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110話 忠誠心

 一番隊は王族の護衛を任せられている。

 これまでの王国の歴史で護衛を離れて活動した記録は残っていない。

 隊長であるラインハルトが一番隊に入隊してからの40年、先代の王の時代からその鉄の掟を破ったことはもちろんない。

 それは目の前でどれだけの命が失われようとも変わることはなかった。


「一番隊の歴史に泥を塗るおつもりですか?」

 副隊長のクラフトエッジは顔を変えることなくラインハルトに詰め寄る。

「このままでは王を守ることはできない。それならば脅威を払うしかあるまい」

「王都から脱出すればいいではないですか」

「それは王の意に反する」

「では、無理やりにでも連れていきましょう」

 普通ならばクラフトエッジの提案は王を軽んじる重罪になりそうだが、一番隊は普通とは違う。


 騎士団の中で最も入隊が難しく、その基準は異常ともいえる。

 そのため一番隊は僅か10人しかいない。

 まず前提条件として五次職で戦闘ができること。

 戦闘ができるとはAランクモンスターを単独撃破、もしくは一番隊隊員との模擬戦で互角の勝負をすること。


 王国に迫っていた青竜、白虎、朱雀、玄武の4匹の推定ランクはAランク上位からSランク下位となっている。

 それに近いモンスター相手に単独で挑むなどよほどの命知らずと言える。


 では模擬戦はどうかというと、こちらの方が討伐よりも厳しいものになっている。

 模擬戦とは名ばかりで死んでも問題がないという誓約書が書かされて、実際に死人が出ることも珍しくない。

 死を乗り越えることこそがただの前提条件。


 圧倒的な戦闘能力を見せることができればやっと入隊試験に挑める。

 それらは過酷さを極め、毒の海を泳ぐ、絶対零度の凍土、灼熱地獄でサバイバルなど、ありとあらゆる条件下で生き残ることを試される。

 それを超えれば次は精神の強さを試される。

 何十人の術者による精神状態異常の魔法を100時間かけ続けられて精神を保つことをできれば晴れて合格となる。


 合格といっても最後の最後で王族への忠誠心を試される。

 それもただの忠誠心ではなく、狂気的なほどの忠誠心が試される。

 これは簡単なもので裏切れば死ぬという誓約の刺青を体に刻むだ。

 少しでも裏切ればその瞬間に死ぬ。

 しかし、ここで逃げ出したものは過去1人もいない。

 王冠に剣と盾が描かれた刺青こそ一番隊の証であり誇りである。


 クラフトエッジが王を軽んじるように聞こえる発言をしても死んでないということは軽んじていないということで、国王を真に思い、助けるための発言だということは官僚たちも分かっているため何も言わない。


「王よ許可をください」

 ラインハルトは国王に膝をついて頭を下げる

「王よ脱出の準備を」

 クラフトエッジも膝をついて頭を下げた。


「すまないクラフトエッジよ、私には民を見捨てることができない。甘いとは思うが我慢をしてくれ」

「王の意思ならばこれ以上は何もいうことはありません。ただし、危険が近付けば引きずってでも連れていきますので」

「ふっ、そうならないことを願っている。ラインハルトよ聞いたな。私に危険が迫れば引きずられてしまうらしい。さすがにそんな無様な姿は見せたくないのでな、一番隊隊長ラインハルトに告げる。脅威を排除しろ」

「御意」



§



「麒麟、想定外の事態になったぞ」

「クルーウェルか、どうした」

 激戦の最中、イーブルの横で不動を構えていたクルーウェルは不測の事態を伝える。

 影の館(シャドーハウス)のメンバーは地面に伏せていて動ける様子ではなかった。

 そしてイーブルの全身は黒い靄に包まれていて、化け物にしか見えない。

 イーブルの意思もそこにはなくあるのは麒麟の意思のみ。


「ラインハルトが出てきた」

「一番隊の隊長か? 今更一人増えたところでどうということはない」

「甘く見るな、一番隊の中でも屈指の実力を誇るラインハルトはお前でも厳しいぞ」

「たしかに纏っている雰囲気から見てもかなりの実力者だな。だが、こんなところで終わるわけにはいかない。何かではないか?」

「ないことはない。一番隊は弱点が共通している」

 クルーウェルは弱点を告げるとイーブルはにやりと笑みを浮かべる。

「よし、この作戦で行くぞ」

「俺が時間を稼ぐ」


 二人の上空から巨大な光の剣が振り下ろされる。

 ただでさえボロボロの王都が衝撃で音を立てて崩れていく。

 その一撃は周りの状況など鑑みず、ただ脅威を排除するためだけの一撃。

 周りにいた人間たちも衝撃で瓦礫と共に吹き飛ばされる。


 麒麟とクルーウェルは無傷で光の盾が剣から守っている。

「小僧どういうつもりだ?」

 ラインハルトは怒気を帯びた顔で裏切り者のクルーウェルを睨みつける。

「あなたには分かるはずもない。王に仕えることを許されなかった俺の気持ちを、そして王を失った俺の気持ちを」

 クルーウェルは先代の王に仕えるべく一番隊の試練に挑もうとしていた。

 しかし、結果は不合格。

 全ての試練を乗り越えたはずのクルーウェルはラインハルトから直接不合格を突きつけられていた。

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