50話 戦闘執事
最後に聞いた音はチャプン……だった。
久しぶりのデスペナルティ。
相打ち覚悟の高高度からのダイブで赤竜アグスルトを倒したのはいいが、そのまま地面に激突した。
……はずだった。
あたり一面真っ暗で何も見えない。
体も動かせない。
前にデスペナルティを受けたときとは違った演出だ。
何かに体が引っ張られていく。
この感触はディー?
……チャプン。
激突したときと同じ音で体がその場所から出たのが分かった。
真っ暗な場所から一転、眩しさでよく見えないが人が何人か俺を囲んでいる。
「クロツキ、さすがだ」
オウカの声?
「なんやぁ、シャドウダイブなんてもっとんたんかい。まぁ、系統的にぽいっちゃぁぽいけどな」
湖都の声?
「まさか本当に倒してしまうとは恐れ入ったな」
誰?
目が慣れてきて周りを見るとオウカ、湖都、虎徹の3人が立っていた。
そして地面に伏しているアグスルトの姿が見えた。
-インフォメーション-
レイドボス赤竜アグスルトの討伐に成功しました。
レイド戦を終了します。
貢献度に応じた報酬が分配されます。
「ほらなっ、クロツキが出てきてからインフォなったやん。やと思ったわ」
「まさか、シャドウダイブとは思わなかった」
「シャドウダイブ?」
さっきから出てくるシャドウダイブとはなんだ?
「えっ、知らんかったん? あんさん地面に激突する瞬間、影に潜ってん」
「俺のスキルではないね。ディー出てきてくれ」
ディーが影から出てくる。
「キュイキュイ」
「ドラゴン!?」
「俺の相棒のディーだ。ありがとうディー。お前のおかげなんだろ」
「キュイ」
頭をすりすりとこすりつけてくる。
「あんさんテイムスキルをもっとんたんかい」
「よく分かってないけど、テイムモンスターではないみたいだけど」
湖都はテイマーということもあって俺とディーの関係が気になっていたみたいだがオウカが湖都を抑えた。
「もうそこまで。疲れたし早く降りようよ」
全員がその言葉でアグスルト討伐の喜びから山を降りなければいけない事実を思い出した。
全員が満身創痍。今から降りるなんてなんとも億劫だなと思っていたら。
馬車の音と共に職人達が戻ってきてくれた。
遠くから戦闘を見ていて倒したのを確認してきてくれたようだ。
その馬車で麓の街へと無事帰ることができた。
街は赤竜アグスルト討伐のニュースでお祭り騒ぎ、長年の悲願を叶えてくれたとプレイヤー達は英雄として祭り上げられた。
お酒は出てくるが俺は嗜む程度にする。
本当はもっと豪快に飲みたいがシュバルツ家での一件で学んだのだ。
飲みたい気持ちを抑える。
「なんやぁ、クロツキは全然酔ってないやんけぇ、ほらもっとのまんかい」
フラフラの湖都が絡んできた。
「なんでそんなに酔ってるの?」
「知らんのかい、どうしよぉかなぁ。教えてあげようかなぁ。それとも……」
「クルンガの実だよ。食べるとすぐに酩酊状態になる植物。お酒が好きな人はこれですぐに楽しくなるみたい。こっちは凄く困る」
「あー、サクラたん。どうして種明かしを……クルンガの実だけに。なははははは」
「じゃあ連れて帰るね。報酬も貰ってパワーアップしたし、また今度遊ぼうね」
湖都はサクラに連れて行かれた。
「クロツキ殿、今回のレイド戦は勉強になりました」
虎徹が低姿勢で話しかけてくる。
「自分たちはギルドを作ろうと思っています。よければどうですか?」
ギルドへの勧誘だったがとりあえずは断らせてもらった。
報酬を確認したいのに次から次に人が話しかけてくる。
長い夜になりそうだ。
§
小さな村では亡くなった者を弔い、やっと落ち着きを取り戻し始め、壊滅状態に陥っていた村はシュバルツ家の援助で復興作業に勤しむ。
そんな村に再び、魔の手が迫ろうとしていた。
イヴィルターズは多くの離反者が出たもののそれでも十数人は残り、小さな村へ近づいていた。
しかし、村人はその事実に気づいていない。
「予定通りと言ったところですかね」
「そうだな、二度と舐めたことができないように完膚なきまでに叩き潰せよストルフ」
「分かってますよ、姉さん」
イヴィルターズの行く手に二人の男女。
一人はストルフ。
そして赤の長髪をなびかせている女性はストルフの姉でストルフと同様にシュバルツ家に勤めているサンドラ。
任務で遠征していたが、任務を終えて帰還したところ、新たにイヴィルターズの殲滅を言い渡されていた。
二人は黒の鎧に身を包みストルフは円錐型のランスを持って黒竜ナヴィに騎乗している。
サンドラは二本の長槍を背中に背負っていた。
「そういえば、私のいない間に活きのいい奴が爺に指導を受けたって聞いたけど、私に挨拶なしとはいい度胸だな」
「クロツキさんのことですか? 彼はシュバルツ家の人間ではないので姉さんは関係ないでしょう」
「そんなの私のしったこちゃないね。焼きでも入れとかないとね」
「ダメですよ。クロツキさんは僕とドラゴン愛を語り合った仲ですから。そういえば彼のドラゴンは僕も見たことのないタイプでしてね……」
「お喋りは終わりだ。仕事の時間だぞ」
「あぁ、それは残念です……」
「なんだテメェらは? 殺されてぇのか」
イーブルを先頭にイヴィルターズの面々は下卑た笑いを浮かべる。
「救い様のないバカどもだな」
「そのようですね」
サンドラは持っていた槍の一本を投げる。
イーブルは胸に大きな風穴をあけて、一撃でデスペナルティとなった。
それを見て、一拍をあけたのち蜘蛛の子を散らすように逃げ出したイヴィルターズを一人一人確実にサンドラは葬っていく。
投げた槍はいつの間にか手に戻り握られている。
イヴィルターズ最後の一人は空を駆けていた。
「くそがっ、聞いてねぇよ。楽に金が稼げるって聞いたから参加しただけなのによ。やっぱイヴィルターズはもう終わりだな」
空飛ぶバイクにタイヤは付いていない。空を飛ぶのだから必要がない。
そんな奇怪なバイクに跨った空賊の男は逃げ切る自信があり、後方を見て追手がいないことを確認して悠々自適に空の旅を楽しむ。
空を飛ぶモンスターは少なくない。
しかし、空を飛べるプレイヤーはそうはいない。
さらにその中でもこの空飛ぶバイクほど機動力を持った移動ができる人間なんていないはず。
男は雲の上を飛び、太陽の眩い光から目を守るためにゴーグルをつけている。
それでも眩しいと感じるが、その眩しさが突如なくなった。
雲の上にいて太陽の光を遮るものなどないはず。
上を見上げると黒き影が自分に近づいていた。
その影は腕を伸ばし男を抑えつけたまま急降下を始めた。
男にはどうすることもできない力で握られて両腕、背骨、全身の骨が折れていく。
「この程度で空の王者たる黒竜から逃げきれるとでも思ったのでしょうか……哀れですね」
男は数十秒の急降下の後、地面に激突して死亡した。
シュバルツ家、戦闘執事の黒竜騎士ストルフと竜滅槍サンドラはジャンヌの元へと仕事の終わりを報告しに向かった。
これにて五章完結となります。
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