていた。
「そこの御三方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
その質問を断ることができない。断れば最初に悪魔が言ったように皆殺しにされる。
悪魔は笑っているが、そう思わせるには十分なほどの圧力。
「ジャックだよ」
「ふむふむ、あなたが我が同胞を殺し回っていた方ですね。非常にいい!! 最高デス」
「警備隊隊長ロック」
「ふむふむ、王宮から弾き出された元聖騎士、先程の聖なる攻撃も悪くなかったですが、残念ですね、あなたが聖騎士として成長していたならさらなる高みにいけたものを……汚い欲望によって蹴落とされた崇高なる聖騎士。邪な人間が上の地位に上がり、誠実な人間は落とされる。なんとも人間は愚かで素晴らしいデス」
そして悪魔は俺に目を合わせる。
「最後のあなたは……」
「クロツキ」
「ふむふむ、黒の関係者ですか。面白いですね。面白いですね。殺せばあいつは怒るのか気になりますね……」
何を言っているのかよく分からないが悪魔は少し黙って考え事をしてまた喋り出した。
「まぁ、それはまたの機会にしましょうか……そういえば私の自己紹介がまだでしたね、イヴァヤルトリと申します。親しみを込めてイヴァヤとでもお呼びください」
イヴァヤと名乗る悪魔からはもう圧力も殺気も感じられない。
「では私はこの辺で失礼させていただきますね。楽しませていただいたお礼にいいことをお教えましょう。あなた方のお仲間が同胞に連れ去られたようですよ。それではご機嫌よう」
イヴァヤは空中にゲートを出して消えた。
「何がどうなってるんだか、とりあえず連絡が取れてない隊員を探せ」
隊長のロックが隊員に指示を出す。
「副隊長と隊員三人と連絡がつきません」




