14話 オウカ
オウカはアルムニッツの街を悠々自適に歩くが、それが修羅の副団長だとは誰も気づかない。
まさかこんな可愛げな少女がPKだなんて気づくはずもない。
さすがに街ではゴツい鎧は脱いで比較的、大人しめの鎧に付け替えている。
見た目には分からないがこちらの鎧もかなりの防御力を誇っている。
オウカのお気に入りだがフルフェイスではないため顔が露出した状態になっていた。
オウカとしてはフルフェイスの方が落ち着くのだがこの鎧をプレゼントしてくれた相手がそこはどうしても譲ってくれなかった。
兜だけをフルフェイスに変えればいいというわけではない。
装備は同シリーズで統一していると補正がかかる。さらに重戦士から転職する重騎士や重鎧士はよりその補正効果が高くなる。
そして重鎧士からの転職先である鎧巨人のスキルほとんどは統一フルアーマでないと発動することができない。
つまり、兜を替えるだけでステータスがかなり低下して、スキルも使用できなくなってしまう。
職業が戦士で装備の総重量がある程度あって戦闘をこなしていると重戦士への転職ができるようになる。
そして重戦士でさらに経験を積めば重騎士になることができる。
オウカはβテスト時は重騎士だった。
そこで一人の漢と出会い、リリース後は漢の戦闘スタイルを自分なりに追いかけた結果、戦士から重戦士ではなく重鎧士が転職先に出てきた。
そして重鎧士で経験を積み、鎧巨人へと転職した。
βテスト時はリアルの友達と4人でパーティを組んでルキファナスを楽しんでいた。
最初の頃は上手くいっていたのだが、徐々に3人とのズレを感じるようになった。
3人は攻略を第一に考え、効率よく敵を倒すことを追求して職業もスキル編成も装備も全てが効率重視で選ばれていた。
オウカとしては攻略第一なんて言ったって、ルキファナス・オンラインの謳い文句は自由なのになと思っていた。
ただ、それで当時は難敵といわれたボス達を倒していたのだから特に口を出すこともなかった。
今考えればβテストで正式リリースに備えて色々と検証していたのだと分かる。
いつも通りにボス狩りをしていた4人だったが、なす術もなくパーティを壊滅させられてしまう相手と遭遇する。
体長20メートルを超す巨大な白き虎『白虎』。
あらゆる攻撃は純白に輝く毛皮に防がれ、白虎の手の一振りで遠く離れた位置にいたプレイヤーは斬り裂かれる。
しかし、白虎の真骨頂は攻撃力や防御力、射程でもなくそのスピード。
圧倒的な速度の前では目で追うことすら許されない。
気づけばそこには白虎と自分以外立っていなかった。
自身も瀕死の状態で助かったのは重騎士という防御力に優れた職業だったから。
強者の圧力の前にチームワーク、連携など虚しく、しかし一人では何もできない。
白虎はゆっくりと近づいてくる。
感じているのは圧倒的な恐怖。
ゲームというのに現実と変わらない程のリアリティが魂に恐怖を刻み込む。
死を覚悟して目を閉じたとき、走馬灯が走った。
それはルキファナスの世界での経験。
強敵だと思っていたモンスターをパーティのチームワークを以って倒すところ。
ほんの0コンマ数秒の時間だった。
走馬灯が消え眼前は真っ暗な景色が広がる。
これがデスペナルティになったということなのか!?
違う、まだ生きている。真っ暗な世界は瞼の裏側を見ているからだ。
目を開けると眩しい光と共に目の前に一人の漢が立っていた。
漢は白虎の攻撃を素手で受け止める。
武器は持たず重厚な鎧にも身を包んでいない。
装飾品も何も装備していないように思える。
真っ白な特攻服の背中には漢の文字と竜の絵柄が入っている。
オウカはそこからの光景に魂が震えた。
自分が求めていたのはこれだったんだと気づいた瞬間だった。
漢は白虎に名乗りを上げた。
「漢字一文字、龍と書いて『龍』と読む」
オウカはかっけぇと心の底から思う。
何が起きているのかはよく分からなかった。
終わった時には地に伏せた白虎の上で天に向かって拳を突き上げる漢の姿があった。
その姿はボロボロで傷だらけだが、天が祝福するように光が漢に差し込んでいた。
それだけでオウカには十分だった。
そこからルキファナス・オンライン正式リリースと共に龍に誘われて修羅に入った。
何を隠そう修羅の団長その人だったのだ。
§
クロツキは疲れを癒すように酒場にやってきていた。
街並みや時代設定は中世ヨーロッパのような趣だが、料理は日本人好みのものも揃えられている。
何よりも生ビールが飲めるのは最高としか言いようがない。
実際に酔うこともできて、酔い過ぎれば酩酊状態という身体と精神の合わさった状態異常になる。
現在は複合の状態異常をかけるような毒物やスキル、魔法は見つかっておらず、なんとアルコールが最強の毒物などとプレイヤーの中ではネタにされている。
変な猪、数匹に追い回されたのを忘れるようにジョッキに入ったビールを流し込む。
気分も一転、目的の店を探すことにした。
ここがスキル専門店か……
大量のエリルかアイテムを渡すことでスキルを購入できるお店。
セン婆さんに行ってみるといいと勧められたし、セバスさんも気になることを言っていた。
「シュバルツメダルは譲渡しても大丈夫ですからねと言っていた」
しかし、シュバルツメダルは譲渡不可アイテムで普通の店でも販売できない。
とにかく目当てのスキル屋に行ってみないことには何もわからない。
スキル屋に派手な鎧や立派な剣を装備した人が大勢入っていくが、あそこは俺のお目当てではない。
隣のスキル屋には魔導書を持ったり杖をつく人が入っている。
しかし、ここも違う。
俺の行きたい店はなかなか見つからない。
まとめサイトを見れば一発なのだがそれだけのために一旦ログアウトをするのも面倒だし、観光もかねて街をぶらつく。
きょろきょろしていると背後から声がかけられた。
「何を探しているの?」
赤髪の少女は不思議そうにこちらを見つめてくる。
リアルなら迷子の心配をしなければいけないがここはゲームの中、そんな心配は必要ない。
しかし、この少女の声はどこかで聞いたことがあるような……
じーっと見つめても思い出せない。
まっ、気のせいか。
「隠者系統のスキル屋を探してるんだけど、見つからなくて」
「それならこっち」
少女が指差すのは人通りの多い道から一本外れた裏道だった。
少女に袖を引っ張られて案内される。
これでは俺が迷子のようじゃないか。
つくづく裏道には縁があるなと思うが、よく考えれば隠者系統なので表通りに店があるのも変な話か。
「お兄さんは隠者系統なの?」
「そう、暗器使いだよ。ところで君の名前は……」
そしてつくづくこういう輩に絡まれるのも隠者系統のせいなのか。
陰から何人かが武器を持ってわらわらと寄ってくる。
「お店はすぐそこだから行っていいよ」
「えっ、君は?」
「お兄さん二次職なんでしょ、私は三次職だから、こんなのどおってことないよ」
この重装備で三次職ということは重騎士かな。
見たところチンピラ達は現地人ばかりだし負けるとは思えないけど、さすがに置いていくのはな……
「いやいや、さすがに置いてはいけないよ」
「ふーん、じゃあ見てていいよ」
そこからはチンピラ達が可哀想になるくらいボッコボコでした。
結局少女は武器も使わずに素手だけで制圧した。
二人ほど、動きの速いのが逃げようとしたのでそっちは俺が処理しておきました。
処理といっても軽く攻撃して恐怖を撒いただけなんだけど、想像以上にびびってるみたい。
やはり人間とモンスターでは恐怖の感じ方が違うようだ。
「なーんだ結局お兄さんに助けて貰っちゃったよ」
「助けて貰ったのはこっちの方だよ、ありがとう」
「そう思ってくれてるんなら、お願いしてもいいかな?」
「どんなことかによるけど」
恐ろしい。
少女のお願いなど恐ろしさしか感じない。
お金は足りるだろうか。
「一緒にダンジョンに潜って欲しい」
斜め上をいって予想外なものが飛んできた。
「ダンジョンとな……」
なぜ自分よりも格上の少女が俺を誘うのだろうか。
「そう……」




