25話 サバキノハジマリ
毒煙玉で敵に毒を付与して足並みをばらけさせる。
こいつのいいところは効果範囲が広く多人数を相手にするときは非常に効果的だ。
今も煙は広がっている。
ただし自分や味方にも毒がかかる危険性もある。
ルティとセン婆さんの所までは流石に煙は届かない。
真っ只中にいる俺はというと、元々隠者系統は状態異常への耐性がある職業が多い。
暗殺者もスキルの状態異常耐性があり、毒煙玉を投げた後に顔にはめた白骨の仮面のお陰でこの毒煙玉での毒は完全に無効化している。
複数の民家から外の異常を気にしたプレイヤーがノコノコと出てくる。
「あぁ!? 毒の煙かこれは」
「くそっ誰か解毒ポーション持ってないか?」
「そんなことより侵入者を追いかけろ」
「この煙じゃ前が全然見えねぇ」
「カハッ……」
視界の悪い状態で人が倒れる音は恐怖を伝播する。
俺は夜目のお陰で問題ない。
「おいっ大丈夫か?」
「敵は何人なんだ」
「あぅ……」
また一人倒れた。
毒ダメージを稼いだところに俺の投擲ナイフでとどめを刺す。
「やっと見つけた」
もう少し数を削りたかったがそうもいかないらしい。
警戒するべき一人のいるかに見つかった。
隠者系統の三次職『上忍』ならこの程度の毒は何ともないだろうし、視界の方も問題ないんだろう。
俺はその場から逃げる。
逃げながらも毒煙玉を叩きつける。
これは他の人間に邪魔されないようにして、いるかとの一騎打ちに集中するため。
「ここなら問題ない」
「やっと観念したか、それとも他の奴らから俺を引き離して一対一なら勝てるとでも思ってんのか」
右手にダガーナイフを握り、いるかに正面を切る。
「いくぞ!!」
「殺し屋風情が勝てる訳ねぇだろ。火遁・焔玉」
炎の玉がいるかの口から吐き出されるが、それほどの速度はなく、軽々と避けれる。
炎の陰に隠れていたいるかはクナイを振ってくる。
お互いに隠者系統三次職、俺は三次職成り立てのレベル30。
それに比べているかは最低でも40は超えているはず。
アドバンテージは職業への理解度、俺はいるかの上忍についてそれなりに調べてきた。
忍術魔法の中、遠距離と体術での戦闘が可能になっている。
オールレンジに対応している。
しかし、ステ振りは器用貧乏になっしまっているはず。
一方向こうはこちらの職業を殺し屋と勘違いしている。
殺し屋の純粋な戦闘能力はそれほど高くない。
罠を仕掛けたり、様々なアイテムを使うなど純粋な戦闘と搦手が半々の割合と言ったところ。
それに比べれば暗殺者は戦闘の方に偏っている。
そこのズレで勝機を掴む。
煙の中を凄まじいスピードでお互いに動き刃をぶつけ合う。
「思ったよりもやるじゃねぇか」
「それはどうも」
「なぜ俺たちに攻撃してきた。もしも勘違いか何かなら俺からリーダーに話しつけてウチに入れてもらうようにしてやるぜ」
「いいや、大丈夫だ。勘違いじゃなくお前達を殺しにきた」
「そうか、残念だよ」
煙の中でも分かりやすいように大きなジェスチャーで残念がるいるか。
背後からの一撃を躱して首をダガーナイフで斬り落とす。
落ちた首はまごうことなきいるかの首。
しかし、正面のいるかはそこから動いていない。
「分身の術か」
「ちぇっ、よく知ってたな。どうやら殺しに来たのは本当のようだ。随分と調べてきたようだしな。じゃあ、何人に分身できるかは知ってるか?」
正面のイルカの他に後ろと左右に気配を感じる。
俺を囲うように布陣をとって全員の口から炎の玉が吐き出された。
何とか回避はできたものの毒の煙が爆発で霧散していき、今度は爆発の煙と土埃がすごい。
回避といっても爆発の余波で幾分かHPを削られた。
その場を移動するため土埃の中から出た瞬間、無数の手裏剣が襲ってくる。
刹那無常を左手に持って、ダガーナイフと二刀で弾く。
俺はいるかに背を向けて逃げる。
「逃すか!!」
煙と土埃で視界などない中を当然のように正確に追いかけてくるが、すぐ後ろで足を躓かせた音が聞こえたのをきっかけに反転して反撃を開始する。
いるかは俺の張った糸で転倒しさらに足に大きなダメージを負っていた。
「油断大敵」
「ちっ……」
逃げる先に罠を張ってるのなんて当然だ。
いくら砂埃が凄くても注視すればいるかなら見破れたはずだ。
俺が背を向けて油断をしたな。
スピードが遅ければ躓くだけで済んだはずが、スピードに乗った状態だと大ダメージに変わる。
「終わりだ」
「バカが、この程度でやられるかよ」
確かに咄嗟の判断という点ではさすがはプロと言わざるを得ない。
十分に迎撃態勢をとっている。
このままではこちらが返り討ちに遭うだろう。
(お願いします)
俺は通話でそう伝える。
「くそが……」
いるかの首を斬り落とす。
今度こそ正真正銘、本人のものだ。
刃を交える瞬間にいるかの動きが一気に鈍くなった。
俺も身に覚えがあるが、あれは本当にどうしようもない。
いきなり全身の力が抜けるからな。
俺が通話したのはルティとセン婆さんで長い準備の甲斐あって好きなタイミングで好きな人間にディグレテーションをかけることができる。
いるかは一対一だなんて思っていたようだが、こっちは最初から三対一で戦ってるつもりなんだよ。
その後も弱そうな相手から順次、斬り落としていき、村人とリオンが捕らえられているという地下牢へと足を踏み入れる。
見張りは3人だけしかいない。
しかも二次職の下っ端だ。
すぐに倒して村人の入っている牢屋を解放するがリオンの姿がどこにもない。
「お姉ちゃんが連れて行かれちゃった。お兄ちゃん強いんでしょあいつらをやっつけてよ」
泣き崩れているのは村の子供達。
大人に話を聞くと俺の襲撃後、少ししてからリーダーのイーブルと数人の男が来てリオンを連れて行ったようだ。
そして、どうにか助けてくださいとお願いされる。
村人が攻撃の対象にされそうなときにリオンは喧嘩売って矛先を自分に向けていたそうだ。
初心者狩りをしていた人間のすることではない気もするがこの様子を見ればその気持ちも分からなくはない。
この人たちは本当に今を生きているようにしか思えない。
現地人はプレイヤーと違ってデスペナルティを受ければ蘇るなんてこともない。
一度死ねば終わり。
それが頭の中をぐるぐると回る。
しかし、そんなことを考えている場合ではない。
「俺に任せろ、必ず倒してやる」
真っ先に俺にリオンを助けて、そしてあいつらを倒してと懇願した子供の頭に手を乗せて強く宣言した。
これは俺の覚悟。
村人へポーションを配り怪我を回復させ、ルティとセン婆さんのいる森の地点を教える。
そこまで行けば二人が保護してくれる手筈になっている。
そしてシュバルツ家の馬車で戦線離脱だ。
残念ながら中にはすでに失ってしまった命もあり、全員が助かるわけではない。
ある程度は村人が戦えるといっても逃げる際にもリスクは伴う。
もちろんリオンを救出してイヴィルターズの奴らを全滅させるのが目標だが、最悪リオンを殺して村人の逃走のための時間稼ぎはしなければいけない。