3話 執事の嗜み
第二の人生、いきなり躓いてしまった。
俺はもうこのまま一生無職で過ごすんだ……なんて冗談を挟みつつも本当にやばいかもしれないと内心では焦っている自分もいる。
このゲームにリセットはない。
生体認証によってリセットができず、複数のアカウントは作れず、アカウント売買もできない。
翌朝ログインした俺は不安と期待を胸に老執事に指定された場所へと辿り着いた。
想像を超えてたね……これは。
お嬢様で執事がいるくらいだから、お金持ちなのは分かっていたけど、ここまでだったか。
門の内側には豪邸がいくつも建っていて、噴水はもちろんプールも完備されている。
遥か遠くに城が見えますね……
スケールのデカさに唖然としてしまう。
門番に話が通っていたようで名乗るとすぐに迎えが馬車でやってきた。
庭の中なのに馬車が通れる幅の道路が整備されている。
近づくにつれ小さく見えた城がその全貌を露わにした。
まさか、お嬢様がお姫様だったとかではないよな。
王都は別の街のはずだし。
というか、これならお詫びの品に期待ができる。
そして、お詫びの品が転職クエストならそれだけで大満足だ。
ほぼ一日無駄にしてるからマジで頼みます。
門をくぐってからも結構な距離を移動する。
馬車の移動もようやく終わると、再び門が現れた。
門の中に門とはお金持ちの感覚は分かりませんな。
この先はどうやら徒歩のようだな。
少し歩くと老執事と写真に写っていた金髪ツインテールの少女が外で朝食を食べているようだ。
「おぉ、そなたが我のプリンを必死に探してくれたという男か」
少女はクマのぬいぐるみを膝に抱えて満足気にツインテールを揺らす。
プリンとはぬいぐるみの名前だろう。
「申し訳なかったな、まさか馬車の中に忘れておるなぞ、まさに灯台下暗しとはこのことよ」
ただでさえ傷ついたメンタルに朝からこのテンションはついていけず、苦笑いしか出ない。
そんな俺に老執事が助け舟を出してくれる。
「お嬢様、まずは自己紹介をするのが一般的かと」
「おぉ、そうじゃった、我はジャンヌ・マリー・シュバルツじゃ、気軽にジャンヌとでも呼ぶがいい」
「お初にお目にかかります、ジャンヌお嬢様、私の名前はクロツキと申します」
「おぉ、なかなかきっちりとした男じゃな、思っておったとお……っと腹は減っておるか? 共に食事でもしながら語らおうではないか」
「失礼します」
見事すぎる!!
ここまでの味の再現がされているなんて、今まで食べてきたどの料理よりも美味しいかもしれない。
「満足そうで何よりじゃな、ところで今回は迷惑をかけたのう。セバス、あれを」
セバスチャンが持ってきたのは金貨一枚だった。
価値にしてゲーム内通貨の10万エリル。
一日で10万は破格じゃないか。
冒険者ギルドでチラッと依頼なんかを見たが低ランクのモンスター討伐では1000エリル程度だったぞ。
「それとこれを渡しておこう」
ジャンヌがもう一枚メダルを渡してきた。
それは真っ黒なメダルで王冠と剣が刻印されている。
アイテムボックスに入れて確認すると『シュバルツコイン』ということが分かった。
「使い方は自分で探してくれ。それなりに役に立つはずじゃ。しかし、これだけでは物足りんな、一日を無駄にさせてしまったのだからな、セバス何か案はないか」
「恐れながらクロツキ様の昨日のご予定はなんだったのでしょうか?」
俺はジャンヌとセバスチャンに職業訓練所のことを話した。
「そうだじゃったか、職業訓練所には話を通しておこう。っともうこんな時間か我はそろそろ行かねばならんのだ。そうだ、クロツキが良ければセバスから直接職業を教わるというのも悪くはないかもしれないな。後のことは任せた」
そういってジャンヌは城へと帰って行った。
それにしても、ものすごく重要なワードが出たな。
直接職業を教わるというのは転職クエストのことだろう。
これこれこれこれ!!
これを待ってました!!
ということで、チュートリアルクエストが破棄されたのはチェインクエストを受けたからで確定だ。
これでレアな職業だったら他のプレイヤーに大きな差をつけれるぞ。
「お嬢様はあぁ言っておりますが、クロツキ様はどうなさりたいでしょうか?」
「よければぜひ、教わりたいです」
こんなチャンスを逃す手はない。
「そうですか、私が教えるなど差し出がましいですが、クロツキ様がそう仰られるのなら誠心誠意お伝え致しましょう。それから私のことはセバスと気軽にお呼びください」
-転職クエスト-
『執事の嗜み』が開始されます。
キタキターーー、転職クエストですよ!!
しかし、『執事の嗜み』とは職業『執事』とかではないよな。
セバスさんは見た目からして強そうだし、護衛もしてるだろうから戦闘職がいいんですけど。
「これをお受け取りください」
-アイテム獲得-
『初心者ナイフ』を獲得した。
セバスさんからナイフを貰った。
どうやら戦闘職のようで安心だ。
初めての武器である初心者ナイフを見ていると、いつの間にかメイドの手によって人型の模型が置かれる。
「ではこの模型を攻撃してみてください」
どうするのが正解なんだろうか。
とりあえず首を突いてみる。
模型の首にナイフが突き刺さり、俺は手を離してセバスさんに顔を向ける。
「クロツキ様、その攻撃方法もなしではないですが、基本的にナイフのような軽量の武器を扱うときは、刺すのはおすすめではありません。抜くのに時間がかかってしまいますから」
確かにセバスさんの言う通りで突き刺したナイフを抜くのに少し手こずる。
このロスですら戦闘では命取りということか。
「やるのであればこのように……」
セバスさんが消え、いつの間にかナイフを持って模型の背後に立っていた。
「切るでもなく削るといった具合ですな」
少ししてから模型の首は綺麗に切断されて地面に落ちる。
いやいやいや、削るどころか思いっきり切ってますやん。
驚きすぎてエセ関西弁が出てしまった。
驚く俺をよそにセバスさんはさらに続ける。
「そして、首や心臓は相手のガードも硬いのでいきなりは狙わずにまずは手足から削っていくのがいいですね」
今度はその場からは消えなかったがナイフを持った手が見えなくなる。
模型の両手両足が切断されて音を立てて崩れていく。
いやいやいや、それだけでも致命傷ですやん!!
エセ関西弁がまたもや出てしまう。
「どうでしょうか、だいたい分かりましたでしょうか?」
「いえ、お話は何となく理解できましたが、動きが全然見えなかったんですけど……」
「まぁ、話を理解されたのならよしとしましょう」
セバスさんが目配せすると、メイドが新たな模型を持ってくる。
そこから俺は数時間かけてナイフの基礎を学んだ。
「これなら基礎は概ね大丈夫そうですね」
「ありがとうございます」
ふぅ、ゲーム内の体は便利だな。
リアルなら1週間は筋肉痛で悶えるような運動をしたというのに、一息つけばすぐにまた動けるようになる。
セバスさんの計らいで昼食まで頂いてしまっている。
至れり尽せりですな。
「クロツキ様、基礎に関しては全てお伝えいたしました。後は経験が必要です。一角ウサギを技術のみで5匹倒してきてください。それを以て修了と致します。先程のナイフは差し上げます。それとこちらのナイフをお貸ししておきます」
-転職クエスト-
『執事の嗜み』をクリアしました。
-転職クエスト-
『執事の嗜み2』が開始されます。
『暗器使い(仮)』へ転職しました。
『ダガーナイフ』を借りました。
本クエスト進行中、ステータスアップが不可となりました。
職業に(仮)があるなんて驚きだ。
そして、セバスさんのいう技術を以てとはステータスアップ不可のことだったのか。
これはSPのステータス振り分けもできないし、ステータスアップ系のアイテムの使用もできないようだ。
要はプレイヤースキルで頑張れということですね。
さてさて、連絡も終えたしモンスターとの戦闘とかワクワクが収まりませんな。
よーし、やったるぞーーー!!